樋口にべた惚れしているしもちろんそれは伝わっていると思っている浅倉と浅倉にべた惚れしているしだからこそ離れたいと思っているけど思ってるだけになってしまっている樋口が同居している話です。
Pドル要素皆無のとおまどです。だいたい前かいたDANCE MONKEYと同じなので他パターン模索したいです

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スパイダー

「何これ」

 

 帰宅して進んだ廊下の先、ベランダに干されているしわくちゃの洗濯物が目に入り、尋ねるつもりはなかったけれど質問が口をついて出る。

 玄関から遠目に見たときは綺麗に洗濯をしてくれたんだと小さく感動すら覚えていたのに近くで見れば粗しか見えない洗われたばかりの服たちは、なんとなくこの惨状を作った犯人に似ている気がする。

 

「洗濯したよ」

「見れば分かる……しわくちゃじゃん。干す前にのばしてって話、したよね。パンパンってするの。あと水洗いしちゃだめなのも洗ってる。ちゃんとネット使った?使って……るけど中に何か入ってない?え?中に入れたまま干してる?嘘でしょ?」

「はは、樋口めっちゃ喋る」

「喋らせないで」

「アイロンあてるね」

「いい。燃やされそう」

 

 カンカン照りの地獄から帰って早々まだ午前だと言うのに大きなため息をついてしまう。肌にまとわりつく湿気よりもなお質悪くべたつく疲れが嫌になる。

 せめてこれが今日最大のため息だといい。この幼馴染と同居して以来毎日幸せを逃しまくっているのでもうこれ以上ため息をつきたくない。

 もう一度ため息をついて買い物袋を置いたら「あ、クッキー」なんて嬉しそうな声を出しながら目ざとく見つけた好物に手を出してくるからまたため息が出た。確かに同居人が喜ぶだろうと買ってきたものだけれども、それは今私が買ってきたものなのにまるで自分の物のように。いいけど。

 

「ここまでポンコツと思わなかった」

「ひどい。一枚あげるから元気出して。顔死んでる」

「とりあえず今からでものばすよ。手伝って」

「洗濯したよ」

「さっき聞いたし見れば分かるって」

「樋口」

「……しわくちゃ」

 

 何を言いたいのかはだいぶ伝わるようになってきた――というより、伝える努力をやっとはじめるようになってくれたと思う。だから私はその目を見ない。

 良い傾向だ。でも腹が立つ。凪いだ海のように穏やかでずっと変わりなかった彼女をやっと人間らしくしたのは近くにいた私たちではない。ただの仕事仲間だった。

「ただの」なんて言うのなら私も「ただの」幼馴染でしかないのだけれど。

 子どもじみた癇癪をあのにやけた面にぶつけるのは大学生にもなった事だし卒業したいのだが、いかんせんあの顔を思い出すだけで腹が立つのだししかたがない。

 なんなら顔でなくて背中を思い出しても腹が立つ――一応、嫌いではないが。それは絶対言ってやらない。

 

「浅倉、あんま見ないで」

「返事がないから」

 

 なんでまた、ものすごく視線を感じながらしわくちゃな洗濯物に構わなければいけなくなったのか。

 一人暮らしであれば絶対こんな手間はかからなかった。買ったばかりの服を自分で着るより先に着られてしまう事なんてなかったし、昼に持って行こうと夜のうちに用意していた弁当を奪われていると朝に気付いて項垂れる事もなかったし、掃除機をかけているときに床でごろごろされて邪魔だと思う事もなかいやこれ思い当たるだけでも多い。多すぎる、あまりにもひどい、本気でひどい。私は菩薩か?

 目眩がするのは、今両手で掴んでのばしている「安かった」と透が買ってきたTシャツが蛍光色を多用した迷彩柄で目に痛くチカチカするせいだろう。そうに違いない。

 ちなみに、それを外に着ていくつもりだったので思い止まらせてしばらく部屋着にしてもらっていたが、上手く着合わせてオシャレに着こなしていたので今は外での着用も認めている。顔もスタイルもいい女はものすごく強かった。勝てない。

 

「笑う。洗濯するって言ってたけどこのザマなのに」

「でも、したよ」

「…………」

「私は約束守ってるよ。樋口も守る」

「えー……」

「樋口はそうだから」

 

 約束。確かにある。お互い合意の上で結んだ契約があるから私はここでしわくちゃの洗濯物を、触る事で余計服をぐちゃぐちゃにしている透の隣でのばしている。もうやめてほしい。手伝ってなんて言った私が悪かった。

 

「浅倉、やっぱいい」

「やるよ。私のせいだし」

「いやそうじゃなくて」

「え……」

「……シャワー出しといて、汗かいたから浴びたい」

「あぁ。分かった」

 

