ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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主人公ズ不在回の予定。

※ほんの少しだけ21巻のネタが含まれます。


ストライク・フリーダム
その1


「成程。そちらはそちらで大変なのですね」

「そりゃあそうよ。叔父さまも頑張ってるけど、やっぱりそう簡単に根付いた思想を変えることは出来ないもの」

「でも、一歩ずつ歩みは進んでいる。私はそう思っているわ」

 

 そう言って三人の女性は目の前の紅茶を口に運ぶ。ふう、と息を吐くと、貴女達はどうなのだ、と言うように残り二人に視線を向けた。

 

「え、と。わたしはそういうのはまだよく分からないけど……そうなったらいいなって思うから。出来ることなら、手伝いたい、です」

「ふふっ。ありがとうテファ。貴女にそう言ってもらえると心強いですわ」

「まあ、ある意味これからの理想の象徴みたいなものだしね、テファは」

「そうね……。よろしくお願いするわ、ミス・モード」

 

 はい、とティファニアは元気良く頷く。その動きで巨大な胸部がどたぷんと動き、三人の内の一人、ルクシャナはぐぬぬと顔を歪めた。同じエルフで何でこう違うんだ、あれがハーフの力か。そんなことを思いながら、彼女は三人の残り二人、アンリエッタとイザベラをそれぞれ見た。

 まあでも遺伝とか環境もあるんだろう。そう結論付け、とりあえずそのことは頭から追い出した。

 

「……」

 

 さて、今この場には全部で五人の女性がいる。アンリエッタ、ルクシャナ、イザベラが元々のメンバーで、ティファニアともう一人が今回新たなメンバーとして加えられた形になるのだが。

 その最後の一人は、絶句したまま微動だにしていなかった。大きなツインテールが風でそよそよと揺れるのみである。

 一体どうしたんだろう。そんなことを思ったティファニアは、その人物へと声を掛けた。大丈夫か、と。

 

「だ、だ、だ」

「だ?」

「大丈夫なわけあるかぁ!」

 

 脳天気ともいえる彼女の言葉によりようやく再起動を果たした最後の一人、ベアトリスは、ふざけんなと叫ぶと隣のティファニアの胸を突いた。目の前にいるのはアンリエッタとイザベラというそれぞれトリステインとガリアの王族。更にもう一人はハルケギニアの大半の人々にとって恐怖の対象であるエルフのルクシャナ。これで平然としていられるのはよっぽどアレな人間だけだ。

 ここに呼ばれた、ということはつまり彼女もそのアレな人間だと判断されたということなのだが、その辺りのことは彼女の頭から抜け落ちているらしい。

 

「貴女みたいな脳天気で知能を全部胸に分け与えたようなアーパー娘と違って、わたしは地位以外は極々普通の考えを持った貴族なの! アンリエッタ王妃やイザベラ殿下の前でへらへらしながらお茶会とか恐れ多いし、エルフ相手に強気に出られるほど無謀じゃないわ」

「……えっと、わたしも、ほら、これ」

 

 そう言って隠さなくなった自身の耳を指差す。普通とは違う、少しだけ尖ったエルフの象徴である耳を。

 この状況になっても特にリアクションがなかったので案外大丈夫だったと楽観的に考えていたティファニアは、ベアトリスの言葉を聞いて改めて考えたのだ。ひょっとして、このことを知ったら彼女は自分から離れていってしまうのではないか、と。だからだろうか、ティファニアの声は少しだけ震えていた。

 

「あぁ!? んなもん見りゃ分かるわよ。ちゃらんぽらんが服着て胸膨らませてるような貴女が今更エルフだって言われたところで何だって話よ! だからエルフは怖くありませんとでも言うつもり? わたしが怖くもなんともないのはあんたで、知らないエルフは怖いに決まってるでしょうが!」

「……え、っと。その。……ありがとう、ベアトリス」

「何でお礼言うのよ。ついに脳が全部胸に吸い取られたの?」

「酷い!?」

 

 本気で思ったのに、と若干涙目になったティファニアが助けを求めようと三人に目を向けたが、アンリエッタもイザベラも、ルクシャナさえもどこか生暖かい目で彼女とベアトリスを眺めていた。

