Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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3.やっちゃいけないが溢れて

 

「あ、今日君となんだね」

「正直今すぐ帰りたいと思ってる」

「えー、私は楽しみなのになぁ」

 だから嫌なんだ、とアルコルは心の中だけで言った。外に出る仕事で組む相手には限りがある。今から人を殺しに行くというのに鏡を片手に髪型を直しているιUMa(タリタ)とはミザールの次に一緒になることが多いが、そのときは必ずと言っていいほどトラブルに巻き込まれるので、アルコルとしては避けたい相手だった。

「そっちが命令違反をする度に尻拭いをさせられる方の身にもなってほしいんだけどな」

「えー、でも殺せって命令は守ってるんだけどなぁ、私」

「逆に言えばそれしか守ってないんだよな……。だいいち時間かけすぎだし目立ちすぎだし……」

「見られたらその人も殺せばいいだけじゃない?」

 余計な殺しをすれば足がつきやすくなる。だからこそ命じられる仕事はできるだけ誰にも見られないように遂行しなければならない。けれどタリタは相手の悲鳴を聞かないと満足できないらしく、そのせいで目撃者も始末しなければならなくなったことが何度もある。

「今日は数が多いらしいから、頼むから余計なことはするなよ」

「みんな殺せばいいんでしょ?」

「まあそれはそうなんだけど……」

 タリタに何を言っても無駄だ。タリタはおっとりと可愛らしく見える容姿に反して、ただ人を殺すことが好きなだけの人間だ。人の命を奪うには都合のいい人材かもしれないが、ただ殺すだけでは満足できないあたりは厄介だ。

 けれど外から北斗の家に来た人間で、誰に何の能力も使わずに進んで人を殺しているのはタリタくらいだ。他は誰でも最初は抵抗を見せる。それでも数度に渡って精神汚染を使われれば抵抗の意志を失っていくし、そのうち人を殺すことを楽しむようになる人もいる。大抵はそうやって順応していくのだ。それがいまだに出来ていないのは――そこまで考えたところで、アルコルは思考を止めるように溜息を吐いた。

「何か調子悪そうに見えるけど大丈夫?」

「……さっきミザールのところに行ってきたから問題はないはずだけど」

「そう。最近あんまり調子良くなさそうだから気になって」

 他人を殺すことにしか興味ないくせに。タリタはどうやらアルコルのことを多少は気に入っているらしかった。けれど彼女に気に入られるということは、悲鳴を聞きたいと思われることだ。全く嬉しくない。

「仕事の上では問題ない」

「気にしてるのは新入りちゃんのこと?」

「さっきはミザールとアイス食べてたけど」

 アルコルがこの後何をしにいくかは察していたのだろう。決して目を合わせようとはしなかった。

「まだ話したことないんだよねぇ」

「お前とは真逆だよ。絶対に分かり合えないだろうね」

「それは知ってるよぉ。でも真逆って意外に近いこともあるよ」

 命題が真なら対偶も真、のようなことだろうか。人を殺すことを楽しむタリタと激しく抵抗する由真が分かり合える日はおそらく永遠に来ない。

「あんなに楽しいのに、どうしてあんなに嫌がるんだろうねぇ」

「一緒にしないでくれるか。僕は別に楽しんでやってるわけじゃないんだ」

「楽しくないから最近迷ってるの?」

「迷ってる? 何の話だ?」

 タリタはにっこりと笑みを浮かべた。見た目だけなら完璧な笑顔だ。大きな目が光を湛えてアルコルを見つめている。

「あの子が来てから、ちょっと変わった気がする」

「……そんな簡単に人間変わるものか。こっちは生まれたときからこうやって生きてるんだ」

「それならいいんだけど。まあ今日はせっかくだし楽しもうよ」

 人を殺すことに躊躇いはないが楽しいとも思えなかった。元々感情が十分に育たなかった人間だ。楽しいことも苦しいことも多くは知らない。

 

 

