短編1話完結。
ソハヤ衆の設定について独自解釈を含みます。
頭部から肩口まで切り裂かれた鬼が地に伏せる。
無明は黒蓮の薙刀鎌を振り、血を払う。
専門家とも言える無明であれば、さほどの敵ではない。人間の戦しか経験がない武士や、ましてや付近で暮らす民には、手に負えない脅威となる妖鬼だった。
数が多い。山道を美濃に入ってから、もう何回も妖怪と遭遇している。人家がある地域にしては不自然なほどに。
妖怪を利用する大名の噂を聞いた。あやかしは歴史の裏にいる。だから表に出る機会は少ない。もし戦場を鬼が歩く時代が来たら。
薙刀鎌を折りたたみ、背にかつぐ。面を取る。
「うん。女か?」
少し驚いた顔をした男が、木の陰から姿を出す。無明と同じソハヤ衆の装束。
「なに見物してんのよ」
「いやはや、やるもんだねぇ」
同族の長とは知らない様子だった。
道中の目的を思い出して不快感を抑える。
「まあいいわ。手伝いなさい。それ、使えるんでしょ」
男が持つ仕込棍に目をやる。薙刀鎌と並ぶソハヤ衆の変形武器。細長い棍棒の内部は複雑な仕掛けで設計されており、形状が自在に変化する。
薙刀鎌も仕込棍も、使い手は性能に相応する技量が要求される。
妖怪との戦いはソハヤの歴史。人ならざる力と渡り合う、長い年月の中で、職人達が鍛え上げた。
故障しやすくなる仕組み部分は、陰陽術を応用した呪法により補強されている。
「仕事か」
値踏みする目で無明を見る。
「組んでもいいが、話を聞いてからだな」
「湖の近くにある鍛冶師の村」
不機嫌に答えた。
「規模の大きい怪異が発生したみたいよ」
「たたら山か」
「知ってるの?」
仕込棍の男は首をひねり、気乗りしない様子で話す。
「あやかしに襲われたところを、山賊にまで荒らされてる。もう村は残っちゃいねえぞ」
好都合な条件が重なるのか。妖怪騒動の起きた地は、前後して人間にも踏み荒らされる。人が人を奪い殺す。
「稼ぎにならん。行くだけ無駄だ。お前さんもやめとくんだな」
「待ちなさい。あんた、どこの里?」
背を向ける男に言葉を追う。
ソハヤ衆は世俗を避けて集落を作る。各地に点在する隠れ里で、妖怪を探しては狩る。依頼に応じて、雇われて戦う時も、必要以上の報酬は受け取らない。
あやかしを殺すことが、あやかしを狩る理由。
妖怪により、故郷と家族を失なった孤児を迎え入れ、一族に加える。あやかしを憎む心が結束だった。
「里なら抜けた」
認められてはいる。狩人としての日常を拒否して、離れていく者がいる。束縛はしない。
「金になるんだよ」
顔だけ横に振り向いて続ける。
「お侍様をこいつでぶっ叩けば、簡単に稼げる。あやかしとなんて戦ってられるか。死にたくねえぞ俺は」
「人間を殺すの?」
世は戦乱が続く。歴史の表舞台では、人と人が殺し合う。
「客と話がついてるんでね」
変形武器は奇襲に適している。仕組みを知られない限り、同じ一芸でいくらでも殺せる。
妖怪と戦う技術が殺人に用いられる。無明の住む本家の里でも問題視されていた。人を殺してはならない。ソハヤの掟を破る離脱者が多い。
無明は背に手を回し薙刀鎌をつかむ。上半身から男の足元に倒れ込んだ。
「うぉっ!」
刃の出ていない薙刀鎌で足を叩き転倒させる。対して無明は、遅れて地面を蹴り、体勢を支えた。男を見下ろす。
「抜けるのは勝手だけど、仕込棍は捨ててもらうわよ」
「痛っ、てえな」
薙刀に変形させた矛先を、顔の近くに突き立てる。
「くだらない仕事はやめて、たたら山まで案内なさい」
「なにすんだ」
男は仕込棍を手に起き上がる。
「このッ!」
縦に振るう。直線と曲線の軌道が放たれる。
無明は仕込棍を左に避け、周囲を回りながら連続で斬りつける。一回転。わずかな違いもなく元の位置に戻った。
「なんだ、今の?」
流舞鋒。ソハヤ衆の中でも秘伝とされる。
回避された仕込棍を手元に引き、流れる刃を受け止めた。鬼を斬る無明を見ていた。油断はない。
「もう通じねえ」
「そう」
薙刀鎌と仕込棍。ソハヤの武器が向かい合う。
「なら、また見てみれば」
無明に応じて、男は仕込棍を分割した。中央で離れた短い二本を左右に持ち直す。一方で防ぎ一方で叩く。仕込棍を防御から始める手筋。
受けるはずの棍が空振る。逆の手に風が吹く。
白刃が走る。四散する血を見て、切り落とされた腕に気付いた。
「あ、あ。うぎあ……!」
激痛に涙が出る。うずくまる眼前に再び無明が立つ。
「あきれた」
「お前。腕……俺の腕、が」
「左回りしたなら、右回りできないわけないでしょ」
