TS転生したら人体実験の被験者でした。逃げた先にはヤンデレが追って来た。 作:ウジ虫以下
「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」
夏目漱石の著作、『吾輩は猫である』の冒頭。その言葉は驚く程にワタシとマッチしていた。
ワタシは人間。それでも、生まれてこの方ワタシは物語の登場人物のような名前というモノを持ち合わせてはいない、可笑しな人間。
◆◆◆
○月a日
今日から日記を書くことになった。
ワタシには、どうして書かないといけないのか分からない。だけど、『先生』達が言うのだからそれが正しいのだろう。
○月b日
今日も、みんなは仲良くしてくれない。
ワタシの目の力がこわいからだって、ぶきみだって言われた。
……ワタシもみんなみたいな、こわくないのが良かった。
○月f日
今日も、遊びにはいれてもらえない。
今日は、『じゅぎょう』も楽しくなかったけれど、『先生』達の言ってることは絶対だから……。
じゅぎょうがんばれば、ワタシも『先生』みたいになれるのかな……?
○月j日
すごい、すごい!!
こんなに楽しいことがあるなんて、知らなかった。
今日も、みんなは遊びにいれてくれなくて、つまんなくて、へやからにげた。だけど、いくばしょがないから『しせつ』をたんさくしてたら、見つけちゃった。
ふだんは、みんな近よらない『と書しつ』。
そこにあった本は、子どもべやにある本より何倍も面白かった。ワタシには絵本より、面白く感じた。すごい、すごい。
むずかしい言葉もいっぱいだけど、がんばって読みすすめたい。
○月p日
さいきんは、図書室にいることがふえた。
わからない言葉は先生に聞いて、がんばって一冊読み終えた。そうしたら次は次はって手をのばしてしまった。先生をこまらせてしまったけれど、こんなに面白いんだからしかたない。
……ワタシはここで、一人でいい。
○月s日
本(こういう本を"物語"というらしい)は知らないことばかり教えてくれる。
でも、分からないことだらけでもある。
海って何?山って何?猫さんってどんなのだろう……。
それに、ワタシには物語の中の人みたいに『名前』がない。ワタシ達は『こたいしきべつナンバー』っていうのしかないのに、物語の中にはあるらしい。よくわかんない。
そのことを、先生に聞いたら、またこまらせてしまった。先生をこまらせるなんて悪いことなのに……。
○月v日
さいきん、みんなの間で人気な子がいるらしい。
その子はかしこくて、いろんな話をしてくれるんだって。先生たちも、その子にきょうみしんしんだった。
それにおどろいたのは、その子が名前をつけてくれるんだって言ってた。こたいしきべつナンバーをもじった名前。みんなうれしそうにしていた。その名前でよびあうのが、はやっているらしい。
うらやましい。ワタシには名前、ないのに……。
○月x日
みんなが言ってた子が、図書室にやって来た。
なんでも、みんなにかこまれるのに少しつかれちゃったんだって。
はじめはびっくりしたけれど、話してみるとすごい子だってわかった。物語も一回でりかいできるし、それに話がすごく面白い。ワタシが何回も読んで分かった物語を、「それ知ってるよ」っていっしょに話した。
……なんでもできて、ちょっとだけうらやましい。
その子は、自分のことを『チハヤ』って言ってた。『No.1088』だからチハヤ。物語の中の人みたいに名前がある。ずるいなって思っちゃった。
そしたら、そしたらね。チハヤちゃんがワタシにも名前つけてあげるって言ってくれたの。
(せいかくには、にっくねーむ?みたいなものだって言ってたけどよく分からない。)
ワタシの名前はヤミヨ。『No.0834』だからヤミヨ。チハヤちゃんがくれたワタシの名前。物語の中の人みたいな、ずっと欲しかったワタシだけの名前……。
△月j日
あれからもチハヤちゃんとは色んな物語の話をした。
本は一人で読むものだって思ってたけど、チハヤちゃんと読むとすごく楽しい。チハヤちゃんはわからないことを教えてくれるし、知らない物語を教えてくれたりもする。
チハヤちゃんといるのは本当に楽しい。
