「ふあ~ぁ…」
欠伸を零しながら身体を回転させ、少しだけ右に逸れる。
さっきまで立っていた位置に巨腕が突き抜け、振るわれた拳が空を切った。
「チィッ…! ちょこまかと、避けんなやッ!」
いや、そりゃ避けるでしょうよ…。
苛立ち混じりの怒声に内心で独り言ちながら、今度は蹴り上げられた脚をバク宙の要領で躱しながら距離を取る。
向かい合う形でマジアサルファに視線を向ければ、畳みかけた攻撃のせいか少しだけ息は上がっているように見えた。が、逆に言えばそれだけ。
イライラで眉を寄せた顔からは相も変わらず『コイツ絶対ぶっ飛ばす』って気迫が微塵も消えてないし、それどころか戦闘開始前よりも増している気がする。
怖いなぁ、殺る気満々かよ。
(…やっぱり、過大評価じゃないのかも)
改めて、眼前の
数分以上連続で攻撃し続けられるスタミナと、
そこまで考え、まとめて…結論を導き出す―――
(コイツ…今まで潰してきた魔法少女より強くねー…?)
陰鬱な溜息と共に思わず頭を抱えたくなる衝動に駆られる。全くもって、とんだ大ハズレを引かされたものだ。
うてなちゃん監視の傍らサルファ達の戦いも見てたけど、薄々そんな気はしてたんだ。
魔物が現れて討伐するまでの時間がやけに早いなとか、うてなちゃん相手に負けはするけど結構粘ってるなとか、過去の魔法少女とは違う
だから、私の中では割と警戒してはいたんだけど…やっぱりダメだなぁ、全然違う。
頭の中で脅威を想定するのと、実際に相対するのとじゃ見方がまるで変わってくる。
「なんや、急に動かなくなりはって。逃げてばっかの鬼事はもう飽きたん?」
「そうだね~…どこかの鬼さんがいつまでたっても私を捕まえてくれないからさ~。退屈で退屈で…ふあぁ…」
「…あらぁ、言うてくれるやないの。ならお次はあんたはんが鬼でもしはるん? うちはそれでもかまへんよ…寄ってきてくれた方がぶん殴りやすいさかいに」
いや物騒かよ…。ちょっと言い返しただけでそんなキレるかね普通。レスバ弱そう(偏見)
ま、こっちとしては怒ってくれた方がやりやすいから助かるからいいけど。動きは単調になって読みやすいし…
手元のスマホをチラッと見て時刻を確認する。ふ~ん、もう戦い始めてから10分か。なら、そろそろ頃合いかな…?
「…ねぇ、なんで私が攻撃もせず回避し続けてたと思う? まさかさぁ、反撃する暇が無いくらい避けるのに必死だった…とか思ってないよね?」
「はぁ? なんや、藪から棒に…」
「勘違いを正しておこうかなって。どうせ“戦う気が無いから逃げに徹してるだけ”とか考えてそうな気がしたからさ~、キミ」
「…へぇ。けったいな格好で眠そうな顔しとる割に、意外と頭は働くんやないの。脳みその奥まで寝ぼけてる思たわぁ」
…悪口の豊富なボキャブラリーはさておくとして、どうやらサルファは私の予想通りな考えをしていたらしい。反撃の素振りすら見せない私を、戦意の欠片も無い回避一辺倒の腰抜けであると。
それ、半分正解だよ。
実際痛いのはイヤだし、余計な汗はかきたくないってのが心情だしね。
でもね、戦意自体はちゃんとあるんだよ?
だって現に――
「私の戦い方って、基本受け身なんだよねぇ。相手の動きを見てから避けるか凌ぐかしてお茶を濁して…て感じでさ。だから基本的には自分から近づいて攻撃とかはまずしないし、するとしても確実に安全が保障されてなきゃ絶対にやらない。だって痛いのイヤだもん」
「なんや、何言うかと思たら不幸自慢ならぬ腑抜け自慢? アホらし…さっさとぶっ飛ばして終わらせたる――」
「そんな私でもねぇ、今までの戦績は全勝無敗なんだ~…ねぇ、なんでだと思う?」
「……ハッ、そんなん簡単や。今までしばいてきた相手が弱すぎたか、トンズラかまして勝負を有耶無耶にしたとか、そんなオチやろ?」
「残念ハズレ~。正解は……どいつもこいつも私の攻撃に対応できなかったからだよ」
「はぁ? なに言う、て――う、ぁ…? なんや、コレ…」
おーおー、一気にぐらついたねぇ。頭フラフラの千鳥足で、すっごく眠そうだこと。
まぁ無理もないか、攻撃の合間に私の
私の匂い数分は、それだけの威力を秘めている。
「効いてきたみたいだし、答え合わせしよっか。
私の能力は『自分の眠気を相手に伝染す』。
トリガーは視線でも音でもなんでもいいんだけど、今回は私の匂いが決め手だねぇ。
