Alkaid   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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2.変わりゆくもの

 アルコルとは仕事上の付き合いしかなかったが、私は彼に積極的に話しかけていた。けれどどうも彼には嫌われているようだった。

「いや、当たり前じゃん」

「そうなの?」

「そりゃ『殺したいくらい気に入ってる』って言われたら大抵の人は『こわ、近寄らんとこ』って思うよ」

 蒔菜が呆れたように言う。彼女が食べているミートソーススパゲッティを見ながら私は考えた。この赤っぽい肉のソースがさっき見た死体を連想させるなどと言ったら、蒔菜の食欲は一気になくなってしまうのだろう。

「あの子でもそういうこと思うんだ」

「私もちょっとそう思った。でももしかしたら、結構普通の心の持ち主なのかもよ。まだちゃんと心が育ってないだけで」

「心が育つね……私はこのままがいいなぁ」

 蒔菜は何も言わない。彼女の意見が私と違うことはわかっていた。蒔菜は私とは違って、人を殺したいとは思っていない。ただ死にたくないから従っているだけだ。アルコルに対しても、私のような殺人鬼になってほしいとは思っていないようだ。

「あとあんたが必要以上に殺しすぎるから後始末が面倒くさいって言ってたよ」

「でもみんな死んだら目撃者もいなくなるよぉ?」

「それやってたらこの世界から人が消えるわ」

 この世から一人も人がいなくなったら殺す人がいなくなってしまう。それは困るな、と少しだけ私は反省した。それにアルコルが殺せる人を残さなければ、彼のあの目を見ることは出来ない。

「あんたのその性格は最悪だけど、通常運転で安心するわ」

「ありがと。蒔菜のことも好きだよ、殺したいくらい」

「うわ、嬉しくない」

 蒔菜は巻きつけたパスタでミートソースを拭うようにして食べている。赤いものがその唇に触れて吸い込まれていくのを、私はじっと眺めていた。

 

 

「何か調子悪そうに見えるけど大丈夫?」

「……さっきミザールのところに行ってきたから問題は無いはずだけど」

「そう。最近あんまり調子よくなさそうだから気になって」

 アルコル自身は気が付いていないだろう。けれど最近、彼はあの目をしなくなった。それでも人を殺す仕事は問題なくこなせているからいいのだろうが、私には物足りなかった。今のアルコルを殺したいとはあまり思わない。

「仕事の上では問題ない」

「気にしてるのは新入りちゃんのこと?」

「さっきはミザールとアイス食べてたけど」

 新入り――蒔菜の願いとは裏腹に、少し前に北斗の家に新たな七星の少女が入ってきた。蒔菜と同じ部屋になって、今まで追い出されていないということは、その心には嘘がないし、私のように人を殺したくて仕方ないわけではないのだろう。ここで生きていくのには向いていない性格だ。七星のひとつであるηUMa(アルカイド)と呼ばれている少女。最強の能力者だというから、私も少し気になっていたが、どうやら彼女は人を殺したくはないと角田にいつも反抗しているようだ。強い能力が在るのに残念なことだ。

「まだ話したことないんだよねぇ」

「お前とは真逆だよ。絶対に分かり合えないだろうね」

「それは知ってるよぉ。でも真逆って意外に近いこともあるよ」

 真逆だからこそ、相手が何を嫌がるのかはわかる。話したことはなくても、きっと彼女が私の好きなものが嫌いで、私の嫌いなものが好きなのだろうということは予想できる。

「あんなに楽しいのに、どうしてあんなに嫌がるんだろうねぇ」

「一緒にしないでくれるか。僕は別に楽しんでやってるわけじゃないんだ」

「楽しくないから最近迷ってるの?」

「迷ってる? 何の話だ?」

 自覚はないらしい。最近、アルコルの攻撃には迷いが生じている。簡単に人の首を跳ね飛ばしていた彼からは考えられないことだ。何かに心を支配されているように感じる。そしてそれがあの七星の少女――柊由真であることは、何となく察しがついていた。

「あの子が来てから、ちょっと変わった気がする」

「……そんな簡単に人間変わるものか。こっちは生まれたときからこうやって生きてるんだ」

「それならいいんだけど。まあ今日はせっかくだし楽しもうよ」

 きらびやかなパーティーを今から二人でぶっ壊す。パーティーに集まっているのは無能力者の有力者やその親族たちだと言われた気がしたけれど、相手は誰だって構わなかった。言われた人は殺していいから殺すだけだ。

