パソコンのファイルを漁ってたらむかーし書いたものが出てきたので、供養を込めて投稿しました。
法律とかその辺は割と適当です。



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くにはちぶのSSってほとんどないですね。もっと増えろ
昔に書いたものなので、読み返すと恥ずかしい部分も多いのですが、温かく見てください。








幼馴染が無視されていたので救うことにした

 

 

 

 諸君。私は幼馴染が好きだ。

 諸君。私は幼馴染が好きだ。

 諸君! 私は幼馴染が大好きだ!

 

学校で、通学路で、自宅で、お店で、旅行先で、あらゆる場所で私に微笑みかけてくれるそんな幼馴染が大好きだ。

 

諸君には、幼馴染がいるだろか。

 

――俺には、いる。

名を、道端たんぽぽと言う。決して美人ではないが、快活で、明るく朗らかであり、誰にでも好かれる愛嬌溢れる女の子だ。端的に言ってかわいい。最強である。

 

俺はそんな彼女のことが大好きだし、彼女も俺のことを好いてくれていると思いたい。いやもしそうでなかったら軽く死ねる。

唯一思うことと言えば――この世界では誰も何も言わないが――彼女の名前だろうか。「道端」という苗字はいい。別に変ではないし、実際彼女以外にこの名字を持つ人間は多い。だが、「たんぽぽ」という名前。これも別に、これだけなら少し珍しいくらいの可愛い名前である。変というほどではない。

 

だが、これらが組み合わさっての語幹と言ったらまあよくない。道端のたんぽぽである。悪い意味があるわけではないのだが、こうして苗字と名前が繋がったような語幹は、イジリとかイジメの対象になる。

かと思いきや、全然そんなことはなかった。誰も何とも思っていないようだし、指摘するそぶりすら見せない。

前の世界では絶対思春期の男子なんかはからかってくると思っていたが。まあ基本的に俺が睨みをきかせていたというのもあるかもしれない。

 

 

もうお気づきかもしれないが、俺は転生していた。いや、前世の記憶があると言った方がいいかもしれない。輪廻的な意味ではまさしく転生なのだが。

 

この世界は魔法があるわけでも、巨人がいるわけでも、スクールアイドルなんてものがあるわけでもない、前世の現代日本と比べても全く変容のない世界だ。

まあ、現総理の名前は聞いたことないものだったし、なんか政党派閥もおかしなことになってるっぽいし、聞いたことない法律もあるし、変な語幹の名前の人が多いし(違和感を感じるのは俺だけのようだ)俺の元居た世界でないのは確かなのだが。

 

なので、前世でよく見たチートだとかすげえ能力なんかは全くない。もしかしたら何かの作品の世界なのかもしれないが、今のところ全然知らないし、もしそうだとしてもどうしようもない。多分俺の知らない所で始まって俺の知らない所で終わっているんだと思う。世の中そういうものだ。

仮に俺が主人公的なポジションにいたとしても、前世がただの腐れ大学生だった俺にどうこうできるとも思わない。

幸いなことに今世の俺には親兄弟はいずともかわいい幼馴染がいるので、もうそれだけで勝ち組である。

勝った、第三部完!

 

 

 

 

昼休みである。

俺はいつものように弁当を受け取りにたんぽぽの席の方を向いた。所要時間二秒。彼女の席は隣である。

 

「ひいらぎ君、今日はキャラ弁だよ」

 

彼女がにっこりと笑いながら手渡してくれる。

今更だがひいらぎは俺の名前だ。朽木ひいらぎ。平仮名である。前世ではあまりなかったからか、おかしくはないがやっぱりどこか変に感じてしまう。

そして、御多聞に漏れず今の俺は両親が仕事で海外にいるため、一軒家に一人で生活していた。ラノベを読むたびに「そんな奴いねえよ」とツッコミを入れていた俺だが、まさか自分がその立場になるとは思いもしなかった。

両親が日本を発つ前に道端家に俺のことを頼んでいたようで、こうしてたんぽぽのママさんに弁当を頂いたり、夕食に同席させてもらえたりする。ありがたい。

 

「ありがてえ。ママさんの弁当はいつも美味しいからな」

「えへへ~そうなの。うちのママはすごいのです。あ、こっちのおっきいパンダがひいらぎ君のだよ」

「たんぽぽのは少し小さいのな」

「女の子だからね」

「女の子だからか」

「そうなのだ」

「そうなのか」

「…」

「…」

「「えへへへ」」

 

