Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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3.聲

「大丈夫だよ。入院は今日だけ念の為らしいし」

 あちこちに包帯を巻かれた梨杏は、それでも星音たちを安心させるように笑った。けれど傷が痛むのか、その笑顔はすぐに引き攣ってしまった。

「梨杏さん、一番痛いところだけ少し治します」

「本当に? 痛み止めとかもらおうかなと思ってたから助かるよ。あとでなんか奢るね」

 梨杏はあっさりと星音の治療を受け入れた。これが由真ならばいらないと言われていただろう。星音が包帯を巻いている間も、由真と梨杏は話を続ける。

「寧々は?」

「なんか悠子さんと話したいって言って出て行ったよ」

 本当に命には別状はなさそうだ。由真が安堵する気配が星音にも伝わってきた。

「……襲われたとき、なんか変な声みたいなの聞こえなかった?」

「声?」

「女の人が呟いているみたいな……さっき現場に寄ったときに聞こえたんだけど」

「女の人の声か……ちょっと心当たりはないな」

 正直それが事件に関係しているかもわからない。由真もそれ以上そのことについては追及しなかった。

 暫くすると寧々と悠子が戻って来る。寧々は先に梨杏の傷を見たので、その能力波がこれまでの被害者の傷に残っていたものと同じであることも既に突き止めたらしい。

「登録されている人の中に同じような能力の人はいなかったのよね」

「つまり今回初めて事件を起こしたってことになる。警察のお世話になったこともないと」

 かつて罪を犯した人間の指紋を登録していたように、事件に関わった能力者の能力も登録されるようになっている。たとえ被害者として警察に事情を聞かれたようなケースでも、能力者である以上は登録されてしまうのだ。ちなみにアルカイドに雇われている能力者は、悠子の所属する特殊捜査班に協力する過程で必ず能力を登録することになっている。

「出来る限りは手を貸すけれど、今回のことは私たちでどうにか出来る事件じゃないわ。現行犯で押さえられるなら別だけど」

 寧々が言う。能力の残滓は感じ取ることができる。けれどそこから人を割り出すのは警察の仕事だ。線引きははっきりしている。

「逆に、現行犯で押さえる方法がわかったら私たちでもどうにかできるってことじゃない?」

 由真が言う。寧々の見立てでは、能力の射程はそれほど長くはない。つまり犯人は必ず現場の近くにいたのだ。寧々は由真の言葉を聞いて難しい顔をして腕を組む。

「犯行の法則性が掴めれば先回りすることもできるかもしれないけど……」

「でも一瞬で終わったから、その間に突き止められるかどうか」

 梨杏が口を挟む。今のところ被害者の共通点も犯行現場の法則性もわからない上に、犯行は一瞬だ。悠子たちもどう捜査すべきか迷っているようだった。

「あんまり関わりたくはないけれど、放っておいたら余計事態が悪化する可能性は高いわよね……機動隊どころか田崎さんまで出てきてるみたいだし」

 寧々の口からその名前が出てきた瞬間に由真が嫌そうな顔をする。星音も印象は良くなかった。何せその男は本当に今回のことには関わっていない由真をはじめから犯人のように扱ったのだ。

「――田崎さんね。あの人、本人も偉いんだけど、父親が警視総監だから誰も逆らえないのよ」

 愚痴るように悠子が言う。家柄だけで言えば悠子の方が上らしいが、悠子の家は警察組織とは何も関係のない仕事をしているのだ。

「あれ、警視総監って違う人じゃなかった?」

「数ヶ月前に前の人が病気で引退して、昇進したのよ」

 寧々は何かが引っかかっているのか、真剣な顔をして腕を組み直す。星音は警察組織のことは全くと言っていいほど知らないが、少なくとも星音たちにとって悪い状況なのはわかる。

「あの人がいる以上、下手に由真を動かせないのよね……今の機動隊長の方がまだマシよ」

「え、アレでマシなレベルって相当やん……」

 思わず口を挟んでしまった。数ヶ月前の緋彩の事件のときに由真を庇って特殊光線を浴びたのはまだ記憶に新しい。そのときに光線を打ったのが機動隊長だったことは後から聞かされた。それよりも酷いとなると、先程顔を合わせたのすら危険だと思えてくる。

「あの人は本当に能力者が嫌いなのよ。あんな尋問、世の中に公開されたら流石に向こうが終わると思うんだけど」

 何があったのか想像には難くない。事実を知っている由真も寧々も悠子もそれ以上何も言わないところを見ると、相当だったのだろう。

「わかってると思うけど、あの人が出てきている以上あまり派手には動かないでね、由真」

「それはわかってるけど……」

 寧々に釘を刺されて、由真は溜息を吐く。けれど動きたくなれば由真は寧々の言うことなど聞かずに動くだろう。そしてそれは寧々もわかっているはずだ。

 

 