 できるだけ混乱を巻き起こしたくて、最初にシャンデリアを落とす。暗闇の中で逃げ惑う人の悲鳴の合唱を聞きながらその命を奪っていく。悲鳴を操る私はまるで指揮者のようだった。有象無象のオーケストラ。そして今夜のソリストは、暗闇でもすぐにわかる緑の瞳。私は横目で彼を見つめていた。

 でも、やはりいつもと違う。気付く人はほとんどいないだろう。けれど人を殺すその瞬間の目がどこか曇っている。私は少し苛立っていた。アルコルにではない。彼を変えてしまった由真に対してだ。

 静かになった部屋で、最後に残った子供に剣を振り下ろせないでいたアルコルに変わって、私はその子供の首を力任せに捩切った。

「……これで終わりか」

「そうみたいだね」

 私が不機嫌なことに、彼は気付いていないようだった。私は皮肉をこめて言う。

「やっぱり調子悪かったね」

「何の話だ」

「最後の子のとき、一瞬躊躇ったでしょ? 今までそんなことなかったのにねぇ」

 北斗の家に戻る車の中で、私は彼に言った。私のことが嫌いなのはわかっているけれど、彼は話しかけた人間を無視することはしない。根本的には善人なのかもしれない、とその度に私は思う。

「大丈夫だよぉ、角田さんには黙っておくから」

「……別に秘密にしてほしいと言ったつもりはないが」

「でもアレ使われるの嫌なんでしょ?」

「耐性がついてるからちょっとやそっとじゃ効かないだけだ」

 元々精神系能力者の血を継いでいるのもあって、耐性がつくのも早かったらしい。けれどミザールに能力を使われるのはいいのに、角田に使われるのは嫌がっているのを見たことがある。

「……正直由真に対しては使いすぎだ。あのままじゃいつか廃人になる」

「やっぱりあの子のこと気にしてる。そんなに気になる?」

「ミザールが三日で部屋から追い出さなかった初めての人間だからな。何があったかは知らないけど」

「私なんて二時間で追い出されたよ」

「……それはどう考えてもお前が悪い気がするが」

 確かにそうなのだろう。私は彼女のことが好きだけれど、殺されたくないと思うから追い出すという気持ちは頭では理解できる。だからといって思考は変えられないだけだ。それよりも気になるのは、アルコルが由真のことを気にし過ぎていることだ。

「でも、あの子の側に寄り過ぎたら、きっと苦しむことになるよ」

「……心配してるのか? お前らしくもない」

「ううん。私はどっちかというと苦しんでくれた方が嬉しい」

「お前に期待した僕が間違いだった」

 心配とは言い難い。私は彼のあの目をもう一度見たかった。腑抜けた姿は見たくなかった。でもそれはもう無理なのだろう。一度殺すことに疑問を持ってしまったら、その前には戻れない。そんな風に彼を変えてしまう人が現れたのは、私に取っては面白くないことだった。

 

 

 蒔菜が死んでから、アルコルの能力は不安定になった。これまで蒔菜が調整してきたのだから、それは当然のことだったのかもしれない。仕事はきちんとこなしていた。けれどそのあとで能力を制御できなくなっているところを何度か見た。

「つらそうだねぇ」

「……何の用だ」

「んー特にないかな」

 力が抑えきれないで、このまま殺してやりたいと思っているような顔をして、それでも誰も殺さないように耐えている。耐えなければ楽になれるのに。身を任せてしまえば楽しいのに。そう思っているのに、彼は嫌いなはずの私のことも攻撃することはなかった。

「用がないなら帰ってくれ」

「はぁい。あ、調子悪いなら明日の仕事代わってくれない?」

「……お前は人殺したいだけだろ。でもやりたいなら勝手にどうぞ」

「本当に? じゃあ角田さんに言ってくるね」

 私はそう言いながら屋上を出た。けれど階段を降りきったところでこちらに向かってくる由真が見えたので、咄嗟に近くに身を隠した。

 由真は迷わず屋上へ続く階段を昇っていく。彼女たちが二人でどんな話をしているのか、少しだけ興味があった。私は由真には気付かれないように屋上へ戻る。

「……アル」

 由真の少し低めの声が優しく彼を呼ぶ。そんな呼び方をしているのか。短くて呼びやすそうだ。でも私がアルくんなんて呼んだら、きっと嫌そうな顔をされるだけだろう。

 由真はアルの隣に座って、迷わずに彼の手を取った。そしてそれを自分の首に持っていく。アルコルの顔には一瞬迷いがよぎるが、由真が頷くと、躊躇いながらもその指に力を込めた。それは普通に首を絞められるよりも苦しいだろう。けれど由真は無抵抗でそれを受け入れている。でも、何よりもアルコルが由真に向けている目が私の脳裏に焼き付いた。