匂いは効き目が強い代わりに伝染す難易度は高めだったんだけど、キミが攻め続けてくれたお蔭ですっごくやりやすかったよ。ホントご苦労様~って感じ」
「うちの拳を…直撃スレスレで避け続けたんも…ほぼ密着の状態で、確実に匂いを嗅がせるため…!」
「そういうこと~。ね、結構ウザかったでしょ、欠伸かましながらギリギリで避けられるの。あんな舐め腐った態度とられたら、そりゃガンガン攻めざるを得ないよね~」
「…んの、狸が…! 小賢しい真似しおってからにっ…!」
サルファが睨みを利かせながら私を威圧してくる…が、まるで脅威を感じない。
あの巨大な両腕は魔力切れを起こしたのか解除されてるし、当の本人も眠気に耐えられず片膝をついてる有様。
そんな青息吐息な相手を前に警戒しろっていう方が無理だよね。
私の心に、獅子搏兎といった殊勝な心持ちなどこれっぽっちも無いのだから。
…それにしても、粘るなぁ。
さっさと諦めて睡魔に身を委ねちゃえばいいのに。
「ね~…もうそろそろ寝てくれない? こっから逆転とかありえないんだからさ、潔く負けを認めようよ。時間の無駄だって」
「あほぬかせっ…うちはまだ、負けてへん…」
「立つのも儘ならないのに? ハハッ、それはいくらなんでも無理があるでしょ~。どうせ正義の味方続ける大層な理由も無いんだろうしさ、ここいらで脱落しておきなよ。
マジアサルファ。キミは確かに強かったよ。
今まで戦ってきた魔法少女の中でも群を抜いて手強かったし、過去一粘ったんじゃないかな。5分以上戦ったのは比喩抜きで初体験だったもん、私。
でも残念、私の
どれだけ強い相手だろうと、これから先強くなる成長性があろうと、関係無い。
何人であろうと、睡魔の誘惑からは逃れられはしないんだよ。
サルファの目の前までゆっくりと近づく。
顔は伏せられていてよく見えないけど、睡魔に抗っているせいかその身体は僅かに震えている様にも見える。
カワイソウに、今楽にしてあげるからね。
そっと手を翳す。
ここまで近づいたら、あとは直に触れればいい。
「おやすみ、マジアサルファ。『ユメ』の世界へ連れてってあげる」
右手をサルファの頭へと伸ばす。
これで、この町の魔法少女はあと二人だけ―――
「――ようやっと近づいてくれはったなぁ」
立ち上がったサルファに見下ろされて…って、は?
え、ちょっ、なんで動いて――!?
ブォンッ
「…チィッ! そこは素直に喰らっとけや…!」
私の顔面目掛けて振り上げられたステッキを、間一髪バックステップで避ける。
あっぶね~…あと一瞬反応が遅れてたらやばかった…。
いや、今はそんなギリギリ回避できた事なんかどうでもいい。
問題なのは…。
「……な~んで攻撃できんのかなぁ? 立ち上がるのも億劫に感じる眠気をプレゼントしてあげたのに…」
私が齎す眠気は気合でどうこうできる程柔じゃない。
抵抗するには、能力の源であるエネルギー…魔力で以て身体を守る以外手段は無い。
現に、巨腕を維持し続けて魔力残量の少なくなったサルファに眠気の症状が現れたのがその証拠。
つまり、今のサルファに眠気に抗う力なんてもう残されていない。ある筈がない。
なら、たった今目の前で私に反撃を繰り出したサルファの行動は何?
道理に沿わない。理屈に合わない。
一体、どうやって説明づければいい?
…まさか、『
(…いや、違うか。今のサルファはそのレベルにまで達していないし、第一格好も変わってないもんな~…)
あ~も~、考えすぎて頭こんがらがってきた。
もう面倒だし、いっそのこと直接聞いてみようかな。案外普通に教えてくれたり…ん? 何あれ、見間違いか…?
なんかサルファの口元、赤くね?
もしかして…血? なんで――
……あ。
もしかして、
「ねぇ、その口元の血…」
「ああ、気づきはった? これは
…開いた口が塞がらない。
いくら負けそうだからって普通そこまでする? 別に負けたからって死ぬわけでもないのにどうしてそこまで身体を張れるのか、本気で意味がわからない。
もし強い正義感がそうさせるのだと仮定しても、今までの魔法少女のそれとは違いすぎるせいで、やはり理解できない。
どういう思考回路してたら唇嚙み切って危機を脱するなんて結論に至るんだよ。敵ながら覚悟決まりすぎてて引くわ…。
それとも、私と
自分の欲求を叶える為に悪の女幹部してる私のように、サルファにも
「…気に食わへんのや」
…は?
