セブンスドラゴン2062 ーApocalyptic Huntersー   作:穢銀杏

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Chapter Ⅰ “Last Samurai”

 

 三ヶ月も経つころには、この港町でセツリ・カンナミを知らぬ者はなくなっていた。

 

「奇人だが、よほど腕の立つ奇人らしい」

 

 そういう事情が追々わかって来たからである。

 

 彼女の生活ルーチンについて触れよう。

 

 財布の中身が乏しくなると、ふらっと街から姿を消して四・五日後に帰還する。

 燃料、薬品、医療器具に未開封の飲料・食糧――貴重な物資でバッグをぱんぱんに膨らまして、だ。

 

「店主、またぞろ仕入れてきたよ。買い手にアタリをつけてくれ」

 

 おまけに相場を知らないらしく、ぼったくりめいた値を付けられても、

 

「ああ、そいつで結構、これで取引成立だ」

 

 と、二つ返事で済ませてしまう。もしも彼女が適正価格を知っていたなら、現在身を置く安宿などは、

 

 ――建物ごと買い取れる。

 

 と、まことしやかな囁きだった。

 地元民にしてみれば、ちょっとした福の神みたいなものである。

 (ぜに)を撒かれていやな顔をする奴はいない。万札を額に貼りつけたなら、石地蔵でも喋りだす。人間世界を縦横に貫く万古不易の哲理であろう。セツリの評判は、とみに上がった。

 

「ありゃきっと、でっかい穴場を知っているに違いない」

 

 が、あまりに羽振りがよすぎると、悪心を起こす者もまた、梅雨時の菌糸のように湧く。

 

「プレッパーの隠しシェルターとか、そういうヤツか」

「おそらくな。幸運にも何かのはずみで、それを見つけたってえわけだ」

「馬鹿な奴だぜ、いまのご時勢、運だけじゃあ長続きしねえ。実力が不可欠なんだってのを、じっくり教え込んでやろうや」

「待て待て、まずは位置の特定だろう。お楽しみ、じゃなかった、尋問中にうっかり加減を間違えて、殺っちまったら台無しだ」

尾行(つけ)るか」

尾行(つけ)よう」

 

 斯くして大横取りに奪い取るべく、血気盛んな数人が外へと向かうセツリを追って――憔悴しきった表情で、何も持たない空手のまま帰還した。

 

「何があった」

「……」

 

 誰が訊いても、凝然と目を見開いたまま答えない。

 それでもしつこく問い重ねると、ついに一人が、

 

「知らねえ。見てねえ。俺はなんにも聴いてねえ。畜生が! 俺はまだまともで居てえんだ! イカレ野郎の仲間入りはごめんなんだよおっ!」

 

 首を絞められたニワトリのような、頓狂な叫びを上げたのである。

 

 五体満足、傷ひとつない寛那見雪凛が帰って来たのは、その翌日のことだった。

 

 いつものように、物資を山と抱えてだ。

 

 

 

 ――ただの阿呆でもないらしい。

 

 一連の異様な出来事は、住民の興味を掻き立てるには十分だった。

 

 少なくとも、荒野で生き延びる術を知っている。そのくせときどき三歳児でも知ってるような、ごく当たり前な社会常識を欠落させた頓珍漢な質問をして、人を唖然たらしめる。このチグハグさはなんであろう。

 

 ――正体を確かめたい。

 

 との欲求が、誰の胸にも沛然と湧いた。

 明日をも知れない終末世界で、こういう現象が発生するということ自体、既にセツリに魅せられている証明である。

 

 幸いにして、日本人がひとり居る。

 

 街外れに住むフジタという老人で、二十年前の開戦当時、たまたまアメリカに出張中で、そのまま帰るに帰れなくなった可哀想なビジネスマンだ。

 

「いっちょアイツをぶつけてみよう」

 

 そういうことになった。

 段取りが仕組まれ、両人対峙の時が来る。

 ものの五分で、

 

(これはほんものだ)

 

 老爺は確信したらしい。

 あと、両人の頭から、時間の概念は消え去った。

 哄笑、慟哭、その他もろもろ、極彩色の感情表現をこき混ぜながら喋り散らかす日本語が、深夜になっても止まらなかった。

 

「日本人に紛れなし」

 

 翌日、老人は威厳を籠めて、人々に対し宣告している。

 

