ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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今回は若干コメディ寄りでいこうと思いました。


其れは土くれか、こそ泥か
その1


 魔法で作られた巨大なゴーレムが、三人を踏み潰さんと足を振り上げていた。普通の、彼女達程の年齢の少女ならば、たとえメイジとして実力を持っていても恐怖で足が竦んでしまうような、そんな光景である。

 だが、その三人は普通とは少し違った。巨大な足に踏み潰されるような光景など、既に見慣れていると豪語出来るほどには、普通の生活からかけ離れていた。

 

「キュルケ!」

「分かってるわよ!」

 

 ピンクブロンドの魔法剣士は、隣に居たメイジの少女の名を呼ぶ。杖を振り、瞬時に巨大な火球を作り上げた彼女は、それをゴーレムの足に叩き込んだ。小規模な爆発が起こり、膝のあたりまでゴーレムを構成していた土が吹き飛ぶ。

 だが、少しバランスを崩しただけで周囲の土を吸収しすぐさま再生したゴーレムは、仕切り直しと言わんばかりに今度の左の腕を振り上げる。それに合わせ、頭部でそのゴーレムを操っているフードを被ったメイジが『錬金』を発動、硬い金属に拳を変化させた。

 

「と、っとと」

 

 魔法剣士はその一撃を躱し、すれ違いざまにその手首の部分に刃を滑らせる。乾いた音と共に、綺麗に寸断された鋼鉄の拳は地面に落ちた。

 ちぃ、とフードのメイジは舌打ちをする。適当にゴーレムで撃退してやろうと思っていたが、思った以上にとんでもない奴らじゃないか。そんなことを思いながら、もう一度拳を再生させ三人の内の一人、最も小柄な青み掛かった髪の少女を掴みにかかった。

 

「タバサ!」

「そっち言ったわよ!」

 

 剣士の少女とキュルケの言葉に、タバサは問題無いと短く述べる。彼女の体に似つかわしくない大きく太い杖を水平に構え。迫り来る岩の手の平を真っ直ぐに見詰めた。

 巨大な竜巻が、手の平をミキサーでミンチにするがのごとくズタズタにした。そのまま勢い良く突き進んだ竜巻はゴーレムの上半身まで及び、メイジの頬を余波が掠めていく。タラリ、と頬が浅く切れるのを確認したメイジは、フードの中でその表情を苦々しいものに変えた。

 とりあえずはゴーレムの再生だ。そう判断し失った部分を修復したメイジは、しかし打つ手が大分少なくなっていることを自覚し奥歯を噛んだ。撃退出来る可能性は、このままでは限りなく低い。

 ならば逃げるか。それも難しい。なにせ、目の前の三人は自分を捕縛する任務で派遣された冒険者なのだから。依頼を達成する為にも、そう易易と逃してくれはしないだろう。

 

「でも、私もそう簡単に捕まれないんだよ!」

 

 叫び、そしてゴーレムを操った。その両手両足を鋼鉄より更に硬度な金属へと変え、炎も風も氷も通さんとばかりに三人へと突き進む。その足で、その拳で、少女達を轢死体に変えてでも突き進む。自身が錬金した金属と同じくらいの堅い意思を持って、メイジは、『土くれのフーケ』は突き進む。

 

「あたしの情熱は、どんな金属よりも激しく燃え上がるわ」

「わたしの雪風は、どんな金属も――キュルケ、貴女の二つ名は『微熱』のはず」

「もうタバサ、今いい場所なんだから気にしちゃだめよぉ」

 

 そんな彼女の決意とは裏腹に、少女達はどこまでも自然体で、軽口を叩き合いながら。それでいてフーケの予想を遥かに上回る炎と吹雪でゴーレムを蝕んでいく。

 炎と氷、熱と寒さ。それらを同時かつ急激に食らったことで、ゴーレムの体にビシリと罅が入った。しまった、とフーケが目を見開いた時にはもう遅い。

 最後の一人、剣士の少女が自身の身の丈ほどの大剣を肩に担ぎ、腰を低く落として構えていた。その足に力を込め、全力でゴーレムの頭頂部へ、フーケの眼前まで駆け上がると、少女はその口角を上げた。持っていた剣を振り上げ、笑った。

