セブンスドラゴン2062 ーApocalyptic Huntersー   作:穢銀杏

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独自設定多め回。


Chapter Ⅲ “Sentimental Education”

 

 時が、流れている。

 セツリは旅の空にいた。

 北を目指している。

 いや、アラスカではない。

 その遥か手前、カリフォルニア州沿岸部。「サンフランシスコ」という名前の廃墟、大いなる文明の墓標こそ、さしあたっての目当てであった。

 

 ――どうも近頃、あの一帯で、平和構築軍どもがなにかと動いているようで。

 

 そういう噂を小耳に挟んだからである。

 話を伝えてくれたのは、例のフジタとかいう老日本人。

 

「私はアルテミスを討ち、世界を救い、悠々凱旋、故郷に錦を飾るつもりだ」

 

 という内意は、イサナのほかに唯一人、この老爺にも告げてある。

 告げるや否や、

 

「さてこそ!」

 

 フジタは激しく点頭した。

 枯れた細首がその運動に耐えきれず、今にもぽっきり折れちまいやしないかと、見ているセツリの方がはらはらする動きであった。

 

「さてこそ旭日東天に昇りて百鬼影を収むるの実を挙げるのですな」

 

 あなめでたや、めでたやな――と。

 瞳を潤ませ、夢中になって喋るのである。

 その真剣な眼差しに、

 

(大丈夫か、この男)

 

 実はそこらの天井裏に、小型のスリーピーホロウでも棲みついているんじゃないのかと、セツリの方が不安に思った。

 蝶によく似たあの帝竜は、その鱗粉で人の心を狂わせる。

 

 ――ここにおられる方をどなたと心得る! 天下の福将軍、ムラクモ様だぞコラァ!

 ――ムラクモに逆らうとどうなるか… カクさん、こらしめてやりなさい!

 

 すっかり中毒(はま)ったSKYの面子。中にはこんな、わけのわからぬ世界観をふりかざし、殺到してきた奴もいた。

 それを思い出したのである。

 次いで平和構築軍に組み込まれたくない一事を明かすと、

 

「ああ、独坐大雄峰」

 

 老人はもう、座に堪えられぬほどの興奮を示した。

 セツリの視線が、天井の隅から隅へさっと走った。

 

「ようがす、不肖このフジタ、微力なれども御身の大志実現のため、根限り尽させていただきましょう」

 

 フジタの言葉は、真実だった。

 その場限りの酔狂ではなかったのである。二十年かけ作り上げたコネクションをフルに活用、セツリの巨大な耳となり、彼女をして平和構築軍と互角に渡り合わせるだけの、何か奇蹟のもとだね(・・・・)を、死に狂いして希求した。

 その結果として、上の噂を仕入れたのである。

 

「サンフランシスコで。――いったい何をしているのだろう」

「さあ、兵卒の間には、“切り札”とか“秘密兵器”とかいった意味の言葉が盛んに交わされているようですが」

「それはまた、心躍る響きじゃないか」

 

 この絶望的戦局を一撃で打破し得る超兵器――。

 機械仕掛けの神様めいた、そんなものがあるのなら、是非とも一度拝んでみたい。拝むのみにとどまらず、何かのはずみ、僥倖で、平和構築軍に先駈けて入手できれば最高だ。連中との交渉が、極めて容易になるだろう。

 

 見れば、老人も同じ考えらしい。翁面にそっくりの、(くろ)い笑みを顔いっぱいに出していた。

 

(はて、なにやらSECT11の真似事めいているような)

 

 が、いざ旅に出て、すぐに気付いた。

 自分がやろうとしていることは、殺竜兵器の奪取を狙いムラクモ機関と張り合った、あの合衆国特殊部隊となんの変わるところがあろう?

 

(あのとき、我ら(・・)彼ら(・・)が目を血走らせて探し回った殺竜兵器の正体は、結局のところ年端もいかぬ女の子――それもケモミミのぴょこんと生えた――だったわけだが)

 

 まさか今回も同じパターンではあるまいな? と。

 ほんの戯言のつもりだったが、いざ胸中に浮かべてみると、途端にひどく現実味を帯びてくるからわからない。

 心理の不思議というものだろう。

 

(……とりあえず)

 

 この予測が外れかそれとも正解か、確かめるだけでも征く価値はある、と。

 自分にそう言い聞かせ、セツリは荒野を進み続けた。

 

 

 

 彼女の脚は接合点(・・・)へと近付きつつある。

 運命の十字路と呼ぶべき場所だ。

 

 何度かあった。

 何度もあった。

 