「それも尋常一様の器ではない、あれこそサムライというものだ。この歳になって、わしは漸く、武士道の清華を目の当たりにした」

 

 目の下を熱っぽく充血させて、感動も露わに言うのである。

 セツリが頼めば、即座に暮らしを擲って、老骨に鞭打ち挟箱でも担ぎかねない気勢であった。

 

(なんということだ)

 

 人々は顔を見合わせた。

 セツリの渾名が「日本人」から「サムライ」へと変わるのは、この実験を経て以降のことである。

 ついここまで書きそびれたが、

 

「ムラクモ13班筆頭、寛那見雪凛。日本人だ。帰れなくなった故郷に帰る、その方法を模索している」

 

 との口上は、会話の流れ次第によって多少表現を変えつつも、初対面の相手に対し必ず告げるものであり、「日本人」の渾名はここから生まれた。

 もっともフジタと面会するまで、真に受ける者は誰一人としてなかったが。

 

 

 

 ――そういう背景を踏まえた上で。

 

 

 

 セツリは目下、酒場の隅で黙々と独酌を嗜んでいる。

 これもルーチンの一環であった。

 外出の際、交換用の物資以外に、古新聞だの古雑誌だの、そういう古式ゆかしい情報媒体の類をも、セツリは(あつ)める。

 蒐めて蒐めて手当たり次第に蒐めた挙句、その精査は酒場(ここ)でする。

 

「なにせ、世界の終わりの実況中継、阿鼻叫喚の凝縮だ」

 

 どこの街が消し飛んだ、とか。

 何千人、何万人ぶんの姓名が、新たに行方不明者リストの中に加わった、とか。

 避難民と地元民との確執がのっぴきならないことになり、暴動が発生、収拾の見込みは一向立たず、どころか周囲に飛び火して、その勢ますます盛んなり、とか。

 どの号の、どのページを開いてみても、気を沈ませる成分がたちどころに溢れだす。

 

「直視は、辛い。麻酔が欲しい。憂いを払う玉帚を、せっせと動かさなきゃ駄目だ」

 

 そういう事情でこの席は、もはや半分、セツリの指定席のようになっている。

 琥珀色の液体が、風もないのにグラスの中で揺れていた。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

(……五十、いや、四十五点)

 

 セツリの舌は肥えている。

 酒の味がわかるようになって久しい。

 第一度目の竜災害がきっかけだ。都庁にも議事堂にも酒場はあった。

 おあつらえ向きに、ムラクモ居住区の階層内に併設されていたものだ。

 ごく自然ななりゆきで、常連になった。

 

「セツリさん、確か未成年でしたよね?」

「なんの、戦国時代の武士たちも、(いくさ)の前には酒で自身の恐怖心を眠らせたと聞き及ぶ。観じてみれば、サムライとしての倣いよ、倣い。数百年の伝統を前に、法律は往々、沈黙するのだ」

 

 自分でもよくわからない理屈を捏ねて、バーテンの娘――リサの追及をかわしたものだ。

 

 両脇にはうわばみ(・・・・)の化身めいたデストロイヤーと、下戸のくせに雰囲気だけは楽しみたくてミルクなんか舐めていやがるサイキッカー。

 

「なんだいなんだい、セッちゃんよ、なんちゃって侍のくせしてさ、ここぞとばかりに衒学趣味を発揮して、人を煙にまいちゃって。お酒は美味しい、だから呑む。ただそれだけでいいじゃない。たったこれだけのシンプルな理由を、どうして態々引き延ばすかなあ?」

 

 脳みそまで筋肉仕立てのあの馬鹿が、こんな感じに混ぜっ返して、

 

「ほざいていろデストロイヤー、社会規範までぶち壊したがる貴様と違って、私はほどほどに折り合いをつける道を採る。あとなんちゃってじゃないからな。江戸時代こそ庄屋の身に落ちたけど、ウチは室町から続く歴とした武門だからな。次に言ったら口を縫い合わせるからな。近所の寺に家系図だってあったんだぞ」

 

 私が正当に反駁すれば、

 

「ねえリーダー、江戸時代に『家系図屋』って商売があったのをご存知かしら?」

 

 サイキッカーがここぞとばかりに横槍を入れる。

 ああ、なんてくだらない、目も眩むような黄金の日々――。

 

「……っ」

 

 緩みかけた涙腺を、気合でむりやり引き締めなおす。

 