 煌びやかな立食パーティー。上質な服に身を包んだ人たちが和やかに話をしている。けれど和やかに見えるのは表面上だけだとわかっていた。彼らは絶えず駆け引きをしているのだ。より多くの名声を、富を、権力を手に入れるために。無能力者の有力者たちが集まる機会を狙い、それを潰すことが今回の仕事だった。もちろん警備の人間はいるが、敵になるような相手ではない。時間が来たらさっさと終わらせる類の仕事。アルコルはパーティーの客に紛れ込みながら時間を待っていた。

「お酒飲めるんだっけ?」

「これアルコール入ってないらしい」

「じゃあ私も飲もうかな」

「……あんまり話しかけるなって言われたの覚えてないのか?」

「いいじゃん、全員死んじゃうんだから」

 目立たないように行動しろと言われているのに、タリタはすっかりパーティーを満喫していた。アルコルは飲み物を飲むふりをしながら様子を窺い、どうやって最短時間で終わらせるかを考えているのに、タリタはそんなことを全く考えてはいない。

(子供もいるのか……)

 どこかの偉い人の子供なのだろう。その出自を知る必要はない。タリタが言っているように、今日は殲滅しろという命令だから、子供でも大人でも、貴賤も何も関係はない。

(あいつは……子供だと尚更躊躇いそうだな)

 自分を殺そうとしている人間を殺すことさえ躊躇った少女のことを思い出す。タリタのような人間はあくまで特殊で、外の人間は人を殺すことにある程度抵抗を覚えるものらしい。窮屈な生き方だと思う。己の目的に必要のないものは排除する。ただそれだけのことができないのは、自分で自分の首を絞めているようにさえ見えた。

(いいんだ。僕は……命じられたことをただ実行するだけの人形だ)

 指定されていた時間が訪れる。タリタに目配せをすると、タリタは掌の上に出した小さな箱を握り潰した。一瞬の間のあと、会場を照らしていた巨大なシャンデリアが落下して、あたりは混乱に包まれた。

「誰がそこまで派手にやれと言ったんだ……」

 やってしまったものは仕方がない。シャンデリアが落下したことにより作り出された暗闇。その中で響く悲鳴の合唱。逃げようとする人がぶつかりあって怒号が飛ぶ。互いに譲って助け合おうとすれば、もしかしたら逃げられるかもしれないのに、余計に事態を悪化させている。タリタは既にランダムに選んだ人間を潰して遊んでいる。アルコルは自分の役目を思い出して目を閉じた。自分はタリタの取りこぼしを処理するだけだ。右手に握った能力で作り出した見えない剣は長さも自在に変えられる。見えないものを避けるのは至難の業だ。混乱の中に入って行って、狙われていることにもわからないままに人が倒れて行く。悲鳴が徐々に減って行く。もちろん出口は塞いである。逃げ道などどこにもないし、残った人間たちもタリタには気付いていてもアルコルには気付いていない。姿を見せないように背後に回りながら不可視の剣を突き刺す。

(あとは――)

 静かになった部屋の中で、残ったのは物陰に隠れていた少年だけだった。怯えて蹲る子供を殺すのは、赤子の手をひねるより容易い。アルコルは少年に剣を振り下ろそうとして――何故かその手は途中で止まってしまった。その刹那に少年の首が捩じ切れる。タリタがとどめを刺したのだ。

「……これで終わりか」

「そうみたいだね」

 終わったことを連絡し、予め決められたルートで脱出する。いつもと変わらない仕事のはずだった。けれどタリタは施設に戻る車に乗り込んでから、アルコルに小声で話しかけてきた。

「やっぱり調子悪かったね」

「何の話だ」

「最後の子のとき、一瞬躊躇ったでしょ? 今までそんなことなかったのにねぇ」

 自分でも何故止まったのかわからなかった。子供の命も大人の命も同じで、平等に無価値なものなのに。人を殺すことは、睡眠を妨害してくる蚊を殺すことと何も変わりはしないのに。