 由真がその声を再び聞いたのは、星音とともに暴走した能力者の対処をして、店に戻ろうとしていたときだった。

「やっぱり私には聞こえへんな……」

「私には結構はっきり聞こえるんだけどな。ちょっとそっちの方行ってもらえる?」

「え、でも」

 由真は派手に動くなと寧々に言われているはずだ。けれど現場に行くだけならそれほど派手でもないかと思い直し、星音は由真の案内に従い、バイクを走らせた。

 目的地はそこに辿り着いた瞬間にわかった。地面に切り傷を沢山つけられた男が倒れていたからだ。星音がバイクを停めると、由真はすぐに降りてその男に駆け寄る。

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」

 どうやら命に別状はなさそうだ。けれど深い傷もいくつかある。

「星音はとりあえず救急に連絡して。悠子と寧々には私が連絡する」

「あ、でも……」

 治さなくていいのか、と言おうとして、治してしまうと寧々がこの男から何も情報を得られなくなると気が付いた。事件を解決するためには治してはいけない。けれど星音にとってそれは酷くもどかしいことだった。簡単に治すことができるのに治してはいけない。そんな状況に陥ることが今まであまりなかったのだ。

 暫くして救急隊が到着し、それを見送った直後に一台の黒い車が星音たちの目の前に停まった。車から降りてきた男を見て由真があからさまに嫌そうな顔をする。由真に気がついたその男――田崎も苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

「――これでも急いで来たつもりだが、まさか先客がいるとは」

「たまたま近くにいただけだよ」

「たまたま、ね。だがそれが偶然でもなんでもない場合もある」

 由真は何も言わずに、田崎の後ろに目をやった。今度は白い車だ。一足遅かったが、悠子とその部下の松木恋がやって来たらしい。

「……田崎さん。この件は私たちが担当することになったはずですが」

 悠子が硬い声で言う。田崎はそれを聞いて笑みを浮かべた。

「君たちでは解決できないよ。君たちは能力者に甘すぎる。能力者専門が聞いて呆れる」

「そっちは手段選ばなすぎだと思いますけどねー」

 悠子ではなく松木が言い返す。話では田崎の方がかなり上の立場のはずだが、怖気付くような気配はない。田崎は松木を一瞥してから、特に文句も言わずに再び車に乗り込んだ。

「松木さんって実はすごい人だったりする……?」

 こんなにあっさり引き下がるなんて、と由真が言う。松木はまだ新人の部類に入るはずだが、何故か田崎は松木の言葉で簡単に引いたのだ。

「特にそういうわけじゃないんですけど……実は私の父親が田崎さんの同級生で、どうやらあの人父に頭が上がらないらしくて。でもまあ、私一人だったらこうもいかないと思いますよ」

 松木はそう言って、悠子の指示の下で動き始める。けれど得られるものは多くはなさそうだった。由真も周囲を気にしてはいるようだが、先程聞こえた声はもう消えてしまったと言う。

「由真にしか聞こえないその声っていうのも気にはなるのよね……被害者で聞いたって人はいなかったし……」

「私には結構はっきり聞こえるけど……寧々ならもしかしたらもっとはっきりわかるかも。あとは……理世子も聞こえるかもしれない」

 寧々は解析系の能力を持つ。そして理世子は霊的なものに干渉する力を持っている。由真が寧々だけではなく理世子の名前を挙げたことに星音は驚いた。

「……幽霊の可能性あるってことですか?」

「いや、寧々が能力波を見てるからそれは違うと思う。けれど人間の強い想いが声になっているなら……理世子にも聞こえることはあるみたい」

「要は生霊的なやつですか?」

 松木が尋ねると、由真は考えながらも頷いた。

「私は詳しくないけど、多分そうなんだと思う。私は音ははっきり聞こえるんだけど何を言ってるかまでは聞き取れなくて……寧々や理世子ならそれもわかるかもしれないんだけど」

 結局、現場からは大して新しい情報は得られなかった。あとは場所の法則性がわかれば先回りできるかもしれないということだが、それもその場では見つからなかった。収穫は特にないまま解散し、星音は由真をバイクに乗せて店まで送って行くことにした。

 

 

「――次はどこかしら」

 蝋燭の明かりだけが灯る部屋で、女は矢のように先が尖った赤い石がついた鎖を手に取った。机の上に広げた地図上でその鎖を動かすと、前後に揺れていた石がある一点で円を描き始める。

「ここね……ここにはどんな想いがあるのかしら。どんな刃になるのかしら……」

 これまで見つけた場所にあった想いはどれも弱かった。想いが弱ければ鎌鼬も弱くなる。今まで一人の死者も出ていないのがその証左だった。けれどこの場所は――女は笑みを浮かべる。

「確かにここならば、強い想いが残っていそうね」

 次の場所は決まった。女は赤い石のついた鎖を丁寧に箱にしまい、地図に赤い丸をつけた。

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