ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

103 / 185
お約束の展開。


その2

「別に、事情を話せばこちらとしても協力するのはやぶさかではなかったんですけど」

 

 無理矢理椅子に座らされぶうたれる『地下水』は、そう言ってルイズ達を、否、才人を睨んだ。何で俺だけ見るんだよ、とその視線に気が付いた彼は文句を言うが、『地下水』は当たり前だろうと鼻を鳴らす。

 

「どさくさに紛れて揉みしだいたくせに」

「うわ」

「タバサ!? 短く簡潔にドン引くのやめて! っていうかわざとじゃないし!」

「男の性、よね? あたしは分かってるわよぉ」

「誤解に理解を示さないで!?」

 

 女性陣から思い切りアレな視線を浴びせられている才人は、力尽きたように項垂れた。もういい、知らん。そんな投げやりな言葉を零すと、工房の端へと移動し体育座りでユラユラ揺れ始める。

 

「それで、『地下水』」

「何でしょう」

「協力はしてくれるってことで、いいのかしら」

 

 ルイズの言葉に、『地下水』は暫し考える素振りを見せた。が、別段ここで迷う必要もないかと息を吐き、こくりと頷く。どのみちその騒動が終わらないかぎり自身の修理は出来そうにない、そう考えたのだ。

 ただ、と少しだけ眉尻を下げる。視線をルイズと、そして才人へと移動させ、私でいいんですかと問い掛けた。

 

「貴女と比べると見劣りすると思うのですが」

「そう?」

「ええ。正直に言えば、そちらの二人の方が適切だと思いますよ」

 

 キュルケとタバサを見やる。が、その視線を受け二人はふるふると首を振った。武器で戦うのは趣味じゃない。そう言って揃って肩を竦めた。

 

「ルイズと違って武器の良し悪し関係ないもの、あたし」

「キュルケほどではないけど、わたしもどちらかというとそっち寄り」

 

 今回の趣旨が制作された武器を主眼にしている以上、自分達は適切ではない。そんなような理由をつけ、二人はじゃあよろしくと『地下水』に投げた。彼女もそれをある程度理解したのか、もういいですと溜息を吐く。

 

「こんなことなら、ドゥドゥーを連れてくるんだった……」

「いやぁよ、あたしあいつにいい思い出ないもの」

 

 それは自分でも一緒だろうにと『地下水』は肩を竦め、そんなことないと笑みを浮かべながらキュルケは才人と彼女を交互に見た。それが何を意味するか分からないほど『地下水』は若くない。

 あからさまに顔を顰めると、才人を睨んで舌打ちをした。

 

「分かりました。若干不本意ですが協力しましょう」

 

 その彼女の言葉に、事態をどうなるかと見守っていた少女は笑顔を見せる。ありがとうございます、と声を上げて頭を下げた。裏も何もないそのお礼を言われた『地下水』は、どこか居心地の悪そうに視線を逸らす。逸らしながら、それでどうすればいいのですかと彼女に問い掛けた。

 その言葉に、少女ははいと手を叩く。まずはこれを持って下さい。そう言って先程の三本を机に置いた。

 

「でかいのと、普通のと、小さいのね」

 

 刀身に簡素な柄をつけただけのその三本を眺めながらルイズは呟く。持ってどうするのかと考えながら、とりあえず一通りを掴み構えた。

 当然というべきか、大剣を持っている時が一番様になっていた。

 続いて『地下水』。様々な体を使ってきた経験からかどれも問題なさそうであったが、現在の姿を考慮するとこれが一番か、とショートソードを眺めた。

 最後は才人。ガンダールヴによりある程度見栄えは良くなるが、使い慣れているということもあってロングソードタイプがしっくりくるらしかった。

 

「妥当なところよねぇ」

「ん」

 

 やり取りを見ていたキュルケもタバサは、まあ落ち着くところに落ち着いたな、と頷いている。少女も大体同意見のようで、もし特別なこだわりがなければ使いやすいものを使ってもらいますと声を掛けた。才人以外は、別段それに異議を挟まなかった。

 

「サイト、お前は相変わらず馬鹿なんですね」

「何でだよ! どうせなら普段使わない武器使って勝つ方がインパクト強いだろ」

「勝つ前提で話を進めているのがそもそもの間違いです。少なくとも、私とお前はそこまで自惚れられるほど強者ではないでしょう?」

「うぐ……」

 

