浅倉透の誕生日の二次創作

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花束

「晩ごはん食べてから帰るよ」

「え」

 

 本日の私の放課後の予定は埋められていたらしい。それは幼馴染の頭の中でだけで。

 彼女の事だから今からの事を何も考えずに宣言してきたわけではないだろう。

 お母さんへの根回しはあるはずで、つまり、仮にここで断って帰っても「何でいるの?」と私によく似た――私が似たんだけど――顔と声で聞かれるに違いない。断る理由もないが。

 

「分かった。どうしたの」

「奢る」

「やった」

「小糸と雛菜は?」

「樋口が知らないなら私が知ってるわけないよ」

「はぁ……」

 

 溜め息をつかれてしまった。面倒そうに携帯を取り出して樋口が連絡用アプリを開くのを、私と、周りにいる同級生も眺める。

 放課後にわざわざ樋口が別のクラスにやってきているのが珍しいのだろう。実際かなり珍しい。彼女は基本的には用がなければさっさと帰り、放課後の先生の監視がない時間でお喋りを楽しんだり、残って勉強したりする事は滅多にない。

 

「透、樋口さんとご飯行くの?」

「らしいよ」

「らしいって何、透っぽい」

 

 近くにいた同級生が話しかけてきて、私はいいけど、樋口が嫌がるなと分かった。ピクリと細い眉が不機嫌そうに寄って、私への会話を糸口に樋口にも話しかけようとしている意図が分からない愚鈍でもあるまいに、携帯をはじめて触った人みたいにもたもたと操作をしている。

 私の言葉なんて面白くもないだろうに楽し気なフリを装うケラケラと高い笑い声を樋口は好かない。機嫌を取ってくるような薄ら笑いを樋口は好かない。最近アイドルを始めたらしい物珍しい二人組について行って話を聞きたがる下世話を隠さない瞳を樋口は好かない。私を食い物にしようとする同級生を樋口は嫌う。

 樋口は私が何も考えていないと信じて疑わなくて実際だいたい何も考えていない。大正解。さすが幼馴染。

 でも、感情の機微が伝わりにくいようでその実かなり顔に機嫌がよく出る樋口が何を好きで嫌いかくらいは顔を見続けてきたから分かるし、どうすれば快適に過ごさせてあげられるのかくらいは考える。

 

「樋口さんお腹減ってるの?減るよねこの時間帯」

「……そうだけど」

「あはは、樋口さんやっぱめっちゃクール。透の幼馴染なんでしょ?クラス同じになった事ないよね、」

「あ、レッスン、遅れる」

「え、あるの」

「うん。樋口、途中までついてきて」

「あー……ごめん。ないって信じてた。日付の確認間違えたのかも……おばさんにご飯いらないって伝えちゃってるから、コンビニのご飯奢る」

「あはは、何か今日の樋口奢りたがりだ。じゃあ、また明日」

 

 長い付き合いがある二人だけの世界の会話に食らいついてくる気もなく、ただ口を挟み込む隙間さえあればこちらのペースに持っていけると信じてそれを待っていた同級生たちがつまらなそうに「レッスンがんばって」と声を背中に投げてくれるから、少し声を張って「がんばる」と返事をした。

 あの子たちが私たちのファンになるとは思えないけど、それでも適当な態度で接してそれを「冷たい」などと吹聴されてまわれば皆に迷惑がかかるから、私は私がどう見られるのかを意識して振る舞わなくてはいけない。正直な話面倒くさい。私は素のままでも嫌われる事がそんなにない人生だったので。

 

「何がいい?コンビニじゃなくて、テイクアウトでもいいよ」

 

 私に手首を握られ事務所に連れて行かれるままの樋口は私の手を払わない。意外だったのでいつ払われるのかと樋口の行動を待ちながら会話をしていたのに根負けして手首を放すまで樋口は一切嫌がらなくて、放された手を一瞥して軽く二、三度振った後、「やっぱ忘れてる」と珍しく私に対して優しい顔をして口元を緩めてくれた。

 

「誕生日。浅倉の欲しいもの分からないし」

「あぁ。そういえば誕生日だ」

「おめでとう、十七歳」

「ありがとう、十六歳」

 

 うっかり忘れていた。私は自分の誕生日をよく忘れて、運良く鯉のぼりを街中で見かける事ができれば思い出すが――そもそもそんなに上がっていない。上がっているのかもしれないが、周りに高い建物が多すぎて見えない。

 今度屋上から探してみよう。

 

「だからご飯でも奢ろうと思ったけどレッスンって言うから……まぁ一緒に食べないにしても、奢る」

「レッスンないよ」

「レッスンならしかたレッスンないのっ?」

「ないよ」

 

 樋口さんはクール。先程の同級生の言葉を思い出す。

 それは半分正解で半分間違い。クールなのは外面だけで、きっとそんな好奇心丸出しの態度じゃずっとその外面しか見る事はできなくて、こんな風に嬉しそうに笑うのも、人を騙した嘘を喜んだりもするって事も、分からないんだよ。

 さっきの「レッスンないの?」と驚いた普段よりだいぶ高い声なんて、きっと小糸と雛菜ですらここ数年聞いていないと思う。

 

「もっと早く言ってよ。小糸と雛菜呼び損ねた」

「リッチだ」

「雛菜は奢らない」

「あはは、雛菜が騒ぐね」

「あと、誕生日に浅倉を私だけに付き合わせたら二人が拗ねる」

「そんなものかなぁ……」

 

 だいたいいつも一緒にいるんだから、今日は樋口、明日は小糸ちゃん、明後日は雛菜とかでもいい気もする。

 

「まぁ、もう遠いし。今日は私にだけ奢ってよ」

「ん。何がいい?」

 

 樋口は私が何も考えていないと信じて疑わなくて実際だいたい何も考えていない。大正解。さすが幼馴染。

 でも実は誕生日当日に思わぬアクシデントによるものとはいえ私を独占して喜んでいる事も、そんな自分を悪い子のように感じて二人に罪悪感を持っている事も分かっている。

 

「焼き鳥軽く食べてタピオカ」

「ふっ……若者に興味あるおじさんみたいな」

「その後ファミレス」

「たかるなぁ……」

 

 だから私は、楽しそうな顔に時間のかかるワガママを投げる。


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