Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

79 / 104
6.二兎を追う

 

 臨時休業となったアルカイドの店内には、由真以外の全ての店員、そして協力者である純夏が集められていた。

「しかし、その状況の任意同行について行くかね、普通」

 寧々から状況を伝えられた純夏が言う。金に染めた前髪の間から、呆れたような、しかしどこか優しい目がスクリーンを見つめている。

「任意同行って言うと取調室とかにいるんだろ? そこに入るのは難しいんじゃないのか?」

「確かにまともに署に行っててくれたら、もう少し骨は折れたかもしれないわね」

 寧々はスクリーンに地図を映し出す。港湾近くの倉庫街に赤い光が点滅していた。

「由真の居場所はわかってんのよ。由真はここにいる。今は使ってない倉庫みたいだから……最悪ぶっ壊しても警察署を爆破するよりは問題にならないでしょう」

「発信機か。随分と用意がいいんだな」

 寧々が由真に発信機をつけていたことは、寧々以外はその場にいる誰も知らなかった。寧々はふっと笑みを溢す。

「有事のときにだけ遠隔で発信機として動くようにしてるのよ。誰かに奪われると碌なことにならないからね。由真もあれにそんな機能があったことは知らないと思うけど」

 由真の自由を制限したくはない。けれどその特殊な能力ゆえにどの勢力からも狙われる立場にある。由真を守るために仕方なくつけていた機能だった。無駄な機能になることを願っていたが、残念ながらそうはいかなかったのだ。

「そしてもうひとつ。ハル姉に頼んで次の通り魔事件の発生場所を予想してもらったんだけど……それもちょうどこの港湾の倉庫のあたりだという結果が出たわ」

「予想ができたってことは法則があったってこと?」

「ハル姉いわく非常に複雑な法則らしいけれど、あるにはあったわ。おそらく田崎さんもここで次の事件が起こると踏んでいるんじゃないかと」

 寧々はどこまで情報を開示するか迷っていた。ハルが見つけた法則は、ハルだからこそ見つけられたものだった。田崎が次の事件の場所を予測できたのは、彼の後ろにハルに匹敵する頭脳が存在するということだ。

 北斗の家の事件が起きた頃の田崎は、能力者を人間とも思っていないところは変わりなかったが、あくまで警察官として許される範囲で行動していた。それが一線を超えてしまったのは、能力者を殲滅することを目的とする人工知能が後ろについたからだろう。ハルを始めとする七つの人工知能は自ら管理者を選ぶ。Beta Ursae Majoris(メラク)にとっては、能力者を恨み、警察組織の上の方にいる田崎は都合のいい存在だったのだろう。

 田崎の後ろに寧々の仇がいる。だからこそ今の状況は危険だ。由真には自覚はないが、彼女の能力はそれだけ能力者全体の中核を担う可能性を秘めている。能力者を殺し尽くそうと思うなら、真っ先に排除しなければならない人間だ。そしてメラクが人間を殺すことに躊躇いがない存在であることを寧々は知っている。

 由真は必ず助け出さなければならない。けれど由真は鎌鼬事件を放置することを望まないだろう。二兎を追うものは一兎をも得ずと言うが、それを覆す必要がある。

「今回は二手に分かれることにするわ。鎌鼬事件を解決する班、由真を救出する班。大まかに割り振りは考えてきたから」

 攻撃の要が二人必要になるから純夏を呼んだのだ。純夏の能力はそれ自体は攻撃力を持たないが、純夏はそれを利用した喧嘩に慣れている。そして黄乃はハルが作った機械を唯一動かすことができる存在だ。

「鎌鼬事件の方をA班として、由真を救出する方がB班ね。まず純夏はA班、黄乃はB班よ」

「その采配の理由は?」

 黄乃は配属が決まった時点で慌てていたが、どちらに配置しても同じ反応だっただろう。純夏は流石に荒事に慣れている。

「戦い方の相性の問題ね。鎌鼬事件の方は単独犯だから、気付かれないように近付いてぶん殴ってでも確保すれば問題ない。けれど由真の方は……田崎さん、あれでも普通に強いのよ」

「攻撃力自体は高くない私だと負けるってことか」

「そういうこと。あとはあなたなら気付かれずに犯人に近付けるだろうし。それから理世子は犯人の動きを直前に察知できるからA班、梨杏はB班、或果はA班のバックアップ。私は基本的に黄乃につくようにするわ」