(わかっている)

 

 ここが自分の地球では、守護(まも)った星ではないことぐらい、だ。

 どんなに記録を漁っても、ドラゴンの「ド」の字も見つからなかった。

 そもそもからして「エリシオン」――世界をこんな惨めな状態に叩き堕とした大元凶、労働力の大幅な自動化プロジェクト。こいつはなんだ? おかし過ぎるだろうあまりにも。

 

(……確か、エメルの話では)

 

 その前歴に合衆国大統領補佐官としての肩書きをもつ、ムラクモ機関総長代理の話では。

 

(2020年、第一次の段階で、アメリカは国土の70%を消失。人口の九割を失くしたはずだ)

 

 人竜ミヅチの襲撃という、とびきりの厄災こそあれど。

 日本以外にただ一つ、組織的抵抗を維持できた国、アメリカにしてからがこれ(・・)である。

 それ以外の諸外国に至っては、何をかいわんや、推して知るべし。被害の統計をとろうにも、それを行う政府があるまい。

 

 ことほど左様に、竜災害とはたった一度の発生だろうと人類をして重大な出血を強いるもの。ましてやそれを二年連続、立て続けに受けたなら、いったいどういう事態になるか。セツリはその眼でとく(・・)と見た。

 

(無理だ)

 

 インフラの喪失、ノウハウの喪失、社会福祉は機能不全が常態化、募る不満に進まぬ会議。

 あの賑やかな市場は何処に? 遥か遠く彼方へと。経済規模は豆粒ほどに縮小し、大量生産・大量消費――多国籍企業を成立させる種々の支柱(はしら)は軒並み折れて崩れて塵となって消え去った。

 

(それが「数多の超国家企業の働きかけ」? 寝言を抜かせ)

 

 断言できる。

 二十年足らずでそんな状況を生み出せるほど、甘い創痍では絶対にない。

 

(どんなに少なく見積もっても、三倍は要る)

 

 調査すればするほどに、浮き彫りになる有り得なさ。

 目の前の現実と自分の記憶・知識との齟齬。どちらも正しく、間違っていないとするならば、残すところの可能性はひとつきり(・・・・・)

 すなわち、

 

多元(・・)だか並行(・・)だか知らないが。――別の宇宙、別の地球に迷い込んだというわけだ)

 

 冗談ではないぞ、誰が望んだ、私じゃあない、私は誓ってこんな展開願っちゃいないと、真っ赤な怒りを掻き立てて、血の凍るような恐怖を予防(ふせ)ぐ。

 

(くそったれ、原因はなんだ? なんだってこんな気狂い沙汰になっている? 亜空断層、例の丸の内の異界の中で、うっかり足を滑らせたのか? それとも帝竜インソムニア、あの野郎の創り出した幻覚に、まんまと再び引っ掛かったか?)

 

 わからない。

 直前の状況を思い出そうとする試みは、これまで何度も繰り返してきた。

 が、どんなに脳漿を絞っても、まるで夢の中でもがいてでもいるかのように手応えがなく、徒労感ばかりが増してゆく。

 それを解消するために、セツリの酒量がまたふえた。

 

(……三次元的な移動では、たとえ日本に着けたところで)

 

 そこはきっと、否、確実に、寛那見雪凛の故郷ではない。

 待つ者も、

 知る者も、

 愛した歌も、

 刻んだ歴史も、

 何一ツ、なにひとつとして存在しないに違いない。

 それでもお前はそこへゆくのか。

 際涯もない(くら)い夜道を歩くのか。

 

(ああ、往くさ)

 

 そうまでして何がある。

 そうまでして何を得る。

 意地になってるだけじゃあないか。

 なあ、もう一度よく考えろ。

 なんのために(・・・・・・)――と、かれこれ千度は繰り返した自問。その答えは今回も、

 

(きっとここより、私の故郷に近いから)

 

 判で押したように同一だった。

 

(たとえ一ミリでも、一ミクロンでも、原子一個ぶんだろうとも、近づければそれでいい)

 

 度し難いことに、それで十分、セツリにとっては命を懸ける理由になるのだ。

 妄執といっていい。彼女にはもう、他の目的は考えられない。胸の奥にはいつだって、あの東京の日々がある。

 

 帰るのだ。帰るのだ。帰るのだ。帰るのだ。

 

 灰になっても。

 

 

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