でも、チハヤちゃんは人気者だから、すぐに違う場所に引っぱられて行ってしまう。……チハヤちゃんは悪くないのに、ごめんって行ってしまうのだ。
もっとワタシもチハヤちゃんといたい。
……ワタシだけのチハヤちゃんになればいいのに。
△月p日
チハヤちゃんと本を読んでいる時間が好きだ。チハヤちゃんがお喋りしてくれる時間が好きだ。チハヤちゃんが色んな話をしてくれる時間が好きだ。チハヤちゃんと食事をしている時間が好きだ。チハヤちゃんが笑っている顔が好きだ。チハヤちゃんが照れてる顔が好きだ。チハヤちゃんが時々見せるボーイッシュな凛々しい顔が好きだ。チハヤちゃんが驚いている時の可愛い顔が好きだ。チハヤのあどけない寝顔が好きだ。チハヤちゃんが頬を膨らませて、怒ってますアピールしている時の顔が好きだ……
挙げればキリがないが、チハヤちゃんはワタシの全てだ。それなのに、ワタシが独り占めできないだなんて……。
●月a日
随分長いこと書いていなかったように思う。
あれからワタシは、チハヤちゃんに連れられて皆とも話すようになった。チハヤちゃんは彼等のリーダーだったから、最初の頃は避けていた子も、いつしか普通に話してくれた。
本当にチハヤちゃんはすごい。
先生達は皆にとって絶対的存在であるけれど、ワタシにとっての絶対的存在はチハヤちゃんだ。
それなのに、何人かチハヤちゃんに付き纏う悪い虫がいるように思う。ワタシと同じ……彼女達もチハヤちゃんに好意を向けている。友愛か親愛か……それとも……。チハヤちゃんがその子達に笑いかけている時、何だか面白くない。
だけど、チハヤちゃんが良しとしているなら仕方ない。でも、それでもいつかは……。
●月d日
不味いことになった。
今まで不明だったチハヤちゃんの『
チハヤちゃんの力が判明してからは、先生達がチハヤちゃんを何回も何回も『検査』している。やれ耐久力がなんだ、代償がなんだ、人類の希望がどうとかって。
すごい力だっていうのはわかる。でも、素直に喜べない。『検査』が増えたことでチハヤちゃんと会える時間が減ることになるのは嫌だなって……。
●月k日
チハヤちゃんと居られる時間が全然ない。
検査から帰って来たチハヤちゃんは、すごく辛そうな顔をしていてワタシ達と話す余裕が無い。此方から話し掛けたとしても、チハヤちゃんに曖昧な返答をされると精神的にも辛い。今は検査が終わることを切に願う。
●月w日
珍しくチハヤちゃんの検査がなかった日、チハヤちゃんとお話をした。
ワタシのことばかりになってしまったけれど、チハヤちゃんと話すのは、やっぱり楽しい。
最近読んだ物語の話、チハヤちゃんが好きだと言っていたあの本を読み返していると言ったら「そんな話したっけ?」って……。
覚えてないのだろうか……。あんなに好きだって語ってくれて、ワタシも好きになったあの本のこと……。
●月z日
あれから、この本はどうだ?あの本はどうだ?とチハヤちゃんに話しかけてみたが、どれも忘れてしまっている。
あんなに楽しかったのに、どうして……。
チハヤちゃんが忘れているのに、一方的に覚えているというのは辛い。何よりも、チハヤちゃんが申し訳無さそうに顔を歪めて笑うのを見るのは辛くて悲しい。
そんな顔、しないでよ……。
▲月o日
ちはやちゃんがいない。しせつからにげたらしい。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。ひとりにしないで。
【日記はここで途切れている】
◆◆◆
暗い、暗い部屋。
聳え立つ本棚が所狭しと並べられ、冷たい本の表紙がずらりと顔を揃えている。他の子供達の立ち寄らない図書室。最近見つけたお気に入りの場所。誰にも邪魔されなくて、楽しい本がこんなにも沢山。ワタシは此処でいい。此の暗い部屋で一人でいいんだ。
本を読むと嫌な時間を忘れられた。物語の中には知らない世界が広がっていて、施設とは違う何かが確かに其処にはあった。独りぼっちではあるけれど、本を読んでいれば苦に思うこともない。それでいい。ワタシはずっと、一人で本を読んでいたい。
「……失礼します。誰も、居ないよね……?此処なら少し休めるかな……。」
そう、思っていたのに。ワタシだけの空間に、無作法にも他の子供が入って来た。どうにも怖気付いてしまって、冷たい床にへたり込んでしまう。後ろめたいことなど無いというのに、今まで読んでいた乱雑に置かれた本を、隠そうと踠く。
