TS転生したら人体実験の被験者でした。逃げた先にはヤンデレが追って来た。 作:ウジ虫以下
『———実験を開始する。……メスを。』
『……………電ノコ、何処にありましたっけ?』
『………今回は発火、してみますか?』
………………………………。
………………。
………。
…。
◆◆◆
「——————ッ!?……ハァ……ハァ……。」
また、この夢だ。
テレビからは、誰も彼もが作り笑いを貼り付けたような、つまらないバラエティ番組が流れている。どうやら、点けっぱなしで寝落ちしていたようだ。
「………………鬱陶しい。」
悪夢に魘されたせいか、ぐっしょりと汗を掻いている。随分長くなった髪が水分を含んで、頬に張り付いて不快だ。たらりと流れた一筋の汗が手の甲に落ちると、寝呆けた身体に冷や水を打ち、思考を加速させた。
「……シャワーでも浴びるか……」
愛用しているスウェットは、とうにダボつき始めている。袖口を見れば、毛玉がびっしりと出来ているし、ダルダルだ。我ながら見窄らしい格好をしていると思う。それでも、お洒落をしている程の余裕は持ち合わせていなかったのだ。
ボクは身に纏っていた衣服を乱雑に脱ぎ捨て、足早に風呂場へと向かった。少し寒い、しんとした空間。曇った鏡を拭い、自分の姿を見遣る。
自分で言うのもなんだけど、顔は悪くない方だと思う。美少女の一歩手前くらいには居るのだと信じたい。しかし、体つきは貧相でオマケに無愛想。それに、乱雑に切られた毛先がツンツンと尖っていて、台無しだ。
目尻を見れば、薄っすらとだが隈が出来ていた。最近は、あの悪夢に悩まされて十分な睡眠が取れていないせいだろう。
『———帰って来い。お前の居場所は其処ではないはずだ』
あの悪夢の終わり際、決まって悪魔が語り掛けてくるのだ。帰って来い、帰って来いと囁いて来るのだ。もううんざりだった。最早限界に近い状態。耐えられているだけでも奇跡的だ。
いっそ死ねたら良かったのに、と嘆く。
叶わぬ夢に現を抜かす暇も無く、嫌なイメージをブンブンと振り落とし、シャワーを浴びる。不快だった汗が落ちて行く感覚がして、実に気持ち良く思う。これでいい。こういうのでいいのだ。
体を洗うために、ボディソープを出す。スーパーで買えるような安物のボディソープ。シャンプーだって同じだ。
薬品の匂いがツンと抜けるようなソレで、ワシワシと洗っていく。折角
それでも、今はそんな余裕は無かった。
洗い方も教わらなかったから、髪も同様にしてガシガシと洗う。
◆◆◆
シャワーを浴び終え、これまた使い古されカチカチになったバスタオルで体を拭いていく。
「……ドライヤーとか買えればマシになるのかな?」
なんて理想を口にしてみるのだが、新しい家電を買うお金があるのならバスタオルを買い直すべきだろう。
季節は秋に差し掛かった頃。窓の外からは虫達が奏でる演奏会が嫌という程耳に入って来る。雑音も無いこの部屋では、寧ろ良い作業用BGMとなっているのかも知れない。
「……替えの服、替えの服っと。……うわっ、干しっぱだったよ」
ズボラな性格は、前と変わっちゃいない。今まで不幸続きの人生だったのだから、少しくらい歳頃の少女らしくお洒落でもしたってバチは当たらない筈だとも思う。……余裕が有れば、の話だけど。
それは不意にやって来た。先程と同じようなスウェットに着替えている時だった。窓の外から音がしたような気がしたのだ。最初は虫でも当たったのだろうと別段気にすることも無かったのだが、次第に大きくなる。
「……空き巣とか?……いや、無いな。」
シャワーを浴びたところだというのに、嫌な汗が滲んで来る。
———まさか、バレたのか?心音が大きくなってきて、呼吸が乱れる。
深呼吸を行い、自分を落ち着かせ、此方から出迎えてやろうと意気込んだ。来るならかかって来いと言わんばかりに、出鱈目な戦闘態勢を取る。
「———へわッ!?」
突如ベランダから聞こえて来た音に、妙な悲鳴を上げてしまう。ガチャっと鍵を開ける音。
…………まさか本当に空き巣?カーテンを閉めてはいるが、部屋の光が点いていることくらい把握出来る筈だというのに?
