ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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その1で姫さまの話と見せかけてロマリア組がメインという。


その2

「どういうことですか?」

「どういうこと、とは?」

 

 ヴィットーリオのその言葉を聞き、手渡された書状を読み、ジュリオは困惑のままそう尋ねた。が、返された言葉は質問の意図が分からないとでもいうかのごとくで。

 一度深呼吸をすると、ジュリオは再度ヴィットーリオへと目を向けた。表情は変わらず困惑のままであり、しかし幾分か冷静になったのか、その目ははっきりとした意志が感じられる。

 

「アンリエッタ王妃の要望を叶える、という話のはずでしたが」

「ええ。トリステインに良からぬことを考えている神官を呼び出し処罰する。その為の書状です」

「だったら」

 

 何故、彼女にそれを手渡さなくてはならないのか。そう言い掛け、しかしすんでのところで踏み止まった。何故か、など聞くまでもない。処罰する対象に、彼女が含まれている。ただそれだけのことだ。

 

「……確かなのですか?」

「それは、分かりませんね。……だからこそ、呼び出し真意を聞こうと思い立ったのですが」

 

 クスリ、と彼は笑う。その笑みが本物なのか、それとも何かを含んだものなのか。ジュリオには察することが出来ない。だが、彼に逆らうという選択肢は今ここでは存在しない以上、ジュリオは頷く以外の行動をしなかった。

 ヴィットーリオは隣の彼の名を呼ぶ。なんでしょう、と能面のような顔を向けたジュリオを見て、彼は困ったように微笑んだ。

 

「わたしとしても、自身が見出した才女を疑いたくはありません。だからこそ、彼女の疑いを晴らすためにも、より注意を払う必要があるのです」

「分かりました」

 

 書状を受け取ったジュリオは、では行ってまいりますと踵を返す。ある程度の枚数は教皇直属の聖騎士が伝達に向かうが、少なくともこれだけは他に任せるわけにはいかない。彼女の名が記されたそれを少しだけ強く握ると、そのまま部屋を後にした。しようとした。

 が、その途中。ふと思い立った事があり、振り返るとヴィットーリオに質問を投げ掛けた。

 

「このことをトリステインには伝達を?」

「いいえ、まだです。潔白であった者がいた場合、余計な禍根を残すことになりますからね」

「……成程、賢明です」

 

 再度踵を返す。そして、助かった、と安堵の息を吐いた。既に伝えていた場合、自分の進むべき道を見失ってしまうような気がしたからだ。彼女の味方をせざるを得ない状況に陥ってしまうような気がしたからだ。

 あの笑みを思い出す。彼女も同じ顔をしていたことも同時に思い出し、ジュリオは廊下を歩きながらブンブンと首を振った。

 

 

 

 

 

 

 その書状を受け取ったジョゼットは、あからさまに不快な表情を浮かべた。ついでジュリオを睨み、ふてくされたように唇を尖らせる。ひょっとして、これを信じているのか。そう言いながら、彼女はズイと彼に詰め寄った。

 

「まさか。ぼくは君がそんなことをするような人じゃないことをよく知っている」

「なら、何でこんなものを持ってきたの?」

「聖下のご指示だ。……それに、断れば別の誰かが、君を黒だという色眼鏡で見ながらここに来る。それがぼくには、耐えられなかった」

「へ、へぇ……。そういうことなら、しょうがない、かな」

 

 若干緩んでいる頬をどうにか戻し、ジョゼットはコホンと咳払いを一つ。それでどうすればいいのかと尋ねながら、彼の肩へともたれかかった。

 書いてある通り、指定された日時に大聖堂へと向かい教皇聖下と話し合う。そのことを述べながら、ジュリオは彼女の答えを待った。素直に応じてくれれば、彼は全力で彼女の無実を証明しようと決意を固めつつ、ジョゼットが言葉を発するのを待った。

 

