Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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5.正常な清浄

 

 駅の中にある一室で理世子と由真は警察の到着を待っていた。どうやら今から事情を聞かれるらしい。その前に由真の傷を治療したかった理世子は、帰宅していた星音を呼び出すことだけは了承してもらえた。理世子の連絡を受けて急いで来たらしい星音は部屋に辿り着いたときは会話もできないほどに息を切らしていた。

「そんな急いで来なくてもよかったのに……」

「怪我したって聞いたら、普通急ぐやろ……」

 軽く息を整えてから、星音は由真の体に能力で作り出した包帯を巻き始めた。幸いにも傷は浅く、すぐに治せる程度のものだ。

「理世子がいてよかったよ、本当に。いなかったら間に合わなかった」

「多分、幽霊とかそういうものを集めて鎌鼬に変える能力なんだと思う……集められる霊の力が強くて、数が多いほど強くなる」

「声は理世子にも聞こえなかったんだよね?」

「私は幽霊の声は聞こえても、それを集めてる人の声はわからないから――多分由真に聞こえてるのは能力を使うときの合図みたいなものなんだと思う」

 由真と理世子の話を聞きながら、幽霊を集めてそれを使って攻撃するなんて、まるで死霊術師(ネクロマンサー)みたいだと、少々呑気なことを思っていた。

「ごめんね……犯人ちゃんと捕まえられればよかったんだけど」

「理世子に怪我がなかったのが何よりだよ。それに髪型と性別はわかったし。悠子や寧々ならそこから捕まえる方法を考えられるかもしれない」

 それだけで前進なのは事実だ。解決に向けての糸口が見えてきたことで明るい雰囲気さえ生まれていた。――その部屋に部下を引き連れた田崎が入って来るまでは。

 田崎の姿を認めた途端に由真が表情を硬くする。理世子も平素の可憐な笑みを消し去って田崎を見つめていた。

「これで三件目だ、柊由真。それでもまだ偶然と言い張るか?」

「梨杏の現場はともかく、他二つは本当に偶然だったよ。ただ……声が聞こえたから気になってそこに向かっただけ」

「声、か。その話は杉山の調書にもあったな」

 由真と星音が立ち会った二件目の事件のとき、悠子から簡単な聴取を受けた。そのときに確かに由真は由真だけに聞こえる声について話していたし、悠子はありのままを書いたのだろう。そして同じ事件を調査しているのだから当然その調書は資料として共有される。それ自体はおかしいところは何もなかった。けれど悠子も馬鹿正直に書かなくても――と星音は一触即発の気配を感じながら思った。

「お前にしか聞こえないものならどうとでも誤魔化せる。本当は存在しないものを存在するように騙ることは造作もない」

「何が言いたいの?」

 由真が真っ直ぐに田崎を見る。その目は横で見ている星音も怯むほど鋭いものだったが、田崎はそれをものともしなかった。

「署まで来て、話を聞かせてもらおうか」

「任意同行ってこと?」

「そういうことになるな」

 任意なら断るべきだ。田崎は明らかに由真を犯人だと疑っている。能力を使った犯罪は裁判における再現実験で能力を再現できなければ立証できないとされているが、実際はそんな実験が行われることは少なく、状況証拠と自白を中心に真偽が争われる。悠子のいる対策課は能力者事件を専門としているからまだいいが、他は明らかに能力者側が不利になる。それは能力者として生きていく上では常識だった。由真が口を開く前に理世子が二人の間に立ちはだかる。

「あなたのところに行かせるわけにはいかない。昔、あなたが由真に何をしたのか、忘れたとは言わせないわ」

「やましいことがあるから黙っていたのだろう。殺人の嫌疑がかかっている能力者に対して、安全確保のために光線を使うことは許可されている」

 田崎の言葉で星音は悟った。北斗の家の事件があった頃は一般的に使われている特殊光線しか使われていなかったが、それも長時間の照射は由真の体に著しい負荷をかける。それどころか命を落とす危険すらある。それをこの男は躊躇いなく使ったのだ。そんな男のところに由真を行かせるわけにはいかない。星音も理世子の隣に、由真の盾になるように立ちはだかった。

