Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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三番目の足跡
1.新しい名前


 歩くのを覚える前に、能力の使い方を覚えた。手の中に生まれる小さな箱を壊す度に何かが壊れていくのが面白かった。でも最初はおもちゃを壊すだけだった。動いているものを壊せるほどの力はまだ使えなかった。

 私の能力は好奇心を原料にしている。私は好奇心のままに沢山のものを壊してしまう子供だった。そして五歳になった頃、私の好奇心は目の前にいる大人に――つまり両親に向いた。

 その体のいろいろなところを壊していった結果、両親は死んでしまった。騒ぎを聞いて駆けつけた警官に私は保護されて、でも五歳の子供を法では裁けずに持て余し、私は北斗の家に引き取られることになった。

「君は、君のお父さんとお母さんにやったのと同じことをやればいいんですよ」

 角田は私にそう言った。目の前には怯える大人の男。この人が誰なのかなんて関係ない。私はただ、誰かの悲鳴を聞きたいだけだ。

 三つの箱を出す。左右の二つをひねると、男の右腕と左足がありえない方向に曲がる。男の野太い悲鳴は濁っていて、綺麗とは言い難かった。あまり面白い相手でもない。私はその次に真ん中の箱を捻った。それは首と繋がっていて、簡単に首の骨を折られた男はあっという間に絶命した。

「話に聞いていたよりも、ずっと君は――いや、使いようによっては非常に役に立つ」

「この人で終わりなの?」

「いや、まだ沢山いますよ。でも今日はここまでです。他にも色々ここで生活するためにやらなければならないことがありますから」

「そうなの? じゃあ明日はまたできる?」

「ええ、できますよ」

 これから沢山楽しいことができると角田は教えてくれた。私はこれからの日々に心を躍らせながら、角田に連れられて部屋を出た。

「君に新しい名前をつけなければなりませんね」

「新しい名前?」

「過去を捨て、ここでの新しい自分になるために」

 角田は少し考えてから、持っていた小さなノートに字を書いた。ιUMa(タリタ)――その名前を私は気に入り、元々の名前はそれから暫くしてすっかり忘れてしまった。

 

 

 それから何年かが過ぎて、私は角田に呼び出されていた。角田は呆れたように溜息を吐く。

「何故あの子を殺したのか、教えてくれないかな?」

「んー……何となく、悲鳴が聞きたくなって」

 ある日私は、それまで同室で過ごしていた職員の女性を殺した。理由は特になかった。今日はおやつにケーキを食べようと思うのと同じくらい、私にとっては何でもないことだった。

「君には部屋を移ってもらいます。さすがにあの血まみれの部屋に七星を淹れるわけにはいかないので」

「新しい子が来るの?」

「先週言ったはずですが。君と同室だった職員の代わりに、七星の子が君の部屋に入る予定だったのです」

「そうだっけ。殺しがいのある子だといいなぁ」

「殺されては困るのですが……まあ彼女なら問題ないでしょう」

 角田の言葉の意味は、そのあとすぐにわかった。北斗の家に初めてやってきた七星の少女。ζUMa(ミザール)こと椎名蒔菜は精神干渉能力の持ち主で、何もしていなくても相手の心を読むことが出来た。細かいところまでは集中しなければ難しいらしいが、蒔菜が私の本質を読み取るのにさほど時間はかからなかった。

 ミザールと新しい部屋に入ってから二時間後、私は部屋を追い出された。

「いや、自分のこと殺そうとしてる人と一緒に生活するのは無理だわ」

「そんなぁ。私はあなたのこと結構好きだと思うよ」

「それが駄目なんだけど……。あんた、気に入った人ほど殺したくなるタイプだろ」

「ざぁんねん。でも部屋別がいいなら仕方ないね」

 その後も蒔菜は誰と同室になっても長くは続かなかったが、二時間で追い出されたのは私だけだった。他の人もその心を読み取って信用できないと思ったから追い出したのだろうけど、蒔菜を殺したいとまで思っていた人は他にはいなかったらしい。そういうわけで、私は血まみれだったを頑張って清掃した、元の部屋に戻されることになった。

 初めての七星だということで、蒔菜は様々な実験に参加させられていた。彼女が特別であることは誰もが知っていたから、彼女はどこか遠巻きにされていた。私も私に積極的に話しかけてくる人があまりいなかったために、部屋を追い出されてからも食堂などで一緒になるときに話をしていた。

「ある日いきなり自分に子供がいるって言われたらどう思う?」

 食堂でたまたま近くの席になったときに、急に蒔菜がそう尋ねてきた。何で私に聞くのかわからなかったけれど、きっと他の人には聞けなかっただけなのだろう。

「うーん……自分の子供殺したらどうなるのかなとは思うかな」

「ごめん、聞く相手を間違えすぎた」

「えー、真面目に答えたのに。でも何で急にそんなこと聞くの?」

「いつの間にそんなことになったのかわからないんだけど、どうも遺伝子上の子供がいるらしいんだよ、私」

 いつの実験だったのかはわからないけれど、卵子を採取されて、それで人工的に作られた子供らしい。七星の子供がどんな能力者になるのか気になったのだろう。ミザールには伴星があるという話も小耳に挟んだ。でも蒔菜にとっては寝耳にみずだったのだろう。

