既に存在しない村へと向かう。ガリアの南部、三方を山地に囲まれた陸の孤島のようなその場所へと、彼女達は足を進めていた。
今回のリーダーはタバサ。ルイズとキュルケ、そして才人はそのサポート役である。そうアンリエッタから言い含められていた。何がどうなってそういう理由なのか分からないが、まあ断る理由も特に無しと三人は了承していた。
一方のロマリア、ジョゼット側のリーダーは何をとち狂ったのかジョゼット本人が務め上げていた。護衛にと同行しているドゥドゥーとジャネットはまた始まったと彼女の行動は容認しているようであるが、しかし。
「お嬢様」
「何?」
「何故わざわざ他国の連中に恥を晒そうとしているのですか?」
「どういう意味かしら?」
「言葉通りです。中身はともかく向こうの四人の実力は本物。お嬢様のようなのはあっという間に殲滅させられるのがオチです」
「協力よ? 共同戦線よ? 何でナチュラルに戦おうとしているのよ貴女は」
まったく、とジョゼットは『地下水』を一瞥して頭を振る。不満なのは分かったから、機嫌を直せ。そんなことを続けながら彼女を才人の隣へと押しやった。勿論『地下水』の機嫌は更に悪くなった。
そんな緊張感のない八名は、やがてアンブラン村の入口付近へと辿り着く。本来ならばとっくの昔に滅んでいる村に人の営みなどあるはずもない。建物も残骸がかろうじて残っているだろうか、程度であろう。
だというのに、そこにあったのは確かに村であった。否、街と言ってもいいほどの空間が広がっていた。建物は最近の技術で作られているのが一目で分かり、そこに暮らす人々の服装も古臭い様子はない。こんな陸の孤島のような辺鄙な場所にも拘らず、である。
「……場所、本当にあってんのか?」
才人がポツリと呟く。彼の疑問はもっともであろう。とうに滅んでガリアの地図からも抹消された場所が、こんな発展しているはずがない。まず間違いなくそう判断し、場所を違えたのではないかと疑問に思うだろう。
だが、タバサはゆっくりと首を横に振る。そして、調査の通りだと表情を強張らせた。
「村の様子がやっぱり違う」
「どういうこと?」
「道中でタバサが説明してたじゃなぁい。調査に来た騎士達の村の姿は全部バラバラだった、って」
む、とキュルケの言葉にルイズは唇を尖らせる。そんなこと分かってると言わんばかりの表情を浮かべ、しかしどうにも納得出来ないように視線を巡らせた。素朴な村でもない、歓楽街でもない。そして何か脅威が潜んでいるような場所でもない。
それがかえって余計に不気味さを増していた。果たして自分は今本当に現実にいるのか、それすら疑問に思えてしまうほどに。
とりあえず自身の頬をつねり夢でないことを確かめた才人は、何やってんだというルイズの視線を気にすることなくこれからの行動をタバサに問うた。その問い掛けに暫し悩んだ彼女は、行くしかないと前を見る。入り口で悩んでいても事態は進まない、そういう判断だ。
「ジョゼット――枢機卿」
「はい、何ですか?」
だが、とタバサはその前にジョゼットへと声を掛ける。対するジョゼットはニコニコと笑みを浮かべながら彼女の次の言葉を待っている。やりにくい、と普段の彼女らしからぬ苦い顔を浮かべながら、視線を逸らしつつ言葉を紡いだ。貴女は引き返したほうがいい、とそう述べた。
「あら、それはわたしが足手まといだということでしょうか」
「……身も蓋もないことを言わせてもらえば」
他の面々はともかく、彼女は言ってしまえば位が高いだけである。アンリエッタと似通った部分はあるものの、それでもここから先へ進ませるわけにはいかなかった。言うまでもないが、発言者がルイズで対象がアンリエッタだった場合も同じ光景になる。結果はともかく。
ともあれ、そんなタバサの言葉に暫し考えこんだ素振りを見せたジョゼットは、ちらりとドゥドゥーとジャネットに視線を向けた。はいはい、と肩を竦めたのを見て笑みを浮かべると、問題ありませんとタバサに返す。
「問題しかないのだけれど」
「そうかしら? わたしは辺境の修道女から見出され、身一つでここまで上り詰めました。その過程は、貴女達の冒険譚に勝るとも劣らないと自負していますの」
「……本気で言っているの? ――ですか?」
「勿論」
笑みを絶やさないジョゼットからタバサは再度視線を逸らす。あの口ぶりと自信、そして身振り手振り。そのどれ一つとっても、彼女のよく知る人物の姿がちらついている。そんなはずはない、と思っても、彼女の背後にあの二人を感じ取ってしまう。
ぎり、と杖を握る手に力を込めた。いっそぶん殴ってしまおうか、そんなことが頭を過ぎった。
「タバサ?」