 2020年、東京都庁を筆頭に。寛那見雪凛の人生で、図らずしもそういう場所に居合わせてしまった瞬間が。

 

 ――今回、この時、この地に於いて、それはスクラップヤードに見出せた。

 

 

 

 アメリカのスクラップヤードは広い。

「見渡す限り」――使い古されたこの表現が、少しも過大にあたらない。

 

(そりゃあそうだ)

 

 なんといっても、核実験すら自国内でやってのける国である。

 土地利用のスケールが日本とは異次元だ。火葬場ひとつ建てるにも地元住民の了解を得るため数次の折衝を経ねばならない島国出身のセツリにとって、こうしたギャップは未だに馴染みきれたと言えず、いちいち驚きのタネだった。

 

 ――そのクズ鉄の海の辺縁に。

 

 うらぶれた小屋が建っているのを発見したのは、とうに日が暮れ、残照さえも消え去った、夜半近くのことである。

 

 この夜、雲が多い。

 

 月は朧な衣を纏い、満足な光を地に恵まない。

 しかしセツリは夜目が利く。

 離れていても、小屋の造作がありありと見えた。

 

(もともとは、納屋かガレージあたりかな)

 

 作業の利便を図るため、そういうものを建設するのはスクラップヤードの風景として珍しくない。

 が、現在のように国家そのものがクズ鉄の海と化したような情勢下では、用途もおのずと異なってくる。

 ささやかながらも軒端に灯るネオンサインは、目下のところその小屋が、酒と娯楽を提供する施設として役立てられているのだと、精一杯アピールしていた。

 

(ありがたい)

 

 ああいう店は、得てして宿屋も兼ねている。

 この数時間、行けども行けども夜営に適した場所がなく、頭を抱える寸前だったセツリにとって、これほど嬉しい発見はない。ただちにそちらへ進路を向けた。

 

(……んん?)

 

 が、いざ近付けばどうだろう。

 入り口附近の地面の上に、よくないものが落ちている。

 

(薬莢、か)

 

 それも一つや二つではない。

 夥しく、散乱しているといっていい。

 摘まみあげると、素直な円筒形でなく、くびれ(・・・)を帯びたボトルネックになっている。

 

(拳銃ではない、十に八・九で、アサルトライフル――)

 

 フルオートで撃ちまくったなとアタリをつけた。

 空薬莢を投げ捨てる。あらためて目を凝らしてみれば、そこいらじゅう真新しいタイヤ痕だらけであった。

 

(売り上げ目当ての強盗でも入ったのかな?)

 

 ごく平凡に考えた。

 しょせん異邦人に過ぎないセツリにとって、それが想像の限界だった。

 瞼を閉じて、全神経を耳に集中、鼓膜を頼りに屋内の様子を探らんとする。

 

(いる。……)

 

 人数までは不明だが、間違いなく何者かが中にいる。

 

(どうするか)

 

 も、クソもない。

 利口なやつなら、もうこの時点でとっとと踵を返すだろう。

 動いているのが襲撃側なら言うに及ばず、防衛に成功した店主・店員たちであっても、さだめし気が立っているに違いない。

 歓迎はまず期待できない、絶対にロクなことにならない。君子危うきに近寄らず、古人の教えに忠実であるべきだった。

 

(えい、ままよ。やらいでか)

 

 ところがセツリはすべての意味で逆に出た。

 前に進んだ。

 店へ、自分で自分を突き飛ばすような歩き方で。

 

 理由はない。

 強いて言うなら、彼女がムラクモ13班筆頭だからであったろう。

 いつもいつも後生大事に掲げているその看板が、見て見ぬふりを許さなかった。

 

 愚行としかいいようがない。

 その愚かさの代償を、セツリはすぐに支払わされる破目になる。

 鍵はかかっていない。扉に手をかけ、ぐわらりと横開きに開いてのけた。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 むごい死に様はいくらでも見た。

 池袋で、四ツ谷で、渋谷で、六本木で――異界と化した東京の、どこにでも死は転がっていた。

 潰れ、

 刻まれ、

 焼け、

 溶けて、

 きっと、たぶん、生みの親でも見分けのつくまい、変わり果てたる嘗てのヒトの残骸を、この瞳に映し続けた。

 

(だが、それでも)

 

 きっと自分は恵まれていたと、その自覚がセツリにはある。

 なんとなれば、それら一切、いついつだとて加害者は()であったから。相互理解の不可能な、べつのいきもの――宇宙からの侵略者であったから。感情の整理が、いってしまえば楽だった。

 

(けど、これは違う)

 