あーなにこれ。幸せ過ぎる。そのうちこれ捕まるんじゃないの俺。幸せ過剰摂取違反だとかで。たんぽぽによる法律違反なんて後悔がなさすぎる。何なら今すぐ逮捕してほしいまである。ないか。

 

「あんたら教室でいちゃつきすぎ。わきまえろバカ夫婦」

「ほんと仲良しだよね、二人とも」

 

自身の分の弁当を引っ提げて近づいてきたのは、菊池あざみと車軸しろつめという女子生徒だ。

菊池の方は何とも思わないのだが、車軸の方は苗字と言い名前と言い初対面の時は思わず二度聞きしてしまった。そして例によってこの世界では別に何の変哲もないらしい。

菊池のほうは眼鏡に髪をサイドテールで纏めた、クールな印象を受けるが、意外とノリがいいことを俺は知っている。なんだかんだで馬が合うので、たんぽぽを除けば一番仲がいいかもしれない。

車軸は長めの白髪を両サイドでおさげにした、髪型だけ見れば昭和の女学生そのままだが、実はこの四人の中では一番現代的で、おしゃれさんである。一番女の子っぽいのは彼女だ。まず先に苗字変えれば?と言いたい。言わんけど。

 

「そんなことより見ろ菊池。今日のママさんの弁当はすごいぞ」

 

やれやれと息をついて菊池が足を組んでどかっと席に座った。

……そういうことするから男子が寄ってこないんだよなあ。顔はいいのに男勝りなことするから。お前裏でたんぽぽのナイトって呼ばれてんだからな。ふざけるなと言いたい。たんぽぽのナイトで彼氏で旦那はこの俺である。

 

興味深げに弁当を見る菊池につられて、車軸ものぞき込んできた。

 

「わーすごい! いつにもましてすごいねお弁当」

「そうだろうそうだろう。ママさんの弁当は世界一ィィィ!」

「何であんたが自慢げなのよ。作ったのはたんぽぽママなんだから、たんぽぽが自慢するとこでしょ」

「えへへ、でも将来そうなるんだからあんまり変わらないかなって……」

「……」

「……」

 

二人からのこいつマジかみたいな視線を浴びる俺たちだが、もはや慣れたもので、今更何の痛痒も感じない。俺は当然のように澄ました顔をしているし、たんぽぽは嬉しそうに笑っている。

クラスメイトも最初は黄色い声をあげて騒いでいたが、俺たち二人が何も恥ずかしがらないので、しだいに何も言われなくなった。まあ俺たちの将来は確定事項だからね、仕方ないね。

 

「あ、おいそういえばさ(唐突)。二人は進路決まったのか?」

「突然だね」

「まあそろそろ三年だろ、俺たち」

「早いよねー、四月から受験生なんて」

「そういうあんたは決まってるの?」

 

質問を質問で返すなと言いたいところだが、そんなもん答えは決まってるので即答だった。

 

「たんぽぽと同じとこ」

「「言うと思った」」

「ちなみにたんぽぽはどこ行きたいんだっけ?」

 

パンダをぱくつきながら、すぐ隣の幼馴染に問うた。

ん、と飲み込んでから、体を後ろ向きに逸らして答えが返ってくる。

 

「やっぱ華高かなー、制服かわいいし! 一番かわいい!」

「ね。でもたんぽぽちゃんはちょっと頑張って勉強しないとね」

 

制服が可愛いからという女子にありがちな理由に車軸が同意したところでしかし、華高はレベルが高い。車軸の言う通り、今のたんぽぽでは少し厳しいかもしれない。

が、そんなこと問題にもならない。

 

「でもたんぽぽにはひいらぎがいるから大丈夫でしょ」

「確かに。ひいらぎ君入学してからずっと学年一位だもんね」

 

腐ってもチートとは言えないが、前世ではそれなりの大学にいた俺だ。留学経験もあるし塾講師のバイトもしていたので、たんぽぽの指導に抜かりはない。これも一種のチートではと思ってしまう程度には抜かりない。

まあ事実、中学二年の冬の段階で既に大学受験のための勉強をはじめている俺にとって、地方公立高校の、少しレベルが高い程度の問題など造作もないのだ。

 

