セブンスドラゴン2062 ーApocalyptic Huntersー   作:穢銀杏

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Chapter Ⅳ “Les Enfants Terribles”

 

 違和感はなかった。

 彼の心を占めたのは、ただひたすらな不快感。指揮官たる己が来着したにも拘らず、出迎え役の姿が見えない。酒場の入り口、玄関脇に、誰一人とて整列していないのだ。

 

(なんという怠慢だ)

 

 それだけでもう、彼の心拍数は上昇し、青筋が額にぼこりと浮いた。

 

 酒場の壁は薄い。

 

 所詮、納屋がもともと(・・・・)だ。このけたたましいエンジン音が聴こえていないわけがない。

 となれば思い当たる可能性はただひとつ、溺れているのだ、アルコールに。五感鈍磨し、判断力を失くすほど。制圧したのが酒場なのをいいことに、まるで中世の傭兵よろしく、略奪品の開封に夢中になったに違いない。

 

(あっていいことか)

 

 洗練に洗練を重ねた知性の担い手、教育機関の一員が、そんな不様な、獣と変わらぬふるまいを。

 想像しただけで、ああ、もはや。舌でも噛んで愧死したいほどの恥辱の念が、彼を包んだ。

 その恥辱は、星が墜ちるほどの素早さで使命感へと変化する。本部に戻り次第再教育プログラム、いや、一人は見せしめとしてここで殺そう。

 

 装備を剥ぎ取り、手足を縛し、他の蒙昧どもと同様、豚のように吊り下げてやる。すぐにアルケーの餌にはしない。鬱血により顔面の色がどす黒く、ぐみ(・・)そっくりに変わるまで、きっちり演じてもらわなければ。それでこそ隊規粛清に、教材として役に立つ。

 

 スクールマスター・スマイリーへの面目も、辛うじて施せるというものだ。

 

(そうと決めた)

 

 決意も新たに、彼は顎で指示を下した。

 扉に向けて軽くしゃくる(・・・・)と、間髪入れず手近な部下がとりついて、これを左右に押し開く。

 

 そう、これでこそだ。

 

 あるべきところに、あるべきものが収まって、果たすべき役目を滞りなく実行してゆく。

 意に背くこと、予想外なことは金輪際排除され、すべてが調和し、計画通りの軌跡を描く。

 

(調和、調和――おお、ハーモニー)

 

 なんと魅力的な響きであろう。

 指揮官のもっとも愛する境地であった。

 彼に言わせれば、組織とは単なる個人の集まりではない。

 思想の共有、確固たる一つの目的により卑小な意識を結び付け、相互融和を促進し、大我を形成、律然たる統制を確保してこそ、それは美しく機能する。

 

 現に見よ、わが部隊の活動を。

 

 逐一こまごま命じずとても、各員が各員、こちらの意を汲み適切な働きをしてくれる。

 歩哨に立つべき者は立ち、拘束役は拘束役で、暴れる捕虜を意にも介さず引き摺りながら俺の歩みに()いてくる。

 

 万事、こうでなくてはならない。

 

 こうで在り続けんがためにも、中の五人や捕虜の小僧が如きクズ――その場の気分や流れ次第ですぐ行動の指針を変える、一貫性を根こそぎ欠いた不良品は片っ端から淘汰されねばならぬのだ。

 

(やはり殺すのは一人ではなく三人にしよう)

 

 計画に修正を加えつつ、彼は店内に踏み入った。

 ところが極めて不幸なことに、その空間は彼の嫌うすべての要素で満ちていた。

 

(暗い。……)

 

 まず、目につくのはそれである。

 入口付近の二、三をのぞき、全燭台から燈火の光が消えている。お蔭でバーカウンターのあるあたり、店の奥手は地の底めいた漆黒だ。

 

 その闇溜まりを負うようにして、女がひとり立っていた。

 

 肩の線が柔らかい。ほんの少しの緊張でも肉の中に残っていれば、この柔らかさはありえない。まったくの自然体だった。切れ長の眼は、可憐というより美麗と呼ぶに相応しい。その眼がぱちぱち瞬くたびに、春風に触れた百花さえも凌駕する馥郁たる霊彩が、周囲(あたり)を満たすようだった。

 

 世間並の男なら、この時点でもう魂魄を有頂天外に素っ飛ばし、挙措を失うことだろう。

 しかしそこは教育機関の敬虔なる信徒たち。

 女の色香に惑わされる可愛げは、とうに滅却済みである。

 

 ――なんだ、こいつは。

 

 疑念だけが去来した。

 ここに残した人員は、いったい何処に消え失せた? 旧阿蒙どもの縊死体は? 床にべったり広がる染みは、何を意味するものなのだ?