「ねえ、ジュリオ」

「……何だい?」

「貴方は、わたしの味方よね?」

「勿論さ」

「聖下よりも、わたしを選んでくれるのよね?」

「……」

 

 言葉に詰まった。今この場で、安易な返答はすべきではないと思ったからだ。彼女の味方は当然する。が、それで自身の主よりも確実に優先するのかと言われれば、答えは否。ジュリオにとって、今の自分を形作っているのは間違いなくヴィットーリオのおかげでもあるからだ。

 答えに窮しているジュリオを見て、ジョゼットはまたもやふてくされた。こういう時は嘘でも君だよって言うべきじゃないか。そんなことを言いつつ、彼の頬をガシガシと突く。

 痛いよ、と言うジュリオに自業自得だと返したジョゼットは、じゃあ質問を変えようと一歩下がった。

 

「ジュリオは、わたしが教皇になったら、嬉しい?」

「――え?」

「だってジュリオ、聖下から承ったお仕事が忙しいって中々会いに来ないもの。わたしが教皇になれば、もっともーっと貴方と一緒にいられるわ」

「……ジョゼット、いつも言っているけれど、そういう冗談は時と場合を考えなよ」

「うふふ。そうね、気を付けるわ」

 

 口ではそう言ったが、ジュリオは心の何処かでそれが本気であると理解している。可憐なこの少女は、そういう得体の知れない何かを持ち合わせているのだ。

 それに気付くのが、少し遅かった。以前からそれを本気にしていれば、志を持つのはいいことだと好意的に解釈して、気軽に応援しなければ。

 今の自分のように、どうしようもない不安に襲われることなどなかっただろうに。

 

「それでジュリオ。用事はこれで終わり? だったら」

「いや、ごめん。これから他にもいる容疑者との会談の準備をしなければならないんだ」

「――そう。なら、仕方ないわ」

 

 頑張ってね、とジョゼットは笑みを浮かべる。その笑みに幾分か救われた気がしたジュリオは頷き、落ち着いたらまた一緒に食事でもしようと彼女に述べる。そうして最後に軽く口付けを交わすと、ジュリオは彼女の部屋を後にした。

 それを笑顔で手を振りながら見送っていたジョゼットは、彼が見えなくなると大きく溜息を吐いた。不機嫌さを隠そうともせずに、椅子に座ると、手にした書状をグシャリと握り潰し無造作に机へと投げ捨てる。

 

「『地下水』!」

「……随分と怒ってらっしゃいますね」

「当たり前でしょ! わたしがトリステインの貴族を抱き込んだ容疑者!? そんなふざけた話があるもんですか!」

 

 ドン、と机を叩く。思いの外大きな音が鳴り、あ、しまったとジョゼットはそこで少しだけ冷静になった。

 それでも変わらず表情は不機嫌のまま。話は聞いていたと思うけど、と視線を『地下水』に向けると、ニヤリと口角を上げた。

 

「何をやらかすおもつもりで?」

「人聞きが悪いわね。わたしは三国同盟の王達と違って、乱暴は嫌いよ」

「……」

「何よその目は」

「いえ、何も」

 

 失礼しちゃうわ、とジョゼットは少々乱暴に立ち上がった。ギシリと鳴る背もたれを気にせずに、彼女は『地下水』へと指示を出す。

 元素の兄妹のアジトに向かうぞ、と。

 

「承知いたしました」

 

 『地下水』はその言葉を聞きペコリと頭を下げる。その拍子にツーサイドアップにしていた髪がサラリと揺れた。そういえばあの時から髪型そのままだった。そんなことを今更に彼女は思う。

 そんな彼女の心中に気付いたのか。クスリと笑ったジョゼットは、『地下水』の肩を叩く。

 

「心配しなくても、わたしは好きな人と敵対したくないだけ。貴女なら、分かるでしょ?」

「分かりません」

「分かるでしょ? 随分と乙女になった貴女なら」

「分かりません」

「その髪型似合ってるわよね。ゲルマニアで何か言われたの?」

「別にあの馬鹿には何も言われていません」

「……」

「…………」

「ねえ」

「知りません」

 