 踏み込んですぐ、視界に飛び込んできた景色。

 吊るされていた。

 人間が。

 屠畜場の豚みたく。

 首にロープを巻きつけられて、剥き出しの梁から、幾人も、そう、鈴なりに。

 酸鼻に堪えないこの有り様は、しかし紛れもなく人の意志が成したモノ。

 

「おい、――おい」

 

 だからこそ、セツリは咄嗟に言葉に詰まった。

 

 ――まるでメキシカンマフィアのみせしめ(・・・・)か、中世欧州の処刑場だな。

 

 あとに続くべき内容が、どうしてもスラリと口から出ない。

 店の奥、バーカウンターのすぐ手前。そこに異様な一団がいる。

 肌の露出は一ミリもない。頭のてっぺんから爪先まで白い装甲に身を包み、顔には黄色い笑顔の仮面。

 この特徴の集団を、寛那見雪凛は知っている。直に会うのはこれが初だが、噂はかねがね聞いている。

 

(そうか、こいつらが「教育機関」――)

 

「人間としての完成形」に到達すべく、日夜精進を怠らぬ組織――といってしまえば聞こえはいいが。実態となると目も当てられない。手ごろな集落を襲っては、女を攫い男は殺し、月の女神(アルテミス)に絶対的な帰依を誓って、自己正当化に余念なく――とどのつまりはカルト教団、それも極めて悪質な、だ。

 

(ひい、ふう、みい、よう、全部で五人)

 

 いや、あと一人、信徒たちに取り囲まれて、顔色を障子紙より白くしている男性がいる。

 首にはロープ、足元には木箱。半袖にエプロンの普通の恰好。処刑の列の最後尾を確保した一般人に違いない。あとでわかったが、これがこの店の本来的な主人(あるじ)であった。

 

 セツリを入れて、総計七名。

 それが現在、この建物に存在している生きた人の数だった。

 

「女一匹、健康体」

「年齢もちょうどいい」

「捕獲対象と認定」

「スマイリー様に献上だ」

 

 セツリの姿を認めた信者が、口々に言う。

 興奮の色はまるでなく、社内連絡を読み上げる事務員のような無機質さ。

 その声色が、セツリに最後の覚悟を決めさせた。

 

「動くな」

 

 二人がセツリに銃口を向け、ロープを手にして近づく一人。

 その背後では、特になんの予告もなしに木箱が蹴っ飛ばされていた。

 

「――!!」

 

 重力の法則は冷厳に。支えをなくした中年男性の固太りな肉体を、刹那にして捕獲する。

 

 残酷な死をさんざん見せられ、既に半ば気死したと、泣き叫ぶだけのエネルギーさえ残ってないと我ながら考えていた主人だったが。いざ事態がここに至ればどうだろう、枯れ果てたはずの心の底から、まるで間欠泉みたく真新しい恐怖が噴き出す。

 声にならない悲鳴をあげ、走馬燈を目撃しながら、彼は落ちた。

 

 床に。

 

 どすんと尻もちをついていた。

 その体重を支えるはずのロープといえば、半ばあたりからすっぱり切断、用をなさなくなっている。

 ばかりではない。

 落ちたものは他にもあった。

 教育機関、信徒たちの首である。

 ほんの一秒のズレもなく、まったく同時に。

 熟柿が枝を離れるような自然さで、五つの頭部が、肩からころりと。それぞれの足下に真っ直ぐ向かい、そらぞらしいほど大きな音を響かせた。

 

 切り口が血を放出するまで、一拍どころかゆうに三拍は必要とした。

 

 が、一度出てしまえば凄まじい。

 多くは天井まで達し、ねばついた雨だれをしばしの間現出させた。

 

「…!? …?!!? …??!!!?!」

 

 店主にはすべてがわからない。

 自分が生きているというごく単純な真実さえも。ひっくり返った亀みたく、無我夢中で両手両足を動かしているのはなんなのだろう、吊り下げられて宙にいると思い込んでいるのだろうか。

 

 ――そういう錯乱ぶりであるから。

 

 いつから彼のすぐ横に、寛那見雪凛の姿があるか。むろん答えられるはずがない。

 

 ――抜刀の紡ぎ・転。

 

 刀を鞘から抜き放ちざま、敵全体を撫で切りにするサムライの技能(スキル)

 セツリの有する(わざ)の中では、比較的低威力としてカテゴライズされるもの。

 本命は、むしろその次に。繋ぎ(・・)としての役割こそが相応しい。

 

 が、そもそもからしてセツリの技は、「対竜」を想定して組み上げられた代物である。

 

