ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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いつものようにオチオンリー。


その4

「さて、何故呼ばれたかは――今回は流石に分るな?」

「……はい」

 

 学院長室である。もうどうでもいいや、という表情をしているオスマンの前では、全力で頭を下げて謝るシエスタと、バツの悪そうに頭を掻いているルイズの姿があった。キュルケ達は後ろのソファーで野次馬中である。

 

「わざわざ正体を隠すのなら、きちんと最後までやらんか。まったく、カリンが泣くぞ」

「うぅ……」

 

 ちなみにカリーヌの変装潜入作戦の成功率はゼロである。見付かったら力押しで叩き潰したので公になっていないだけだ。

 それはさておき。シエスタは大変申し訳ありませんでしたと再度頭を下げていた。自分が頼んだからこそ起きたことなのだから、ルイズを責めないで欲しい。大体彼女の言葉はこれに集約出来る。

 

「ねえシエスタ。その気持は嬉しいけど、悪いのはわたしよ。そんな風に責任を負わなくてもいいの」

「しかし」

「……あのね、余計なお世話って言ってるのよ。そんな心配してくれなくても、自分の不始末は自分でつけるわ」

 

 ともすれば傲慢なその物言い。だが、シエスタはルイズのその口調に何か感じ入るものがあったのだろう。分かりましたと頷くと、一歩後ろに下がった。

 普段からそういう部分を前面に押し出せ、とオスマンは思ったが、考えてみれば押し出した結果がこうなのかもしれないと一人溜息を吐く。まあいい、と机の上の書類を眺め、自身の髭を一撫でした。

 

「明後日までに反省文じゃ」

「分かりました」

 

 幸い、と言っていいのか、怪我人はいない。被害は事件の発端となったカップが一つ、結局染みになってしまった生徒のズボンが一つ、そのくらいだ。この程度ならば、普段の被害に比べれば微々たるもので目くじらを立てるほどではない。

 そんな自分の思考に嫌気が差しながらも、オスマンはとりあえず解散だと皆に言い放った。あれが在籍するのも後一年を切っている。平和になるのだと安堵する自分がいる一方、一抹の寂しさを覚えてしまうのは、彼女達に情が移ったからか、それとも。

 

「まあ確かに。長い時を生きていると、ああいう刺激は必要になるかもしれんのう」

 

 くくく、と薄く笑うと、オスマンは置いてあったパイプに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 マルトーが帰ってきたのは翌日。迷惑を掛けたとルイズ達に頭を下げた彼は、お詫びに手に入った食材で腕を振るうと宣言した。それを楽しみに反省文を書き上げ、大人しく授業を受けたルイズは、昼になるやいなや厨房へと駆けた。子供か、という才人のツッコミは風に流された。

 が、しかし。

 

「え? まだ?」

 

 仕込みと仕上げに時間が掛かる。そう言ってマルトーはその鍋の蓋を開けなかった。何やら今まで嗅いだことのない香りが厨房に漂う中、ルイズはぐぬぬと顔を顰める。お詫びなのにこの仕打ちか。そうは思ったが、反省文を書く羽目になったやらかしもあり強くは言えない。食べられないわけではないのだからということも拍車を掛けた。

 じゃあ普通に昼食を食べよう、とキュルケとタバサはルイズを引っ張る。はいはい、とされるがままに厨房を後にした彼女を視線で追いつつ、才人は一人、怪訝な表情を浮かべた。

 

「どうしたサイト」

 

 マルトーがそんな彼を見て声を掛ける。あー、いや、とそれに要領を得ない返事をした才人は、くんくんと軽く鼻を鳴らし。

 

「何か、懐かしい香りがするんだよなぁ……」

 

 そう言うと、首を傾げたまま踵を返した。ルイズではないが、どのみち出来上がったそれを見れば分かることだろう。そう結論付けたのだ。

 厨房を出る。と、その入口をじっと見詰める一人の少女が目に入った。よく似た顔立ちの少女との胸の差が激しい彼女は、才人が自分を見ているのに気付くと眉を顰め鼻を鳴らす。

 