見切って読んだ動きとは逆方向だった。流舞鋒は秘伝を修めた者なら左右に旋回できる。
「この、ひぃ。うおあああ!」
言葉にならない声を出す。仕込棍を捨て、かろうじて立ち、走ろうとする。無明は追わない。木々の間を通り山道から消えた。
持ち主を失った仕込棍を見た。去来する思いを感じる前に悲鳴が響く。
人間とは異なるうなり声も聴こえた。
様子をうかがう無明の目に飛び込んできたのは、地に叩きつけられる仕込棍の男だった。
「だから……嫌なんだよ、あやかしはよォ」
大きく体を切り裂かれていた。断末魔の泣き言。消え入り失われた。
「未熟者の次は、成れの果て?」
その木の向こうに妖怪がいる。
無明は面をかぶり、薙刀鎌を構えた。鬼退治が始まる。
奇怪な鬼だった。
体格と容貌は、まぎれもなく鬼そのもの。でありながら、ソハヤ衆の装束を着ている。随所が汚れ、破れているが、見間違いようはない。
なにより、その手に持つ武器は、薙刀鎌だった。
鬼猟鬼と呼ばれる。
荒魂である妖怪と渡り合う時は、祟りの対策が必要になる。儀式や術により穢れを祓う。正しい手順での穢れ祓いを怠ると、少しずつ荒魂が入り込んでくる。
やがて狩人は正気を失い鬼が生まれる。妖怪ではなく、人間に薙刀鎌を向ける。変形機構は妖力で動作させていた。
「人間、は。斬らせない!」
無明が薙刀鎌の刃を引き出す。切り替え可能な三形態のうち、特に威力が高い鎌を、全身で回転させながら突進する。
いくたびか斬りつけた。深くはないが手応えを感じる。鬼猟鬼を追う次の動き。鎌は薙刀に形を変え、横に払う。
鬼猟鬼は体をふるわせた。まだ充分に戦おうとしている。無明は斜めの軌道で脚を狙う。薙刀鎌を薙刀鎌が防ぐ。
「七殺?」
無明は鬼猟鬼の薙刀鎌に気付いた。使い手と同じく、人間だったころとは姿を変えている。原形を見通せた。
七殺の薙刀鎌は、ソハヤ衆の中でも七体以上の妖怪を狩った者に渡される、手練の証。
下段から素早く左右に大鍘刀を放つ。跳ね上がり鎌を叩き落とす。変形して異なる武器で追撃する薙刀鎌は、仕組みを知る者にも、複数の相手と戦うかのように迫る。
戦いながら思う。
薙刀鎌はあやかし狩りの象徴。無明の持つ黒蓮は、ソハヤ衆の頭領が使う薙刀鎌だった。仕込棍の男は無明が何者か知らないまま死んだ。
ソハヤの流儀である、戦闘時にかぶる仮面も、無明の面はごく一部の者だけに着用が許されている。
無明とは名であり冠。ソハヤ衆を束ねる者が襲名してきた。里を抜けた者とはいえ、同族がその証を知らない。
統制が失われている。
金で雇われ人を殺す。穢れ祓いを怠り荒魂に呑まれる。許されない狩人達。世の乱れに押し流される。それ以上に、無明は面の中で顔をしかめた。
「なんて弱い鬼」
思案しながら何度も、容易に斬りつけられる。鬼の強靭な体躯で耐えてはいるものの、傷ひとつない無明の優位は明白だった。
突き刺した薙刀を大鍘刀に変形させて斬る。黒蓮の機構が呪法を放つ。無明は少し下がる。事切れた男に目をやり、そして鬼猟鬼を見た。
ソハヤ衆は人殺しでも妖怪でもない。ソハヤは、弱くない。
折り曲げた大鍘刀を縦に構え、足を踏み出し、一直線に叩く。
刃のない突き。表情はわからなくとも、鬼猟鬼の困惑した様子が見て取れた。
薙刀鎌の変形時に、起動する呪法を使い手にも流していく。陰陽術で守られるかのように身体性能が向上する。
「あたしの動きが、重くなっているのも」
転変燎原。
「速くなっているのも」
転変怒涛。
「気付いてないのね」
ソハヤの奥義。
蓄積された力を黒蓮に戻す。薙刀鎌を動かす技術と呪術が、最大を上回る出力で、解放される。刃の爆発に合わせて、貫き通し、引き戻した。
鬼猟鬼の全身が切り刻まれる。悲鳴すら出せず崩れ落ちた。砕け散った死体に、元の姿は見る影もない。
「この薙刀鎌も、里から盗んで逃げたってところでしょ」
地に落ちていた鬼猟鬼の薙刀鎌を踏みつける。持ち主の妖力は失われた。軽々と折れて壊れる。
たたら山に行く。
村を壊滅させた妖怪を、依頼主を持たず、ソハヤの使命により討ち取る。求心力を取り戻す。
決意に影が落ちる。
「これじゃあ、まるで」
武功を上げようとしている。認められるために戦う。狩人の目的は狩りであると、示したいがゆえに。
あやかしは殺す。
変わらない。時代が移り、思いが離れようとも。変わらない。ソハヤ衆はあやかしを狩る一族。
揺らぐソハヤの信念が、無明の支えだった。
面をかぶったまま、薙刀鎌を納刀して、背負う。