ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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この話の王族は基本変人です。


その4

 憲兵達はその姿を見て思わず目を見開く。何でこんなところに、と誰かが呟くのが取り押さえられた才人の耳に届き、ああそういえば顔見知りなんだっけと場にそぐわぬことを思い浮かべた。

 ケースを持ったルイズはゆっくりと前に出る。待て、止まれ。そんな言葉を意にも介さず、平然と足を進める。キュルケもタバサもそれは同じで、貴族の屋敷の隠し部屋という一種異様な場所にも拘らず、自分達の庭であるかのような気安さが浮かんでいた。

 

「で?」

 

 才人のいる場所まで歩いてきたルイズは、そこで仁王立ちしながら問い掛けた。お前は一体何をやってるのだ、と。別の場所ではタバサが目を回したシルフィードを『レビテーション』で持ち上げ、適当な場所に放り投げていた。

 彼女の気迫で拘束が解けた才人は、ゆっくりと体を起こしそれに答えるべく口を開く。頭を掻きながら、何をやってるも何も、と言葉を紡ぐ。

 

「偽フーケの、討伐、のはず。うん、そうだ、偽フーケを捕まえに来たんだよ俺達は」

「何で?」

「……え?」

「オールド・オスマンからの依頼は盗まれた『破壊の杖』を取り戻すことだったわよね? 何で犯人の討伐になってるのかしら?」

「そりゃ、俺が――」

 

 街中で性犯罪者扱いされて牢にぶちこまれたので無罪になるべく頼まれた依頼をしていたからだ。その説明をしかけて慌てて口を閉じた。元々それを目の前の彼女にバレないための行動であったのに、自分から言ってしまってどうするのだ。何でもない、と首を振りながら、才人は必死で言い掛けた言葉を誤魔化した。

 あからさまに怪しいその動きを見たにも拘らず、ルイズはふうんと一言だけ述べると会話を打ち切った。まあそんなことより、と視線を才人からこの場から去りかけていた纏め役の貴族の男に移す。

 

「失礼、ミスタ。貴方が最近復活した『土くれのフーケ』の正体で間違いありませんわね?」

 

 何のことだ、と男は振り向かずに答えた。その手にあるのはこちらのものではない、そこにいるこそ泥が自分に罪を擦り付けるために持ち込んだのだろう。そう続け、下らんと止めていた足を動かす。

 

「あら。では、これは一体何でしょうか?」

 

 別の方向から声。これとは、と男が振り向くと、キュルケが一枚の書類を広げて掲げていた。どうやら受領書らしく、この屋敷に『破壊の杖』と同じ形状の物体を運んだ旨がしっかりと書かれている。

 これ以外にはどこにもそれらしきものはないようですけど、とキュルケが微笑む仲、男はその顔色を僅かに変えた。

 

「もうネタは上がっている」

 

 今度はタバサ。宝物庫の運搬を依頼した兵士の一部に男から理由の分からぬ給金が渡されたことを記した紙をピラピラと振りながら、ゆっくりとルイズとキュルケの隣に立った。

 絶句し立ち尽くす男を尻目に笑みを浮かべる三人を見ながら、才人はただただ驚くばかり。自分の今までの調査ってなんだったんだと頭を抱える始末である。

 

「あらサイト。そんな落ち込むことはないわ」

 

 自分達はちょっとだけズルをしただけだから。そう言ってウィンクをするルイズを見て、誤魔化されないからなと才人はそっぽを向く。拗ねない拗ねない、と笑いながら彼女は彼の頭を撫でた。

 

「さ、てと」

 

 キュルケが杖を取り出す。それに合わせるようにタバサも自身の杖を構えた。

 

「抵抗されますかミスタ? あたしとしては素直にお縄になるのをお勧めしますけど」

 

 ふざけるな、と男は叫んだ。あの狼藉者を捕らえろ、と続けて叫ぶ。反射的に動いてしまった若い憲兵は、三人の攻撃により瞬く間に地面に倒れた。動かなかった残りの連中は、ああやっぱりと倒れた奴らに祈りを捧げる。まあ死んではいないだろうし、と彼女達から距離を取った。

 男はそんな憲兵達に向かって怒鳴り続ける。自分の命令が聞けないのか、と。

 

「聞けませんよ。地位を傘に来て私腹を肥やそうとしていた豚の言うことなど」

 