「大丈夫。何でもない」
キュルケが心配そうに彼女を呼ぶ。それに頭を振りながら言葉を返し、諦めたように溜息を吐いた。どうなっても知らない、と念を押した。
望むところです、とジョゼットは笑う。ルイズとキュルケ、そして才人はそんな彼女の微笑みでどこぞの魔王を思い起こさせ。
タバサは、身内の恥を思い起こして再び殴りたくなった。
予想通りというべきか、予想外というべきか。村に入った一行は別段何の問題もなく件の領主の屋敷へとやってきていた。さほど大きくはなく、さりとて小さいともいえないそんな屋敷には、一人の老婦人が彼女達を歓迎する。だが、その老婦人は討伐依頼の話を聞くと首を傾げた。
コボルトの被害があったのは何年も前の話で、その時も村の門番であった男性が撃退している。それ以降ここにそのような脅威がやってきたことは無い。そう言って、何かの間違いではないだろうかと言葉を締めた。
「でも、実際に依頼はこちらに来ている」
そう言ってタバサは書類を見せる。成程確かにとそれを眺めた老婦人は、それでもやはりこちらに覚えはないと言い切った。その顔に嘘は見られず、何かを隠している様子もない。
これ以上食い下がっても不毛だと判断したタバサは、分かったと皆を促し踵を返す。その途中、こちらで独自に調べるのは構わないかと老婦人に許可を求めた。
屋敷を出る。構いませんと言われたので、遠慮無く捜査を開始出来る。
「とりあえず、手分けして情報を集めましょう」
そう提案したのはジョゼット。別段おかしなことを言っているわけでもないので、ルイズ達はそうしましょうかと同意した。が、タバサはその言葉の裏に何か嫌な予感がして、首を縦に振るのを若干ためらう。
案の定、ではこちらとそちらの混合ペアを作りましょうとジョゼットは言い放った。
「意外そうな顔をしてらっしゃるけれど、これには理由がありますわ」
「何?」
ギロリ、とタバサがジョゼットを睨む。既に対応が完全に伯父や父に対するそれである。勿論ジョゼットは気にせず、簡単な話ですと笑みを浮かべた。
「もしそれぞれのチーム内でペアを分けた場合、互いのチームでの連携を取ることは絶望的でしょう」
「んー」
「まあ、確かにそうねぇ」
混ぜない場合、ルイズ才人ペアとタバサキュルケペアがほぼ確定。勝手知ったる状態にはなるものの、向こう側との連携が取れるかといえば答えは否。そういう意味ではジョゼットの提案は至極もっともと言えるだろう。何よりこの得体の知れない空間で一時別れるのだ、誰かが欠けるという事態は出来るだけ避けたい。
「そういうわけですから、わたし達とそちらでペアを組もうと思うのです」
「まあ、そういうことなら」
ぐぬぬ、とタバサは唸る。ここで反対と言い出したら自分はただのワガママ娘になってしまう。そしてそれが分かっているからこそ、ジョゼットは自分を見て微笑んでいる。ついでに、その笑みのもう一つの意味も察してしまい、彼女はその表情を更に苦いものに変えた。
「じゃあ、ぼくは炎のお嬢さんとペアを組ませてもらっていいかな?」
「あら、ちゃんとエスコートしてくれるのでしょうねぇ」
「勿論」
そう言ってドゥドゥーはキュルケの手を取る。彼女自身もまあ何度も戦ったりだべったりしている相手でもあるので、問題ないかと了承した。
「じゃあわたしは貴女とペアかしらね、フランソワーズさん」
「……ま、そうなるでしょうね」
何か余り物みたい、とぶうたれるルイズをジャネットはクスクスと笑いながら眺めている。ちょっと待った、と手を伸ばしかけたタバサと『地下水』は見なかったことにした。
ルイズとしてもどこぞの『おともだち』を思い起こすジョゼットとペアを組むのは御免被りたかったし、ジャネットも組むなら男より可愛い女の子が良かった。つまりは収まるべきところに収まったのである。
というわけで、才人とタバサのペアは必然的にこうなった。
「……」
「……何か言えよ」
「最悪」
「こっちのセリフだっつの」
既に毎度お馴染みになりつつある『地下水』と才人。いがみ合っているものの、まあ他の連中よりは連携取りやすいかと思っていたりもする。当たり前だが、決して口には出さない。
そして。
「さ、行きましょう」
「……」
縋るように辺りを見渡したが、皆一様にタバサから視線を逸らした。お前ら後で覚えてろよ、そんな恨みを込めながら、彼女は諦めたように肩を落とすとジョゼットと共に村を歩く。
日が沈む前にもう一度この場所で。そう決めると、混合ペアの四組は存在しなはずの集落の情報を集めるべく、それぞれ思い思いに散っていった。