 成程、こういう理由で連れて来たのね。そう述べたルクシャナの言葉に、理由の一つはそれですわ、とアンリエッタは微笑みながら答えた。

 

「もう一つは、わたくし、彼女を案外買っているのです」

「へえ……」

「ふぅん」

 

 あれで、とイザベラとルクシャナはベアトリスを見た。この魔王がそう言うからには何かしら有るのだろうが、二人にとってはただの面白い娘にしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 それで、とティファニアは三人に尋ねた。これは結局何の集まりだったのか。そう続け、あははと誤魔化すように頬を掻く。あまり説明されていなかったからしょうがない、とも思うが、しかし曲がりなりにもアルビオンを後々背負う可能性のある人物の言葉とは到底思えなかった。

 

「……あのねテファ。さっきの会話を聞いていれば分かるでしょう。貴女達の三国同盟と、エルフとの交渉、最終的には同盟かしら、を話しているんでしょうが」

「そうなの?」

「あんたは、アルビオンの! 白の! 聖女でしょうが! 胸に栄養蓄えてないでもう少し頭使いなさい!」

「酷い!?」

 

 ああもう、と溜息を吐いたベアトリスは、視線を元に戻すとそれで何で自分は呼ばれたのでしょうかと恐る恐る三人に尋ねた。そのあまりにも違うティファニアとの態度の差に、思わず三人から苦笑が漏れる。

 イザベラは貴女を招待したのはアンリエッタだと述べ視線を彼女に向け、ルクシャナはアンリエッタにテファのお友達を連れてくると言われただけだと彼女に返す。まあつまり元凶はこいつだ、と二人揃ってアンリエッタを指し示した。

 

「サイト殿の故郷には、『女子会』なるものがあるそうですわ」

「は、はぁ……」

 

 何言ってんだ、とベアトリスは思ったが、とりあえずは話の続きを聞いてからでもいいだろうと一旦それを飲み込む。

 が、アンリエッタの説明は以上だった。

 

「分かっていただけたようで、何よりです」

「……はい」

 

 駄目だ、どうしようもない。彼女の出した結論はそれであった。諦めたとも言う。まあとりあえず彼女の思い付いたお茶会の名前がそういうものなのだということにして、何だか分からないがそれに自分が呼ばれたのだということも理解した。つまり先程の質問の答はほぼ分からなかった。

 が、とりあえず彼女の中で分かったことが一つだけある。

 

「テファ」

「何?」

「貴女、ひょっとしてこのお誘いに、「ベアトリスが行くなら」とか言ってないでしょうね?」

「あ、凄い。何で分かったの?」

「この馬鹿無駄乳!」

「酷い!?」

 

 はぁ、と盛大に溜息を吐くと、ベアトリスは何かを諦めたように紅茶に口を付けた。流石王族の集まりに振る舞われているものだけあって、その味わいは格別である。とりあえず紅茶の味が分かる程度には混乱が収まったのを自覚した彼女は、後は空気になろうと心に決めた。

 

「ふふっ。それで、先程の話ですけれども」

「ええ、自由都市への視察だったかしら」

「はい。ルクシャナの方で準備を進めている、とのことでしたので、とりあえず今日その日取りを決めてしまおうかと」

 

 どうかしら、とルクシャナを見る。いいわよ、と笑顔を見せた彼女を見て微笑むと、アンリエッタは出来るなら早い方がいいだろうと視線を巡らせた。学院の新学期が始まりもう一ヶ月が過ぎた。そろそろ遠出をしてもある程度の許容はされる時期だ。そう判断し、ティファニアとベアトリスにここ数日の予定を尋ねた。

 それに特に何か思うところもなく別に予定はないと答えたティファニアに対し、ベアトリスはその質問の意図を瞬時に悟り顔を青褪めた。自分は予定がある、そう答えようとして口を開き、前を見る。

 目の前で微笑んでいるアンリエッタの目が細められ、彼女を真っ直ぐに見詰めていた。

 