「大丈夫だよぉ、角田さんには黙っておくから」

「……別に秘密にしてほしいと言ったつもりはないが」

「でもアレ使われるの嫌なんでしょ?」

「耐性がついてるからちょっとやそっとじゃ効かないだけだ」

 角田の精神汚染には対抗手段がないわけではない。もちろんそれにも限界があるが、幼い頃から何度も使われているうちに慣れてきてしまった。あまり効果がないとわかっているのか、それともアルコルがあくまで従順に見えているのか、ここ数年は使われたことがない。

「……正直由真に対しては使いすぎだ。あのままじゃいつか廃人になる」

「やっぱりあの子のこと気にしてる。そんなに気になる?」

「ミザールが三日で部屋から追い出さなかった初めての人間だからな。何があったかは知らないけど」

「私なんて二時間で追い出されたよ」

「……それはどう考えてもお前が悪い気がするが」

 ミザールは精神干渉系の能力全般を使えるだけあって、人の心には敏感だ。だからこそ休息場所である自分の部屋に長時間他人がいることを嫌がる。同室に配置された人を何度も追い出していたのに、由真だけはずっと部屋に置いている。彼女は何かが違うのだろう。けれどその何かはわからない。その謎がアルコルを引きつけているのもまた事実ではあった。

「でも、あの子の側に寄り過ぎたら、きっと苦しむことになるよ」

「……心配してるのか? お前らしくもない」

「ううん。私はどっちかというと苦しんでくれた方が嬉しい」

「お前に期待した僕が間違いだった」

 タリタはそういう人間だ。精神的にも肉体的にも、誰かが苦しむ顔を見るのが一番楽しいのだという。その性格には大人たちも手を焼いているが、角田の精神汚染どころかミザールの精神干渉でもどうにもならないほどに心根が真っ直ぐに歪んでいるので、手の打ちようがないらしい。精神系の能力をほとんど受け付けないという点で見ればある意味最強かもしれない。

 施設に戻って簡単な報告をしてから居住区画に戻る。しかし自分の部屋に戻るような気分にはなれず、アルコルは屋上に向かった。屋上にはプールがある。昼間は表の子供たちが使っているが、夜にここを使うことはない。けれど屋上への扉の鍵を開けた瞬間に、先客がいるのに気がついた。

「……何でここに」

「蒔菜に教えてもらった。邪魔なら出て行くけど」

 服を着たままプールに入っていた由真は、アルコルの姿を見るなり、部屋に戻って行こうとする。別にそのまま帰しても問題はなかったはずなのに、アルコルは思わず由真を呼び止めた。

「邪魔なんて言ってないだろ。帰りたいなら別だけど」

 由真はそのままプールへと引き返して行く。一人でぼんやりするつもりだったのに当てが外れた。そのはずなのに、なぜかどうでもいいことを尋ねてしまう。

「泳ぐの好きなのか?」

「泳ぐっていうよりは……水全般が好きっていうか、近くにあると落ち着くというか」

 由真の濡れた髪の毛の先から雫が落ちている。その一雫の珠に映り込んだ月に、アルコルは思わず目を奪われた。けれどそれ以上に、由真の左腕の内側にあった真新しい傷に目が行った。

「……腕、怪我したのか」

「そっちこそ血まみれだけど」

「これは僕の血じゃない」

 腕の内側を他人が傷つけるのは難しい。治っている傷も含め、そこにある幾条もの線は、おそらく由真が自分でつけてしまった傷なのだろう。他人を傷つけるのはあれほど躊躇うくせに、自分を傷つけることには躊躇いがない。由真はこのままここにいたら壊れてしまうのではないか。そう思うと同時に、それを怖いと思う自分自身に戸惑った。

「……プールの水なら消毒してるようなもんか」

「どうだろ。この水そこまで綺麗かな」

「少なくとも塩素は入ってるだろ」

 自分を傷つけない方がいいなどと、さっき人を殺してきた人間に言われても何の説得力もないだろう。だからアルコルはそれ以上何も言わず、プールに入ったままで月を仰ぐ、その横顔をずっと見ていた。

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