「何の用だ蛮人」

「いや、何の用だってのはこっちのセリフだよ。お前何してんだよ」

「決まっているだろう? あの男が、きちんと料理を再現出来るか監視しているのだ」

「……あ、はい」

 

 どう見ても出来上がるのが待ち切れない子供であったが、本人がそういうのならそうなのだろう。少なくともファーティマの中では。

 まあ頑張れと一声残し、才人は改めて足を進める。連日の手伝いの関係上、今日は別段やることがない。ルイズの使い魔として過ごすのみだ。彼女達が食事をしている場所へと向かい、適当に雑談しながら食事を食べる。その後は主が授業に向かうのを見送り、鍛錬をしつつ時間を潰すのだ。

 

「やべぇ……思った以上に暇だ」

「同じくなのです」

「うぉ!?」

 

 ふう、とベンチに腰を下ろした才人は、独り言に返事が来たことで思わず飛び退る。何だ、と横を見ると、同じようにボケーっとしている十号の姿が目に入った。どうやら彼女も才人同様、今日は暇らしい。

 成程な、と頷いた才人であったが、かといって所詮暇人が一人から二人になっただけである。何か思い付くかといえば当然否。ううむ、と十号の顔を眺めても、別段何のアイデアも出てこない。

 

「……その、そうジッと見詰められると、恥ずかしいのです」

「あ、悪い」

 

 よくよく考えずとも少女の顔を見詰め続ける男は怪しい以外の何者でもない。いかんいかんと頭を振ると、空気を変える意味も込めて立ち上がり腰の刀に手を添えた。

 抜き放ち、掲げる。近くの木に目を向けると、そこに向かって刀を振り下ろした。

 

「わ、わわわわ!」

 

 剣閃の通った先の枝が切り裂かれ、落ちる。流石に木丸々全部は無理か、と頭を掻く才人であったが、十号から見れば十分過ぎる程の一撃であった。

 

「す、凄いです! 前よりずっと強くなってませんか!?」

「かなぁ? 自分じゃあんまり実感ねえんだわ、これが」

 

 共に行動している面々が規格外、対峙する相手も大抵が規格外。そんな日常を繰り広げている彼にとって、その言葉は嘘偽りない本音である。ルイズなら大木真っ二つだしなぁ、とぼやいているのがその証拠だ。

 ただ、と左手を見る。この間の時から、ほんの少しだけ使い魔のルーンが鮮やかになったような、そんな気がしていた。主人とその悪友には気のせいじゃないのかと言われたために深くは考えていなかったのだが、十号の言うように以前より強くなっているとしたら。

 

「……いや、それは普通にサイトさんの経験で培われたものだと思うのです」

「そうか?」

「はい。わたし、一応これでもマジックアイテムなので、そういうのは何となく分かるのですけれど。そのルーンは多分、『きっかけ』を作っているのだと思います」

「きっかけ?」

「はい。サイトさんの力を引き出す、鍵みたいな」

「鍵、ねぇ……」

 

 ルーンが鮮やかになった場面を才人は思い出す。あれは確か、エルザを守ろうと決意を固めた時だ。自分の力をこれ以上なく引き出さなければならなかった時だ。

 

「……よく、分かんねえ」

「あはは。実はわたしもそうなのです」

 

 具体的にどうだとは言えないのだから。そう言って十号は頬を掻く。何だそりゃ、と苦笑していた才人もまあいいかと刀を鞘に収めた。

 時間はまだかなりある。暫くは二人で何か暇潰しでもしよう。そんなことを思いながら、彼は十号の隣に腰掛けた。暇人二人で何か思い付くわけもなし。だが、二人になったことで暇を解消することはまあ、多少は出来るのだ。

 それがたとえ、二人でただ座って談笑するだけでも。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで夕食時である。昼には食堂にいたルイズ達がいないのを訝しげに思った生徒も少々いたが、まあ何かあるんだろうと流していた。

 ルイズ達は厨房の一角に座り、出来上がるのを待っている。早く食べたいから手伝う、と言ったら気にするなと返された結果である。その分遅くなるじゃないか、とルイズは一人頬を膨らませていた。

 