 この間のメンヌヴィル戦を思い出す。主戦力どころか、タバサのサポートとしても力不足を実感したばかりだ。あれが自分でなくルイズだったら、きっと今頃あの大男はアンリエッタが良いように玩具にしていたであろうことは想像に難くない。

 分かったよ、と奥歯を噛み締めた才人は苦い表情を浮かべそっぽを向いた。よくよく考えれば、あれと同レベルの輩を相手側が雇っている可能性だってないことはないのだ。

 じゃあ話は纏まったようなので、と少女はまずルイズの大剣を眺めた。少し振ってみてください。そう言って、工房の奥にあるスペースへと案内をした。

 

「振るって、何で?」

「使い手に武器を合わせるんです。力を出来るだけ引き出せるように」

 

 成程、とルイズは頷く。じゃあ遠慮無く、と持っている剣を使って舞った。明らかにバランスの悪いはずの少女と大剣。だが、それがまるで違和感なく、むしろそれこそが正しい姿と言わんばかりに、彼女はそれを振り回す。

 

「なあ、『地下水』」

「何ですサイト」

「……あの後に俺達が何かやっても、反応薄いだろうな」

「ええ。そうでしょうね」

「……俺が馬鹿だったわ」

「分かってくれて何よりです」

 

 

 

 

 

 

 中央区画からやや外れた位置にある広場を貸し切って行われるというその催し物は、思った以上の観客で溢れていた。よく見るとゲルマニアの人間だけでなく、ガリアやアルビオンのメイジらしき姿も見える。そして、若干ではあるがロマリアやトリステインの者も確認出来た。

 

「何でこんな集まってるのかしら」

「質のいい武器を錬金してくれる相手とパイプを繋ぎたいんだと思う」

 

 自分の杖を自分で作る変わり者はあまりいない。大抵がそれ専用に誂えたものを購入するか、あるいはオーダーメイドで仕立てあげてもらうかだ。そして貴族であれば、その場合ある程度箔がつくものが望ましい。ゲルマニア人とはいえ、錬金魔術師シュペー卿のネームバリューは他国にとって無視出来ないものなのだろう。跡継ぎになる者と関係を持てるこの騒ぎは、まさにうってつけ。つまりそういうことなのだ、とタバサはキュルケに説明をした。

 成程ね、と彼女はそれをあっさり流した。

 

「……」

「いやそんな不満気に睨まれても。どうリアクションすればいいのよぉ」

「『流石タバサ、今日は夕飯奢りよぉ』とか」

「却下」

「えー」

 

 そんなことより、とキュルケは視線を中央に向ける。左右に分かれた二人の錬金術士を中心に、腕自慢のメイジ達がひしめき合っていた。その両方の規模はほぼ同じ、そして錬金術士の男から発せられている空気も大体同じであった。少女の兄と思われるその二人は、とりあえずそのどちらかが継ごうとも大差ないであろう、そう感じさせた。

 その反対側。一人の少女を中心に集まっているのはたったの三人。それも内訳はメイジの少女が一人、平民の冴えない男が一人、メイドが一人。

 

「……傍から見れば、絶対あの娘は脱落だって思うでしょうね」

「見た目でも数でも、明らかに場違い」

 

 まあ結果がどうなるかは何となく予想が付くが。そんなことを思っていると、タバサはふと向こう側が何やら騒がしいのに気付いた。ん? と首を突っ込んでみると、どうやらこの腕試しの結果予想で賭け事を行っているらしい。キュルケ、と親友を呼ぶと、ちょいちょいとそこを指出した。

 

「ちょうどいい」

「そうねぇ」

 

 かくして、兄二人のどっちが勝つか、という流れに一石を投じた二人組の少女は、他の賭け参加者から物好きな目で見られることとなる。

 そんな悪友二人の良い金づるにされている当の本人は。くしゅんと珍しく小さなくしゃみをして鼻を啜った。誰か噂してるのかしら、そんなことを言いながらキョロキョロと辺りを見渡している。

 

「その辺にゴロゴロいそうだけどな。俺達を無謀な馬鹿、って思ってるのが」

 