 

「…おや、本当に生かしたまま連れてきたのか」

 

 女が、静かに口を開いた。

 凪いだ視線は捕虜の上、これから処刑される予定のちっぽけな餓鬼に向いている。

 

「ありがたい。気の進まない作業をいくつか、省くことができそうだ」

 

 ちゃきっ、と。

 薄紅珊瑚の指先が、鯉口をわずかにくつろげた。

 

「私は、武士だからね」

 

 立ち向かう気か、あんな刃物一本で。

 ヘーミテオスユニットでもない、ただの単なる人間が。

 

「同情に値せぬ相手であろうと、長く苦しめたいとは思わん。一寸刻みに処すよりも、さぱっと一太刀、息の根止める、介錯こそが先駆ける。悪趣味に徹しきれない性質(サガ)なのさ」

 

 無力化、捕縛、スマイリー様の御許へと――。

 刹那よぎった原則論を、しかしすぐさま振り払う。

 指揮官の目に、状況はあまりに異常であった。

 耳の奥では不協和音が鳴りっぱなしだ。

 本能が告げる、この女は危険だと。教育機関に、否、この世界に決して溶け込むことのない、得体の知れぬナニカだと。

 調和を愛する彼なればこそ、到達可能な「気付き」であった。

 

(殺すべきだ、今すぐに)

 

 最適解といっていい。が、世の中にはどんなに的確な判断を下したところで、待ち受ける結果は小動(こゆるぎ)もしない局面もある。

 チェスや将棋でいう「詰み」だ。

 彼らは既に詰んでいた。

 

「撃、」

 

 射撃命令を下そうとして、

 

「先手はもらった」

 

 涼やかな声が突き抜けた。

 意味の解釈に割く暇はない。

 

 胸元で爆発が起きたのだ。

 

 爆発としか思えなかった。

 

 グレネード? いや違う、そんな可愛らしいもんじゃない。これはC4爆薬だ。

 透明で、且つ羽毛ほどの重さしかない、仕掛けられても感知不能な新型C4。それを作動させられたのだ。

 

 荒唐無稽にも程があるって?

 ならこの衝撃を説明する、他にどんな糸口がある。

 九〇キロ近い俺の身体が宙を舞ってる、天井をかすめているんだぜ。

 木目のささくれ、ヤケやカケのひとつひとつがいやにはっきり目に映る。

 体感時間の引き延ばしが起きているのだ。

 脳みそが暴走するほど異常な電気信号が、神経回路を逆流したに違いない。

 

 あれ?

 

 なんだ、おい、あそこを舞うのは部下たちか。

 ずいぶん身軽な格好だな、おい、肩から下が丸ごと無くなっちまっている。それだけコンパクトになれば、そりゃあ高くも飛べるだろうさ。

 でも、おかしいな、爆発でやられたにしては、あの傷口は、なにか、こう、ちょっと綺麗すぎないか。

 ピアノ線で輪切りにされたレモンみたいに、均一な面をしてないか。

 

 なあ。

 

 なにが、あったん…だよ、おい……。

 思考、ぼやけ…報告……任務……教育機…関……スマイ、リ……。

 天井……回……床……落ち……。

 ……調和……。

 

 ――べちゃり。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 ――修羅の貫付け。

 

 戦闘開始と同時に発動、敵集団を横に一閃。

 最速必中の斬撃は、ドラゴンを除くほとんど総ての生物にとり、神の農夫の振りかざす大鎌として機能する。

 過去、いったいどれほどの数のマモノが出合い頭に、防禦も反撃も何ひとつさせてもらえないまま無慈悲に地に沈んだか。

 計測(はか)るも愚かとしかいいようがない。

 あまりに多次に及んだために、

 

 ――ヘイヘイちょっと、セッちゃんさあ。ずるいんじゃないの、さっきから。自分ばっかりずんばらさっさと斬っちゃって、こっちにもターンを廻してよ。せっかく出撃したってのに、この三十分、なんにも殴れてないんだよ。欲求不満になっちゃうよ。

 

 戦い続ける歓びに脳を焼かれた阿呆から、こんな苦情をねじ込まれたほどである。

 むろんセツリは取り合わなかった。

 

 端的に、魔技であろう。

 