「うん! ひいらぎ隊長、自分頑張るでありますです!」

「うむ、いい心がけだたんぽぽ隊員! この朽木の名に誓って必ず君を華高に合格させようじゃあないか」

「私としろつめも華高志望だし、それなら高校でも四人一緒ってことね……一人余分だけど」

「おい菊池俺だけを見て嫌そうな顔をするな。言っとくけど俺とたんぽぽがメインでお前らは添え物だからな! 三対一じゃなくて二とその他だから!」

「三対一って、私とたんぽぽとしろつめと……、あと誰のことを言ってるの?」

「お前の目の前にいるだろうが! 俺を最初からいない者として扱うのやめろ!」

「ごめんなさい。気付かなかったわ。たんぽぽがあまりにも眩しすぎて」

「その点は認めるけれども!」

 

「ふふ、二人とも面白いね」

「うん! ……私、絶対入るよ華高。みんな一緒にいこうね!」

 

 

――と。

ガラガラと教室の扉が無遠慮に開かれた。

 

あまりにも唐突な闖入者の風体、そして纏う雰囲気に、教室内がしんと静まり返った。

数は三人。

縦のストライプのツーピースをいっそ堅苦しいほどに着こなした、目つきの悪い長身痩躯の男と、そのあとに続く体格のいいSP風の男二人。

 

教室内から注がれる視線をまるで意に返さないようにツカツカと教卓まで進むと、黒板一杯に文字を書き始めるストライプの男。

 

「え…。誰?」

「新しい先生?」

「え~? ちょっと良くない、あの人」

「私は無理だわ」

 

女子三人がひそひそと何やら喋っている横で、俺は前世で初めてできた彼女から別れを告げられる日、普段行かないちょっと高めのカフェで「今日はちょっと大事な話があって……」と恋人がケーキを注文し始めた時のことを思い出していた。

 

あの時感じた、嫌な予感と同種のそれに、思わず身構える。

この男、何かをしてくる……!

 

「花中学校二年一組の皆さん初めまして。私、踏と申します」

 

黒板に大きく書きだされた「無作為選出対象者無視法」の文字の前で、ストライプの男は自己紹介を始めた。あまりにも抑揚のない声に、一瞬機械か何かかと思ってしまった。そう感じさせる冷たさが込められていた。

踏の言葉は続く。

 

「御覧の法律。『無作為選出対象者無視法』の監督官をしております」

 

まさか、と思う。

先の法律、世間一般では国八部法と呼ばれるそれを、俺は知っていた。もちろん俺だけでなく、この世界の日本では誰もが知っている。この間もニュースになったばかりだ。……悪い意味で。

無視法の理念は分かる。いじめによる被害を無くしたいというその気持ちは尊いものだと思うし、そのための法整備の迅速さは前世からしたら驚愕のスピードだ。だが、ふたを開けてみればそれは「やられたらやり返す」というあまりに幼稚なもの。やられたらやり返す、いじめで無視されたからこちらも無視する。そういった法律だ。しかも対象はいじめの前科があるものではなく完全なランダムで一年間という長さ。控えめに言ってどうかしている。先のニュースだって、無視に耐えかねた女生徒が飛び込み自殺したという内容だった。

 

しかも、そういったメディアからの批判(というには弱すぎる気がするが)に、総理はひるむどころかそれを薪にさらに燃え上がる始末。与野党からも責任を問う声はついぞ上がらず、正直こんなアホな法案が通ってしまう国にはいられないと本気で思う。世間から批判非難の声が上がらないのもどうかしている。たんぽぽがいなかったら俺は両親と共に海外に行っていたくらいだ。無能総理はさっさと退陣して、どうぞ。

 

話が逸れた。

 

つまり、そんな無視法の監督官がこんな地方くんだりまで来たということは、だ。

間違いなく、この学校、ひいてはこのクラスから次の対象者が選抜されたのだろう。問題なのはそれが誰かということだ。

俺ならいい。一年授業が受けられないからといっても何の問題も無いし(義務教育期間の対象者が出るのもどうかしているが)、家ではもともと一人だ。生活費は月々定額振込で口座に支払われる為、衣食住に困ることも無い。たんぽぽを眺めていれば幸せなのでストレス的な問題もない。普通に一年後にみんなと華高に入学するだけだ。流石に法的行為すらも適用されない(無視される)といろいろ厳しいが、もしそうなれば裁判所から失踪宣告されるし、まあそんなことは無いだろう。