 明らかに向こうを見る目とこちらを見る目が違う。それを肌で感じとっていた才人はやれやれと肩を竦めた。まあ当然かと向こうの人数を数えつつ、しかしどこか不敵な笑みを浮かべている。

 なあ『地下水』、と彼は隣の彼女の名を呼んだ。

 

「何ですかサイト」

「苦戦しそうか?」

「……いるとしたら、一人か二人でしょう」

 

 その言葉を聞いた才人はそうだよな、と顔を輝かせる。よしよし俺の観察眼もレベルアップしてるぞ、などと頭の悪いことを言いながら腰に下げている長剣を撫でた。キン、と澄んだ空気のような音が彼の中で鳴り響く感じがして、楽しげに口角を上げる。

 

「くぅー! まさかこんなファンタジーで刀匠を見れるとは思わなかった!」

「それ、彼女が剣を作る時にも言っていましたね」

「そうね。なんだっけ、サイトの使ってるあれ、ニホントウ? を作る職人とかなんとか」

 

 会話に混ざったルイズの言葉に、そうそう、と彼は頷く。まあ実際の刀鍛冶とは大分違うんだろうけど、と言いながら、その時の状況を思い出した。

 錬金で剣を形作るのではなく、火の呪文で金属を溶かし、杖代わりらしいハンマーで叩き、形を整える。水や風の呪文で不純物を取り除き、磨き上げ、そして使い手に合うように更に鍛造を重ねる。

 そうして作り上げたのがルイズ達の持っている三本の剣である。固定化も勿論掛けてはあるが、それ以上に芯がしっかりと作られているそれはとてつもない強度を誇っていた。現にデルフリンガーはそれらを見て感極まって叫んだくらいである。あれなら相棒の無茶にも耐えられる、と。

 

「でもよくよく考えたらこれ、四属性全ての呪文を使って作られてるのよね。錬金で作るよりよっぽど豪華じゃない?」

 

 よ、と壁に立てかけてある大剣を持ち上げながらルイズは呟き、そして少女はその言葉にそんなことはないですと苦笑した。錬金をメインで作り上げた方が簡単で早く、品質の一定したものを作り上げることが出来る。自分はそれが出来ないから、せめて一振り一振りを丁寧に作ろうと思っただけだ。そう言って恥ずかしげに視線を逸らした。

 

「その結果がインテリジェンスソードも鍛えられるほどの腕前、ですか」

「いえ、そんな大層なものじゃ……。魔法をあまり使わない分、他人の魔法の干渉を受けにくい、ってだけで」

「充分よ」

 

 とりあえずもう少し自信を持ちなさい。そう言って少女の背中を叩いたルイズは、じゃあまずは貴女の武器がどれだけ凄いか見せ付けてきましょうと指をポキポキと鳴らした。

 どうやらそろそろ催し物の開催の時間のようだ。介添人だという三人ほどの貴族が中央で観客に説明を行い、では始めようと去っていく。話によると、まずは希望者が中央で腕試しをし合うらしい。殺し合いではないが、要は決闘の体を取るのだろう。そう判断した三人は、じゃあどうするかと少女を見る。

 え、と目をパチクリとさせた少女は、その視線の意味に気付いたのか、喉をゴクリと鳴らすと真っ直ぐに前を見た。

 

「では、皆さん。お願いします!」

 

 任せろ、と檻から放たれた猛獣は口角を上げた。

 

 

 

 

 

 

 長兄と次兄は、末の妹が用意したという武器の使用者の一人が中央へと歩いてくるのを見て怪訝な顔を浮かべた。不参加というわけにはいかず、数合わせに用意した友人か何か、見学者に毛が生えた程度。そう思っていた輩が、戦う気満々で前に出てきたのだ。思わず視線を妹へと向けるが、当の本人はそれを見て慌てている様子もない。つまり、向こうも了承済みだというわけで。

 馬鹿な奴だ、と長兄は思った。子供のお遊び程度の腕前では、こちらに与している騎士達に敵うはずがない。無謀な勘違いもほどほどにしないと怪我をする。そんなことを考えつつ、ではこちらから行かせてもらうと次兄を見やる。

