ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

124 / 185
当然のように登場しないエレ姉さまメイン回

そして当然のように捏造される設定達


その2

 アカデミーの評議会長室は、開かずの間である。そういう噂が、まことしやかに流れていた。事実、十年以上に渡りこの部屋を使っている人物をアカデミーの人間は見たことがない。使用された形跡のない部屋、という事実が噂を裏付ける何よりの証拠となっていた。

 そんな開かずの間は、アカデミー最上階にある。三十階建ての塔のてっぺんにあるそこには、昇降機から伸びている扉の先に部屋への入り口があり、そこで手続きをすることでようやっと中へ入れるのだ。

 勿論そんな厄介な手続きをしてまで無人の部屋に入る人間はいないし、それを行う秘書もいない。がらんどうの部屋はかつて誰かがいたことすら既に忘れてしまったかのような、そんな空気を醸し出していた。

 入り口に立っている老紳士は、扉を見て溜息を吐いた。この先に進めないことは自分が一番良く知っている。かつてはこの部屋の主であった彼は、手からこぼれ落ちた栄光の象徴を眺め、苦い顔を浮かべた。

 十年以上も前の話だ。アカデミーが今の形になると同時に、彼はこの部屋の主ではなくなった。次々と変化する研究所の波に、ついていけなかったのだ。原因を目の当たりにして、その力に膝をついたのだ。

 踵を返す。過去の栄光に浸るのもいいが、それをし続けていては今の地位まで危うくなる。今やることは、この部屋が自分のものでなくなったことを嘆くことではない。

 そうだ、と彼は呟いた。嘆くのではないのだ、と頷いた。

 この場所に返り咲くのが先決だ。そういう性格なのか自信無さげではあったものの、その言葉をはっきりと口にした。

 そうして彼は昇降機へと戻っていく。最近はこうして週に一度この部屋を見ないと気が滅入るようになってきた。焦りは段々と黒い何かを生み、真っ当な手段を真っ当でない方法へと変貌させていく。

 その顔は、気弱で覇気のない彼には似つかわしくない、獰猛な空気を含んでいた。

 ガタン、と昇降機の起動する音が鳴る。そうして彼がいなくなると、最上階は再び静寂を取り戻す。無人となった部屋は、新たな主を求めるでもなく、静かにそこに佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

「それで、何故私に?」

 

 とある酒場、などともったいぶる必要性は何処にもない『魅惑の妖精亭』の一角。そこで小太りの中年貴族がルイズ達に囲まれて溜息を吐いていた。仕事があるんだぞ、と文句を言ったところで、目の前の面々が聞くわけない。が、それでも一応言っておかないと、いざという時に同罪にされてしまう。そんなことを思いつつ、あるいは述べつつ、とりあえずルイズの話を改めて聞くことにした。

 

「直接調査に行くとバレるでしょ?」

「……あのな、君らの家柄より確かに私は立場が下だが、これでも一応徴税官なのだぞ」

 

 遊びには付き合ってられん。そんなことを言いながら、彼は――チュレンヌ徴税官は立ち上がった。せめてもう少しまともな理由を作ってこい。踵を返しながらそう言葉を続ける。

 ならばまともな理由ならばいいのか。彼の背中に、キュルケが声を掛けた。立ち止まり、一応聞く態勢になったらしいチェレンヌに向かい、彼女はそのまま言葉を紡ぐ。

 

「確かにエレオノールさんのことが理由としては比重が多いけれど、それだけじゃないのよ」

「ほう?」

「少し二人の関係に引っ掛かるところがあって、そこのところを協力して欲しいっていうことなのだけれど」

 

 ふう、と息を吐く。再度向き直り、座り直すと、チュレンヌはキュルケに話の続きを促した。とりもなおさず、それは彼が聞くに値するある程度まともな理由であると判断したことに他ならない。それを分かっているのか、キュルケはそんな彼を見てクスリと微笑んだ。

 

「しかし、なんだな」

 

 彼は視線をキュルケから残り二人に向ける。その内の一人は口を開いていないだけで交渉材料を持っていたのだろうと判断出来るが、もう一人は。

 

「父親のように、もう少し交渉術を覚えた方がいいのではないかね?」

「うっさい!」

 