「子供か」

「あによ」

「まあ確かに、もう少し落ち着いた方がいいかもしれないわねぇ」

「うんうん」

「アンタ等に言われたくないわよ」

 

 やいのやいのとルイズ達は騒ぐ。それを見て、発端を作った才人はあははと苦笑した。だが、よくよく考えれば自分と同年代の高校生なんぞ大体こんなものだったような気がする。そう思い直し、じゃあ問題ないのかと一人納得したように頷いた。

 勿論彼女等は現代日本の女子高生ではなく、ハルケギニアの貴族の淑女である。

 

「というか、わたし以外にもいるでしょうが、ほら。そこに」

 

 ビシリ、と指を差す。その先には、静かに椅子に座っているエルフの少女、に見せ掛けて視線を彷徨わせ指を忙しなく動かし挙動不審になっているファーティマの姿があった。成程確かに、一応待ってはいるが待ち切れない子供の姿と彼女が重なる。

 

「何を言っている悪魔。私は貴様のようにやかましい蛮人とは違うのだ」

「同じでしょ。アンタだって待ち切れないくせに」

「ふん。……これだから幼稚な奴は」

「はっ。そういう返しが既に子供なのよ」

 

 どっちも子供だよ。という言葉を才人は飲み込み、キュルケとタバサは躊躇いなく口にした。十号は我関せずを貫き、ティファニアはそういう子供っぽいところも可愛いよと傷口に塩を塗りこんだ。

 

「なんだかなぁ……」

 

 物凄い微妙な顔でティファニアを睨む二人を見ながら、才人は溜息を吐く。そんな辺りで用意が出来たらしく、マルトーが待たせたなと皿を持って現れた。

 初挑戦とはいえ、そこそこのものが出来たはずだ。そう言いながら各々の前に置かれた器の中には、シチューのような料理が注がれていた。白ではないが、赤いという程でもない。そんな少し鈍い赤銅のようなそれからは、向こうで仕入れたらしいスパイスを使った刺激的な香りが鼻孔をくすぐる。

 待ってました、と手を叩いたルイズは、簡易的に食前の祈りを捧げるやいなやスプーンを握りそれをすくう。一緒に煮こまれている肉と野菜ごと、彼女はそれを口に入れた。

 

「んぐっ!? ふぁ! え!?」

 

 瞬間、彼女の目が見開かれる。その状態のまま暫し固まったルイズは、ゆっくりとそれを飲み込むと大きく息を吐いた。

 

「辛い!」

「いや、それはそうでしょ」

 

 今更何言ってんだ、とキュルケはジト目でルイズを見やる。そういう料理を作るためにマルトーは出ていたのだから、当たり前だ。そんな言葉を続けながら、キュルケもその料理に手を伸ばした。成程確かに辛い。だが、その辛さが次の一口をどうしようもなく促進される。煮こまれた野菜や肉も柔らかく、それらが丁度いい感じに辛いルゥに絡んでくるのだ。ともすれば、甘みまで感じるほどに。

 

「ま、ルイズには早かったかしら」

「どういう意味よ。別にちょっと驚いただけで、料理そのものは美味しいわよ」

 

 ふん、とルイズももう一口。再度固まると、真ん中に置かれていたバスケットからパンを取り出しそれを浸した。うんうん、と満足そうに頷くと、そのまま食事を続けていく。

 

「辛いけど、美味しい。ね、ファーティマさん」

「……」

 

 同意を求めるようにティファニアが視線を向けると、そこには無言で食べ続けているファーティマが。それも、普段の仏頂面が嘘のような笑顔であった。同性であるティファニアが思わず見とれてしまうほどに。

 料理には、そこまでの力があるのか。そんなことを思いながら、ティファニアは目の前の皿に手を伸ばす。美味しい料理を作って、人を幸せにする。これもまた、魔法に匹敵する素晴らしい力なのだ。

 

「マルトーさん、凄い」

 