 黄乃はまだ自分で判断して闘わせるには不安が残る。逆に純夏は相手さえ特定できれば、自由にやらせた方がいい。

「あの、寧々さん。私は――」

 星音が少しだけ手を上げて寧々に尋ねる。その目を見れば、星音が何を思っているかはすぐにわかった。星音をどちらに配置するのか。それはどちらに怪我人が発生すると寧々が判断したかを知りたがっているということだ。いや、もっと踏み込んで言えば――由真が無事かどうかを知りたいのだ。

「星音はB班よ」

 それは肉体的な怪我の問題だけではない。精神的にも、星音は由真にとって必要な存在だ。どれだけ楽観的に見積もっても、消耗はしているだろう。そのときに一番そばにいるべきは星音だ。

「これからそれぞれの作戦を伝えるわ。まずはA班からね。この港湾の倉庫あたりで昔大きな火災があって、結構な人的被害があったの。とはいえ普段はそこまで人が多いような場所でもないわ。――明日を除き、ね」

「花火大会か……」

 梨杏の言葉に寧々は頷いた。これまでの傾向を見る限り、犯人は徐々に事件の規模を大きくしている。前回未遂に終わったのが駅のホーム。それ以上の規模となる場所と日時は自ずと絞られた。

「三人とも普通に花火大会の客として紛れ込んでいて。花火大会の警備ってことにして悠子たちもつける予定だから。理世子が犯人を探って、純夏がこっそり近付いて確保。確保のために必要な道具があるなら或果と相談して作ってもらって。人が多い場所だから、或果の作るものの方が向いていると思うし」

 こちらの作戦は単純だ。純夏で確保できなくても、悠子たちにも情報は伝えるつもりだから、そちらに任せてもいい。問題はもう一つの方だった。

「B班は――まず倉庫を爆破するんだけど」

「爆破!?」

 黄乃の声がひっくり返る。まさかここに来て、建物ごと爆破する作戦に投入されるとは思っていなかったのだろう。

「ちまちま侵入してられないのよ。あとは建物に穴を開けておけば狙撃がやりやすくなるわ。梨杏は狙撃要員としてこのポイントで待機」

 梨杏はライフル射撃も習っていたので、時折狙撃要員として作戦に投入している。殺傷能力はない銃と弾を使用してはいるが、相手に怪我を負わせる可能性はある。それでも今回は、そこまでしなければこちらが負ける可能性が高いのだ。

「星音は基本的には待機……そして待機で終わることを祈りたいところね」

 星音は頷いた。思うところは全員同じだろう。特に星音はあのとき由真をもっと強く止めていればと今でも思っているだろう。

 

「明日の夜、この作戦を実行するわ。――長い夜になるかもしれないから、覚悟しておいて」

 

 

 食事は用意されたが、睡眠時間はなかった。特殊光線の照射により消耗した体が逆らえない眠りに落ちそうになる度に、水をかけられて無理やり起こされた。気を張っていても徐々に意識は朦朧としてくる。それは北斗の家にいるときと似たような状態だった。

「――まだ本性を出さないか」

「本性も何も、私は私なんだけど……」

 肌に直接警棒が触れる。光線は種に近ければ近いほど絶大な効果を発揮する。そして田崎が警棒を突きつけている由真の左胸は、由真にとって最も光線の影響が強く出る場所でもあった。わざわざそこを狙ってくるあたり、おそらく彼は由真が誰にも話していない秘密を知っているのだろう。

「そうだろうな。だが、お前の中にはお前でないものがいるはずだ」

 何故それを知っているのか。誰にも言っていないはずだ。そしてあのとき、由真以外に由真のしたことを知る人はいなかったはずなのだ。

「そろそろ耐えるのも厳しいだろう。全て吐けば楽になれる」

「……誰が」

 もうとうに限界は超えていた。けれど精一杯気を張って、由真は自分自身を保ち続ける。やり方はずっと昔に教えられた。拒絶は自分自身の輪郭を保つために必要なことだ。

「誰が……あんたなんかに……!」

「そんなに大切なのか。それはお前の中にいるものが――」

 田崎はアルのことも由真と同じように恨んでいるだろう。田崎の婚約者を殺した能力者を殺したのは由真だが、そのとき由真のサポートについていた少年がいたこともおそらく調べがついている。そして何より、北斗の家の事件を起こしたのはアルなのだ。