 ただの一つの例外もなく。「地球上のあらゆる生物のいいところを、混ぜて再形成した」ような、超越存在の斬滅こそを目的(めあて)としている。

 威力の低さも、あくまでドラゴンに使うにしては。人間相手であるならば、これこの通り、文字通りの必殺剣として機能するのもまったく道理だ。

 

「…………」

 

 ついには顔まで亀に似てきた店主をよそに、セツリはただ、己が得物に視線を注ぐ。

 

 絶刀泉美。

 刃と刃で語り合った、かけがえのない戦友からの贈り物。

 大業物の冴え冴えとした刀身に、ほんのわずかな曇りがあった。

 人の脂肪のにじみ(・・・)であった。

 人間の。

 

「……ちくしょうめ」

 

 意図せず洩らした呟きは、熊の胆でも噛んでいるように苦々しかった。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「冗談じゃねえよ、たまんねえぜ、クソ、マジで。なんてこったい、臍の緒を切って以来初めてだ、こんなひでえ夜はよう――」

 

 店主が我に返るまで、ゆうに小半時は必要とした。

 その間、セツリはただ黙然と待機していたのではない。憐れな吊るし首たちをひとつひとつ下ろしてやるなど、まめまめしく働いた。

 

(善意ではない)

 

 今はとにかく、何かやることが欲しかった。身体を動かしていたかったのだ。

 集中すべき作業があれば、余計なことを考えずに済む。

 ご丁寧にも死体には、なんだかよくわからない液体金属がぶっかけられて、そいつがウジュルウジュルと少しずつ、肉を溶かしていっている。

 

(この光沢、鉄海か?)

 

 正体の詮索はさておいて、そいつをこそぎ落とすのに、絶刀泉美が再び舞った。

 

 液体金属の斬り方は、トリニトロとの交戦経験――国分寺を沙漠に変えたあの帝竜の身を通し、つとに学習済みである。

 毛穴の奥の汗腺まで干からびかねない超高温でないだけ、これはまだ容易な相手であった。

 その作業を終え、死体を覆う布でもないかとあたりを見まわし――そこで店主が復活したのだ。

 以来、彼の舌は休みもなく旋回し、言葉を発射し続けている。

 

「そもそもあのガキ、あのバカでかい手のバケモンを入れちまったのが間違いのもと、ケチの付きはじめだったんだ。追い返しゃよかった、入店拒否だ、テメエに呑ませる酒はねえ――」

 

 宛然立て板に水を流すが如し。沈黙を恐れているのか、それとも「喋る」という行為を通して、自分が確かに現世にいると実感したがっているのだろうか。

 

(どちらでもいい)

 

 どっちであろうと、その内容はセツリにとっていたく興味を惹かれるものだ。

 なら喋らせておくまでである。

 

「いやいや、無理だ、何考えてる、この俺は。機嫌を損ねて、アームユニットをふるわれてみろ。俺の頭なんざたちどころにミートソースだ。どうしようもない、どう足掻いても詰んでるじゃねえか馬鹿野郎。なんなんだこりゃあ、人を虚仮にしやがって――」

「うん、天中殺もいいところだね、同情するよ。――ところでその、『アームユニットをつけたコ』についてもっと詳しく」

 

 店主は、話してくれた。

 が、もともとの語彙力に不足があるのか、説明は一向に要領を得ない。

 さしあたり、巨人の腕とドラゴンの尾を備えた少女を、セツリは脳内に描いておいた。

 

 そういうキメラめいたのが、まずやって来てしこたま呑んだ。

 

 ヤケ酒めいたハイペースであったという。で、挙句の果てに店先に、吐瀉物を盛大にぶちまけられた。

 そこへまた、新たなガキがやってくる。こっちは格別特徴のない、どこにでも居そうな貧相な小僧で、しかしながら巨腕の少女と顔見知りであるらしく、押し合いへし合い、すったもんだの一悶着を演じたという。

 

「具体的には、どんなことで言い争いを?」

「さあ、そこまでは。ただ、『助けて』とか『教育機関』とかいう単語が混ざってたような気がするな」

「ふむ。…」

「大方、身内を攫われでもしたんだろうぜ。実際、すぐに教育機関の生ゴミどもが出現(あらわ)れて、ドンパチやりだしやがったからな」

「なるほど。それで?」

「俺ぁ、大急ぎで戸を閉めた」

 

 儚い抵抗というべきだろう。

 モグラみたく息を殺して、教育機関が運よく見逃してくれることを期待した。

 むろん、一議もなく踏みにじられる望みであった。

 発砲が止み、エンジン音が遠ざかっていった際にはグッと拳を握りかけたが、全部(・・)ではなかった。教育機関は隊を二つに分けたのである。大人数の本隊は逃げたガキどもを追跡し、セツリの斬った先の五人がここの制圧に従事した。

