Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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27.ブールドネージュ

 理世子が有名パティシエのところで一週間働くので、その間に店で出す用の日持ちする焼き菓子類を持ってきた。そして少し多めに作ったという表面に粉砂糖をまぶしたクッキーをお供に星音たちは店で堂々と休憩していた。

「このクッキーって、ブールドネージュって名前なんですよね?」

「そう、フランス語で『雪玉』って意味らしいよ」

「この前父が会社の購買で安売りしてたからってクッキーいっぱい買ってきて、その中にあったんですよ。で、私が『ブールドネージュは絶対残しといて』って言ったら、『そんな名前のクッキーは買ってきてない』とか言ってて」

 結局クッキーの袋に名前を書いて、名前を書いたものは食べるなと言うことで決着を見たのだが、星音はどうも納得がいかなかったのだ。「星音はいつも人がわからない言葉をさも知っているように言う」と小言を言われてしまい、妙に腹が立ったのだ。自分にそんなつもりがないのに決めつけられて気分がいい人などいないだろう。

「英語だとスノーボールクッキーとも言うから、その名前で売ってたのかもね」

「それがそれもわからなかったんですよ。白いクッキーでいいだろとか言われて。でも白いクッキーって何かちゃうやんと思って」

「おじさんはそういうのわからない人もいるよ。それにしても、星音ちゃんのところはみんな仲がいいのね」

「仲いいんですかね……」

「うちも比較的仲はいい方だけど……他は色々あるもの」

 理世子の言葉に星音は少し罪悪感を覚えた。確かにそうなのだ。由真は長らく家には帰っていないし、寧々や或果は両親を亡くしてしまっている。アルカイドの店員の中では星音の家庭が一番円満であると言えた。

「そんな申し訳なさそうな顔しなくても。別にみんな星音ちゃんに不幸になってほしいとは思ってないわよ」

「でも……こんな自分だから、理解できないことも沢山あるんやろうなって思ってしまって」

「それでいいって思うよ、私は。多分由真だってそう言うだろうし」

 一番その苦しみを理解したいと思うのに、一番遠いところにいるような気がする。自分に出来ることは何もないのではないかと時々どうしても考えてしまうのだ。

「ある本の一節に『幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである』って言葉があるんだけどね……同じようにきっとその人の苦しみだってそれぞれの苦しみで、本当は幸福な家庭だってそれぞれに違う姿を持っていて……どうやったって理解なんて難しいものかもしれないわよ」

「そうなんですかね……」

 それでも由真は、今まで事件で関わってきた人の痛みをよく理解して寄り添っているような気がするのだ。自分を攻撃してきた人間の苦しみにさえ寄り添う姿は美しいと思う反面、星音には理解できない部分でもある。

「由真も、多分理解は出来てないと思うよ。だって幽霊が見えない人は私の気持ちなんてわかるわけがないもの。それでも、外に出られないつらさに寄り添ってくれた。……でも私からすると、由真は優しすぎるわね」

 口の中に放り込んだブールドネージュは、軽く噛むだけでほろほろと崩れていく。甘くて美味しいのに甘すぎないその味わい。本当に雪玉みたいだと星音は思った。けれど父親との喧嘩の種になったブールドネージュとは少し違う味だと思った。同じクッキーでも、味は作る人によって違う。同じように、人の痛みも人によって違うのは間違いないのだろう。それでも少しでも近付きたいと、理解したいと人は思ってしまうものなのか。

「由真は多分このクッキーの名前なんて知らないのよ。だから食べてみて、舌で感じたのが全て。人と接するときも多分そうなんだと思う。ブールドネージュでもスノーボールクッキーでも、勿論白いクッキーでもなくて……人を型にはめることがないのよ」

「それは何となくそうなんだろうなとは思います。――でも」

「大変だと思うよ。そうやって生きるのは。だってこのクッキーの名前を知っていれば、大体のことはその名前で言い表せるんだもの」

 形も食感も、そういうものだと言えるのに。それをしないでいるということは、そのものを唯一の、それでいて曖昧な場所に置くということだ。

 

「さて、この話を踏まえて――星音ちゃん、このクッキーの感想は?」

「すごく美味しいです!」

「素直でよろしい。食べ物において大切なのは、究極的には味だからね」

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