 剣を突き付け、アニエスがそう述べた。観念して大人しくしてもらおうと続けながら、真っ直ぐに男を睨み付け前に出る。

 だが、男はその表情を下卑た笑みに変えると懐に忍ばせていた杖を振るった。瞬間、周囲の壁が罅だらけになり、部屋が今にも崩れそうになる。

 アニエスは短く舌打ちをすると、憲兵達に指示を出した。気絶している連中を抱えてすぐさま逃げろ、と。その隙に犯人を取り逃してしまうが、同僚の命には代えられない。

 その一方で、崩れる部屋など気にせんとばかりに駆け出す者達もいた。勿論ルイズ達四人である。タバサがシルフィードから抜き取ったデルフリンガーを受け取り、ルイズはすぐさまそれを抜く。柄を握り込み、逃げた犯人を追いかけんと真っ直ぐに壁を睨んだ。

 瞬間、壁が爆音とともに吹き飛んだ。何だ、と才人がルイズを見るが、いいから行くぞと言われ前に向き直る。その途中、そういえば爆発呪文が使えるんだったっけと少し間違った記憶を思い出していた。

 屋敷の庭に出る。どうやらまだ遠くまで行っていないようで、追いかければ間に合うだろうと判断した四人は足を踏み出し。

 飛来してきた呪文を跳んで躱した。

 

「新手?」

「三人」

「あー、あれ多分残りの偽フーケだ」

「成程。じゃあぶっ飛ばすわよ」

 

 言うが早いかルイズは駆ける。相手の呪文により大地から彼女を拘束せんと何かが生み出されたが、デルフリンガーの一振りで容易く砕かれた。慌てて打ち出された土の弾丸は尽く弾かれた。彼女の勢いはまったく衰えない。

 斬、とメイジの一人は切り裂かれた。正確には杖のみを切り裂いた後剣の腹でぶん殴り意識を刈り取った。よし次、と残りの二人に視線を向けたが、既に逃げ去るところであった。

 

「何よ、なっさけないわね」

「まあ、所詮はこそ泥ってことよ」

「三流」

 

 やれやれ、と三人は肩を竦める。そしてそんな三人を見ながら、気絶したメイジを才人は縄でふん縛った。これでよし、と頷くと、それでどうするんだと皆に問い掛ける。

 既に犯人は視界から消え失せている。部下を囮にしたことでまんまと逃げおおせたようであった。

 

「どうだった? ……その様子だと、逃げられたか」

 

 同僚の避難が全て終わったアニエスが一向に合流したが、縛られている見覚えのない男が一人しかいないことでそう判断した。まあね、と肩を竦めるルイズを見ながら、ならば仕方ないなと手で口元を隠す。

 

「最終兵器に頼るとしよう」

 

 そう言って視線を向けた先には、人影が一つ。才人は暗い上に見覚えもないのでよく分からなかったが、どうやらルイズ達にはその限りではないらしい。それを見た途端、特にルイズはあからさまに顔を顰めた。

 

「……げ」

「あら、人の顔を見るなりそれは頂けませんわね、ルイズ・フランソワーズ」

 

 そう言って人影はクスクスと笑う。それに合わせて、頭上に輝くティアラが僅かな明かりに反射しキラキラと揺れた。

 

 

 

 

 

 

 男は裏路地を走る。空を飛んで逃げる方がより早く街から出られるのは間違いないが、そんなことをすれば自分の位置を知らせるに等しい。その点、こうして細く入り組んだ場所を縫うように進めば、追っ手から見付かる可能性を低く出来る。そう判断しての行動であった。

 フーケの仕業に見せかけ少しずつ奪ったマジックアイテムを売っぱらって儲けた金も、ついこの間盗んで闇市に流そうとしていた『破壊の杖』も、全部置いたまま逃げ出してしまった。もう屋敷に戻ることも出来ない以上、自分の財産は大部分を失ったと思ってもいい。

 だが、と男はほくそ笑む。別の場所に蓄えてある資金はまだ残っている。流石に今までのような生活は出来ないが、とりあえずほとぼりが冷めるまでどうにか出来る程度は余裕だ。後は隙を見て再び盗みなり資金の回収なりをすれば。