 

が、これが他のクラスメイトだったらどうか。正直菊池や車軸以外のやつらはほぼ関わりが無いので最初から無視しているようなものだが、彼女たち、ひいてはたんぽぽが対象だった場合――

 

「――厳正なる無作為抽選の結果。本日二月十日より、道端たんぽぽさんを、一年間日本中で無視することになりました」

 

ざわ、と教室が揺らぐ。

 

「これってニュースでやってたあの法律?」

「『くにはち』だ……」

「あーなんかあったような……」

「ホラ小6の時社会でやった……」

「うちの中学から選ばれたの?」

「確率どんなだよ、あぶな……」

「たしか前の対象者って自殺したって」

「じゃあ今日決まった次の対象者って」

 

「「「道端が国八部だ!!」」」

 

まじかよ、神様……。

 

 

 

 

ストライプの男、監督官の踏が口を開くと、ざわついていた教室が再び静まり返る。

 

「一般的には、国八部法などと揶揄されて呼ばれていますが、これは立派な法律であり…。当然違法すれば刑罰の課せられる犯罪となります」

 

どこか異様な空気感が充満するクラス内で、当のたんぽぽたけがよく分かっていないかのように、まるで何かの確認作業のように俺や菊池たちとの間で顔を行ったり来たりさせていた。

 

「対象者の道端さんを無視しなかったと、監督官に判断された場合、無視対象者への干渉の程度によらず一律一年間の禁固刑に処されることになります。中学二年生の皆さんは少年法により少年院送致ですが、こちらも期間は一年間です。これにも裁判での酌量などはありません。受験を控える皆さんには大変不利になります」

 

気をつけてください、と言って一度踏は言葉を切った。

犯罪、罰、少年院などといった、(まともに生きていれば)現実離れした言葉に再びざわつき始めるクラスメイトたち。

 

そこで折よく昼休み終了十分前のチャイムが鳴り始めた。

 

「それでは、この予鈴の終了を合図に、無視を開始いたします」

 

静かに、しかし力強く発せられた踏のその言葉に、クラス中が静まり返り――

 

 

 

 

「ふふ…」

「ぷ…ぶふっ」

 

至る所から微かに笑い声が漏れたかと思うと、教室内が一気に爆発するように笑いに包まれた。

 

「無理無理無理! 何無視って! 無視って!」

「笑っちゃいけないと思うと…もう」

「怖い顔して「無視してください」って!」

「踏さん面白いわー」

 

……。

俺には何が面白いのかさっぱりわからないが、どうやら同級生諸氏の琴線には触れたらしい。あちこちで笑いが起こる。あ、菊池たちも分からないみたい。呆然とクラスを見渡してる。そりゃそうだ。

たんぽぽは――

 

「道端! 無視だってよどーするよこれから! 困ったなー!」

「…ぁ、ぁはは……」

 

近くにいた男子生徒に背をたたかれてからかわれていた。

なんだてめえ気やすく触ってんじゃねえ殺すぞ。

 

「イッ痛で!?」

 

軽く殺気を飛ばしたら男子生徒が悲鳴を上げた。

……俺ではない。

SP風の黒服に取り押さえられたのだ。

 

「無視法違反の現行犯だ! 逮捕する!」

「布袋くん!」

 

男子生徒改め布袋君は、かなりの勢いで床にたたきつけられたためかなり痛そうである。

踏は布袋君にゆっくりと近づいていき、教室全体に聞こえる声でしゃべり始める。

 

「……みなさん少し、勘違いしていませんか。ちょっとくらいならいいだろうとか、関係ないから笑って茶化していればいいやとか。『法』とはそんなに甘いものではありません。これは遊びでも冗談でもないんです。この法は道端さんではなく、道端さん以外のすべての人に適用されるものです。日本人である限りこの法に無関係でいられることはありません」

 

「だからってこんなことで逮捕ってなんだよ! 俺何も悪いことしてないだろ!」

「布袋君……! 道端ぁ! アンタのせいで……!」

「違反者逮捕!」

「いやっ、離せ! 離せっ」

 

 

…『法律違反』が悪いことだとは思ってない様子の布袋くんと、それに付き添うように一人の女生徒が連行されていった。

あまりの光景に、クラス内は皆押し黙っている。

連行されていく二人を見送ると、踏はこちらに向き直った。

 