な、なに急に。唐突に因縁つけられても困るんですけど…。
「えっと、何の話? 脈絡なさ過ぎて怖いんだけど…」
「なにて、アンタがさっき言うたんやろ。“
「――寝ぼけた
そう締め括り、垂れた血を拭いながらサルファはにこやかに微笑んだ。
中指立てた手を、思いっきり私に突きつけながら。
(…要はプライドの問題、か。ははっ、クリーンなイメージ掲げてる魔法少女らしからぬ動機だこって…)
でも、そういう人間臭い理由は嫌いじゃない。
外面だけ取り繕ってるいい子ちゃんとか、与えられた力に酔ってるだけの二流とかよりは余程納得できるし、幾分かは共感もできるからね。
過激な言葉にさえ目を瞑れば、意外にもサルファの回答は実に私好みのものだった。
そう考えると、出会う形さえ違えばサルファとは気の合う友達になれたのかもしれない…なんて思ってみたり。
(ま、そんなifはありえないんだろうけど)
余計な考えを頭の外へ放り投げ、思考を切り替える。
たとえどれだけ気が合いそうな人だとしても、敵は敵。
相対したからには、どちらかが倒れるまで戦うしかないんだ。
あ~あ、悪の組織の辛いとこね、これ。
給料出ないし、上司はクソだし、やりがいなんてありゃしない。
世に蔓延るブラック企業も真っ青だよ、エノルミータ。
…まぁ、でも――
(ちょっとぐらいサボっても、罰は当たらないよね?)
気に入った敵を見逃すぐらいの自由は、あってもいいと思うんだよねぇ。
「私をぶっ飛ばして清算……いい啖呵きれんじゃん。立ってるのもやっとな千鳥足じゃなければもっと恰好ついてたかもね」
「なんや、知らんの? 魔法少女ゆうんは、いつも
「へ~、あくまで一歩も退かない感じだ? …それじゃあその意気に免じて、ちょっとだけ本気見せたげよっか」
めんどいし魔力と眠気持ってかれるし、ホントは使う気なかったけど…今回は特別。
サルファは、私のとっておきで眠ってもらおう。
右手を前に構え魔力を練る。
魔力の高まりにより生じた威圧感に気付いたサルファが、警戒を強めた眼差しでこちらを見据えていた。
「あ~先に言っとくけど、倒しても変身アイテムは奪うつもりないから安心して負けていいよ。俗に言う『負けイベント』ってやつだからさ、コレ」
「徹頭徹尾ナメくさりおって…白い歯見せるには気ぃ早いんとちゃうん?」
「だって…事実だし? 自慢じゃないけど、今から放つやつ食らって立ってたのって、今まで一人もいないんだよね。無傷ならともかく、そんな満身創痍な状態で防げるとか思わないでね」
「ほぉー。せやったら、しゃあない……やられる前にぶっ潰したらぁッ!!」
なけなしの魔力を噴いて、サルファが決死の急接近をしてくる。
利口だね。今の自分に残された唯一の勝機を瞬時に判断して、すぐに行動できるなんてさ。
劣勢をものともしない気概、精神力…惚れ惚れしちゃうなぁ。ファンになりそうだよ、
でも、負けてはあげない。
だって私は、
「おやすみ…『スリーピー・ドゥー』」
パチンと指を一回鳴らす。
そうするだけで、練られた魔力は音に乗り、空気に溶けて…私の眠気は伝播する。
「うぁ……クソ、が…」
目の前でゆっくりと倒れ込むサルファを見下ろしながら、口角が自然と緩んでいくのを自覚する。
抗いようのない
心が洗われるようだよ、心底ね。
「バイバイ、マジアサルファ。私の分までゆ~っくり寝てていいよ…起こさないから」
次に会う時は、もう少し強くなってたらいいね。
…なんて、そんな心にも無い事を口の中で転がしながら、私はその場を後にした。
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(あっ、夕陽だ……え、て事はもう夕方? …嘘だと言ってよバーニィ)
帰路の途中、遠くの夕焼けが目に映り、高まっていた優越感と高揚が嘘のように引いていく。
なんだろうな、こう…一気に現実へ引き戻された感がすんごい。
想定よりもずっとサルファが動けたからその分戦闘が長引いて、その差し引きで私の貴重な睡眠時間が
しかもよくわかんない気まぐれで折角倒したサルファ見逃しちゃったから、組織的な成果は実質ゼロっていうね…これマジ? 労力に比べて戦果が貧弱過ぎるだろ…。
…これも全部、うてなちゃんのせいだ。
うてなちゃんが負けたから私が戦う羽目になって、変態なうてなちゃんを間近で見続けたせいで私まで変な影響を受けたんだ。でなきゃ、あんな局面でむざむざ敵を見逃すなんて判断、私がする訳ないんだ。
全部、全部、全部―――
(……はあぁ~~~…やめよ、虚しくなるだけだ…突発戦闘の臨時ボーナスとか、出ないかなぁ…出ないよなぁ)
一瞬過った下らない思考を隅にやり、気持ちを切り替える。
久々に身体を動かして、今日はもうヘトヘトだ。憂鬱な未来なんて考えず、今日は早めに寝よう、そうしよう。
きっと私は、疲れてるんだ。
(明日は学校休も。たまのサボりぐらい許してくれるよね、神さま…)
「ご苦労だったね、ゆめ。終って早々なんだが、キミにまた別件で頼みがあってね」
「神は…死んだ……ッ!!」
膝から崩れ落ちる。
私の儚くも短い幻想は、玄関で出待ちしていた
トホホ…もう悪の組織はこりごりだ~い!
……いや、割とマジで。
3ヶ月も空けてしまい、誠にごめんなさい。
ユルシテ…ユルシテ…