まずはルイズ。いつものように適当に歩きながら、回りにいる人々から話を聞く。ジャネットはそんなルイズの様子を眺めるだけで、別段邪魔も協力もしなかった。こういうのは自分の柄じゃないし、と振り返った彼女に告げ、気にせず続けてと手をヒラヒラさせる。
「もういいわ。この村がおかしいってのはよく分かったから」
ふん、とルイズは鼻を鳴らす。道行く人々を眺めながら、どこか胡散臭いものを見るように目を細めた。
「おかしい?」
「ええ。いやまあ領主の老婦人との会話の時点でもうおかしかったんだけど」
ジャネットは黙って話の続きを促す。それが分かっているのか、ルイズもそのまま言葉を紡いだ。
人の温かみを感じられない。自分でもそれでいいのか分からないという思いを若干感じたが、しかし他に表現出来なかったのでルイズはそれをそのまま口にした。ふぅん、とジャネットはその言葉を聞き、成程、と道行く人を一人視界に入れる。片目をつぶり、何かを計測するような仕草を取ると、ふむふむ、と口角を上げた。
「ねえフランソワーズさん」
「フランか、いっそルイズでもいいわよ」
「んー、じゃあフランさん。ちょっと試したいことがあるの。いいかしら?」
パチン、とウィンク。ゴスロリ姿で可愛らしい少女のその仕草は何ともいえない可憐な姿であったが、いかんせんルイズは女性である。それを見たからといって何か心の琴線に触れるものは特に無い。むしろ何か嫌な予感がすると顔を顰める始末である。
とはいえ、まあだからといって今のところ何か他にやることはなし。流石に無茶はしないだろうと予想を立てたルイズは、『ちょっと』という彼女の言葉を信じて頷いた。
瞬間、ジャネットは目の前にいた少女のこめかみを蹴り抜いた。ルイズの記憶が確かならば、彼女のブーツには仕込み刃がついている。ドサリと倒れた少女のこめかみは、ルイズが予想した通りポッカリと丸い穴が開いていた。
「あ、ああああああアンタいきなり何やって――って、え?」
「あら、ビンゴ」
そう、刃が通された穴が開いているのみであった。そこから血が流れるわけでもなく、ただ穴が穿たれたことで倒れ伏す少女がいるのみである。
なんじゃこりゃ、とルイズが目を丸くするのと同時、その穴の周囲がゆっくりと溶解を始めた。ドロリと少女だったものが溶けていく様は、中々に衝撃的だ。普通の少女であれば悲鳴を上げてもおかしくない。
「……人形?」
「とも、違う感じよね。土のメイジが使うゴーレムに近しい何かを感じるわ」
そう呟きながら、ジャネットは二番目の兄を思い浮かべる。ジャックは一流の戦闘メイジではあるが、逆にこのように造形や模倣を重視したものは得意ではなかった。もしこれが人の手によるものだとしたら、方向性は違えども相当の手練であることは疑いようがない。
「……ねえ、ジャネット」
「なあに?」
「これ、人の仕業だと思う?」
「少なくとも、わたしはそう思うわ。こういう回りくどいことって、人が好き好んで使うでしょう?」
人そっくりな何かを集落に紛れ込ませる。余程の知能がない限り、そんなことを実行しようとは思わないだろう。確かにジャネットのいうことはもっともである。だからこそ彼女は対土メイジの作戦を練り始めていたのだ。
だが、しかし。確かにそうかもね、と頷いたルイズの表情は晴れない。納得出来る理由ではあるものの、認めはしない。そんな感情が透けて見えるその態度は、違うという確信を持っているような気さえして。
「フランさん、人でない何かである根拠は?」
「勘」
「話になりませんわね」
「そう? こういうのって結構当たるものよ。だってほら」
つい、と視線を前に向ける。つられてそこに目を向けたジャネットは、思わずその表情を固まらせた。
先程まで道を歩いていた人々が、虚ろな目で立ち尽くしこちらを眺めていた。少しでも妙な素振りを見せたら襲い掛かる。そう言わんばかりのその動きは、どれもこれも皆生き物らしさは感じられず。
よく見ると、皮膚の表面がうっすらと溶け出していた。
「ひょっとして……ここ全体が、作り物? まるで劇場じゃない」
「中々言うわね。じゃあ、とりあえずわたし達は舞台裏に入り込んだって感じかしら」
「成程。つまり役者はご立腹、と」
言いながら、表情を元に戻したジャネットが爪先をトントンと地面にぶつける。同時に杖を取り出し、クルリと回すと呪文を唱え始めた。
それに合わせるように、ルイズも背中のデルフリンガーを抜き放ち構える。気持ち悪ぃ、と大剣の鍔がカタカタ鳴った。
「まあ、なにはともあれ」
「片付けましょうか」
コツン、とお互いの拳をぶつけあうと、ルイズとジャネットは形の崩れ始めた村人達の群れへと一足飛びに突っ込んだ。
季節外れなホラーっぽい何か