 

「そこの扉をガンガンやられて、いまにもぶち破られそうになって、もう駄目だと思ったね。俺は一縷の望みをかけて、客どもを裏口に導いた」

(素直すぎる)

 

 思ったが、さしものセツリも口に出すのは憚った。

 反応が、である。まるで勢子に追い立てられる鹿や猪ではないか。

 

「けど、罠だった。飛び出すなり襲われたよ、屋根の上からアルテミスのドローンが降ってきやがったんだ、クソ。みんなあっという間に捕まっちまった。それで、それで、あとはもう――」

 

 みなまで言うな、とセツリは肩を叩いてやった。

 現実問題、嘆いている暇はないのである。

 

「教育機関は戻ってくるぞ」

 

 真っ直ぐ告げると、店主は麻痺毒でも喰らったように表情筋を引き攣らせた。

 

「表にクルマは停まってなかった、一台もな。ならばここに残った五名は、どのようにして拠点に帰るつもりであったか。まさか徒歩ではないだろう。追跡を終えた本隊に拾ってもらう予定だったと考えるのが順当である。つまり、」

 

 語れたのはそこまでだった。

 店主の頭のてっぺんが、蒸気を噴いたからである。

 少なくともセツリにはそう聴こえた。人間真に動顛すると、こういう奇声を発するらしい。表に向かって駆け出さんとする店主の身体を、羽交い締めにして捕えるセツリ。

 

「落ち着け!」

「放してくれ、逃げねえとッ!」

「それは私が許さない。――いいか、連中が追いかけてる少女こそ、私の求める対象(パッケージ)やもしれんのだ」

 

 今度はセツリが事情を話す番だった。

 

 平和構築軍がサンフランシスコで、「何か」を捜索中であること。

「切り札」とか「秘密兵器」とか、そういう単語が彼らの間で飛び交っていること。

 その正体を確認したい一心で、ここまで北上してきたこと。

 

 そういうことを、大声で耳の穴に詰め込んだ。

 

「へっ、秘密兵器?」

 

 話がその段に及ぶと、店主は語尾をあげて嘲った。

 

「一発逆転に賭けるようじゃあ、連中もいよいよ終いだな。ヤキが回りきってるぜ」

「かもしれん。だが、そうでない可能性も同じだけある」

「よしんばそれがマジだとしても、あのガキじゃねえよ、絶対に。たかが教育機関の一小隊に後れをとって、切り札もなにもねえもんだ」

「不調というのは誰にでもある。目覚めたてで、力をうまく使えなかったのかもしれん」

「かもしれないばかりだな」

「だから確定させるため、連中をここで待ち受ける」

 

 待ち受け、斬り伏せ、尋問し、追跡結果を吐露させる。

 それがセツリの算段だった。

 

「勝手にやってくれ、どうせこの店はもう駄目だ。こんなことが起きた以上、どのみち商売は続けられねえ、血でもなんでも好きにぶちまけてくれていい。だから俺を」

 

 逃げさせてくれ、と。

 哀訴におっかぶせるように、セツリは言った。

 

「そうはいかない。もし連中の追跡が成功していて、かつ対象を殺さずに、捕獲した上ここまで帯同してきた場合。あんたにはその照会をやってもらう必要がある。少年少女、どっちの顔も知っているよな? できるだろう?」

「それだけのために」

 

 店主は、雷に打たれたような顔をした。

 たったそれだけの役目のために、死地に踏みとどまれというのか――。

 

「あんたは今夜、完全な悪運の中にいる」

 

 斜め上の方向へ、セツリは話頭をめぐらせた。

 

「考えてみろ、自分のあたまで下した決断、その一つだってまともに実を結んだか。常に裏目に出ただろう。この流れをぶった切るには飛躍が要るんだ。敢えて暴挙に踏み切ってみろ、私の地獄に付き合ってくれ」

「わかった」

 

 首の骨を折られたように、店主はがっくりうなだれた。

 

「あんたのおかげで拾った命だ、あんたのために使ってみる」

「よく料簡した」

 

 セツリは、羽交い締めを解いてやった。

 

 店主は逃げない。説得が効いたというよりも、逃げるだけの精神力を今のやりとりで使いきったに相違ない。

 

 

 

 やがて遠くから、集合管の唸り声が轟いた。

 陳腐なラッパの音に似ていた。

 

 夜はまだまだ終わらない。

 大地は渇き、流される血を待っていた。

 

 

 

 

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