「ひっ!」

「あら、どうされましたミス・クルデンホルフ」

「あ、いえ、その……」

「ひょっとして、何かご予定が?」

「……あ、よ、ていは」

「もしそうでしたら、こちらとしても無理にお誘いはしませんわ。……本当に、予定があるのならば」

「ひっ!」

 

 断ったら殺される。そんなことはあるはずがないのだが、ベアトリスは本能的にその結末を感じ取った。首を横に振ったが最後、自分はこのまま死ぬ。どうしようもない絶望感が彼女を襲い、カタカタと震えながら、震える口を動かし言葉を紡ぐ。

 以前のお誘いは断れた。だが、あれはあくまでどちらでもいいという類だったからだ。今回のそれは違う。本当に本物の予定が無い限り、ベアトリスは、彼女の誘いを断れない。

 

「……よ、予定は、ありませんわ」

「そう。それは良かった」

 

 本気の魔王からは、逃げられなかった。

 

 

 

 

 

 

 奇しくもルイズ達がゲルマニアへと武器の修理に向かった少し後。ティファニアとベアトリスはアンリエッタのお供としてその場所に訪れていた。

 自由都市、エウメネス。サハラの一角にあるそこは、エルフの町の中でも異色の場所であった。他の種族との交易を行っているのだ。排他的なエルフ達が作り上げた流刑の地、かつてそうであった場所は、今は二つの種族を繋ぐ橋渡しとしての役目を与えられようとしていた。

 石造りの壁に覆われたその町を、アンリエッタはのんびりと歩く。その後ろではティファニアがどこか感慨深そうに辺りを見渡していた。

 

「どうしたのよ?」

「あ、うん。……ここが、母さまの故郷なんだって」

「……ひょっとしたら、貴女の親類がこの町にいるかもしれないわね」

「あ、そ、そっか……。そっか……」

 

 ベアトリスの言葉に、ティファニアは考え込むような仕草を取った。別行動はするな、とどこか嫌な予感がしたベアトリスは彼女に釘を差し、とりあえず目的を済ませないとどうにもならないだろうと窘める。はーい、と姉に叱られた妹のように項垂れたティファニアを見て、アンリエッタはクスクスと笑った。

 

「まあでも。確かにテファの親類がいるかどうかは気になりますわね。一応、わたくしの親類でもあることですし」

 

 言外に余裕があれば許可を与えるという旨の言葉を述べながら、彼女はそのまま目的の建物へと足を進めた。ここだ、とその建物の入り口に向かうと、一人のエルフの青年が不機嫌そうに立っている。ジロリ、とアンリエッタ達を睨むと、ふんと鼻を鳴らした。

 

「あらミスタ・アリィー」

「やっと来たか魔王。ルクシャナはとっくに待っているぞ」

「それは申し訳ありませんでした。アニエスを撒くのに――もとい、見るもの全てが新鮮だったので、つい歩みが遅くなってしまったようです」

「……これだから蛮人は」

「ふふっ。では紳士なエルフであるミスタ・アリィーは、勿論わたくし達をエスコートしてくださるのですよね?」

「……こっちだ、魔王」

 

 ああもう、とガリガリ頭を掻いたアリィーは、扉を開けて中に入る。二階だ、と短く言うと、そこに繋がる階段の手前へと歩みを進めた。何だかんだでちゃんと案内をする辺り、彼は彼で律儀なのかもしれない。

 階段を上る。広いスペースに置かれたテーブルには、既にルクシャナとイザベラがコーヒーを飲みながら談笑を行っていた。ごめんなさい、とアンリエッタは二人に告げ、テーブルの空いた席に座る。来た来た、と笑みを浮かべたルクシャナは、じゃあ早速飲め、と彼女達に黒いその飲み物を差し出した。

 

「……砂糖か、ミルクは」

「ないわ」

「私達も使っていないもの」

「ぐ……」

 

 ティファニアとベアトリスが頭にハテナマークを浮かべている傍らで、アンリエッタが珍しく困ったようにぐぬぬと呻いていた。ニヤニヤと笑っているルクシャナとイザベラを睨み付け、覚えてろと捨て台詞を述べると彼女は目の前のコーヒーを手に取る。