 まあ好きにしろ、と次兄は肩を竦めた。二人の一騎打ちの前の簡単な余興だ。そんなことを考えたらしかった。

 長兄は自身の武器の使用者へと述べる。まずは誰が向かうのか、と。あんな小娘など相手にならんと大半の連中は鼻で笑い、数名の騎士はならば自分が礼儀を教えてやろうと息巻く。

 そして長兄に与していたらしいガリアの騎士らしき男と、トリステインの騎士だと思われる青年はそっと後ろに下がった。前者は自身の仕える者の知り合いであったから、後者は絶対勝てないと確信したからである。勿論、口には出さなかった。

 

「む? ミスタ、どうされた? 顔色が悪いが」

 

 その髭の美丈夫であるガリアの騎士は、同じ動きをした若い小太りなトリステインの騎士に声を掛けた。気にしないでくれ、と騎士は返し、そうかとガリアの騎士も会話を打ち切る。だが、強力な風のメイジであった彼は、トリステインの騎士がこっそり呟くのを聞き逃さなかった。

 何でこんなところに伝説の再来が。

 

「……すまない、ミスタ。もう少し話を――」

 

 騎士の声は歓声に掻き消された。長兄側の騎士の一人が中央に辿り着いたのだ。とりあえず試合を見てからにしようと彼は視線を中央に向け、少女と騎士が対峙するを見やる。

 どうやら向こうは早めに降参した方がいいとのたまっているらしい。少女はふん、と鼻を鳴らすと、ここはそういう場所ではないでしょうと持ってきた武器を鞘から抜き放つ。

 後悔はしないでくれ、と相手は述べる。勿論、と少女は返した。お互いに騎士の礼を取り、そして決闘が開始される。

 と、観客が思う間もなく、少女の――ルイズの相手であった騎士は天高く打ち上げられた。相手が立っていた場所にはいつの間にかルイズが大剣を振り上げたまま立っており、自身の身長よりも大きなそれを片手で掲げ揺るぎもしない。

 どさり、と相手は地面に倒れる。そして数瞬遅れて降ってきた相手の杖は、真っ直ぐ掲げたままのルイズの大剣にぶつかり、綺麗に両断された。そこでようやく彼女は剣を軽く振り、下げる。どうだ、と言わんばかりに背後で見守る少女へと笑顔を見せた。

 

「よし次! って、あ、あら?」

 

 シィンと静まり返った会場を見回し、ルイズは一体どうしたのかと目を瞬かせた。視線を才人へと向けると、アホ、と簡潔な一言が返ってくる。何でよ、と彼のいる方へと歩みを進めると、持っていた大剣を突き付けた。

 

「やり過ぎだ! 会場の人達ドン引きしてんじゃねぇか」

「……インパクト、強かったでしょ?」

「強過ぎなの! 絶対勝てない実力差をいきなり見せてどうすんだよ!」

 

 むう、とルイズは才人のダメ出しに唇を尖らせる。もうちょい考えろよ、そんなことを言いながらさてどうしようかと向こうを見やり。

 絶対に勝てない、という言葉にいたくプライドを傷付けられたらしい騎士達がこちらを睨んでいるのに気が付いた。不意打ちに近い攻撃が上手い具合に当たった程度で偉そうに。見た目に騙されたが、油断しなければどうということはない。そんなことを口々に言いながら次は自分だと中央に向かっていく。それに合わせ、そうかそうだよな、と観客のざわめきも大きくなっていった。

 

「見事な挑発ですね。これは流石に私も認めざるを得ません」

「へ? いやそんなつもりじゃ」

「サイト、そう言うからにはアンタはもっと上手くやれるのよね?」

「え? ど、どうかな?」

 

 いいから行け、とルイズと『地下水』二人に押された才人は、おっとっとと中央へと躍り出る。成程、まずは貴様が地べたに這い蹲りたいのかと口角を上げた騎士の一人は、では行くぞと杖を掲げた。

 

「あーもう! やればいいんだろやれば!」

 

 ぶっとばしてやる、と剣を抜き放った才人は、呪文を唱え放とうとしている騎士に向かって一足飛びで間合いを詰めた。

 まずは一人、と剣閃が煌めく。ポン、と泣き別れた杖の首部分がくるくると舞い上がった。




余計な一言に定評のある男、才人。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。