「任意やったら、別に行かなくてもええんやろ?」

「そうだな。だが、何もやましいことがないのなら話せるはずだ。今回のことも、北斗の家のことも、それよりもっと前のことも」

 田崎の言葉で由真の顔色が変わった。由真は自分の左手首を強く握りしめる。

「とにかく、あんたなんかのところに由真さんは絶対行かせへんからな!」

「――これ以上邪魔をするようなら公務執行妨害で逮捕するぞ」

「コウムだかなんだかわからへんけど、やれるもんならやってみろや!」

 星音が啖呵を切った。漫画の登場人物を真似た似非関西弁は、喧嘩のときは迫力がある。けれど抵抗すればするだけ不利になるのも事実だった。

「星音」

 由真は星音を諌めるようにその腕を引く。振り向いた星音は、由真の目に決意の光が宿っているのを認めた。覚悟を決めた、まっすぐな、抜き身の刃のような目に、星音は言葉を飲み込んだ。

「――この事件について、話せることは全部話す。解決したいのは一緒でしょ」

「そうか。それなら一緒に来てもらおうか」

 由真は頷き、星音と理世子を置いて部屋を出ていく。ドアがしまった瞬間に、星音は金縛りから解かれたようにその場に座り込んだ。

「……馬鹿でしょ、由真さん」

 実際に酷い目に遭わされたことがあるはずななのに。行かせてはならないことは明らかだったのに。最後の最後で止められなかったのは、由真の目に気圧されてしまったからだ。蹲る星音の背を、理世子が優しく撫でた。

「いつだって、由真は自分のことよりも他人のことを考えてる。……あのまま抵抗してたら、星音ちゃんや私が捕まってたかもしれない」

「だからそれが馬鹿なんやって!」

「そうね。本当にどうしようもない。でも……そんな人だから、私は由真が好き」

 それは星音も同意見だった。理世子の目には先程の由真の目にも似た決意の光が灯っている。

「今は、これからどうするかを考えないと」

 星音は頷く。まるでお姫様や妖精のような容姿の理世子だが、その瞬間は運命に抗って闘う騎士のように見えた。

 

 

 車が走り出して数分、窓の外を流れる景色を見て、由真は異変に気が付いた。由真は隣に座る田崎を問い詰める。

「どこに行くつもり? 道こっちじゃないでしょ」

「まさかあんな言葉でノコノコついてくるとはな。そんなにお仲間が大事か?」

「私は事件を解決するために来たんだけど」

「今度の仲間は殺すことにならなければいいな」

「何が言いたいの?」

 田崎を信じていたわけではなかった。けれど今回の事件を引き起こした犯人を憎んでいることには変わりないと思っていた。能力者に対する扱いを除けば刑事として非常に優秀な男であることはわかっていたからだ。

「北斗の家の事件だけじゃない。その前にもあの施設の人間が起こした事件にお前は関わっていたはずだ。主に後処理係と言ったところか」

「……それは今回の事件とは関係ない」

 田崎は由真の言葉を聞くと、唇を歪めて笑った。

「随分とおめでたい頭をしている。――今回の事件なんてどうだっていいんだ」

 田崎の指が由真のシートベルトの金具に伸びる。音を立ててシートベルトが外れた瞬間、由真は後部座席の上に押し倒されていた。田崎の荒れた手が由真の細い首筋を捉え、強い力で締め上げる。

「この世界を元の、正常な姿に戻す。そのためにはお前を真っ先に排除しなければならないんだ」

 声どころか、僅かな呻きさえも上げられないまま、由真の意識は遠のいていく。視界が黒く染まって行く中で、憎悪を滲ませた声が由真の耳に届いた。

 

「お前を決して赦しはしないぞ――ηUMa(アルカイド)

 

 

 目を覚ますと、そこは雑然とした倉庫のような場所だった。コンクリートの床が寒々しい。体は広い空間の中央に置かれた椅子に拘束されていて、少しでも体を動かせば縄が食い込んだ。

「……仮にも警察がこんなことしていいわけ?」

 田崎は由真と向かい合うように革が破けたソファーに腰掛けていた。北斗の家の事件の取調のときは、対応は酷かったがあくまで警察の取調であるという体裁は守っていたのだが。