 ふう、と息を吐くと、その液体に口を付けた。

 

「にがっ」

「ぶっ……!」

「ふふっ……」

 

 思わず口に出たアンリエッタのその言葉を聞いた二人は吹き出す。よし、と二人でハイタッチをすると、貴女達もどうぞとコーヒーを勧めた。笑みは相変わらず、アンリエッタがコーヒーと格闘しているのを見ながら、である。

 

「そんなに苦いの……?」

「わたしもあまり飲んだことないのよね」

 

 出されたコーヒーに口を付けると、成程確かに苦味が広がる。だが、それを補って余りある芳醇な香りとコクが、二人の胸をいっぱいにさせた。

 あ、美味しい。思わずそう零した二人を見て、ルクシャナとイザベラは更に笑みを強くさせる。

 

「だそうよ、アンリエッタ」

「むぅ……」

「どうやらあの二人にはここのコーヒーは気に入ったみたいね。以前ガリアで行った女子会の時の誰かさんは、苦いって騒いでいたけれど」

「ぐぐぐ……」

 

 悔しそうにティファニアとベアトリスを睨む。が、普段の彼女とは違い何とも情けない表情であったため、二人はそれがどこか微笑ましいものに思えてしまった。だからだろう、二人もそんな彼女を見て、思わず笑ってしまった。

 

「何ですか二人共わたくしをバカにして! どうせわたくしはコーヒーをブラックでは飲めませんわよ! でもウェールズ様はそれが可愛いって言ってくれるもの。ふんだ」

「はいはい」

「ふふっ。まあでも確かに、陛下が可愛いと評するのは分かる気がするわね」

 

 ルクシャナとイザベラがそんなことを言いながら、じゃあそろそろ本題に入ろうかと姿勢を正した。とはいえ、別段何かかしこまったことをするわけではない。ここ自由都市を三国同盟のトップに立つ者が見て回るという、ただそれだけである。

 問題があるとすれば、アンリエッタもイザベラも護衛を連れていないことであろうか。

 

「わたくしはアニエスを撒いたので仕方ないとしても、イザベラ王女は何故?」

「カステルモールが、ゲルマニアに行っていていなかったのよ。代わりに誰か、と思ったのだけれど……貧乏くじを引きたくないって皆目を逸らして。父上と叔父上はシェフィールドに行かせようとしていたから、もういいって断ったわ。だからルクシャナと二人でここまで」

 

 死んだ目でワカリマシタと片言で頷くシェフィールドを必死で止めたのは記憶に新しい。何か土産でも買っていこう、とイザベラはジョゼフ被害者友の会副会長を労う決意を固めていた。

 じゃあしょうがないか、とルクシャナは立ち上がる。ちょっと待っててね、と一階に下りる彼女を目で追っていた四人は、階下で何やら言い争いをしている声を耳にした。何となく予想が付いた一行は、彼も大変だなと苦笑する。

 アンリエッタは人のことを言えないだろう、とイザベラとティファニアは思ったが、口に出すような空気の読めない行動はしなかった。

 

「お待たせ。じゃあ、行きましょうか」

「……ふん」

 

 程なくして戻ってきたルクシャナの後ろでは、思い切り不満ですと言わんばかりの顔でアリィーが立っている。予想通りの光景であった。

 もう決まったんだから文句言わないの。そう言ってアリィーの腕に抱き付いたルクシャナは、彼の耳元でそっと囁く。

 愛してるから、と。

 

「……ま、まあ。ぼくは寛大だからな。これくらいは、余裕さ」

「ちょろい」

「ルクシャナ?」

「なんにも」

 

 クスリ、と笑うルクシャナを見て表情を緩めたアリィーは、まあ仕方ないかと肩を竦めた。聞こえなかったふりをしたのか、本当に聞こえなかったのか。おそらくは後者だ。

 

「……うわぁ」

「ベアトリス?」

 

 女って怖い。ベアトリスはそう思った。

 




この面々だと酷い目に合う役がイザベラからベアトリスへとシフトチェンジ。

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