「しかも培養槽で急速成長させて、学習装置でその年齢に見合う知識とかを植え付けて、十七歳の状態になってるって」

「年上になっちゃうね、それ」

「そう。十七から歳を取らないらしいけど、今の時点で自分より年上の子供ってどういうことよと思って」

「十七歳かぁ。ってことは殺しても悲鳴はあんまり可愛くないかなぁ」

「……通常運転すぎて逆に安心するわ」

 蒔菜は動揺しているようだった。多分、普通の人はそんなことがあったら動揺するのだろう。でも私は子供がいたとしても、それが他の人と違うとは思えないのだ。誰だって、それが人間である限りは肉と骨で出来ていて、痛みがあれば悲鳴を上げる。ただそれだけのことなのだ。

「まあ多分、あんたもいずれ会うことになると思うよ」

「そっかぁ。強いの?」

「負の感情がないと能力が使えないのに、どうやらその感情が欠けてるみたいで。でも私が補助すればまぁ……めちゃくちゃ強いね」

「楽しみだなぁ。殺したくなっちゃいそう」

「殺さないでくれる? 一応半分は私の遺伝子なんで。愛情があるかと言われるとわからないけどさ」

 急に降って湧いたような子供に愛情を抱くのは無理だと蒔菜は言う。けれど半分だけ同じ血を特別だと思ってしまってはいるのだろう。

「そういえば、もう半分っていうか……父親は誰なの?」

「うちにいるでしょ、もう一人精神系の能力者が。結果としては精神系の能力者同士でも全然違う能力で生まれてきたけど」

「へぇ、そうなんだ。それで人工授精でやったってのはちょっと驚きだね」

「……最低なこと思いつくって点ではよく似てるよ、あんたら」

「あの人本当に最低なこと考えるじゃない。殺したくなっちゃう」

「あんたは誰が相手でも変わらないね……」

 私だってすごく殺したい人と少しだけ殺したい人の違いくらいはある。気に入った人の悲鳴のことを考えるとドキドキしてくるし、嫌な奴の悲鳴のことを考えるとスカッとする。その違いが蒔菜にはわからないようだった。

「まあ多分、あの人私のこと嫌いなんだと思うよ。七星って以上に。心読めるしあの人の能力効かないし」

「だとしたら、お気に入りの七星の子がいたらとんでもないことになりそうだね」

「他の誰もここに来ないことを祈るよ」

 蒔菜が溜息を吐く。それに関しては私も同意見だった。人を殺す機会を作ってくれるから従っているだけで、本当は角田のことが大嫌いだったからだ。彼が言う計画なんて本当にどうでも良かった。能力者の世界なんて私には関係ないのだから。

 

 蒔菜が言っていた少年――80UMa(アルコル)と顔を合わせたのはその一週間後だった。整った顔立ち。目の形は少しだけ蒔菜に似ているような気がした。けれど目を引いたのはその瞳の美しい緑色だった。

 開花実験は私が北斗の家に来た頃から行われていた。けれど成功率はあまり高くはなかった。種に負荷をかけて割らなければいけないが、その前に暴走状態に陥ってしまうことが多かった。要するに一気に割れるまでの負荷を与えなければならないのだ。けれど触れることも出来ないその見えない臓器を恣意的に割ることは非常に難しかった。

 暴走状態に陥った場合は殺す。開花に至ったら、データを取るまで待ってから殺す。仕事は非常に簡単だったし、今日のタリタは補助要員だった。その仕事を任されていたのは彼で、私は彼がしくじったときに初めて出番が来るのだ。

 正直、しくじってくれないかと思っていた。そうでなければ誰も殺せずに待機だけで終わってしまう。

 椅子に拘束されていた子供が突然叫び声を上げる。子供の様子をモニターしていた職員が言った。

「駄目ですね、開花には至っていません」

 それを聞いた角田が横に控えているアルコルに声をかける。

「そうですか、残念です。では――」

 彼は精神汚染を使われてはいないようだった。最初から角田に従うように教育されているのだから、必要ないのだろう。彼はまるで見えない剣を握りしめるようにして、そのまま叫び声を上げる子供に近付いた。

 次の瞬間、子供の叫び声は途絶え、代わりに鮮血があたりを染め上げた。転がる子供の小さな首。そして子供をあっさりと殺した少年の、冷たく燃える緑の目。

 ――心の底からゾクゾクした。

 人を殺したときに味わう悦びにも似た感覚。人工的に作り出された道具とは思えないその目の光に、私は一気に引き込まれていた。本気で誰かを殺したがっているわけではない。私とは違う。けれど彼の中にはとても強い獣がいる。彼の感情は蒔菜が管理しているはずだ。それがわかっていてもなお、私はその目に惹かれてしまったのだ。

「次はもっと血が出ない方法でやってもらえるとありがたいですね」

「殺せとしか言われなかった」

「そうですね。では次からは気をつけることにします」

 美しい顔が血で汚れている。一瞬のあの目の光はもう見えなかった。人を殺す瞬間だけにそれが見えるのだろうか。だったらその瞬間に私は彼を殺してしまいたい。そのとき彼はどんな声を上げてくれるだろうか。私は密かに心を躍らせていた。

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