 そこまで考えた男は、ふと人の気配を感じて立ち止まった。誰だ、と周囲を見渡しても寝静まった路地裏にはネズミが走るのみ。

 気のせいか、と額に浮かんだ汗を拭った男は、その頭上に浮かんでいるものに気が付いた。ハルケギニアの二つの月、その光を浴びて尚自身の輝きを失わない美しさを持ったつややかな髪、自身の無垢な心を表していると言わんばかりの白いドレス、王家の証たる気品溢れたマントと頭上に輝くティアラ。

 

「ごきげんよう、ミスタ。鬼ごっこはお仕舞いですか?」

 

 嫋やかな笑みを浮かべたその人物は、空に浮かんだままそう問い掛けた。男はそれに答えられない。何故、どうして貴女様が。そんなことを呟きつつ、一歩二歩と後ろに下がる。

 

「何故か、ですか。簡単な話ですわ。先程貴方を追い詰めた三人、彼女達の持っていた証拠の品はわたくしが渡したものですから」

 

 女性はほらこの通り、とキュルケやタバサが持っていたものと同じ書類を何枚も掲げると、まるでブーケでも投げるように放った。風に乗り、男の悪行の証拠が街へと飛んでいく。

 

「さて、ミスタ。貴方が出来ることは二つ」

 

 女性は指を二本立てる。男は女性の放つ空気に完全に飲まれてしまったのか、逃げることも出来ずにただただ立ち尽くすのみになっていた。

 

「一つは、ここで泥棒として捕まること。そしてもう一つは――」

 

 立てた指を二本から一本に減らす。笑みは変わらず、纏う空気も変わらない。だというのに、周囲の気配が軋んだ気がした。

 男は手の震えで持っていた杖を取り落としそうになる。だが、何とか持ち直し、しかし顔は青褪めたまま、真っ直ぐに目の前の女性に向かってその杖を突き付けた。

 

「わたくしを打ち倒そうと無駄な抵抗をし、王女に弓引くものとして重犯罪者となること」

 

 彼女が鈴を転がすような声でそう宣言するのと、男が呪文を放つのが同時であった。真っ直ぐに土の弾丸が彼女へと飛ぶ。

 それを見ても、彼女はまったく表情を変えなかった。笑みを浮かべたまま、自身を貫かんと飛んでくる弾丸など見向きもしない。宙に浮いたまま、男をただただ見下ろしている。

 着弾する直前、土の弾丸は炎のカーテンにより全て消し炭となった。女性は欠片も動じた様子がなく、視線を男から自身の背後、男にとっては目の前の路地から出てくる人影に移す。

 

「お見事ですわミス・ツェルプストー。流石はわたくしの『おともだち』ルイズが信頼する悪友ですわね」

「……それはそれは。お褒め頂き恐悦至極」

 

 はぁ、と溜息を吐きながらキュルケは視線を目の前の男に向ける。さて、いい加減無駄な抵抗はやめた方がいい。そんなことを言いながら杖を真っ直ぐ突き付けた。

 その姿に驚愕したのは犯人の男だ。確実に撒いたはずなのに、何故こんなところに。そんなことを思いながらよろよろと後ずさり、そしてすぐに背後に振り返る。先程の三人の残り二人、ピンクブロンドの少女と青みがかった髪の少女が自身を挟み撃ちにするかのように立っていた。

 

「この街は、わたくしの庭。空路から陸路、果ては地下や水路まで万遍なく網羅しておりますのよ。おかげで、鬼ごっこは負け無しですの」

 

 そう言って空にいる女性はクスクスと笑った。優雅に、美しく、そして男にとっては死刑執行のサインに等しい笑みを浮かべた。

 男は恥も外聞もなく叫んだ。叫び、杖を振り、そして空を飛ぶ。もう誰に見付かっても構うものか、一刻も早くこの街から、この国から逃げなくては。彼の思考は既にそれだけで埋まっており、浮かんでいる感情は恐怖以外何もない。

 後のことなど何も考えず全力ですっ飛んでいく男を、女性は笑顔で眺める。追い掛けることもせず、ただただ見送り、眺めている。

 

「ひ、姫様!? あの賊を追い掛けるのでは!?」

「何故わたくしが? 彼の捕縛は貴女の仕事でしょう、ルイズ・フランソワーズ」

「な、ななん、で、ってあーもう! タバサ!」

 