 

 

 

 

 

 それで、とドゥドゥーはジョゼットに目を向けた。一体何をやらかすつもりなのか。そんなことを思いつつ、彼は彼女の言葉を待つ。

 が、それについての返答は先程『地下水』へと告げたものと同じであった。人聞きが悪い、乱暴は嫌いだ。そう言いながら、彼女は笑みを湛えたままである。

 

「そうは言ってもな。お嬢、こちとら暴力が一番得意な口だぞ」

 

 ジャックがそう言うと、ドゥドゥーもそうだそうだと同意の声を上げる。そんな二人を眺めながら、これだから脳筋共は、とジャネットが呆れたように肩を竦めていた。

 ジョゼットは視線を二人からジャネットへ、そしてその向こうのダミアンへと順に動かす。特に何かを言うこともなく、その視線だけで二人へと要求を述べていた。ジャネットは意図を掴みかねていたが、ダミアンはそれだけで察したのか少しだけ考える素振りを見せる。

 答えをすぐに出さない彼の姿を見たジョゼットは、そこでふむと顎に手を当てた。報酬の問題かしら、と尋ねると、いいやそうではないというダミアンの答えが返ってくる。

 

「お嬢様には世話になっているからね。その程度は大した重荷じゃないよ」

「じゃあ、どうして?」

「単純な話さ」

 

 確実に成功出来るという自信はない。そんな彼らしからぬ言葉を述べ、あははと苦笑する。ドゥドゥーとジャネットはダミアンの言葉に目を見開き、ジャックはどこか面白そうに口角を上げていた。

 ジョゼットはそれを聞き、納得したように頷いた。頷いたが、しかし表情は別段変わらない。渋い顔をするでもなし、困った表情をするでもなし。

 

「なら、こちらからもこう言おうかしら。貴方達には世話になっているから、その程度は難なくこなせると信頼しているわ」

「そう来たか。……まあ、いいだろう。君がそう言うのならば、従おうじゃないか」

 

 ただし、とダミアンは指を一本立てた。失敗するとしたら、君の策が悪かった場合だ。どこか挑発するように、彼はそう続け立てた指を彼女へと突き付けた。

 ジョゼットはそんな挑発を鼻で笑う。そんなもの当たり前ではないかと胸を張る。失敗の責任を立案者が負うのは当然だと言い放つ。

 

「そして勿論、成功させるわよ」

「頼もしいね」

 

 クツクツとダミアンは笑う。その辺りで会話についていけなくなっていたドゥドゥーから待ったの声が掛かった。話の全貌が見えてこない。眉を顰めながらそう問い掛けた彼に向かい、確かにそうねとジョゼットも頷く。

 ちなみに、と彼女は残り二人に視線を向けた。ジャックは一々考えることでもないとばかりに二人の交渉には我関せずで、これから説明だとなってから意識をこちらに向けていた。そしてジャネットは二人の会話をある程度噛み砕いたらしい。情けないなぁとドゥドゥーを眺めていた。

 

「とりあえず結論から行きましょうか。わたしは奇跡を見せるわ」

「いきなりぶっ飛んだ話だ」

「ええ、そうね。結論だもの」

 

 だから、そこに至るまでの準備をお願いする。そう言って彼女は口角を上げた。指を一本立て、とりあえず最初にやることは、と視線をゆらゆらと左右に動かす。

 

「適当な人物を、宗教裁判にかけて殺すところからね」

 

 誰がいいかしら、と昼食のメニューを決めるように言ってのけるジョゼットを見て、その場にいた五人はやれやれと頭を振った。

 

 

 

 

 

 

「どういうことです?」

 

 ヴィットーリオがその騒ぎを知ったのは、既に準備が終わってからであった。書状を渡し、こちらで詰問をしようと思っていた神官。その数名が宗教裁判に掛けられたのだというのだ。何が起こったのだと聖騎士に尋ねても、彼らは始祖の名を辱めた重罪人でしたというある種お決まりの答えが返ってくるばかり。ロマリアとしては正しいのだが、この場合はそれが仇となっている。

