Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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11.光の浮かぶ水面に ともに還ろう

 

 長い話だった。そして、由真が今までそれを決して語ろうとしなかった理由は、その話の中に全て含まれていた。誰も救うことは出来ないと思っている、その絶望の理由も。

 何を言えばいいのか、星音にはわからなかった。由真は自分自身が削られていってしまっても構わないと思って、アルを受け入れる決断をした。それだけの想いを前に、静かに落とされた透明な涙を前に、なにか言える人が果たしているのだろうか。

 自分の力では誰も助けることは出来ない。そう由真は言っていた。その言葉には言葉通りでない意味があったのだ。一番助けたかった人を助けられなかったことを、由真はきっと今でも後悔している。

 言葉は何も出なかった。ただ、その華奢な体を抱きしめることしか、星音に出来ることはなかったのだ。折れてしまいそうなくらいに強く抱きしめると、由真の手がそっと星音の頭を撫でる。

「何で星音が泣くかな」

「だって、こんなのあんまりじゃないですか……!」

 どうしてあんな辛い目に遭わなければなかったのか。由真が何か悪いことをしたのか。少なくともまだ中学生の子供が体験していいような出来事ではない。断片的な話から予想していたよりもずっと残酷な過去だった。この世に神様がいるのなら、どうして由真のことを救ってはくれなかったのだろうか。

「私は沢山人を殺してしまった。アルだってそう。今更許されるとは思ってない」

「それだって、やりたくてやってたわけじゃない!」

「そうだね。でも……私達がしたことで傷ついた人だって沢山いた。田崎さんだって……あの人のことは好きじゃないけど、あの人だって被害者なんだよ」

 それでも、由真の言葉が正しいとしても、この人が救われて欲しいと星音は思った。何よりも、いつか由真自身が由真を許せる日が訪れることを祈っていた。

「アルのことは、みんなにはまだ言わないでいてほしい」

「でも、ちゃんと話したらみんなだって」

「このままでいれば、将来的には私の方が死ぬって言っても?」

 それは内側から由真を蝕む毒そのものなのだ。由真のことを思うなら、彼は排除されるべきものだ。だからこそ由真は誰にも話せなかったのだ。言ってしまえば、彼を本当に失ってしまうとわかっていたから。

「私だって嫌です。由真さんがいなくなるのは絶対に嫌」

「わかってる。でも、私はアルを殺せない」

「どうにもならないんですか? 何かこう、うまいこと共存する方法とか」

「それは無理なんだよ、どうやっても」

 声の調子が少しだけ変化する。見た目は間違いなく由真なのに、それがアルであることは、星音にはすぐにわかった。

「急に入れ替わられるとびっくりするんやけど……」

「今の僕はこうやって、由真の体を借りることでしか意思疎通が出来ない。でも、僕がこうやって簡単に出てこられるのは、あまりいい状態とは言えない」

 星音は椅子に座り直し、由真の姿をしたアルと向かい合った。

「僕の力はこの制御装置と由真の力によって押さえ込まれている。押さえ込まれている間は、僕が由真の体の制御を奪うことは出来ないはずだった」

「……つまり、それだけ押さえ込む力が弱まってる?」

「君が治療してくれたおかげで、しばらくすればもう少しまともな状況にはなると思うけれど。でもいずれは限界が来るだろう。僕は、ここに存在しているだけで由真を傷つけ、すり減らしてしまう。死者は生者を蝕むもの。だから僕たちの間には本来は境界線が引かれなければならない」

 由真もおそらくはそれをわかっているのだろう。けれど、自分が斃れることになっても、アルに生きていてほしかったのだ。その想いを否定することは、星音にはどうしても出来ない。

「アルさんはどうなんですか?」

「どうって?」

「こうなったことを、後悔してる……?」

 どうしてそんなことを聞いたのか、星音自身もわからなかった。けれどどこかに、一欠片でもいいから希望がないかと探してしまったのだ。

「後悔はしてないよ。もし今あのときに戻れたとしても、僕はきっと同じことをする。それに……こうなったおかげで、僕は初めて北斗の家以外の世界を知ることが出来た。だから、それだけで……僕は十分だ」

 結局、後悔しているのは、アルを手放す決断が出来ないのは、由真の方なのだ。由真が心変わりする以外に、この状況を変える方法がない。

「でも、ひとつやらなければならないことがある」

「やらなければならないこと?」

「北斗の家の裏には世界の命運を握る人工知能のひとつがあった。あのとき、渚寧々はその姿を捉えることは出来なかった。いずれ、僕たちはそれと対峙することになるだろう。それがいつになるかはわからないけれど」

「……どうしても、戦わなきゃいけないんですか」

「逃げても追ってくるだろうな。由真の力は、それだけ特別なものだ」

 どうしてなのだろう。

 どうして、その力を持つのが由真だったのだろう。

 例えばそれがもっと非道な人間だったら、世界にとっては最悪かもしれないけれど、本人にとっては幸福なことになっただろうに。

 星音は唇を噛んだ。きっとこの世界に神などいないのだ。神がいるなら、一人だけこんな運命を背負わされたりはしないはずだ。星音にはそれを肩代わりすることは出来ない。ただ、傍に居続けることしかできないのだ。

 

 

 それから二週間後、由真が退院して喫茶アルカイドに復帰した。暫くは外に出る仕事はなしだと寧々が言っていた。今日も相変わらずそれほど客のいない店のカウンターで由真がコーヒーを淹れているのを、星音はぼんやりと眺めていた。

「何、じーっと見て」

「いや……コーヒー淹れるのは様になってるくせに、コーヒー飲めないんやなと思って」

「砂糖とミルク入れたら飲めるし」

「そこでそう言い返すところが子供なんですよ」

 日常が戻ってきたと、星音は安堵していた。あれ以来、アルが表に出てくることもない。種の傷が治ったことで、能力は安定を取り戻したらしい。けれど、勿論全てが解決したわけではない。

「ほら、コーヒー淹れ終わったから持って行って」

「はーい」

 店内の奥のテーブルに座る常連客にコーヒーを持っていく。その人はいつもクッキーとコーヒーを注文して、一時間ほど本を読んでから店を出ていく。コーヒーとクッキーをテーブルに置くと、その人はありがとう、と本から目を離さずに行った。いつもの光景だ。

 

 けれど鳴り響いた着信音が、穏やかな日常を再び打ち砕いた。

 

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