Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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29.地下一階の攻防

 とあるファッションビルの地下一階。その中にある落ち着いた雰囲気の喫茶店の店内が目に入り、星音は思わず足を止めた。隣を歩いていたカナエが首をかしげる。

「何かあった?」

「いや……見間違いでなければ、由真さんがえらいイケメンとお茶してるように見えたんやけど……」

「え、本当に?」

 カナエが物陰に隠れながら店内を覗く。

「確かに、すごいイケメンとお茶してるっていうかイケメンとイケメンがお茶してるように見える」

「誰なんやあのイケメン……まさか彼氏?」

「デートって雰囲気には見えないけども……なんかぎこちないし……」

「それは確かにそうやな……。じゃあ何かの知り合いか……多分年上やな……どんな関係なんや……」

 カナエと星音は今日ここに遊びに来た目的はそっちのけで、二人の様子を観察していた。男の方はにこやかに笑っているが、由真の表情にはどこか翳りがある。かと思えば気を許しているのだろうと思わせる視線の動きがあったりして、二人の関係は掴みかねた。

「しかしあれやな、イケメンやなあの人」

「モデルさんとかだったりして」

「だとしたら何でそんな人と由真さんが知り合いなんやろ……」

 二人で勝手に予想して話をしていた時のことだった。フロアの奥から誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。星音とカナエは音の方向に目をやる。何かトラブルでもあったのだろうか。調停人の仕事をしているせいか、そういったものには敏感になっているのだ。

 野次馬になってしまうかもしれないけれど、様子を見に行こう。二人は頷き合って、一旦その場を離れて声のする方へ向かった。

 星音たちがそこに辿り着くと、その場にいた客たちは遠巻きにそちらを窺いながらもひそひそと話をしていた。どうやらバイトの一人が能力者であることを隠して採用され、それが今日になってばれてしまったらしい。それ自体はよくある話だ。能力者であることを理由に不採用にすることはできないが、他に理由をつけて採用されないことが多くあり、必然的に隠せる能力の人はそれを隠してしまうことが多い。バイトなら尚更だ。そしてそれがばれてしまって揉めるということも、悲しいくらいによくある話なのだ。

 とはいえここで部外者である星音たちが乗り込んでいくわけにもいかない。騒ぎを聞きつけて警備員がこちらに向かってきたので、その人に任せてしまうのが一番――そう思って星音が踵を返したとき、これまで怒鳴り声が聞こえてきた場所から、明らかな悲鳴が聞こえてきた。警備員が無線で連絡を取りながらそちらに向かっていく。

 何人かの警備員が集まってきて、その場所に規制線を張り巡らせる。中から慌てた様子の男が数人出てきて、規制線を乗り越えて星音たちのいる側へ走ってきた。

(もしかして……)

 予感が外れていて欲しいと思いながらも星音は鞄の中を探って小さなポーチを探し当てた。それから警備員の一人に声をかける。

「すいません、何があったんですか?」

「実は――」

 危ないので離れてください、という言葉とともに告げられたそれは、星音が予想した通りのものだった。能力の暴走。けれど暴走を始めてから時間があまり経っていないなら、鎮静剤を打って休めば治ることも多い。そのための鎮静剤を星音はシフトに入っていないときもいつも持ち歩いていた。

 けれど今回は悠子の口利きもない。どうしようかと星音が逡巡していると、後ろから肩に手を置かれた。

「中に入れてください」

 驚いて振り返ると、そこには由真が立っていた。由真を騒ぎを聞きつけてここに来たのだろうか。けれど一緒にいた人はどうしたのだろう。それを尋ねる間もなく、警備員が首を横に振った。それを見た由真が、あまり使いたくないんだけど、と言いながらカードのようなものを警備員に見せた。その瞬間に警備員が頭を下げて由真を規制線の向こう側に入れる。

「星音、鎮静剤持ってる?」

 星音が頷くと、由真は星音も規制線の中に引き入れた。アルカイドの店員ほぼ全員が鎮静剤を持ち歩いているが、由真だけ事情があって持たされていないのだ。

 由真は真っ直ぐに、蹲る青年のところまで歩いて行った。電撃系の能力なのか、静電気が起きたときのような音が時折響く。しかし力はさほど強くない。暴走してこの力の強さであれば、普段はもっと弱いはずだ。おそらく冬の静電気の方が大きな電気を発していると言っても過言ではない程度の力だったのだろう。それなのに能力者というだけで、バイトすら思うようにできないのだ。