 ああ、あの目は――。

 感情の奔流のような緑の目は、今は彼女にだけ向けられているのだと気が付いた。その目は失われたのではなく、私の前では見せなくなっただけ。思わず笑いが込み上げてきた。

「最っ高じゃない」

 別に、彼のことを愛しているわけではないのだ。ただ、その目が綺麗だと思ったから、殺したくなってしまっただけ。たった一人にだけ向けられるようになったその目のことを思うと、ゾクゾクしてしまう。殺したくてたまらない。

「あなたのこともね、ηUMa(アルカイド)

 けれど手を出してはいけない相手だということもわかっている。沢山人を殺せるこの生活を捨てるつもりはない。だから私は、今見たことは自分の中にしまっておくことにして、音を立てずにその場から離れた。

 

 

「一緒にトレーニングするのは初めてだね」

「お前がいつも組んでる奴に全治二ヶ月の大怪我を負わせたからだろ……」

 仕事のためには訓練が必要で、その訓練でもデータを取るために大人たちが控えていた。アルコルは私に警戒しながら見えない剣を握った。

「そーいや、あの子とは訓練したことあるの?」

「一回だけな。不器用だけど筋はいい方だ。……何でそんなこと聞くんだ?」

「んー、何となく戦ってみたいなぁって」

「お前は特に能力依存の戦い方だから、射程に入られたら確実に負けるな」

 能力の源である種を取り出されてしまえば何もできなくなる。能力を使わずに戦える人ならばその状態からも勝てるかもしれないが、私には難しい。

「射程に入らせなければいいのよね」

「まあ、お前の場合は能力の射程が長いからそうなるな。生身の方を攻撃されて負けたら意味ないけどな」

「撃たれたら一発でアウトだね」

 能力者はどんな能力の持ち主でも、生身の人間であることに変わりはない。盾を作ったり、能力で作り出したものに代わりに戦わせるなどができない限り、だいたいの能力者は銃で撃たれたら死ぬ。

「……そろそろ始めようか」

 大人たちに早くしろと言われる前に。私はその言葉と同時に半透明の緑色の箱を出し、それを両手で潰した。しかし何も起こらない。

「全力だったんだけどなぁ。どうやってるの?」

「能力を自分の体にうっすら纏わせてる。それで相殺してるんだ。場所を決めてから箱を潰すまでの時間があるから、その間に先回りして能力を使えば消費も少なくて済む」

「なるほどねぇ。さすが」

「だから箱を潰すまでの時間はできるだけ短くした方がいい。実際その間にそこから対象の物が移動したら攻撃は通らなくなるし」

 他人の戦闘にアドバイスまでくれるとは親切だ。道具として育てられて、人を殺すことに何も感じていなかったはずの彼は、母親に似たのか何なのか、妙に世話焼きなところもあった。

「……あ」

 訓練を眺めている大人に混じって、こちらを見ている人影に私は気が付いた。柊由真――おそらくはこの後にここを使うからそこで待っているのだろう。

「じゃあこれはどう?」

 箱を出してから、それを結びつける場所を決める。私は彼のアドバイスとは逆に、その時間をたっぷり取った。

「っ……それは反則だろ!」

 アルコルは箱を潰す直前に、その場所まで飛び、見えない剣で空中を薙ぎ払った。私は笑みを浮かべる。

「私の能力は、ある程度の遮蔽物があると使えない。あそこのガラスは防弾だから無理だね」

「……向こうを狙うのはルール違反だろ」

「使えないのわかってたもん。それにしても、そんな慌てるとはね」

 私はガラスの向こう側の由真を見た。どうせガラスに阻まれて意味がないとわかっていたけれど、アルコルの反応が見たかったのだ。

「守るものがあると人は弱くなるんじゃない?」

「そういうんじゃない」

 吐き捨てるように答えながらも、アルコルは本気の剣戟を放つ。十分な距離を取ったけれど、髪の一部を掠めて、切れた毛が花のように散る。訓練だから怪我をさせるつもりはないのだろう。でも脅しには十分な場所を狙った。針の穴を通すような正確さだ。

「ゾクゾクしちゃう。生きてるって感じ」

 それからは二人で能力をぶつけ合って、時間が来たので攻撃をやめた。怪我はしていないけれど体力は削られた。けれど命のやりとりをしていない訓練の場だったのに、とても楽しかった。

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