 そいつは光栄だ、と彼は笑う。その横では、昔は貴族なんか大嫌いだと騒いでた人とは思えないですね、などと部下のコックが囃し立てていた。うるせぇ、と彼等に拳骨を落とし、お代わりもあるぞと皆に告げる。貰う貰う、とルイズとファーティマが真っ先に手を上げた。少し遅れてタバサも立ち上がる。大盛り、と短く、しかしはっきりと言い放った。

 

「……サイトさん?」

 

 そんな中、十号がふと気付いた。才人の手が止まっているのだ。他の面々が美味しいと食べているのだから当然彼にも合うのだと思っていたが、ひょっとして口に合わなかったのだろうか。おずおずと彼へと手を伸ばし、一体どうしたのですかと問い掛けた。問い掛けようとした。

 

「……うぐ……ひっぐ」

「うぇ!?」

 

 泣いていた。スプーンを握りしめたまま、涙を流していた。何事、と思わず立ち上がってしまった拍子に椅子が倒れ、けたたましい音が鳴る。何だ何だと視線が集中し、同時に才人が泣いているのも皆の知るところとなった。

 

「ど、どうしたのよサイト」

「そんなに辛かった?」

「辛いの、苦手だった?」

「あー……違う、違う」

 

 心配して口々に声を掛けてくれるルイズ、キュルケ、タバサ。そんな彼女達に手で否定を示すと、大したことないんだよと目の前の皿に入っている料理をすくい、口に入れた。

 スパイスの利いたその料理は、彼の知っている限り、もう何百回食べたか分からないほどで。ここに、ハルケギニアに来てから今まで一度も食べられなかった料理で。

 

「超久々に……カレー食ったから、何か、泣けてきただけなんだ」

「カレー?」

「ああ。俺の住んでたとこでは、この料理はカレーっていうのさ」

 

 懐かしい香りがするわけだ。家でも、学校給食でも、レストランやコンビニでも。様々な場所にあった、食べた料理だ。懐かしくて、当たり前だ。

 ふう、と息を吐く。流れていた涙を拭うことなく、才人はそのまま一気に目の前のカレーをかき込んだ。辛い、美味い。そんなことを言いながら一皿目を平らげると、マルトーさん、と立ち上がる。

 

「お、おう。どうした?」

「米くれ! カレーライスが、食べたい!」

「あ、ああ。何か鍋を使って炊いたライスにそれを掛けるんだろ? 向こうで調理法の一つとして教わったから用意は一応あるが」

「マジかよ!」

「何だと!?」

 

 何故かファーティマも反応した。それを早く言え、とお代わりの皿を再度手に持つと、さあよこせとマルトーに詰め寄った。

 日本のそれとは少し違うが、炊いた米にカレーを掛けた二皿目が出来上がる。これだよこれ、と顔を輝かせた才人は、いただきますとスプーンを振り上げた。

 

「超! うめぇぇぇぇぇ!」

 

 叫んだ。カレールゥが絡んだ米を口に入れ、飲み込み、歓喜の声を上げた。声には出さないが、ファーティマも同じように満面の笑みでカレーライスを食べていた。

 美味い、美味い。体全体でそれを表現しながらカレーライスを食べる才人達は、見ていて気持ちいいほどで。ごくり、とお代わりを食べようとしていたルイズ達の喉が鳴った。

 立ち上がる。ルイズも、キュルケも、タバサも。どうしようか迷っていたティファニアと十号までも。手にした皿を、マルトーのところへと運んでいく。

 一種異様な光景ではあるが、しかしマルトーはそんな彼女達を見て思わず笑ってしまった。笑いながら、分かっているけれど、と彼女達に尋ねた。どうするんだ、と問い掛けた。

 

「カレーライスちょうだい!」

「カレーライス、ちょうだぁい」

「カレーライス大盛り」

「カレーライス、ください」

「カレーライスが欲しいのです!」

 

 あいよ、と並べられた皿を見ながら、マルトーは厨房の皆と共に声を張り上げた。

 

「……わたしも、食べたくなってきました」

「おう、んじゃシエスタも食え」

「本当ですか!?」

「おめぇらも! 食いたい奴はとっとと食えよ! 急がないとなくなるからな」

 

 寸胴鍋が無くなるまで、後三十分。




メシの顔エンド。

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