 がぁ、と叫んだピンクブロンドは、一連の会話を聞いてカウンターで爆笑している自身の使い魔目掛けてテーブルの木製カップをぶん投げた。ある程度の衝撃では壊れないように配慮された木製カップが人間の頭にぶつかり砕け散るのだから、その威力は推して知るべし。勿論、当然ながら純然たる八つ当たりである。

 

「フランちゃん、これはちょっと……」

「あ、いや、その……」

 

 スカロンも流石にいい顔はしない。店の備品を壊されたから、とかではなく、もう少し違う部分でだ。ルイズもそれは分かっているのか、あるいは言われて自覚したのか、ごめんなさいと頭を垂れた。それを見てしまえば、もうスカロンは何も言わない。彼女なら大丈夫だ、という信用があるのだ。多分。

 

「君は本当に母君そっくりだな」

「……嬉しくないです」

 

 項垂れたままぶうたれるルイズを見て苦笑したチュレンヌは、仕方ないと肩を竦めた。そうしながら、己の身の振り方を考えた。彼女達の言う何かがあれば、協力したことを自身の手柄として使う。そうでなければ、知らぬ存ぜぬで通す。そうするのが現状最も得策か、そう判断した彼は、姿勢を正すと目の前のカップのワインを飲み干した。

 

「さて、では本題に入るか」

 

 バーガンディ伯爵の現在、だったな。そう言って彼は口角を上げた。

 エレオノールのかつての婚約者。それがルイズ達の現在の調査目標である。ある程度は父母のお膳立てがあったとはいえ、それなりの期間お付き合いがあったのだから人物としては申し分ないはず。だというのに別れたのだから、そこにはきっと何かがある。そう思ったからこその行動なのだ。

 

「想像以上で、彼女とは合わなかった、というだけではないのかね?」

「こう言っちゃなんだけど、そういうオチなら姉さまと出会って十秒で別れるわ」

「公爵様とカリン様が怖かったって可能性は?」

 

 断言したルイズの背後から声。額を赤くした才人が待ったをかけたのだ。が、彼女はそんな彼の言葉を、振り向くことなくそれはないと断言した。あの二人が怖いからという理由なら、そもそも別れない、と。

 

「だってそうでしょ? 公爵家の娘との婚約を断るのと、婚約してから別れるのとでは後者の方が圧倒的に面目が潰れるわ」

「……あー、そっか」

 

 体のいいお断りの言葉を述べるには、前者でなくてはならない。納得し謝罪した才人が話を続けるよう促すと、こくりと頷いたルイズはキュルケとタバサに視線を向けた。それに合わせるように頷いた二人は、揃って視線をチュレンヌに戻す。

 ふむ、と頷いた彼は、ある程度納得したのか顎に手を当てた。視線を左右に揺らし、何かを考えるような仕草を取った後に、くい、と顎で背後に指示を送る。先程から全く動くことのなかった部下のメイジらしき女性は、その指示に従い傍らの鞄に入っていた書類を差し出した。ぱさり、と音を立てて置かれたそれに目を向けると、何やら一人の貴族の館にて護衛を募集しているらしいという旨が書かれている。

 

「これを持ってくるのは一苦労だったぞ。君達の頼みを内密に聞いていると王妃に知られれば、一体どうなるか想像もつかんかったからな」

 

 ゲンナリした表情でそう述べるチュレンヌを見ることなく、三人はその書類に書かれていることを反芻していた。何でも最近は貴族を狙った強盗が多発しており、自衛をしなければいけないのだという。その為に、メイジ殺しや腕の立つメイジを貴賎問わず集めているらしい。

 そんな色々と物申したくなる内容のそれであるが、ルイズ達がまず彼に言いたいのはそんなことではない。もっと根本的なものであり。

 

「……これの何がバーガンディ伯爵に関係するわけ?」

 

 依頼人は、ゴンドラン卿、と記されている。まったくもって件の人物とは関係ない相手であった。

 が、問われたチュレンヌはまあ待てと言わんばかりに両手を上げる。話は最後まで聞くものだ。そう続けながら、複数枚の書類を机の上に広げていった。

 

「バーガンディ伯爵は『アカデミー』の関係者でもある」

「え? そうなの?」

「研究員ではないがね。しかしながら、そのこともあって君の姉君とも接点があったのだろう。まあ、彼自身がそのことを知ったのは婚約後であったようだが」

 

