もう、二年前か・・・。
ネタバレになる部分があるので注意してください。(RBネタバレではないのでハードルは低いはず)
今日もまた、幸せな一日だ。
梅雨入りをまじかに控えたこの島だけど、今日は気持ちのいい暖かさが街を包んでいる。
私は一人、縁側の椅子に座って窓の外の景色を眺めた。
それから、誰かに語り掛けるように子守唄を口ずさむ。
その時、部屋の奥の方から声が聞こえてくる。
「しろはー、ご飯で来たぞー」
「うん、行くから待ってて」
身重な体になってからは、こうやって羽依里に家事をしてもらう機会が増えた。時々それが申し訳なくて、羽依里に「やるよ」と言って変わろうとしても、頑なに羽依里は譲ろうとしない。
しろはと、お腹の中の子供に何かあったらどうするんだと。
そう言って怖がる羽依里を大げさだと思ってしまうのは、私だけなんだろうか?
けど、優しくされてることには変わりない。私はそれが嬉しくて、結局何も言わずに甘えてしまう。
・・・出会ってもう何年たっただろう。
最初は、加藤のおばあちゃんの家の蔵の掃除に来たって認識の、一人の男の子だった。
関わることもほとんどなかった。・・・でも、今に島を去ろうとしていたあの日、私と羽依里の運命は変わったんだと思う。
そして、好きになって、だんだん近づいて、結婚もして、・・・子供だって、もう少しで生まれる。
その日々は幸せで、一生終わってほしくなくて。
私はずっと、そんなことばかりを願ってる。
「さて、行こうかな」
立ち上がろうと足に力を入れる。しかし、私の身体は起き上がらない。
「あ、あれ・・・?」
気分が悪いとかそういうのじゃないのに・・・身体が、思うより動かない。
そして私が崩れる音を聞いたのか、羽依里が向こうからやって来る。
「大丈夫か、しろは?」
「う、うん・・・。ちょっと足に力が入らなかっただけ」
「全く・・・体力も落ちてるんだから、困ったときはちゃんと言ってくれよ?」
「うん、そうする」
どうやら妊娠というのは私が思うより遥かに大変なものらしい。最近になって、よくそれを痛感するようになってきた。
そっか・・・私、お母さんになるんだ。
分かってはいたことだけど、今になってだんだんと、実感が湧いてくる。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
羽依里に手を取ってもらって、今度こそ私は立ち上がる。その隣を歩いて、食卓へ。
あともう少ししたら、この食卓を囲む人数が増えるんだ。・・・やっぱりそれは、嬉しいな。
---
・・・
・・・・・・
目を開く。けど、視界はモノクロだ。
身体を動かそうとするけど、ピクリとも動かない。先ほどまで感じていたはずの痛みも、もうなくて。
泣き声。
そう、泣き声だ。泣き声が聞こえる。・・・赤ちゃんの泣き声と、・・・羽依里の。
ああ、そうか。私、産んだんだ。産めたんだ、丈夫な赤ちゃんを。
「しろは、産まれたぞ。俺たちの・・・俺たちの子だ・・・!」
羽依里が涙混じりに私に声を掛けてくる。私は小さくにっこりと微笑んだ。・・・口の筋肉も、もう全くと言って程動かないけど。
何か伝えようと喉を奮わせようとしても、音にならない。
ははっ・・・相当疲れちゃったんだ、私。
出産を終えて、こと切れたように私の身体から力が抜けていく。さっきまで辛うじて開いていた瞼も、だんだんと重たくなっていく。
・・・今は少しくらい、寝ても・・・いい、よね・・・。
そして、目を閉じる。
・・・
でも、その瞳が開いたのはすぐ後のことだった。
「・・・え?」
声は出る。でも、私が驚いたのは目の前の光景。
私が見ていたのは、私。微笑んだまま目を瞑って、それはもう、二度と起きないような深い眠りで。
その頬に触れてみる。それは冷たくて。あまりにも、冷たくて。
羽依里はまだ泣いている。でも、今度の涙は嬉しさの感情なんかじゃない。これは・・・。
「そっか・・・私、死んじゃったんだ」
ようやく自分が霊体であることを理解した。今の私はただの魂の抜け殻で、もう器に戻ることは出来ないで。
「・・・うみ、ちゃん」
今度は、私たちの子供に触れてみる。
でも、その手は届かない。・・・いや、違う。すり抜けてるんだ。
「え、なん、で・・・?」
なんで、と問いかけてみても、理由は一目瞭然だ。
死者が、生者と交わることは許されない。
だから、私はこの子をあやすことも、抱くことも、触れることも、その全てを許されない。
「・・・やだ」
自然と涙が零れ落ちる。
「いやだ、いやだよそんなの・・・! なんで、ねえなんでなの・・・? 私の、私たちの・・・子供、なのに・・・!」
死にたくなんてなかった。
思えば、ずっとそんなことを思ってた気がする。
この子を産んだ時、そこに私がいない未来を見てしまった。その日から、私はずっと躍起になって。
なのに、結局たどり着いた未来は変わらない、なんて。
そんなの・・・嫌だよ・・・!