 視線を向ける。ルイズのその目でやりたいことを察したのか、彼女は素早く呪文を紡いだ。生み出された竜巻は、強烈な風を伴い空を舞う。男が飛んでいった方向へと突き進む。

 逃げている男はその音に後ろを振り返った。自身に向かってくる竜巻を見た彼は、情けない声を上げながらそれを避ける。どうやら呪文を唱えた人物は先程自分がいた場所を動いていないらしい。それを確認した男は、あんな距離から放ったところで当たるわけがないと安堵の溜息を吐いた。事実、竜巻は彼に触れることすらない。

 

「よし、追い付いた」

 

 ふいに頭上に影が差した。何だ、と顔を上げると、そこにはピンクブロンドの剣士が大剣を振り被っている姿が。

 先程の竜巻は男に当てるためではない。ルイズが空を駆けるための道にすべく放ったのだ。竜巻の風を足場に、一気に距離を詰めた彼女は、そのまま持っていた大剣を真っ直ぐに振り下ろす。

 

「これで、終わり!」

 

 悲鳴を上げる暇もなく、男の意識は一瞬で刈り取られた。

 

 

 

 

 

 

 翌日、魔法学院の教室の一室では、三人の少女があくびを噛み殺しながら必死で眠気と戦っていた。無論三人とはルイズ、キュルケ、タバサである。

 

「あー、もう……姫様のバカぁ……」

 

 ぐったりと机に体を預けながらルイズはぼやく。その隣で椅子にもたれかかりながら天井を仰いでいたキュルケは、でもまあ仕方ないわよ、と呟いた。

 

「『破壊の杖』、あの潰れた地下室に置いてきちゃったんですものねぇ」

「い、いい勢いで放り投げちゃったのよ! アンタ達だって気付いてなかったでしょ!?」

「そうね。だから全員で掘り返したんじゃない。朝方近くまで掛かったけど」

 

 おかげでほとんど眠れていない、とキュルケは続けた。別に徹夜など慣れたものではあるのだが、流石に夜通し大立ち回りをしてすぐに授業はやはり眠くなる。ルイズもそれは同様で、いかんいかんと必死で首を振っていた。

 

「それにしても、シルフィードもそのまま生き埋めだったとはねぇ。流石にあんな状態じゃあたし達を運べないし、ここまで馬だから余計に疲れたのよね。ねぇ、タバサ」

「…………」

「タバサ?」

「……はっ!? な、何?」

「寝てたわね」

「寝てない」

「寝てたでしょ」

「寝てない」

 

 よだれの跡付いてる、とルイズが口元を指差す。慌ててそれを拭うように手を動かし、そして騙されたことに気付いた彼女はジロリと二人を睨んだ。ごめんごめんと悪びれる様子もなかったので、タバサは自身の杖で容赦なく二人をぶっ叩いた。

 そうして二人の視界に星が飛んだ辺りで、授業を開始すべく教師が教室へと入ってくる。教壇で自身の魔法についての説明や考察を述べる教師は、当然のことながら授業を受けている生徒と対面しているわけで。

 船を漕いでいるルイズの姿を見付けた教師は、彼女に声を掛けた。すいません、と慌てて謝るルイズに向かい、丁度いいから少しこの呪文を実践してみなさいと続けた。

 教室がざわつくが、徹夜明けのルイズの思考ではそんな雑音は聞こえない。キュルケもタバサも、同じように思考がまともに回っていないようで、いってらっしゃいと手を振っていた。

 

「る、ルイズ! 失敗するにしてもちゃんと威力を抑えてだね――」

 

 何か大変なことになる、と瞬時に判断したギーシュが何とか被害を減らそうとそう叫んだが、時既に遅し。

 ルイズは、全力で、その呪文を唱え杖を振った。

 

 

 

 

「な、なんだぁ!?」

「何かが爆発したようでしたけど……あの位置は、教室ですね」

「教室!? テロか何か!? 大丈夫なのかよ!?」

「……まあ、多分被害は無いので大丈夫です」

「いや、被害無いって、すっげぇ爆発したぞ。……ん? 爆発?」

「そういうことです」

 

 大分寝惚けてたからなぁ、と朝の様子を思い出したシエスタは溜息を吐き肩を落とした。その隣では、何やってんだ俺のご主人と才人も頭を抱えている。

 とりあえず、これが終わったら片付けの手伝いにでも行こうか。そんなことをお互いに言いつつ、才人とシエスタは洗濯の続きを再開するのであった。

 




爆発オチエンド。

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