 

「ルイズ!」

「トドメ」

「まっかせなさい!」

 

 カタカタと鍔が笑うように鳴っているその大剣を、ルイズは真っ直ぐに振り下ろす。

 見上げて尚巨大な岩と金属の人型は、その一閃で見事縦に両断された。

 

 

 

 

 

 

「宝物庫の中身が盗まれたぁ!?」

 

 学院長室。オスマンに呼び出されたルイズ達四人は、その話を聞いて素っ頓狂な声を上げた。才人ですら、事態を理解して驚いているほどである。

 そんな彼女達を、まあ落ち着けと制したのはオスマンの傍らにいるロングビルであった。詳しく話を聞いて欲しいと述べ、彼の方に視線を向ける。うむ、と頷いたオスマンは、とは言っても、と頭を掻いた。

 

「物自体は、儂の私物じゃ」

「私物、といっても王国が認める貴重な品なんですよね?」

 

 ルイズの問い掛けに軽く頷く。それでも国に管理を任されたものよりは多少はマシだと続けると、問題はここからなんじゃと一枚の紙を取り出した。

 そこには、短く一文が書かれていた。「魔法学院のお宝、頂きました」、という犯行声明と、『土くれのフーケ』という犯人の名前が。

 

「フーケ、ですか……」

「そう、フーケなんじゃ」

 

 キュルケの何とも言えない表情と言葉に、オスマンも同じような表情と言葉で返す。ルイズもタバサも同じらしく、どこか困っているように感じられた。

 そんな中、いまいち理由の分からない才人が皆に問う。一体これの何が問題なのか、と。

 

「うむ。フーケというのは少々名の通った怪盗でな。金持ちの貴族から時には慎重に時には大胆にと様々な宝を奪っていったんじゃ」

「怪盗、へー」

 

 才人の頭の中で赤いジャケットを着た泥棒と帽子を被ったガンマンと着物の剣士がインターポールの刑事に追い掛けられる光景が流れる。やっぱり変装とかするのだろうか、と見当違いな方向に思考が逸れていった。

 

「で、その怪盗フーケにお宝が盗まれたから大変だってことか」

「違うわ、サイト」

 

 え、と才人はルイズへと顔を向ける。ゆっくりと首を横に振ると、問題はそこじゃないの、と静かに彼女は述べる。隣にいるキュルケもタバサも、彼女のその言葉にうんうんと頷いていた。

 

「偽物なのよ、そのフーケ」

「正確には、引退した彼女の名を騙ったってやつかしらねぇ」

 

 これはまた厄介だ、とルイズとキュルケは肩を竦めた。

 そんな彼女達を暫し見ていた才人は納得したように首を動かし、そしてその途中に動きを止めた。何か変だぞ今の会話、と思い出すように天井を見上げる。一体何がおかしいか、それに気が付いた彼は自分以外の五人の顔をそれぞれ見渡した。

 

「何で偽物だって分かるんだ?」

 

 ここの面々の会話は、その部分に確信を持って話されている。そのことが才人には理解出来ず、しかしそれを聞いたルイズは困ったように頬を掻いた。別に説明するのはいいのだけれど、とロングビルへ視線を向ける。

 はぁ、と溜息を吐いた彼女は、どうぞと言わんばかりに肩を竦めた。

 

「よし。じゃあ許可も貰ったことだし、紹介するわねサイト」

 

 ここにいるのが、本物の土くれのフーケ。極々自然にそうロングビルを紹介するルイズを見て、才人は自身の理解が追い付かず間抜けな声を上げた。ついでに変な表情を浮かべた。具体的には、何言ってんのこいつ、というやつである。

 

「以前、わたし達の依頼でフーケを撃退したことがあった」

 