「罰せられるのは悪いものではなく、法を犯した者です。……みなさんくれぐれも、注意して無視してください」

 

その言葉が合図化のように、五限開始のチャイムが鳴り始める。

 

「あ、次理科だ」

 

誰かの言葉を皮切りに、

 

「五限目もうはじまってんじゃん」

「教室移動しないとな」

「そうそう」

「昼休み終わってるじゃん」

「持ち物あったっけ」

 

ぞろぞろと教室から出ていくクラスメイト達。

その中に、たんぽぽの姿は無い。

 

「…いや……なん、なんで…?」

 

隣でか細い声がする。

 

「なに…、冗談、でしょ……。そんな…法? ねえ…? おかしい、でしょ……?」

 

蚊の鳴くような声だが、静かな教室内、聞こえているはずだ。

だが、返事を返すものはいない。当たり前だ、目の前で逮捕される姿を見ればそうなる。

 

「あ…あざみ、ちゃん……?」

 

菊池は応えない。

が、車軸がぴくりと反応してしまった。

 

「! しろつめちゃん!」

 

が、菊池に腕をひかれ出て行ってしまう。

 

「そん、な……」

 

いつの間にか、教室には俺たち以外は誰もいなくなっていた。

というか俺はずっといたのになんで名前呼ばれなかったんですかね。幼馴染なのに。

 

「あなたは移動しないのですか?」

 

踏が話しかけてきた。

ここにいるのは俺一人。不思議がっても仕方がない。

 

「まあ、たまにはサボりたくなる日もありますよ。それに、何か教室に居たい気分なんですよねー、不思議!」

「……そうですか」

 

そう俺はたんぽぽの目を見て言った。

このくらいなら大丈夫なのね……。まあ突っ込まれたら窓の外みてましたとか言ってごまかそうと思ってたけど。

 

「……ひいらぎ君」

 

ぐすりとたんぽぽがしゃくりを上げる。

ああもう泣くなったら。

 

「おっと、偶然にも机の上にハンカチを落としてしまった。でもしばらく使わないしこのまま置いとくかな。誰が使ってもいいやつだったし多少汚れてもいっか」

 

そう言ってたんぽぽにハンカチを使わせた。ハンカチの中には、先ほど菊池や車軸に渡された手紙が入っている。いつの間にかいたんだよと思うが、折よく渡せてよかった。

 

「朽木さん」

「……なんですかね」

 

が、今のは流石にアウトだろうか。

踏が距離を詰めてくる。

 

「……次はありませんよ」

「どーも……」

 

ギリギリセーフ。

ツーアウトだったってことか。しかしどこだ? 手紙を渡したことがばれていないならば、今後いくらでもやりようがある。ばれずに渡すのなんか簡単だからだ。トイレにおいときゃいいし。が、手紙込みで見逃されていた場合、難しくなってくる。

現状で打てる手は少ないが、せっかく邪魔が入らない環境だし、一つ聞いてみるか。

 

「監督官さん、聞きたいんですけど」

「…なんですか」

「無視対象者から、物理的な接触を受けた場合。例えば、押されてよろけた等は、無視法違反に当たりますか?」

「……」

 

何かを探るような目線を飛ばしてきた後、踏みは口を開いた。

 

「……いえ。いくら無視をすると言っても、可能不可能はあります。物理法則に逆らってまで違反になるという事はありません」

「さいですか」

 

……それが聞けたら十分だ。

 

 

 

 

「野原」

「はい」

「浜岡」

「はい」

「深田」

「はい」

 

 

帰りのHRにて、担任が出席を取っている。

一見するといつものHRだが、内実クラスが纏う雰囲気は別だった。

無理もない。昼休みに無視法が始まって、逮捕者が二人も出たのだ。日常とはとてもじゃないが言い難い。

 

そして、俺の隣でグロッキーになるたんぽぽも。

 

あのあと五限、六限と移動教室だったので、誰とも喋っていないからこうなっているのだろうが、普通に俺は隣にいた。会話できんからいただけだけど。

喋ってないとはいえ、そばにいたのにこうまでグロッキー加減になるところを見るに、一年とか無理なのではと思ってしまう。俺が守護らねば……!