 これだ、ともう一枚の書類を指差す。こちらはルイズ達の望んでいたものに相違なく、バーガンディ伯爵の簡単な経歴を記したものらしかった。そこには確かに彼の家がアカデミーの関係者であり、そして現在もそうであると書かれている。

 

「それで。一枚目との関係は?」

 

 ふむふむ、と頷いていたルイズとキュルケであったが、タバサはそこから追加の疑問をぶつけていた。当然話の続きがそれであるということを承知の上での質問である。要は続きをとっとと言え、というわけだ。

 彼女の言葉を聞き、チュレンヌはいかにも小物臭い笑みを浮かべた。一枚の目の書類を再度手に取り二枚目に重ねると、その依頼者の名前を指でコツコツと叩く。そこで、これが生きてくる。そんなことを言いながら更に笑みを強くさせた。

 

「ゴンドラン卿は、かつてアカデミーの評議会長だった男だ。今は地位こそ高いが一研究員に過ぎない。とはいえ、アカデミー関係者とのパイプは依然彼が握っている」

「……で?」

「バーガンディ伯爵に何かあったとすれば、恐らくはここだろう。彼の現状と、君の姉君が婚約解消された理由、両方同時に解決するのではないかな?」

「成程」

 

 結構考えて用意してくれたのか。そんなことを思いながら一枚目の書類を手に取り、ルイズはもう一度それを眺める。こんないかにもな胡散臭く怪しい募集に、まさかヴァリエール公爵家の三女が紛れ込むなど予想もしないだろう。いわんや、ツェルプストー辺境伯の娘やガリアの姫君が、などと。

 

「よし。ありがとうございますミスタ。ちょっとこれ、行ってくるわ」

 

 そうと決まれば行動あるのみ。勢い良く立ち上がったルイズは、同じく立ち上がったキュルケやタバサと共に、件のゴンドラン卿の屋敷へと駆けていった。ワンテンポ遅れて才人も待ってくれと追いかける。

 そうして嵐のように彼女達はいなくなり。残されたチュレンヌは心底疲れたように溜息を吐くと、肩を落とし項垂れた。いつの間にか、先程書類を運んだメイジの女性がそんな彼の横に立ち、その姿を見下ろしている。

 

「……もう、こんな芝居は懲り懲りですぞ」

「あら、それは残念」

 

 女性はそう言ってクスクスと笑うと、残された書類を手に取り鞄に仕舞いこんだ。その鞄の口を開けたまま、彼女は自身の髪に手を伸ばす。

 ズルリ、と被っていたウィッグが外れ、同時に呪文を唱えたのか先程とは全く違う顔がそこには浮かんでいた。これまで一言も喋らなかったのは、声を変化させてはいなかったからであろう。その声を聞けば、向こうに正体がバレてしまうと考えたからであろう。

 

「それで、私はどうすればよろしいので?」

「ふふっ。心配せずとも、先程貴方が考えた通りで構いませんわ。何かあればそちらの手柄、何もなければルイズの仕業」

 

 それを彼女が口にしたことで、チュレンヌは安堵の溜息を零す。そうして暫くした後、ゆっくりと立ち上がると再度彼女へと目を向けた。それで、貴方様はこれからどうなさるのですか。そう問い掛け、出来るならば自分が巻き込まれないようにと心中で願う。

 そんな彼の言葉の裏を知ってか知らずか。十中八九後者ではあるが、彼女は決まっているではないですかと口角を上げた。とりあえず貴方の出番は終わっていますと微笑んだ。

 

「わたくしは、撒いた火種を回収しに、少し」

 

 微笑んだまま、彼女はそう言って唇に立てた人差し指を当てる。内緒ですよ、という意味合いなのは彼でも分かった。が、しかし。

 そんなことなど関係なく、ただただ聞かなかったことにしたい。チュレンヌは心からそう思った。

 

 

 

 

 

 

 勢いのまま記載されていた場所に向かったルイズ達一行は、到着してようやく何かがおかしいことに気付いた。手にした書類を見て、目の前の建物を見て。そうしてもう一度書類に目を通す。間違いなくこの場所だ、と確認すると、ルイズは背後の三人に目を向ける。こちらでも確認させろ、と各々書類を眺め、諦めたように溜息を吐いた。

 