 そんな才人の困惑を察したのか、タバサがそう付け加えたが、しかし。短いその言葉だけでは、余計に彼を混乱させることにしかならなかった。

 じゃあつまりフーケは変装してここに潜り込んでいて、だがその前に偽物が動いたので本物としては面白くないから退治しようという話なのか。自分なりに話を整理した結果こういう結論に達してしまった彼を責めるのは、流石に酷かもしれない。

 

「もう少し、順序立てて説明するかの」

 

 オスマンがやれやれと溜息を吐く。とはいっても、又聞きの部分もあるのだが、と苦笑しながら彼は口を開いた。

 ルイズ達が学院に入って間もない頃、土くれのフーケがトリステインの貴族のマジックアイテムを盗む事件があった。立て続けに被害に遭った王国は傭兵や冒険者に依頼を出し、フーケ討伐で名を上げようと多数のメイジが手を上げたのだが。

 

「まあこれがまた、尽くやられてしまってのぅ」

「それから、フーケの名前を聞くだけでみんな弱腰になっちゃったのよ」

「情けないわよねぇ、トリステインの貴族は」

「トップはアレなのに。……ガリアもトップはアレだけど」

 

 口々にそんなことを言いながら、話を続けましょうとオスマンに視線を向けた。うむ、と頷いた彼は、まあ予想出来るじゃろうがと才人を見ながら苦笑した。そうですね、と同じように才人も苦笑する。

 

「で、ルイズ達がフーケをぶっ飛ばした、と」

「そう。余裕だったわ」

「余裕だったわねぇ」

「余裕だった」

「……本人の前で言うかね、それを」

 

 肩を落としながらロングビルは乾いた笑いを上げる。まあ実際ボコボコにされたしね、と肩を竦めると、続きは自ら話そうと才人の方へと顔を向けた。

 そんなわけで、そこで土くれのフーケは強制引退させられたのさ。そう述べると、まあその後にまっとうな仕事を紹介してくれたのには度肝を抜かれたと続け苦笑した。とりあえず経緯はそんなところだ、と話を締めると、分かったかいと才人に問う。

 

「分かったことは分かったけど。その流れで何でフーケの偽物出てこれるんだ?」

「公には捕まってないことになってるもの」

「話してみたら意外と悪人じゃなかったのよねぇ、彼女」

「だから、結果を偽造した」

「どんだけフリーダムだよ俺のご主人様達は」

「……まあ、そこはアンリエッタ姫の思惑もあるから、気にしてはいかん」

 

 困ったようにそう述べるオスマンの言葉に分かりましたと告げた才人は、脱線していた本題を思い出すように顎に手を当てた。宝物を奪ったフーケは偽物で、何故か知らないがそれを厄介だと皆は考えている。そこまで纏め、確認の為に尋ねると概ね間違っていないとの回答をもらった。

 

「さて、では本題じゃが」

「偽物退治、ですよね」

「宝物を取り返すのが本題じゃからな。偽物退治は本題じゃないぞ」

 

 そこは釘を刺しておかねば、とオスマンは強調する。案の定不満そうな表情を見せた三人、特にルイズであったが、腐っても公爵令嬢、二人と同じようにすぐに表情を戻し分かりましたと頭を垂れた。

 では早速、と学院長室を出ようとしたルイズを、オスマンは待ったと留める。どうしました、と振り向いた彼女に向かい、まあこちらから頼んでおいてなんじゃが、と彼は頭を掻いた。

 

「今月はこれ以上サボると落第するぞ」

 

 

 

 

 

 

 あの時の相棒達の表情は傑作だった、とデルフリンガーが笑う。いやまあ確かにそうだったけど、と同意しつつも才人は一人溜息を吐いた。

 

「おかげで昼間の調査俺一人じゃねぇか」

「何言ってやがる。俺っちがいるだろう」

 