 

「――…真柴」

「はい」

「三田」

「はい」

「道ば――」

「はいっ!!」

 

がたりと席を立つ音と共に、勢いよくたんぽぽが返事を返す。

が、このままでは担任がまずい。踏の目が光っているのだ。

 

「じゃ、じゃあなくてッ! え~、村田!」

「はい…!」

「森」

「ハイ」

 

……

 

せ、セーフ……。

なんとか回避できたようだ。まだ始まって間もないからか、それとも無視をするという意思があったからか、今回はセーフ判定らしい。

 

「よし……全員いるな……」

 

そう告げた担任も、そして目の前で『無視』が適用されるとはどういうことかを知ったクラスメイト達も、皆一様に押し黙り顔を伏せる。

そしてそれは、たんぽぽも例外ではない。

見たことがないような暗い顔で、絶望したような顔をして俯いている。

 

 

……俺は、幼馴染が好きだ。

幼馴染が、たんぽぽが好きだ。

学校で、通学路で、自宅で、お店で、旅行先で、あらゆる場所で微笑みかけてくれる、そんな彼女が大好きだ。

決して美人ではないが、快活で、明るく朗らかであり、誰にでも好かれる愛嬌溢れる、どこにでもいる普通の女の子。それが道端たんぽぽだ。

 

決して、笑顔を曇らせていいはずがない。それがたとえ、何であっても。誰であっても。

 

 

「先生」

 

 

かた、と席を立つ音。

その方を見れば、蒼白な顔をした車軸が呆然と立っていた。

 

「! しろつめ……」

「こんなの、ダメです」

 

菊池が何かを察して声をあげる。

が、車軸は止まることなく歩き始める。

たんぽぽに向かって。

 

……まずい。

 

車軸がたんぽぽの手を取ろうと屈んだ瞬間。

 

「そうだな車軸!! 駄目に決まってる!!!」

「うぇ……?」

 

間一髪。

勢いよく席を鳴らして立ち、伸ばされた車軸の手をがしりと掴むと、大きく声を上げた。

突然の出来事にクラス中の視線が集まる。そりゃそうだ。

 

俺は踏を見やるが、動く気配はない。本当に間一髪だったようだ。

 

「だって先生、今日は二人いないじゃないですか! 全員はいないですよ! い、いやあ駄目じゃないですかー、先生というものがいる人をいないみたいに扱っちゃあ」

 

まあいないのは病欠でもなんでもなく昼休みに逮捕されたからなのだが。

ごめんよ布袋君と女子一人。

 

「そ、そうだな。す、すまんすまん……」

 

そう言って先生が乾いた笑い声を漏らす。

 

俺は、呆然とする車軸に向き直った。

 

「車軸、早まるなよ。俺たちがいなくなったら、誰があいつの面倒見るんだ? 誰が一番悲しむんだ? それに、一年って時間は短くないんだ。もっと自分を大切にしろ」

「うん……ごめんねひいらぎ君……」

 

コツコツと、革靴が床を鳴らす音。

そして、音が大きくなるにつれ感じるプレッシャー。

 

「…あいつの面倒? ……誰が一番悲しむ? 朽木さん。一体誰のことを言ってるんです?」

 

背後から感じる重圧。

踏が、重々しく訪ねてきた。

 

思わず冷汗が背中をつたうが、そんなの予想の範疇である。

俺はゆっくりと後ろを振り返ると、内心とは裏腹に笑顔を張り付けて踏に向き合った。

 

「やだな、面倒見るなんて、車軸のペットに決まってるじゃないですか。飼い主がいなくなったら、一番悲しむのはペットだし、その面倒見る人いなくなっちゃうでしょ?」

 

実際車軸がペット飼ってるかは知らんが。まあその辺はいくらでもでっち上げられるだろ。最悪家の中の植物をペットって言い張ってもいい。

 

「……そうですか」

 

これもセーフか。

 

なら、これもいけるだろ。

俺はそのまま笑顔を浮かべて言い放つ。

 

「そうそう、そういえば、そろそろたんぽぽの季節だな」

「「「「!!!!」」」」

 

クラスメイト、ひいてはたんぽぽや菊池たちが目を見開いてこちらを向く。

 

「ひいらぎ、あんた……!」

「ひいらぎくん……!?」

 

「なに? お前ら知らないの? たんぽぽって花」

 

