Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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9.復讐

「――俺を殺すつもりなんだろう、渚寧々?」

「殺すならあのときやってるわよ。殺してやりたいとは思ってるけど」

 何を差し置いても、田崎が由真にした仕打ちを許すことはできなかった。おそらく相手が由真でなければ死んでいただろう。死ななかったとしても、その人間の内部で種を割るということは「咲く」という最悪の事態を引き起こしてしまう。由真はその寸前まで追い込まれ、けれど最後まで耐え切ったのだ。でも今後、由真が何の後遺症もなく回復する保証はどこにもない。

「あなたの目的もメラクの考えてることもわかってるから、何かを聞くつもりもないわ。……でもどちらのことも許すことはできない」

 許せないからこそ殺さなかった。謝罪の言葉が欲しいわけではない。苦しんでいる姿を見て溜飲を下げたいわけでもない。ただ怒りをぶつける相手が欲しかった。

「管理者を失ってから、次の管理者を見つけるまで、セキュリティは非常に脆弱になる。北斗の家の事件で当時のドゥーべの管理人は死んでしまった。メラクはその混乱に乗じて、ドゥーべがそれまで集めた情報を掠め取った」

「そう聞いている。だから俺はお前が知らないあの事件の真実を知っている」

 それは由真が今に至るまでずっと隠しているものだ。由真が何かを隠していることはわかっている。薄々ではあるが、由真の能力波が寧々にははっきり見えない理由も、漆黒の能力波が時折見える理由にも気付きつつあった。それでも由真自身がそれを話すまでは、気が付いていないふりをしようと寧々は思っていたのだ。

「あの日のことだけではない。七星の中でも最高と言われるあの能力の全てを俺は知っている」

「どうせ由真が言う気になったらわかることをあなたから聞く必要はないわ」

 寧々の言葉に、田崎は嫌な笑みを浮かべた。ここはC-5地区のビルの地下にある、ハルの本体――Eta Ursae Majoris(アルカイド)が安置されている場所だ。いわば寧々の領域であるのに、田崎は随分と余裕そうに見えた。

「あの日、ある少年の開花が意図的に引き起こされた」

 寧々は聞く必要がないと言っているのに、田崎は構わず続ける。寧々は舌打ちをして応えた。

「少しは黙ってられないの?」

「聞きたくないと耳を塞いでも、これは事実なんだよ。ガサ入れされそうになった施設そのものを葬り、ドゥーべがそれまで手に入れた実験結果を守るためにそれは計画された。負の力を原動力として、既に何度も人を殺して負荷をかけていた少年を咲かせて、実験と同時に証拠を全て消そうとした」

「それ以上喋ったら殺すわよ」

 寧々は田崎を睨みつける。おそらく寧々がその能力で人を殺すことができることもわかっているだろう。しかし寧々を諌めるような声が頭の中に直接響く。ハルの声だ。田崎にはわからないように寧々に信号を送ってきているのだ。

(寧々に能力を使わせるのが目的かもしれない。メラクは七星の抹殺を狙っている。寧々はその対象だ)

 わかっている、と寧々は頭の中で答えた。能力で人を殺すのは寧々にとってはリスクが高い。それなら隠し持っている銃を使うべきだ。

「聞く必要はないと言いながら、知りたいとは思っているだろう? そもそもその能力は知識を代償にする。知りたいという欲求は誰よりも強いはずだ」

「それ以上喋るなって言ってるのが聞こえないのかしら?」

 寧々は田崎には弾が当たらないように銃を撃った。威嚇射撃だ。けれど田崎は耳の横を擦り抜けていった銃弾もものとはしなかった。

「その方法が傑作だったな。一番負の感情を強める方法を考えるのは人間に委ねられた。そして人間は本当に悍ましいことを考える」

「――黙れって言ってんのよ、この下衆野郎」

 寧々は一気に間合いを詰め、田崎の口の中に銃口を押し込んだ。隠しているのは隠すだけの理由がある。精神汚染の能力を使われて何が起きていたのかほとんど認識できていないと由真が言った、あの最悪の一日のこと。そして寧々たちがあのタイミングで踏み込まなかったら起きていたであろうこと。断片的な情報から推察はできる。そもそも寧々は、そして由真を最初に診察した歩月は、今まで由真本人にある事実を隠し続けている。

 由真がそれをはっきりと思い出せないのなら、それが真実であっても暴くべきではないと判断した。それを田崎が口にすることはどうしても許せなかった。できることなら記憶から抹消してしまいたい。

「そんなことは、由真の体を調べれば誰でもわかることよ」

 そしてそれに対して開花してしまうほどに怒りを爆発させた少年がいたのだ。寧々も同じ状況に置かれれば、同じように怒るだろう。何を壊しても止まらないほど、我を忘れてしまうほどに、怒りに全てを支配されるに違いない。今だって、引き金を引いてしまいそうになるのを必死に堪えているのだ。

「――管理者として命じるわ。プランCを実行しなさい」

 それはハルにとって、決して逆らえない命令だ。寧々の最終目標のためには残り六体の人工知能の制圧が必要だ。けれど制圧と言ってもやり方は複数ある。説得に応じるのならそれでいい。単に機能を停止させることもできる。けれど寧々が選んだのは人工知能の完全な破壊だった。

 

「データも何も残す必要はないわ。――幸せな夢を見て眠りなさい」

 

 管理者の生体データが人工知能の一番のセキュリティになる。肉体と精神を含むデータは複雑で、最高の人工知能をもってしても簡単に解析できないからだ。けれど管理者の生体を通せば、それを鍵として簡単に道を開けてしまうという欠点もある。ここに田崎の体とハルの本体があるという今の状況ならば、メラクの破壊は容易だった。あのとき、メラクが梨杏という狙撃手を想定していなかった時点で勝負は決まっていたのだ。