 背中でカタカタと鍔が鳴る。いやまあ確かにそうだけど、と先程と同じ反応をしながら、やはり彼は溜息を吐いた。

 現在のサイトは、タバサの使い魔シルフィードの背に乗り王都トリスタニアまで向かっている最中だ。ルイズ、キュルケ、タバサの三名は授業で動けない為に、才人がまず街へ調査に赴くことになったのだ。流石に一人では、ということでサポートとして同行しているのが彼の背中にあるデルフリンガーであり、彼を運んでいるシルフィードであった。

 

「調査って言っても、何をすればいいんだよ」

「そうさな。まず一番優先するのはその盗まれた物の行方の手掛かりだ。直接見付かれば仕事は終わりだし、そうでなくとも相棒達が動きやすくなる」

 

 成程、と才人は頷いたが、しかしそれを調べるためにどうすればいいのかがさっぱり分からない。こちらに来てまだ日が浅い彼のみでは、まだ街の住人との繋がりが薄いのだ。情報屋から情報を仕入れる、などという器用な真似は到底出来ない。

 こういう時はどうするかと頭を悩ませた才人は、とりあえず酒場へ向かおうと決めた。ファンタジーのお約束だし、とそのアイデアに一人でテンションを上げる。

 

「酒場!? だったらシルフィもお肉食べたいのね」

 

 きゅいきゅい、と才人が乗っている竜が鳴く。いや酒場なんだから酒飲めよ、と才人は竜にツッコミを入れた。

 だったらお前は酒を飲むのか、とデルフリンガーが問い掛けたが、当の才人ははっはっはと笑うのみであった。まあ酒場ってのは飯屋も兼ねてるし、と先程の発言をあっさり覆す。

 

「ずるいのね! お肉食べたいのね! 腹ペコなのね!」

「……タバサから飯貰ってないのか?」

「それはそれ、これはこれ」

 

 ちなみにシルフィードが風韻竜だということは既に才人にとって周知の事実である。やっぱり立派な竜だし喋って当たり前だよなという彼の言葉を聞いて彼女がきゅいきゅいと喜んだのは記憶に新しい。

 そうこうしているうちに王都付近までやってきた一行だが、適当な場所でシルフィードから降りた才人はじゃあ早速と歩いて街中へと向かう。風竜とは流石に一緒に歩けないし、というのは彼の弁であった。

 そこで憤ったのはシルフィードである。わざわざここまで来て自分は街の外で留守番、だが才人は酒場で飲み食いしながら情報を集めるという。こんな不公平があってたまるか、彼女の中ではそんな気持ちがこれ以上ないほど渦巻いていた。

 仕方ない、とシルフィードは覚悟を決める。竜の姿では駄目ならば、と彼女は変化の呪文を唱える。

 瞬間、大きな体躯を持った竜は二十歳程の美しい全裸の女性に変わった。両手両足を適当に動かし体の感覚を確かめると、よし、と彼女は頷き気合を入れる。全裸で。

 大分視界から小さくなってしまった才人の背中を確認したシルフィードは、彼を追い掛けるべく全力で駆け出した。全裸で。

 

「サイトー! 待って欲しいのねー! シルフィを置いていかないで欲しいのねー!」

 

 大声を張り上げ、街行く人々の注目を集めつつ、彼女は才人を追い掛けるべく走る。全裸で。置いて行かないで、と若干涙目で男の背を追い掛ける。全裸で。

 

「散々シルフィに乗っておいてこの扱いは酷いのよ! サイトのバカー!」

 

 見目麗しい全裸の女性が、歩く少年に向かってこんな発言をしながら走って追い掛ける。果たしてそれを見た街の人々はどう思うであろうか。

 盗まれた物品の情報を集めに来た者と、そんな彼を乗せてきた竜。その関係に見えるであろうか。

 

「なあサイトよ」

「……俺、今猛烈に後悔してる」

「そうか。多分もう遅いんじゃねぇかな」

 

 憲兵に囲まれた才人は、とりあえずこれを着ろ、と追い付いてきたシルフィードにパーカーを差し出すのであった。

 




才人、前科一犯。

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