そういって、にこにこと笑顔を張り付けて踏を見つめる。

流石にこれはセーフのようだ。当たり前である。だって花の名前だし。

 

そこにどんな意味があろうと、これは花の名前なのだ。

 

「タンポポという雑草なら知っていま――

「俺、やっぱたんぽぽが一番好きなんだよね。明るくて、朗らかで、温かくて……」

 

だから、と貼り付けていた表情をすとんと落とし、一転して冷たい目線を向ける。

 

「そんなたんぽぽを。俺の大好きなたんぽぽを。土足で踏みつけるような奴は、絶対に許さない。何があっても、どんな理由があろうとも」

「……」

「ひい、らぎ君……」

 

俺が渡したハンカチをきゅ、と握りしめ、それでもぽろぽろと涙を流すたんぽぽ。

 

「まあ何が言いたいのかと言うと、たんぽぽは俺が守るって話。誰からも、何からもね。…………分かってると思うけど、花の話ね、花の」

 

そう決意を込めて言い切ると、呆然としたままのクラスをよそに席に座った。

 

 

 

 

放課後

 

たんぽぽと一緒に帰るわけにはいかないので、ふらふらと帰路に就く彼女の後ろを歩く。

何があっても守ると決めた宣言を受け、多少は顔色が明るくなったたんぽぽだが、やはりショックはショックなようで、その足取りがおぼつかない。

 

見ていて不安である。

車とかに轢かれたらどうしよ――

 

と、たんぽぽを避けようともしない自転車が通り、彼女を足を踏みつけていった。

 

「あぐッ……」

 

痛みの余りよろけ倒れ込むたんぽぽ。

 

自転車に乗っていた男子生徒は、これは流石にと思ったのがいったん止まるが、相手が無視法の対象者だと分かると何事もなかったかのように走って行く――。

 

 

何てさせると思うか?

 

 

「おうコラ待て」

 

ダッシュで追いつくと、万力の力を籠めがしりとその生徒の肩を掴む。

 

「な、なんだよ。痛いんだけど」

「今お前、俺の前を通ったろ」

「と、通ったけど……」

「土下座しろ」

「はあ!?」

「いいから土下座しろって言ってんだよ!!」 

「な、何言ってんだお前……」

 

下級生か同級生か、はたまた上級生かは知らないし知りたくもないが、目の前の男子生徒は得体のしれないものを見たような表情で(怯えているともいう)、逃げようとペダルに足をかける。

 

「させるか」

「ぐ……!」

「いいか? 三秒だ。三秒以内にその辺りの虚空に向かって『すいませんでした』と心を込めて謝れ。そうしないなら一発殴る」

「えぇ……」

 

そう言って、虚空…たんぽぽを指さす。

流石にその意図には気づいたみたいだが、いまだに渋い顔をしている。完全に舐めている。俺の怒りゲージが上がった。

 

「いィーちッ!!」

 

そう言って渾身の力を込めて殴りつけた。

勿論自転車を。

 

「二と三はァッ!?」

 

ガシャアンという音と共に、自転車と男子生徒が地面に転がる。

 

「知らねーなそんな数字。男は一だけ覚えとけば生きていけんだよ。それより土下座しろ」

 

ちょうど位置的にもベストポジションである。

 

放課後と言うこともあって、こんな騒ぎを起こしていれば人は集まってくる。

衆人観衆の中、恥じらいも相まってか男子生徒は中々頭を下げようとしない。

 

「……お前、例えばお前の大切な人が『仕方なく』傷つけられたら、悲しみを植え付けられたら、それをそのまま指くわえて見てられんのか? 仕方ねえって納得してほっとくのか? ……もしお前がそうするって言う腰抜けのフニャチン野郎だってんなら、もう何も言わねえから帰れ。そうじゃないなら謝れ」

「…………謝るったって、どこに」

 

そうか、虚空に向かってってのも、ちょっとアウト判定食らうかもしれないのか。

 

そう思いいたり、俺は地面にドカリと腰を下ろした。

無論、たんぽぽのすぐ隣に。

 

「じゃあ俺の方向いて謝れ。俺の”方”な。別に土下座じゃなくていいから」

「ひいらぎ君……」

 

俺の言葉が伝わったのか、男子生徒は居住まいを正すと、俺の”方”をしっかり向いて、

 

「ごめんなさい」

 

そう謝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






続かないです。


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