 利益がないのが分かりきってこの契約を結んだのは数ヶ月前、桜もまだ咲かない肌寒い春だった。

 ――「一緒に暮らそ」。

 二人きりのときに持ちかけてきたのは透にしては偉いとポンコツ具合を二人暮らしのせいでよく知った今では思う。

 偶然だったんだろうけども、それでも雛菜の前で言われなくてよかった。

 雛菜がついてきそうという面でも、私が断ったから雛菜でいいやと考えた透とそれを願ったり叶ったりと同居を喜ぶ雛菜が二人で暮らし始めそうという面でも。

 もしも実現していたらどちらでも耐えられなかっただろうし。

 

「嫌」

「……?」

「なんで意味分かんないみたいな顔してるの。こっちがその顔したいんだけど」

「私の顔が二つはちょっと」

「意味分かってるクセに」

「樋口の顔がなくなるとファンが悲しむよ」

「はいはい」

「…………」

「…………」

「大学の中間地点がお互い便利かな?」

「話聞いて」

 

 深夜、仕事の帰り道に寄ったファミレスの四人席。私の前に座っている幼馴染は腰を浮かせて自分のもののように私のパフェをスプーンですくっては口に入れるのをやめない。自由な女だ。

 唐突な申し出には全く驚かなかった、透の突飛な発言や行動は今に始まった事じゃないし、この程度で驚いていては幼馴染は務まらないので冷静に断って話を逸らす余裕すらある。

 

「パフェ、浅倉のまだあるじゃん」

「ん?樋口のがおいしい」

「…………」

 

 言い方。言葉の選び方。何を思えばそんな……戸惑う胸の内を悟られたくなくて冷えていく薄い唇から目を逸らす。

 目を逸らした先にある椅子の上の自分の手、綺麗に塗られた藤色の爪が手のひらに食い込んでいて、みっともなくて少し笑いそうになる。動揺は机の下に隠しきれていればいい。

 

「最初からチョコパフェにしとけばよかったのに」

「抹茶パフェおいしそうだったからさ。いる?」

「いらない」

「バナナ食べていい?」

「ご自由に」

「ありがと」

「家、決まってる」

 

 明るめのアッシュグレーの髪に守られていない耳にすらひっかからないくらいなるべくあっさりと言ったつもりだったのに、透はソフトクリームとチョコソースがついたバナナをフォークで刺したまま、びっくりした顔で私の顔を見てきた。恐らく、見ている。

 視線を感じるがそれを受け止める勇気はなくて、予想外の反応に怯える自分の少し震えている拳にじっと目線を逃がすしかなかった。

 だって、何を考えてそんなに動揺されているのか分からない。

 

「普通もう決まってる。浅倉と私の大学そんなに遠くないし仕事で会」

「でももううちにこなくなる。帰ったら樋口がいない」

「そんな毎日入り浸ってたみたいな言い方……普通はそんな人の家行かないから」

「でも樋口はきてたよ」

「あー、もう……」

 

 思い付きの同居発言を掘り返して会話のネタに使い続けられる意味が分からない。透の事が分かった事なんて一度もない。

 せっかく隣り合った家から出て離れられるんだからさっさと自分から解放してやろうくらいに思ってはくれないだろうか。迷惑かけられ続けてるんだから。

 今だってそうだ。透は目立つ。座っているとそこにいるのは決まっていたと言わんばかりにその場に調和するクセに、絶景を人は無視できないようにそこにいるだけで人目をひく。

 そのせいで周りの一部の物好きは他人の喧嘩はおもしろいと下衆な光を孕ませた黄色い眼球をチラチラとこちらに回しては愉しんでいるものだからとてもこの場にはもういれない。

 こんな機会なんだから長年患い続けている報われない恋心を治療させてほしい。

 逃げたくて距離を取ろうとしても詰めてくるのは隣に住んでいて学校も職場も同じ幼馴染だから。今まで住んでいた『幼馴染』の箱の形が崩れるのを恐れているのは意外だが、これもあの男の影響なのだろうか。

 

「じゃあ普通になるって事なんじゃないの。普通の距離感。ユニットで活動する間は一緒にいるから。パフェあげる、また明日」

 

 早口で捲し立てた後は返事を待たず逃げるように――実際逃げた――立ち上がって、その後でお会計の事を思い出して慌てて伝票を取り上げてレジに向かう私の黒いパーカーの裾を思い切り掴んでくるものだから、膝が折れて後ろに倒れそうになる。

 

「樋口……え、っと…………」

「――そんな顔しないで」

 