 今またそれは発動し、いつも通りの結果を示した。

 そう、いつも通りに過ぎないのだ。

 

(だから、跳ねるな)

 

 13班でもっとも若く、

 もっとも真面目で、

 もっとも強い、この身体能力S級の才の持ち主は、その気になれば心臓の鼓動さえある程度、自分の意志で操ることが可能であった。

 精神の変調が肉体に反映されるなら、逆もまた然り。如何に心が動揺してもバイタルが一定を保っていれば、それはやがて尻すぼみに消えてゆく。

 

 うまくいった。

 

 霧が山肌を降るほどのさりげなさで、セツリは左手を差し伸ばす。

 

「え、あ」

 

 開いた指が、パッケージ――捕虜の子供の首根っこを確保した。

 そのまますっと持ち上げる。

 事実はそうだ。

 しかし少年、ノリトの認識はまるで別。

 彼は自分が泡になり、勝手に浮き上がったと思った。

 それ以外のどんな想像も不可能なほど、体重の実感が全身から消えていた。

 放物線を描きながら飛んでゆく。

 闇溜まりの中、ごつごつした太い両腕にキャッチされ、そこで漸くノリトは()から()に回帰した。

 

「店主、あんたが目撃()たのは、確かにその子で合ってるか?」

「……」

「店主!」

「あっ、ああ、間違いねえ、です、へえ、姐さん」

「それは重畳。じゃ、私は残りを片付けるから、暫らく頭を低くしていろ」

 

 皿を洗うほどの気軽さで言うのだ。

 

「かしこまってごぜえやす」

 

 店主は店主で、従順に床にひれ伏した。

 瞳孔が開ききっている。

 口調や呼び名の変化から、暗がりだけが原因ではなさそうだ。

 夢に夢を重ねるように、異常事態のつるべ打ちを喰らったせいで、頭のネジがとうとうすっぽ抜けたのだろう。後日の反動は、きっと大変なものとなる。

 

 セツリは戸外に歩み出た。

 たちまち火箭が雨注した。

 

(やるわ、存外)

 

 指揮官を失ったばかりにしては、これは上出来な反応である。

 が、いかんせん相手が悪い。

 撃ち抜けたのは()のみだ。

 そのときセツリの本体(・・)は遥かに遠く踏み込んで、最初に引き金を落としたやつを袈裟に斬って捨てていた。

 

 あとは反射だけがある。

 

 培い続けた殺戮技巧が二重らせんの合間から時を得顔で這い出して、セツリの身体を半ば勝手に動かした。

 きめ細やかな彼女の皮膚に、朱線の一本も入れられぬまま。信徒の群れが全滅したのは、それからほんの三十二秒後のことだった。

 

 

 

 三十二秒間の蹂躙を、鳥瞰していた者がいる。

 

 

 

 数キロ先の台地上、切り立った崖際ギリギリのところ。

 そこにふたつの影がある。

 双眼鏡では追っつかぬ、望遠鏡が入用になる距離だった。

 

 だがしかし、ここに居るのは只人ではない。

 

 ヘーミテオスユニットだ。

 

 ある特別なタンパク質を先天的に保有する、十代の少女を素体とし、医学的・工学的技術の粋を凝らして改造措置を施したもの――いわゆる強化人間である。

 その戦闘能力は、英雄の存在を許容(ゆる)さなくなった現代戦で、それでもなお一騎当千を実現し得る、理不尽に片足を突っ込んだもの。充分なリソースさえあれば、たとえ四肢が吹き飛ばされてもごく短時間で再生し、すぐ戦線に復帰する。経年劣化の危惧もなく、外部から破壊されない限り永遠の活動を約束された、まさに「恐るべき子供たち(Les Enfants Terribles)」。

 

「何アレ…ふざけてるの?」

 

 そのヘーミテオスユニットが戦慄していた。

 呟いたのは、デッドマスターと呼ばれる個体。

 殊更に低めた声だった。

 つくり(・・・)である。呪わしげに木霊するよう、敢えて取り繕っている。そういうことをやったのは、

 

「……ここに留まっていても埒が明かない」

 

 相方のこの発言を、予期し抜いていたからだろう。

 

「接触しよう」

「いけません、危険すぎますエンプレス」

 

 血相を変えて制止した。

 デッドマスターは見てしまっている、寛那見雪凛が歩行戦車の装甲を、まるで金太郎飴さながらにスパスパ斬り裂く光景を――。

 