 

「ジュリオをここに」

 

 自身の手足となってくれる一番の相手の名を呼ぶ。しばらくしてやってきた彼は、非常に苦い顔をしていた。既にその表情だけで予想が付いたが、それでもヴィットーリオは彼に問うた。これは一体どういうことなのだ、と。

 

「聖下が収集を掛けた理由は極秘でした。当然この騒ぎに聖下の書状は関係していません。……関係していないのです」

「と、いうと?」

「例の事件の容疑者の内、ほぼ確実に黒だと断定出来た者達が、相次いで宗教裁判に掛けられました。始祖の教えを破り、私利私欲のために他国にいらぬ諍いをばらまいた。そういうことになっています」

 

 間違ってはいない。実際、処刑された者はトリステインの貴族を抱き込んで私腹を肥やしていたのだ。ヴィットーリオが呼び出したとしても、最終的にはそうなっていた。

 ならば問題はないか、といえば答えは否。こちらの預かり知らぬところで事態が進んでいるとなれば、教皇としての沽券に関わる。何より、その理由で宗教裁判を次々に行ってしまえばどうなるかといえば。

 

「……他の神官は、どうしています?」

「既に書状を貰っている者達はそのことに気付き、裁く側に回ろうと必死です。黒の者も、そうでもない者も」

「そうですか」

 

 静かにそう述べる。内心の動揺を表に出さないようにしながら、ヴィットーリオは視線を地面に落とした。このままでは、内乱に発展しかねない。自身の恐れていた、手と手を取り合う仲間同士で血を流すことになってしまう。

 発端を押さえねば、と彼は顔を上げた。ジュリオにその旨を伝えると、既にある程度は調査済みですという答えが来る。やはり彼を部下にしていて良かった。そんなことを思いながら、ヴィットーリオはその調査報告を聞き。

 

「分からないのです」

「……は?」

「複数の何かが暗躍しているのか。特別信仰の強い者が数人、そこに至る接点がまるで無いにも拘らず、独自の調査で見付けたという神官を一人、翌日にもう一人、宗教裁判に掛けました。後はもうそれを取っ掛かりにして紐を手繰り寄せるように連中が引っ掛かっていったようです」

「その者達にすぐ止めるよう通達を」

「既にしております。……が、聖騎士団の大半が感化されており、それら全てを押さえつけるとなると」

 

 新教徒教皇と揶揄されることも少なくないヴィットーリオだ。異端を裁くのを無理矢理止めたとすれば、一気にそのレッテルが真実だと吹聴されるであろう。

 そうなることをせずに鎮静させるには、全てを納得させるほどの何かが必要となる。

 

「『虚無』を、使わざるを得ないのか……?」

 

 ポツリと呟いた。己に与えられたその力を、まるで鼓舞するように見せ付ける。それは彼にとって手段の一つではあるものの、自身の意志ではなく強制されるというのはどうにも納得出来ないものであった。

 それでも、やらなくてはならないのならば、彼は躊躇うこと無くそれを実行する。

 

「仕方ありません。ジュリオ、今からわたしは――」

 

 ヴィットーリオの言葉を遮るように、聖騎士が大聖堂の執務室へと飛び込んできた。何事だ、とジュリオが問い掛けると、聖騎士はまた広場にて宗教裁判を行うという者が現れたのだと伝える。

 分かった、すぐ向かう。そう言いながら立ち上がった彼は、退出しようとする聖騎士の背中に声を掛けた。一体誰が裁かれるのだ、と。黒である輩ならば最悪諦めがつくが、もしそうでなければ。

 そんなことを考え発した彼の言葉に返答をした聖騎士が述べたのは。

 

「――なっ!?」

 

 彼の、愛しい少女の名前であった。




ジョゼット大ピンチ(棒読み)

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