 由真はしゃがみ込んで青年に話しかける。青年は混乱した様子で、由真が誰か他の人に見えているのか、ずっと譫言のように謝罪の言葉を口にしていた。

 由真は特に青年を慰めるようなことも言わず、静かにその体を抱きしめるようにしながら背中に触れた。その手の下が白く輝いたがそれは一瞬で、由真はすぐに能力を使うのをやめた。

「耐えてくれてありがとう。これなら種を壊さなくても良い」

 由真は星音に目で合図をする。星音は頷き、青年の腕に鎮静剤の注射を打った。駆け寄ってきた警備員とやり取りをしている由真を横目に、星音は集まってきてしまった野次馬を見た。その後ろの方に、先程由真と一緒にいた青年が立っている。改めて見ても整った顔立ちをしている。

「星音」

 由真に呼ばれて、星音は慌てて振り返る。もう警備員との話は終わったらしい。事態の収拾に追われる警備員に会釈をしてから二人で規制線の向こうへ抜ける。

「そういえば由真さん、警備員に何見せてたんですか?」

「ああ、あれ……悠子からもらった、悠子の部署の協力者ですよっていう証明書。ていうか星音のも作ってもらった方がいいよね……多分寧々がすっかり忘れてるだけだと思うんだけど」

「そんなものがあったんや……」

「あんまり使いたくないんだけどね……警察の側の人間だとは思われたくないし。でも今日は揉めてる時間が無駄だなと思ったから」

 悠子は能力者事件を中心に担当する部署に所属する刑事だ。確かにそこの協力者だと名乗れば入れてもらえることも多いのだろう。けれど使いたがらないほどに由真が警察に不信感を抱いている理由もよくわかる。

「由真」

 由真と話しながら解散していく野次馬を眺めていると、由真と一緒にいた青年が目の前までやってきた。

「怪我はしてない?」

「怪我するような相手じゃなかったよ」

 真っ先に由真の怪我を心配しているこの人は誰なのだろう。星音たちが戻ってきたことに気が付いたカナエも気になっているのか、星音の陰から様子を窺っている。

「由真は優しいね。――昔と何も変わってない」

「別に……そういう仕事してるだけだから」

 この人は昔の由真のことを知っているのか。青年が由真の頭を軽く撫でる手は優しいのに、由真はどこかそれをむず痒そうにしていた。由真はちらりと星音たちを見てから、小さく息を吐く。

「――お兄ちゃんだよ」

「え?」

「だって顔に『この人誰なんだろう』って書いてるんだもん……」

 そんなにわかりやすい顔だっただろうか。あっさり告げられた正解に、星音とカナエは納得した。言われてみれば口元や鼻は由真に少し似ている。

「柊浩大です。いつも妹がお世話になっています」

「あ、いやこちらこそ……。瀧口星音です。よろしくお願いします」

「不破鼎です」

 浩大は慌てる星音たちの自己紹介を聞いて、柔らかく微笑む。由真よりは大分雰囲気は柔らかい。そして――由真の兄ということは、彼は無能力者だ。

「梨杏ちゃんからも話は聞いてるよ。これからも妹をよろしく」

「あ、はい……」

「じゃあ僕はそろそろ帰るよ、由真。体には気をつけて」

 由真は頷いて、去っていく浩大の背中を見送った。その横顔はいつもよりも少し寂しそうに見える。兄妹と呼ぶには少しぎこちなく見えたのは、離れている期間が長かったことと、離ればなれになるその日に起きたことが関係しているのだろう。そんな由真に何と声をかけていいかわからず、星音は悩んだ末にふざけたことを言うことにした。

 

「――由真さんのお兄さん、えらいイケメンやな」

「お兄ちゃん彼女いるよ」

 間髪入れずに返され、星音は項垂れた。別にイケメンだから付き合いたいとかそういうわけではないのだが、なぜだか一気に気が抜けてしまった。

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