「……いやまあ、最初から怪しい募集だとは思ったよ」

 

 才人がそう零す。あの流れでこの手の募集の場合、十中八九何か厄介事だ。そもルイズが何かしら動く時点で厄介事確定なのでそこは置いておくとしても、展開的には碌なものではないと彼のサブカル脳が警告を発していた。

 目の前にあるのは劇場。いつぞやにルイズと芝居を見た場所である。護衛の募集でこんな場所を選ぶ理由は、恐らく。

 

「木の葉を隠すなら森ってか」

「何それ?」

「えーっと、何か隠したいときは同じようなものが沢山ある場所に隠したほうが見付け辛い、とかそんな意味」

「へー」

 

 成程ね、とキュルケは頷く。つまりはそういうことなのだ、と理解したのだ。タバサもふむ、と頷き、ルイズも理解したのかゲンナリした表情を浮かべている。

 

「つまり、人に聞かれたくない話をするつもりなわけね、この依頼人様は」

「多分な。……ほら、これ見ろよ」

 

 これを読んだ者だと区別を付ける意味合いも込め、雇い主をこう呼称せよ。そういう一文が書かれてあった。流し読みしていた時は気にしなかったその部分、まあそういうこともあるだろうと思っていたその箇所が、途端に胡散臭く見えてくる。

 ともあれ、ここで立ち止まっていてもしょうがない。書かれている指示通り、ルイズ達は劇場の入口にて待ち合わせをしていると受付に述べた。その際に相手が誰であるかを告げると、受付は途端に姿勢を正し通常の入り口とは別の場所へと案内をする。

 意味ねぇ、と才人が呟いたのは、幸いにして聞こえていないようであった。

 さて、そうして連れられた場所は二階奥。所謂特別席というやつで、そこに座ることの出来るのはそれなりの格式を持った貴族だけだ。勿論今回の依頼人であるゴンドラン卿もそれに該当する。

 

「……なあ、ル――じゃない、フラン。これってどう考えても」

「そうね。……一杯食わされたわ」

 

 案内された目的地は二階奥である。それは間違いない。が、一行はそこに辿り着いてはいなかった。そこへ向かう階段に並ぶ護衛らしき騎士達に行く手を阻まれていたのだ。三十人近いその騎士達は、明らかに怪しいルイズ達を見て、何事だと警戒の色を滲ませる。

 

「いや、何事だはこっちのセリフよ。何? その扉の向こうに控えるのは一人だけじゃないってこと?」

 

 はぁ、と溜息混じりでそう返したルイズの言葉を聞き、騎士達は更に表情を険しくさせた。現在ここにいる方々のことを知らない怪しい野良メイジの集団。ここを通る際に彼に説明されていなければ、確実に下手人として処罰していたであろう連中。

 騎士の一人が杖を向けた。成程、お前達が『灰色卿』が雇ったという掃除屋か。そんなことを言いながら、一歩一歩階段を降りてくる。

 

「な、何のつもりよ」

 

 知れたこと、と騎士は述べた。もしやってきた連中の腕に疑問を持つのならば、己の身で試せばいい。そう言いつかっていると言葉を続けた。そこに冗談など欠片も混じっていないことを感じ取ったルイズは、何でこうなるんだと頭を振りながら背中のデルフリンガーを抜き放つ。

 

「……そもそも、掃除屋という時点でもう」

「そうねぇ。これ、どう考えてもマズい案件よねぇ」

「言ってる場合かよ!」

 

 残りの三人も各々の得物を構える。流石にここで大暴れをするわけにはいかない、と三人はルイズに声を掛けた。分かってる、と分かっているのかどうか分からない返事を受けた三人は、苦い顔を浮かべながらも一歩踏み出し。

 

「とりあえず、今はお芝居の真っ最中。目撃者も多分いない」

「じゃあ、人が来る前に片付けましょう」

「静かに、よぉ。そこ重要だから」

「当初の目的も忘れるなよ、頼むから」

 

 勝つことを前提としたその物言いに、騎士達のプライドは痛く傷付けられた。嘗めるな、と呪文を唱え、ふざけた連中に鉄槌を食らわせてやると意気込みながら杖を振り。

 それが放たれる前に、至極あっさりと蹴散らされた。




前も思ったけどもうこれゼロの使い魔でも何でもないな……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。