(どうしよう……どうしよう……。)
迫る足音は恐怖の象徴。こんな所に逃げ込んでいるなど判明した際には、馬鹿にされるに決まっている。先生達の真似をして難しい本を読もうとしてるって揶揄われて、嘲笑われる。
「あれ、先客がいたのか……」
頭上から降り注ぐ声に耳を傾け、固く閉ざした瞼をゆっくりと開いた。
明るい光を背に、ワタシに声を掛ける子。
ワタシは彼女を知っていた。他の子供達から人気者の彼女。賢くって、話が面白いと噂の皆のリーダー。ワタシが憧れた、物語の人物達と同じように名前を持っている特別。そんな子が、どうして此処に……。
「ごめん、邪魔しちゃったかな?良かったら、ちょっとだけ此処に居させてもらいたいんだけど……いいかな……?」
情けなくも、声が出ず、肯首することしか出来なかった。それでも彼女は「良かった」と胸を撫で下ろし、はにかむ。彼女の笑顔は眩しくて、ワタシまでも嬉しくなるような不思議な気分になった。
それからワタシは招かれざる客人である彼女と色んな話をした。色んな話をしてくれた。
彼女はワタシの知らない、沢山の物語を知っていてワタシの知らない言葉を使う。今ワタシが読んでいた物語も、読んだことがあるそうで共通の話題で語らい合った。凄く、楽しい。彼女と話している時間が心地良くて堪らない。一人で良かった筈なのに、どうしてだろうか。
———彼女が特別、だからだろうか……。
「……そうだ、名前!!ボクの名前はチハヤ。『No.1088』だからチハヤ。キミの名前、何っていうのかな?個体識別ナンバーだとかって奴じゃない、貴女の名前。教えてくれないかな……?」
「わ、ワタシには名前……ないから……」
口にしてしまうと自分は物語の中の彼等とは遠く離れた存在なのだと自覚させられてしまう。ワタシには彼等のように、目の前の彼女のように名前なんて無いのだから。
「……名前が無いって。まだ付けられてない子が居たのか……。良ければなんだけど、ボクにキミの名前、考えさせてくれないかな?」
名前。ワタシの名前を彼女が、考えてくれるって。なんて嬉しい申し出か。夢にまで見た物語の中の彼等と同じように、ワタシにも名前が。
「って言っても、個体識別ナンバーを捩ってるだけだから正確には言葉遊びや語呂合わせ、ニックネーム程度のモノでしかないんだけどね……」
そう、申し訳無さそうに笑う彼女の口からはワタシの知らない単語ばかりが出てくる。どうしてこんなにも博識なのか、やはり彼女は特別な存在なのだろう。
「キミの個体識別ナンバー教えてくれる……?そんな数字でキミ達を縛り付けたくないんだ」
「……No.0834、それがワタシの番号」
彼女は、0834……0834……と数度口遊むと、ワタシの方に向き直り、目を合わせた。
「———ヤミヨ。No.0834だからヤミヨ。ヤミヨなんて、どうかな……?」
ヤミヨ。その言葉が何を意味するのかは分からない。だけど、ワタシだけのワタシの名前。それがヤミヨ。特別で、甘美な響きのするソレを味わうように飲み込んだ。
「……気に入らなかったかな?」
「ううん、ううん。ワタシの名前。ワタシだけの名前。貴女がくれた特別。嬉しい、嬉しいよ。———ありがとう、
チハヤちゃん。目の前の少女の名前に、物語の中で見た敬称を添えてみる。初めてだったけれど、驚く程にしっくりと来たように思う。
「チハヤちゃん……チハヤちゃん……。えへへ。」
「気に入ってもらえて良かったよ。それじゃあ、これからよろしくねヤミヨ」
差し伸べられたチハヤちゃんの手は、サイズこそワタシと変わりない子供の大きさの手だったけれど、何故だか大きく感じられて。ワタシの手を温かく包んでくれているようで、どうしようもない程の安心感を与えてくれる。
———この手を離したくない。ワタシもチハヤちゃんの特別でありたい。
今度はワタシが、貴女にとっての特別になれますように。
前話、感想・誤字報告ありがとうございました。
有難いことに、一瞬赤色になっていたのも知っていたので遅ればせながら続きを書いてみました。
挿絵は無し!!暫し待たれよ。
夏目漱石『吾輩は猫である』引用