Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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26.労働の対価

「うちの店って儲かってるようには見えないんやけど、給料どっから出てるんですかね?」

「喫茶店の儲けよりは寧々とハルさんがやってる仕事が主な収入源だよ。まあ私たちが出てやってる仕事もそれなりにお金にはなってるはずなんだけど……でもやるだけやって一円ももらえない仕事もあるからね。今回の幽霊騒動とかも」

 客がいないことをいいことに給与明細を見ながら話していた星音は、由真の言葉に固まった。今回の幽霊事件、あれだけ色々なことがあったのに一円にもならなかったのか。

「そりゃそうでしょ……依頼人誰だったと思ってんの」

「そうや依頼人が犯人やん……なんかそう聞くと話持ってきたのが申し訳なくなるな……」

「まあ進藤先生からはお見舞い金はもらったみたいだけどね。だから今月少し多めについてるでしょ」

「言われてみれば確かに特別手当が……」

 今回は見舞金が依頼料の代わりになったと言えなくもないが、本当に一円ももらえない仕事は結構あるらしい。

「悠子からの依頼は大体警察からちょっとした謝礼が出るのと、悠子のポケットマネーが出てるんだけど……あれも大した額ではないし」

「そう聞くとなんかこんなお金もらってええんかな、って気もしますね」

「いいんだよ。『働いたのは事実なんだし、その分の対価は貰っときなさいよ』って寧々なら言うと思うよ」

 寧々とハルがやっている仕事というのがどれだけの儲けを出しているのか、仕事の内容もわからないので予想もつかないが、ひとまず店の存続については心配しなくてもいいくらいの額にはなっているらしい。

「でも私も昔は受け取ってなかったな……始めたばっかりの頃ね」

 それは何となく想像がついた。由真はそういうときに受け取るのを嫌がりそうだ。

「自分は何もできてないのに……と思ってたけど……でも『給与出すのが夢だったから受け取れ』って寧々に言われて」

「どんな夢だ……」

「あのときは納得してしまったけど、出してるのハルさんだし」

 ハルがいないことが多いので実質的に寧々が店長になっているだけで、本当の店長はハルだ。けれど理由はどうあれ、由真が戦いに赴いた報酬を今はきちんと受け取っていることに、星音はなぜか安堵した。

「明日どっか出掛けようかな……結構お金もあるし」

「あ、あの……だったら! 由真さんが良かったらやけど、前に言ってた水族館に一緒に……」

 前に水族館に行くと約束したのに、色々あって行けていなかったのだ。由真はそれを聞くとにっこりと笑った。

「いいよ、行こうか水族館」

 

 

(うわぁ、あそこに近寄りたくない)

 待ち合わせ場所に待ち合わせの定番の場所を指定したことを星音は後悔していた。柱に寄りかかって星音を待っている由真は、異様に人の目を引いていた。ベルトが沢山ついた細身のパンツに膝丈まであるロングパーカー。先日星音が買ったチョーカーをそれに組み合わせている。当の本人は周囲の目を引いていることに気付いていないのか、少し気の抜けた顔で空を見上げていた。

「由真さん」

 注目を浴びていることを気にしながらも、星音は由真に声をかけた。約束の時間の五分前。ここから水族館までは歩いて行ける距離だ。

「水族館なんて久しぶりだな」

「そうなんですか。じゃあ部屋にあるぬいぐるみって……」

「大体は昔買ったやつ。もらったものもあるけどね」

「物持ちいいな……」

 由真は海洋生物が好きなのか、部屋にあるぬいぐるみはほとんど海洋生物のものだ。最近は黄乃からもらったメンダコのぬいぐるみがお気に入りらしい。

「星音は誰かと来たりするの?」

「水族館はあんまり……カナエとは学校帰りに甘いもの食べに行ったりするんやけど」

「学校帰りか……私ほとんどそういうことしたことないんだよね。小学生のときは食べ歩きできるほどお金なかったし、習い事も結構してたし」

 それどころか中学時代から由真の学校生活はないも同然だ。今は通信制の高校に通っているが、そこでは放課後に食べ歩きをすることもあまりないだろう。

「ここの水族館のカフェ、結構美味しいって有名なんですよ」

 それならせめて、今日だけでも普通の高校生みたいな生活を送れたら。そんな思いから出た星音の提案に、由真は顔を綻ばせて頷いた。

 

 

(この人、本当に海洋生物好きなんだな……)

 本人に余り自覚はないようだが、シロイルカの前で子供のように顔を輝かせる高校生はあまりいないと言いたい。前世は魚だったのだろうか。でも魚だったら捕食対象だからイルカやサメに興奮もできないか、と星音は思い直す。それなら大型の海洋哺乳類か。水族館で水槽に囲まれているときの方が、由真は生き生きしているように見えた。地上では息がしづらいのかもしれない。

「星音、こっちに巨大タコいるよ。これ食べれるのかな」

「水族館で食べる話せんといて!?」

 前世はやはりサメか何かなのかもしれない。サメがタコを食べるかどうかは知らないけれど。楽しそうな由真を眺めながら星音も少しずつ気持ちが浮かれていくのを感じていた。

 

 展示を全て見終わった後は、約束通りカフェに向かった。青色のフロートにはピンク色のイルカのゼリーが浮かんでいる。

「今日は楽しかったなぁ。なんかいっぱい買っちゃったし」

 由真はショップでサメとイルカのぬいぐるみを買っていた。その他にも寧々たちへのお土産もしっかり購入していた。膨れた袋を横に置いている姿は、まるで初めて水族館に来た子供のようだと星音は思った。

「楽しかったなら良かったです」

「本当に楽しかったよ。こんなに楽しくていいのかってくらい」

 普通の高校生の日常を、よくある平凡な青春を奪われたままで由真は生きている。取り戻せるものは今からでも取り戻せばいい。けれど決して戻らないものも確かにある。その運命を呪ったところで、過去はどうやっても変わらないし、その年齢にしかなかった時間は戻らない。こんなに楽しくていいのか――その言葉に何もかもが詰まっているような気がして、星音はずきりと胸が痛むのを感じた。

「いいんですよ。大変な仕事いっぱいしたんだし、ちょっとくらい対価はもらっとかないと」

「対価か……それもそうかもね」

 本当はもっと大きなものを受け取ってしかるべきだと思うけれど――とは言わなかった。由真が求めているのはおそらくこのくらいの、ささやかで穏やかな日々のような気がしたからだ。

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