 舌を打ちたくなってギリギリ思いとどまれた。何を言いたいのか自分にどうしてほしいのか分からない幼馴染に対してではなくて、自分に腹が立つ。

 名前を呼んで、言い淀んで、困って、昔より余程人間味溢れる――人間らしい魅力をあの男に与えられたその美しい顔で、

 

「見ないで」

 

 幼馴染の表情をするな。

 

「ひ、ぐち、」

「ケンカになるなら帰る。仕事に影響させないほど人間できてないでしょ、私たち」

「樋口」

 

 何を言えばいいか分からないと名前ばかり呼ぶのか、とか、そうじゃなくて人を引き留めたいと名前を呼ぶのかな、とか、沸騰しかけている脳みその隅っこ、ギリギリ残っている清涼な部分が知らない透の情報に喜んでいる。

 刺さる視線の数はもう数えるのもアホ臭いくらい増えていて今度こそ舌を打ってしまう。声量こそなくて静かでも行動はファミレスでやるにはいい見世物になっている自覚はある。他人の時間潰しの為にパントマイムをするつもりはない。ただでさえ顔が割れている仕事なのに。

 

「部屋の違約金?解約金?でちゃうなら、払う」

「……パフェ食べて」

「見ないから話逸らさないで」

「いっつも逸らすの浅倉じゃん……」

「逸らしてないよ」

「無自覚……まぁ、そうだよね。……パフェ食べて。待つから」

 

 握られたままのパーカーの裾を喜んでしまうような哀れな女は嫌になるほど自分に甘い。

 パーカーを放した透の指先は少し赤くなっていて、透でもこんなに必死に何かを掴む事があるんだと意外性に場違いにも笑いそうになってしまった。似合わない事をしていたんだな、と。

 落ち着けた腰も隣に置いた拳も状況の意味の分からなさに少し震えているけれど、それでも、さっきよりは余程しっかりしている。

 無言でパフェを食べる女とそれを黙って眺める女。つまらない見世物に成り下がった私たちから視線は離れて、きっとアイドルの私たちからもこうやってすぐ人は関心を失うのだろうなと分かりきっていたはずの事を再認識できた。

 

「一緒に暮らそ」

「嫌」

「樋口は私が好きなのに」

「はっ?はぁ?は?」

 

 何だこいつ。

 幼馴染にこいつって思ってしまった。

 何だこいつ!

 

「何だこいつ……」

「こいつ……。んっと、私も樋口が好きだから、え、何て言えばいいの」

「黙って」

「お得じゃない?」

「話聞いて」

「嫌?」

「嫌」

「本気で嫌なら諦めるよ」

「本気で嫌だから諦めて」

「私が困るよ」

「…………いや、知らないし……家出なきゃいいじゃん……」

「分かった」

「それはよかった」

 

 あまり手を付けられていない抹茶パフェに手を伸ばして引き寄せる。三時間くらいケンカをしたような心労があるが実際は五分経っていなくて、パフェのソフトクリームが溶けていなくてよかった。

 あぁ、確かにさっきまで食べていたチョコパフェのが美味しい。同じバニラソフトクリームを使っていると思うのだけれど甘さが足りなく感じる、わざわざ使い分けているのだろうか。

 

「樋口がいないのが無理っぽい」

「んっっ」

 

 パフェ噴き出すところだった。

 伝わった?と、子どもみたいに無邪気な顔で聞いてくるものだから、結局私はまた濁流みたいなこの人に行き先も知らずに流されまくってしまう。絶対よくないのに。

 

「知らない……本当、知らない……」

「遠くに行かれるのが嫌。分かった」

「私さ、浅倉の所有物じゃないんだけど……」

「パフェ終わった。プリン頼むけど半分食べるよね」

「話聞いて」

 

 結局その後は大した会話もなく、次の休日はやたらやる気な透に誘われて二人で家探しをして、他人の女二人の部屋と考えれば少し手狭な気もしたけれど安さに惹かれて1LDKを契約してしまった。この時期残っている部屋なんて何かあるのではないだろうかと疑ったけれど値段相応といった便利さ不便さだったので特に問題はなく、ただ、元々契約が決まっていた部屋を断る時の申し訳なさがすごかった。

 その時に不動産屋だけじゃなく、透ともした契約がある。

 

「シャワー出しとく。ちゃんと洗濯したから来月もいるよね」

「ちゃんとしてないんだって」

「え……でも結果は約束じゃないし」

 