ボクが身構えた瞬間、部屋とベランダを隔てる引き違い窓が開け放たれる。秋風にバサバサと吹かれたカーテンを押し退け、此方に近づく人影を見た。
「ようやく見つけましたよ、チハヤちゃん❤︎」
ベランダから入って来た人物を、ボクは知っていた。今はメイド服みたいな、ゴスロリチックな服を身に着けている美少女。右眼を前髪で隠して、癖のある髪をサイドで結んでいる。
……彼女、彼女はボクと同じ——研究施設——に居た少女だ。彼女の名前は……。
「…………………………ヤミヨ。」
「——ハイ!! チハヤちゃんのヤミヨですよ❤︎」
ヤミヨは曇った笑みで答える。
どうして此処がわかったんだ。というか、どうしてベランダから……。何もわからない。何も考えたくない。頭がグルグルと痛い。
「……ど、どうして此処がわかったんだよ!? それよりも此処4階だよ!? ベランダからって……。」
「———チハヤちゃんも、それくらい出来ますよね?」
さも当然とばかりに首を傾げてみせるヤミヨ。ヤミヨはマジで言っているんだ、ボクなら出来ると信じている。
「そんなことよりも、帰って来て下さいよチハヤちゃん。貴女がいない生活は、凄く寂しいです……。」
「い、嫌だッ!! ボクは帰らないぞ。あんな生活に戻るだなんて、考えられない……。」
「………そうですか。残念ですね———それなら力づくでも来てもらいます!!」
何処に隠していたのか、彼女は包丁を取り出した。月光に照らされた刃が、ギラリと不敵に光り輝く。一見すれば、美少女と刃物、美しき光景だ。
それでも、ヤミヨの目はマジの目だ。彼女はやると言ったらやってみせる女だった。
ボクに得物を充分に見せつけたと言わんばかりの彼女は、一気に此方との間合いを詰めて見せた。
するりと懐に入り込んだ彼女によって、胸部に鋭い痛みを感じる。どうやら、彼女が持っていた包丁で刺されてしまったらしい。
「———うッ!?痛いッ!!痛いッ!!……うぅ……。」
「——————でもチハヤちゃん、死なないじゃないですか?」
ヤミヨが刃を抜き取った衝撃で、痛みが走る。呻きそうになったが、弱さを見せまいと我慢し、声を押し留めた。
さっきまで包丁が刺さっていた傷口を見れば、異様なペースで塞がっていっている。尋常じゃない再生速度。あっという間に致命傷が無くなってしまう。其処にはもう、何事も無かったかのように少女の柔く白い肌が残るばかりだった。
この再生能力が、ボクが研究施設に居た理由。
この力のせいで、"四肢欠損"、"臓器破損"すらも治してしまえる。だから、死ねない。
そうだ、ボクやヤミヨには生まれつき奇怪な力が備わっていた。だから研究施設だなんて胡散臭い所に長い間入っていたのだ。折角、美少女に生まれ直したというのに………ずっとずっとだ。
「……痛いもんは痛いんだぞ。」
「……そうですか?……あぁ、どうやったらチハヤちゃんに傷をつけられるんでしょう。あぁ、私だけのチハヤちゃんに私による跡をつけてあげたい。首筋を噛んでみるというのはどうですか?……それはもう試しましたね。刃物を何時間も、何日も、何週間も刺しっぱなしにするというのは?……それじゃあ刃物による傷ですよね。……あぁ、どうしたらチハヤちゃんを私のモノだとマーキングできるのでしょうか?」
うぅ、ブツブツブツブツと何かを喋り出してしまった。ヤミヨの何処までも暗い黒の瞳が、闇という虚空を眺めている。深い深い、光の無い闇。
先程刺された胸を撫でる。本当に何もない。胸も無いのだから、本当に何もない。見渡す限りの平地が広がっている。
自分でも驚く程の再生力だ。あの一突き、明らかに心臓にまで至っていた。それでも、死ぬことはなかった。
……あぁ、でも痛いのは嫌だな。いくら死なないと言っても痛みはする。
ヤミヨだって、昔はボクのことを平然と刺したりするような少女ではなかったというのに、馬鹿スカと刺して来やがってからに。
昔の彼女は大人しくて良い子だったのになぁ。
……今の彼女は何というか、そう———
「…………………………嫌いだ。」
「—————————ッ!?……嫌い?今嫌いって言ったんですか?誰が誰を嫌いって?チハヤちゃんが私を嫌い……?——嫌だ嫌だ嫌だ!!
お願いですからチハヤちゃん、私を嫌わないでください!!私を否定しないでください!!チハヤちゃんに見捨てられたら私、生きていけないんです!!チハヤちゃんが居なくなってから気づいたんです、チハヤちゃんが居ないと私……生きていけない。……お願い、お願いですから。……そ、そうですよね!痛かったですよね?いくら完璧美少女のチハヤちゃんとはいえ、痛いモノは痛いですよね?ごめんなさい!!ごめんなさい!!馬鹿なヤミヨを許してください。チハヤちゃんの気持ちも汲めない愚かな私を罵ってください。本当にチハヤちゃんが居ないと私、何も出来ないんです。謝ります!!謝りますから!!……だから、愚鈍な私を見捨てないでください。……だから、だからもう一人で消えたりしないでよ……。」
ヤミヨは目に涙をいっぱいいっぱいに溜めて、ボクに縋りついた。親が全てだと思う少女が、見捨てられないように懇願するように。絶望に満ちた顔には、今までの彼女の余裕は何処にも無い。
(……ヤミヨは、昔から変わっちゃいなかったんだ。変わってしまったのはボクだったのだろうか……。)
胸元で泣き縋るヤミヨの頭を撫でてあげる。彼女は、それだけで安心したように満面の笑みを浮かべてみせた。
心の何処かでは気づいていた。誰かが彼女達を支え続けてあげなければならなかったのだ。それはきっと、成熟した精神を引き継いだボクの役目だったのだろう。
わかっていた。
……あぁ、烏滸がましい事かも知れないが、出来ることなら彼女達を、この手で……ボクの手で幸せに導いてあげたいな。
泣き疲れて眠ってしまったヤミヨをベッドに寝かせ、空きスペースにボクも添い寝する。折角来てくれた友人の為にも、明日は頑張ろうと思いながら、目を閉ざした。
真っ暗闇の中でも、ボクの世界は今、確かに希望に満ち溢れている。
季節は秋口。少し肌寒く感じてしまうような頃。運命に呪われた少女達は、同じベッドにて深い眠りに就く。悪夢に悩むTS娘は、今宵は魘されるようなこともなかったのだとか。