もう一度羽依里と話したい。ううん、もう一度なんてもんじゃない。これからずっと、もっと遠い未来に死んじゃうその日まで、ずっと言葉を交わしていたい。
それからこの子のこと、うみちゃんのことちゃんと最期まで大切に育てて、立派なお母さんになって、大きくなっていくその姿を見届けたい。
そんな大それた願いじゃない。だから・・・叶えてよ。夢を、見させてよ。
「こんなの・・・嫌だ・・・!!! 嫌だよ、羽依里!!」
大粒の涙が地面にはじけて消えた時、私は別の場所へと呼び戻された・・・。
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意識が覚醒する。
ここは・・・私たちの家だ。隣には羽依里もいる。
少し眩しい。カーテンの隙間からどうやら光が差し込んでいるみたい。朝だ。
「羽依里っ!?」
私はとっさに腕を伸ばし、羽依里に触れてみる。手のひらからちゃんと、鼓動とぬくもりが伝わった。
よかった・・・私まだ、生きてる・・・。
「・・・しろは?」
さっきので目覚めた羽依里はどうしたんだと私に声を掛けてくる。その当たり前の言葉が嬉しくて、私は羽依里にしがみついて涙を流した。
「羽依里・・・羽依里ぃ・・・!」
「・・・そっか。怖い夢、見ちゃったんだな」
言葉を介さずとも私に何があったのか羽依里には分かったようで、それ以上は何も言わずにそっと私を抱いて私の頭を優しくなでた。
まだ痛みの残る心臓。そこで蠢いている言葉を繋ぐように、私は羽依里にあの悪夢を語った。
「私が・・・死んじゃう未来を見ちゃった。・・・羽依里も、この子もいるのに、その未来に・・・私がいなかった」
それから私は左の手でお腹を摩る。そこには確かに小さな命が眠っていた。
「・・・そりゃ、怖いよな。怖くて、悲しくて・・・俺だっていやだ」
それでも羽依里は笑った。俺は心配ないぞと私に語るように。
「でも、大丈夫。・・・しろはは死なないよ。何があっても、死なせない。それにほら、今日はさ」
それから羽依里は起き上がって、壁にかけてある日めくりのカレンダーをはがす。
それから微笑んで、優しい声で。
「今日は、しろはが、この世界に生まれたことを祝う日、なんだからさ」
「あ・・・」
そうだ。今日は私の誕生日。
いつからだろう、そんなことを気にする余裕もなくなっていたんだ。・・・この子のことばかり思って、動けなくなって。
・・・そっか。私が一番大事にすべきなのは・・・私だったんだ。
「あはは・・・そう、だったね」
笑いながら、でも涙は止まらない。しばらくはこの暴れた感情をどうにかすることは出来ないだろう。
でも、いいんだ。そうやって今日を大事に生きることが出来たら。
きっと私は、この子と歩んでいける未来を手に入れることが出来るはずだから。
『しろはーーー! 起きてるーーー?』
玄関から声が聞こえる。蒼が家にやってきたみたい。
「ほらしろは、早速客人が来たみたいだぞ」
「ほんとにみんな、朝から忙しいね」
仕方ないなと笑う。いつもと変わらないそんな日常だから、涙の雨もとっくに上がっていた。
「・・・しろは、誕生日、おめでとう」
「うん、ありがとう」
身近なやりとり。でも、これ以上の言葉はいらない。
この当たり前を、私はずっと大事にしていこう。頑張らないことが、きっとその答えだから。
「行こっか、羽依里」
「その前に着替えような」
「あ、忘れてた」
「ははっ・・・」
ああ・・・。
今日もまた、幸せな一日だ。
さて、あとがきですが結構語りたいことが山ほどありますね。
二年前の私のしろは誕生日SS、覚えてる方いますでしょうか。
あの作品では、しろはが死んでしまった後のしろはの誕生日を羽依里の視点から描いていましたね。そして今回は、その真逆。生きているしろはの誕生日を、しろはの視点から書いてます。
この対比、楽しんでいただけたら何よりです。
それと、まあ読んでいただいた方なら分かると思いますが、本作はpocket√終了後の羽依里としろはのお話です。その結末は・・・ご想像にお任せします。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。