 状況は似ていた。それでも由真は、田崎の婚約者が死んだ事件のときのようには動けなかった。

「お前の初めてを奪ったのが、その男だからか?」

「……っ!」

 一瞬燃え上がった激しい怒りが、内側から由真を苛む熱に変わる。言葉さえ出てこない。寒くもないのに震える手を由真は必死に抑え込んだ。

「その反応を見る限り、どうやら図星らしいな」

「……なんで、あなたがそんなことを知ってるの」

 誰も知らないはずだった。なぜならそれを知り得た人間は死んでしまったからだ。それなのに、何故。

「管理者というのは、人工知能にとっては強固なセキュリティーでもある。管理者を失った直後なら、その情報を掠め取ることは難しくない。――そう言っていたかな。だから北斗の家でのことはほとんど知っているよ」

「だったら……こんなことする必要なんてなかったじゃない」

「まさか吐いてくれるとは思っていなかったさ。俺たちの目的はあくまで――『七星』の長たるお前を殺すことだ」

 それも、できるだけ由真が苦しむ方法で。内側から身を灼いていくものは、今にも堰を切って溢れ出しそうだ。普段それを閉じ込めているものに罅が入っていく。

「こんなやり方したら……あなたも、巻き込まれ……っ!」

「お前はそう思っているのかもしれないが、お前の中にいるものは違うかもしれないな」

 この男は何を目的としているのだろうか。真実を知りたいだとか、由真を殺したいだとか、それ以上のものがある。

「それに、お前は巻き込まない方法もわかっているだろう?」

「っ……それは」

「どんな理由があれ、それは沢山の人間を殺してきた。本当は生かしておくべきではない存在だ。そもそも能力者自体が許されない存在だ。――だが、能力者も人間であるという意見も根強い」

「だから何?」

「大きな事件が起きれば、世論は簡単に傾く。それも能力者だけでなく、無能力者も沢山死ぬことになれば。実際、あの事件のときもそうだった。けれど北斗の家の事件は、単に能力者が沢山死んだ事件として扱われ、忘れられるのも早かった」

 扱い方には厳然たる差がある。子供が死ぬ事件と老人が死ぬ事件であれば、子供が死んだ事件の方が被害者への同情の声も、加害者への怒りの声も強くなる。同じように、無能力者と能力者ならば、無能力者が被害に遭う事件の方が大きく扱われるのだ。

「そんなことをしたら、今以上に……」

「それが目的だ。これまでのやり方は生温い。これから始まるのは、能力者と無能力者の戦争だ。そしてそのあとに正常な世界を取り戻す。それが彼女の計画だ」

 その言葉で、由真の中で今まで繋がっていなかった点と点が一本の線で結ばれる。七つの人工知能の中で最も極端な思考を与えられた二つ。そのうちの一つは由真の仇で、もう一つは――寧々の仇だ。

 寧々の中に復讐の炎が燃えていることは知っている。寧々はこちら側の人間だ。人殺しという一線を超えてしまった。けれど、復讐のためであっても、これ以上は罪を重ねてほしくはないと由真は思う。

「……どうして」

 理解できなかった。正常な世界の為に大勢の人間が死ぬことを是とする田崎たちのことも、復讐の為なら人を殺すことも厭わない寧々のことも。

「何で、そんな平気な顔で……人を殺す話ができるの……っ」

 自分の手で誰かの命を奪うとき、いつも心が引き裂かれそうになる。同じことを何度繰り返しても慣れることなどできなかった。心は血を流していて、その傷は決して癒えることはない。

「大きな目的を叶える為には、多少の犠牲は仕方がないことだ」

「私は……そんな風には思えない」

「何を言う。沢山の人間を殺しておいて」

 田崎は由真の胸元に警棒を強く押しつけた。ボタンが押され、光線が発された瞬間に、由真の喉から悲鳴が漏れた。

 これ以上は耐えられない。朦朧としていく意識の中、脳裡に浮かんだのはいつも一緒にいるアルカイドの面々だった。強い感情に飲み込まれながらも、光にも似たそれに由真は手を伸ばす。

(誰か――)

 心の中で、譫言のように呟いた瞬間、花火の音を何倍にも凝縮したような爆発音が響き渡った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。