「これはあくまで個人的な行為だ」

「私は任意同行って聞いたから来たんだけど」

 多少のことは覚悟の上だったが、まさか体面まで投げ捨てた嘘だったとは思わなかった。そこまでして何をするつもりなのか。由真は体を硬くした。

「聞きたいことは山のようにある」

 田崎は特殊警棒で由真の顎を押し上げる。

「全て聞き出してから、お前には死んでもらう」

 田崎の目は本気だった。けれど同時に、田崎はまだ人を殺したことはないのだろうと由真は思った。

「決して楽に死なせはしない」

「……っ!」

 田崎が特殊警棒のボタンを押した瞬間に、胸に激痛が走った。現在の機動隊が使っているものと同じ特殊光線だ。普通のものと違って数秒の照射でも危険を伴う性質のものだ。

「――それじゃあ、尋問を始めようか。まずは、今回の事件について知ってることを全て吐いてもらおうか」

「知ってることは悠子に言ったのが全部だよ」

「それだけではないだろう? その能力者の声は何故お前にだけ聞こえる? 理由に見当はついてるんだろう?」

 由真は首を横に振った。けれど霊を操るその能力から推測することはできる。先日、星音たちの学校で起きた幽霊事件のときもそうだった。聞こえているのは正確には由真にではないのだろう。理世子のように特殊な能力を持っているわけではない由真だが、その身の内側に棲まわせている存在は紛れもなく死者なのだ。だがそれを田崎には言えなかった。内側にあるものを明らかにしてしまえば、彼は間違いなくそれを消そうとするだろう。

 アルの存在を誰にも言えないままでいるのは、明らかに自分にとって害になると自分でも理解している彼を失いたくはないからだ。だからこそ北斗の家での最後の日に何があったのかも――少なくとも、目の前の男に言うことはできない。

「今回もダンマリが赦されると思うなよ」

 胸元に警棒を押し付けられ、特殊光線を照射される。五秒程度の短い照射でも、時間が積み重なれば積み重なるほどに種は蝕まれていく。それでなくても由真の種には普段から強い負荷がかかっているのだ。

「……っ、本当に聞きたいのは、今回の事件のことじゃないんでしょ……」

 田崎の婚約者が亡くなった事件。それは暴走した能力者により引き起こされたもので、最終的に被疑者死亡のまま送検され、一応の解決を見た。その事件までは田崎は能力者も無能力者も犯罪者は犯罪者として扱う、普通の警察だったという。犯人はわかっている。けれどその人はもう死んでしまっている。怒りをぶつける場所が能力者全般に向かってしまったのだ。

「……あなたが予想している通りだよ、あの事件に関しては」

 それだけは由真自身の犯した罪だ。けれど口にするだけで嫌な記憶が蘇った。光線照射の影響も相俟って、強い吐き気に襲われる。それでも真っ直ぐに前を見据えて、由真は言葉を発した。

「あの事件の犯人を殺したのは、私――」

 警棒で鳩尾を抉るように押され、息ができなくなる。けれど由真が殺したことはとうの昔にわかっていただろう。そのとき由真は、由真にしか使えない方法でその人間を葬ったのだから。

「元々、そういう計画だった……意図的に能力を暴走させたときに、どれだけ能力が上がるか……っ」

 元々は人を殺すほどの力はない能力者で、由真たちのように二つ名も与えられていなかった。それでも種の中に閉じ込められたものが外に漏れ出してしまったときは、想像を絶する力を発揮するようになる。けれどその先に待っているのは死しかない。由真が手を下さなくても彼女は死んだだろう。苦痛を周囲に振り撒きながら、世界を呪いながら。

 暴走の苦しみは計り知れない。命が途絶えるその瞬間まで続く苦痛を一瞬で終わらせる方法を、由真だけが持っていた。

「命令されてやったことだけど……それでも、私が彼女を殺したのは事実……ッ!」

 田崎は躊躇いなく特殊光線を照射する。体に罅が入るような痛み。力が抜けた由真の喉に田崎の手が触れ、容赦なく力が込められた。

 沢山の人を自分自身の手で葬ってきた。その罪は消えたりはしない。だからこそ願っていることがある。

「今回の事件の犯人……早く止めないと、あのとき以上に……人が死ぬかもしれない……だから」

 由真が田崎についてきたのは、どうしてもそれだけを伝えたかったからだ。能力発動に使う死者の数は事件を重ねるたびに増えている。あのときも理世子がいなければ止められなかっただろう。取り返しのつかないことになる前に終わらせなければならない。犯人の目的はなんであれ、それだけは確かだ。

「殊勝なことだな。これまで沢山の人間を殺してきたくせに」

「だから、もう誰にも死んでほしくない……!」

 田崎が由真の胸倉を掴む。由真とて誰かを助けることで罪が雪げるとは思っていない。ただ、同じ苦しみを繰り返したくはないだけだ。しかし田崎はそのまま腰に差していたナイフを手に取った。

「もう誰にも死んでほしくない、か。そう思うのなら、ここで大人しく死んでもらおうか」

 小さなナイフは由真の服を簡単に切り裂いた。顕になった白い胸に特殊警棒が押し付けられる。田崎の意図を察した由真が目を見開くのと、田崎が光線を発するためのボタンを押下するのはほぼ同時だった。

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