 窓を開けたせいでまた暑くなった部屋に耐えられなくなったのか、扇風機ではなくクーラーをかける透は図々しい事を臆面もなく言ってくる。

 ちゃんと家事をするし家賃も払うし迷惑をかけないし、耐えられないと思えば出て行っていい。珍しく泥臭い事をしてまでルームシェアをゴリ押してきたくせに逃げ道を用意してきたのだ。

 今思えばこれは友人同士のルームシェアとしては当たり前な条件なのに、私は(そんな……透が……家事をするし……家賃を払えるって……?)と感動してしまって二つ返事でその私には何の得もない条件を飲んでしまった。

 バカだった、いや、現在進行形でバカだと思う。

 

「はぁ……やっぱりシャワーいい。家賃半分渡して。口座入れてきて、その後シャワー浴びる」

「暑いのに。私行くよ」

「浅倉死ぬよ」

「うーん……任せた」

「はいはい」

 

 さっき買い物に出たときにまとめて用件を済ませられれば楽だったのにな、思いながら最後の一枚をのばし終わって中に入る。室内のほうが風がない分、日陰のベランダよりも暑く感じる。

 キャッシュカードが入っているのか分からない財布を持った透はクッキーを一枚私の口に押し付けて、いつもみたいに機嫌が読めない微笑でこちらがクッキーを噛むのを待っている。

 うん、おいしい。今度は買ったら見つかる前に自分の部屋に箱ごと引っ込めておこう。

 

「じゃ、行こっか」

「死ぬって」

「ふふ、死なない」

「どんな心変わり?」

「前服買いに行きたいって言ってたから。行くかなって」

「あぁ……休み被るの今度いつか分からないし、浅倉のも一緒に探すのもいいかもね」

「ついでにお昼ご飯食べて帰ろ」

「そうめん今買ってきたんだけど」

「日持ちするじゃん。樋口の食べたいものでいいからさ」

「はぁ……」

 

 お昼ご飯に付き合うかどうかは実際外に出た後の気分で決めよう。

 日除けに先ほども着て出かけていた薄手のパーカーをTシャツの上に羽織って、ポールハンガーから透のキャップ帽を取って頭に乗せてやる。

 1LDKだと仕方ないが部屋を譲ってくれた透の部屋がないので、リビングに透の私物はたくさん置いてある。そもそもあまり物を持たない人なので困った様子はなさそうだ。

 それにお互い昔からよく実家の部屋を行き来していた事もあり、自室に入られて不快感を持つ事もない。

 例えば姿見鏡なんて大きなもの二つあっても邪魔なだけだし私の部屋にあるのを使ってくれればいいし、「樋口の部屋」とは名ばかりの実際は私の寝室という具合で、ほぼ透の部屋でもある。

 だから透が今ハマっているクッキーを部屋に持ち入ったところで見つけられて、「ねぇあれ食べていいやつ?」なんて聞かれるのは自明だった。ベッド下にクッキーを隠すしかない。

 

「ありがと」

「どういたしまして」

「服このままでいいかな」

「下だけはきかえればいいんじゃない」

「ん、着替えてくる」

 

 ぺたぺたと自分の服があるウォークインクローゼットに向かって歩いて行く、頭に軽くキャップ帽を乗せたままの間の抜けた後ろ姿を見てまたため息をつく。

 距離感が近すぎるのだろう。後ろ姿がずっと幼稚園の頃と変わっていないように見える。親は子どもが成人しようがずっと幼い頃のままのように見えるというが、産んだわけでもないのにおこがましいがそれに近い感覚かもしれない。

 どうせそのまま着替えようとするのは分かっているのでさっさとカーテンを閉じて外から見えないようにしておく。

 一人の時はちゃんとやっているらしいのに人がいるとすぐに仕事を任せてくるのは、もしかしたら「お前がいないと自分は色々まずい事になる」と脅してきているのかもしれないなと考えて、いや、ないなと頭を振ったのは二度や三度ではない。

 案の定私の目の前で、結局部屋着のTシャツも外出の為に着替えるらしくさっさと脱ぎ始めた。学生時代の体育の時間などで何度も見ているとは言えこの場にいるのも気まずいので、自室に引っ込んで待っておく事にする。

 

「あー……樋口ごめん」

「カーテン?今更ね」

「ブラ間違えてるっぽい」

「なんて?」

「なんかつけ心地いいと思ったら樋口のブラだったわ。いいやつだ。育った?」

「…………は?」

 

 何で平然とそのまま上からTシャツ着てるんだろう、返してほしい。

 

「…………出てっていい?」

「洗濯したよ」

「いやそれ聞いたし見たんだって」

「家賃……」

「出すけども……出すけどさ……」

「あはは。お昼奢るね。電子マネー覚えたからめっちゃ強いんだ、私」

 

 頭痛い。


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