 いや、それだけならまだ辛うじて、許容範囲の内だった。

 本当に魂消(たまげ)させられたのは、むしろそのあと。

 支え(脚部)を失い、大地に落ちた砲塔を、寛那見雪凛は蹴ったのである。

 サッカーボールキックであった。

 弧を描く蹴撃一発で、巨大な鉄のかたまり(・・・・)が空き缶みたく素っ飛んだ。

 それは高速で回転しながら、信徒やバイクを数多巻き込み、爆発、炎上。狂い咲いた紅蓮の華がしばし夜天を彩った。

 

 非現実的な景況だった。

 どこか戯画的ですらある。

 いっそ笑いを誘うほど、タガの外れた超暴力。もし、万が一、億が一、兆が一にも、その鉾先がエンプレスに向かったら――。

 

(ッ、だめ!)

 

 想像するだに物狂おしい展開だった。

 ゆえにデッドマスターは、語彙力の限りを行使して引き返そうと彼女に告げる。

 いざとなれば、その脚に縋りついてでも行かせまいと決めていた。

 

「敵の敵は味方、と単純にはいかないのです。確かにあの方は教育機関と戦ってはいましたが、だからといってこちらに友好的とは限りません。近づくものを皆殺しにするだけが習性な狂犬かも」

 

 当の本人が聞いたなら、耳まで朱に染め激怒するに違いない。

 

「……でも、ストレングスのことがある」

 

 それもまた、ヘーミテオスユニットの名前であった。

 馬鹿でかい腕部ユニット、「ギガンティックアーム」を駆使して闘う、彼女たちのかつての仲間。言うまでもなく「巨人の腕とドラゴンの尾を備えた少女」のアバターを、セツリが暫定、割り振っておいた御当人。

 そも、エンプレスとデッドマスターがここに居るのは、彼女の打ち上げた信号弾を確認したからに他ならぬ。

 で、その近辺を捜索中に、たまたま二人は目撃()たわけだ。竜巻が枯草を薙ぐに等しい、一方的な殺戮を。

 寛那見雪凛の三十二秒を。

 

「あの人なら、なにか知っているかもしれない」

 

“一見なんの関係もない事柄を結びつけることにかけては、いかなる電子頭脳も人間の頭脳にはかなわない”。

 こんなセリフをのたまったのは、いったい何処のどなたさまであったろう?

 古い記憶だ、はっきりとは思い出せない。

 しかしそういう現象が、エンプレスの脳内でまさに進行中であることだけは断言できる。デッドマスターはこめかみを揉みほぐしたい衝動を必死に抑えた。

 

「あの方こそが、ストレングスに信号弾を上げさせた(・・・・・)元凶だったらどうするんです」

「それなら尚更、どうしてそんなことになったか訊かないと――ストレングス!?」

「えっ」

 

 エンプレスが不意に叫んだ。

 つられてデッドマスターも、その視線を追いかける。

 

 いた。

 

 噂をすればなんとやら、ストレングスその人が。

 しかしどうにも様子がおかしい、ギガンティックアームが半分(・・)だ。左腕を欠いた状態で、再生の兆しさえもない。

 

(やりたくてもできないほどに、消耗しきっているということ?)

 

 その状態でおっかなびっくり酒場に近付き、窓の下で身をかがめ――なんだろう、耳をそばだて、中の様子を探っているのだろうか、あれは。

 

(馬鹿。――)

 

 あの子はそこがどういう場所か、まったく理解していない。

 粗末な板張りの壁一枚先、潜んでいるのはドラゴンだ。

 今すぐ離脱しなさいと、届かないのを承知の上で叫びたくなる。

 …叫びたく?

 あっ、

 

「しまった――エンプレス!」

 

 察したときにはもう遅い。

 この自分ですら皮下を蟲が這うような焦燥感に苛まれているのである。況や心優しきエンプレスに於いてをや。

 じっとしていられるわけがない。愛機――自立思考型AI搭載武装二輪車・ブラックトライクに既にまたがり、猛烈に坂を駈け下りていた。

 

「ああっ、もう!」

 

 こうなってしまえば制止どころの騒ぎではない。

 アクセル全開、デッドマスターも後を追う。

 酒場へ。一秒でも早くあそこへ。

 風が出てきたようである。疾走する二騎の背後に、土ぼこりが舞い立った。

 

 





真の愛情とは、欲望と思いやりとの完全無欠な調和であるべきなのだ。

(アーサー・C・クラーク)

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