「大丈夫よ、殺しはしないわ。ただ悲しい記憶は全ていい思い出になるだけよ」

 その記憶を思い出として定義し直してしまうことを精神の死と呼ぶなら、それは確かに死なのかもしれない。けれど何もせずに彼を現実に返すことはどうしてもできなかったのだ。

「……ぁ」

 田崎が呻き声と共に呟いた名は、かつて愛した人のものなのだろうか。微笑みを浮かべながら身体の力を抜いた田崎の口から、寧々は銃を引き抜いた。

「同情はしないわよ。私は由真ほど優しくはないから」

 寧々のしたことを知れば、由真は少し悲しい顔するのだろう。それでも普通に生活できる程度には留めておいた。ただ過去の悲しい記憶が思い出になってしまっただけだ。それを根源とした能力者への憎悪ももしかしたら消えてしまったかもしれないけれど、それは些細な問題どころか、寧々にとっては都合のいいことだった。

「作戦完了だ、寧々。これはどうする?」

「どっかの交番前にでも置いておけば何とかなるでしょ。少し休めば普通に動けるはずよ」

「これでよかったのか?」

 メラクは寧々の両親の仇だった。けれどその破壊についてはハルに全てを任せた。恨みが消えていたわけではない。けれど自分で手を下す必要はないと思ったのだ。

「いいのよ。よく言うじゃない、『復讐は何も生まない』って。自分の手で殺したところで虚しくなるだけよ。それに、それよりも今は――」

 心は先を見据えていた。両親の仇をとったところで二人が帰ってくるわけではない。怒りをぶつけたいと思ったけれど、ぶつけたところで現状が変わるわけでもない。思うのはただ、いま由真はどうしているのかということだけだった。

 息を吐き出して、携帯を見ると星音からの不在着信が残っていた。ほんの一分前のことだ。

「ここって携帯通じるのね。かなり深いから無理だと思ってたわ」

「私が電波塔の役割を果たしているからな」

 かえって地上の変な場所より通じるかもしれない、とハルが言っているのを聞きながら、寧々は星音に電話をかけた。電話に出た星音の声の柔らかさで、その用件は大体察しがつく。

「そう。目が覚めたのね……よかった」

 けれど見舞いに来るのは少し待ってほしいという話だった。歩月の診察もあるだろうし、そもそも今は夜で面会時間ではない。明後日には大丈夫だと思う、と星音が言うので、寧々はそれを了承して電話を切った。

「っ……よかった……」

 電話を切った瞬間、寧々は堪えきれずにその場に座り込んだ。冷静な振りをしていたけれど、本当はずっと頭を離れなかった。違う世界を生きた自分が辿った運命。由真を失ってしまうという未来はあと一歩で現実になるかもしれなかったのだ。これからどうなるかはわからない。けれど首の皮一枚でもどうにか繋がったことに安堵する。

 由真の存在は寧々自身の復讐よりもずっと大きかった。常に崖の上に立っているようなことをしているのは事実だ。けれど由真を閉じ込めてその心を殺すのは寧々の本意ではない。崖から落ちそうになったら落ちる前に助ければいい。落ちたときは運命を共にしよう。自分にとって最も大切なものを再認識しながら、寧々は溢れた雫を拭ってから立ち上がった。

 

 

「話すのか、全部」

「いやアルがあんなことするから話さざるを得なくなってるんだよ?」

 星音が寧々に電話をしている間、病室に残された由真は冷蔵庫に入っていたお茶を飲みながら苦笑いを浮かべた。

「使えるものは使った方がいいと思ったんだ」

「まあやっちゃったものは仕方ないけどさ……星音にどんな影響があるかもわからないのに」

 結果的に成功はしたけれど、リスクはかなり高かった。共倒れになる可能性だってあったのだ。

「それでも、あのままにしておくわけにはいかなかったし、それは多分彼女も同じだろう」

「……後悔することになるかもしれないけどね」

「後悔?」

 由真は頷く。全てを話したところで理解されるとは思っていない。もしかしたらこれを最後にそこにはどうしようもない距離が開いてしまうかもしれないのだ。

「彼女に限ってそんなことは無いと思うけどな。それにあれは由真の意思でやったことではない」

「誰かの命令で市街地に爆弾を落とした兵士がいたとして、それで沢山の人が死んでしまったとして、その兵士は罪に問われないの?」

 仕方がないという言葉では片付けられなかった。誰かがそう言って由真を慰めたとしても、由真はそれを受け入れられないだろう。

「……あんな風に助けてもらう資格なんて、私には」

「資格なんてどうだっていい」

 間髪入れずに返すアルの口調は幾分か厳しかった。目の前にはいないはずの彼の、吸い込まれそうな緑色の瞳を由真は思い出した。

「あのとき由真は僕を死なせてくれなかった。そんな君が、勝手に死ぬことは許さないよ」

「……そっか。それは確かにそうだね」

 寧々が田崎を殺さなかったように、由真が鎌鼬事件の犯人の暴走を止めたように、相手を生かす理由は、ただ生きていてほしいという純粋な願いだけではないのだ。

 何故あのとき殺してくれなかったのかと彼は問う。由真の答えはあの日から変わっていない。それはただ、死んでほしくなかったという身勝手な、本人の気持ちなど何も考えていない願いだった。

 全てを話してしまえば、何もかもが壊れてしまうかもしれない。それはとても苦しいことだ。けれど話す覚悟はこれで決まった。自分は許されないからこそ生かされている――そのことを確信することができたから。

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