ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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群像劇だと言い張るので、またしてもルイズ達が(多分)出ない話


Across the nightmare
その1


 白刃が舞う。その剣閃の先にいたものは、見事なまでに切断された。上半身と下半身が泣き別れたそれは、ドサリと地面に倒れ伏し動かなくなる。

 それを行った人物は、残心を終えると自身の得物を鞘へと収めた。チン、と小気味いい音が鳴り、柄紐がユラユラと揺れる。乱れた髪を手櫛で直すと、ふう、と息を吐いた。

 

「――また、つまらぬものを斬ってしまった」

 

 ふふん、とどこか満足そうにその人物は呟く。そのまま鼻歌でも奏でそうな勢いで、踵を返すとその場を後にした。

 忘れてた、とその人物は先程斬った死体に近付く。討伐した証拠となるオーク鬼の爪や牙を剥ぎ取ると、腰の革袋に入れて今度こそその場を後にした。

 

「しかし、やはりこれでは物足りんな」

 

 ううむと何かを悩むように腕組みをする。ポニーテールに纏めた髪がさらりと揺れ、ハルケギニアで見ないような服装のリボンがへにょりと垂れる。やはり一旦魔法学院に帰るのが一番か。そんなことを思いながら、その人物は――年若い少女は足に力を込めると己の得物に手を添え呪文を唱えた。

 フライの呪文で空に舞い上がったその少女は、遠くに見える町並みから魔法学院への距離のあたりをつけると一直線にそこへと向かう。奇妙な服装に似合わぬメイジの腕前で飛行しながら、彼女はそういえばと手を叩いた。友人達が心配しているかもしれないな、と。

 

「何せ、適当な書き置きだけ残して出てきてしまったからな」

 

 はっはっは、と彼女は笑う。まあ優しいから許してくれるだろう、と楽観的に考える。そんな少女のマントには、魔法学院の一年生であることを証明する印が付けられていた。

 ちなみに、その優しいから大丈夫にカテゴライズされている友人は一人だけで、残りの二人はどうでもいいか激怒の二択であることをここに記しておく。

 

 

 

 

 

 

「あんの馬鹿は何やってるのよ!」

「お、落ち着いてベアトリス」

 

 どうどう、とティファニアは怒り心頭のベアトリスを宥めにかかる。が、当の本人はギロリと彼女を睨むとまったく怒りを収めることなく紅茶に口を付けた。コクリと喉を鳴らし、少々乱暴にカップを戻す。

 そんなベアトリスを見ながら、これだから蛮人は短気なんだと呆れたようにエルフの少女は肩を竦めていた。

 

「短気はどっちよ小物エルフ」

「私を侮辱するか小物蛮人ツインテール」

 

 ジロリ、とお互いに睨み合う。視線が火花を散らしているのは傍から見ても明らかで、どう考えても一触即発間違い無しなのだが、それでもその光景をみたティファニアは何だか微笑ましくて笑ってしまった。

 ついこの間までエルフを怖がりビクビクしていたベアトリスが、今はファーティマ相手に一歩も引かずにいる。それはつまりお互いの理解が深まったことに他ならず、ティファニアの友人同士が友人になってくれたことを意味していた。

 勿論そんな微笑みの意味など向けられた二人には知ったこっちゃない。何笑ってんだと怒りの矛先は当然のようにティファニアに向いた。

 

「何あんた、人が怒りに震えてるの見て笑ってるの? 胸が人としての良心まで吸い込んじゃったのかしらね」

「それはあり得る。このバカときたら、最近食べ過ぎで太ったとか抜かしながら胸の成長をアピールしてきたからな。半端者のくせに、胸だけは突出するとか」

「二人共酷い!?」

「酷いのはあんたの胸よ。ねえファーティマ」

「ああ、それは間違いないなベアトリス」

 

 視線をティファニアの首から少し下に向けながら、ベアトリスとファーティマはお互いにそんなことを述べてコクリと頷く。その息の合った会話はとても先程まで火花を散らしながら睨み合っていたとは思えず。

 ティファニアにとって、どこかの誰かを思い出させる光景であった。

 

「それで、お前は一体何をそんなに怒っている?」

 

 ティファニアの胸という尊い犠牲によって喧嘩する気を鎮めた二人は、そのまま適当な雑談を始めた。話題は先程のベアトリスの怒りの訳である。ファーティマの言葉に、彼女はそんなのは決まっていると手紙を一枚取り出した。見る限り書き置き、そしてティファニアやファーティマにも見覚えのある文面であった。

 少し武者修行に行く。詮索無用。文面は以上である。

 

「バッカじゃないの!?」

「確かに馬鹿だが、今更怒りを再燃させることなのか?」

 

 どこか可哀想なものを見るような目でファーティマはベアトリスにそう述べる。蛮人の中でもこいつは特別情緒不安定だからな。そんな感想をついでに抱いた。

 一方、謎ベクトルの心配をされた当の本人ベアトリスは、あったりまえだと机に叩き付けた書き置きを指でコツコツと弾いた。

 

「これがあったの二週間前よ二週間前! どこほっつき歩いてるか分かったもんじゃないし、こんなこと続けてたらいい加減単位も危なくなるでしょう?」

「蛮人の生活も大変だな」

「あんたもサボらず真面目に講義に出なさい!」

 

 ファーティマの学院での身分は交換留学生である。碌に講義にも出ず、好き勝手に生活しているが、一応交換留学生なのである。何だかんだで根が普通の貴族であるベアトリスにとって、目の前のエルフと適当な書き置きでいなくなった人物は、心配を通り越して怒りの対象であった。

 が、ファーティマは焦らない。はん、と鼻で笑うと、それがどうしたとばかりに胸を張る。

 

「大体、あの悪魔とその仲間達なんぞ学院にいる方が珍しいだろう? それに比べれば私は真面目だ」

「あんな非常識な化け物を基準にするなぁ!」

「……いやあの、ルイズ達はわたしの友達だから、確かにそうかもしれないけど、化け物とか悪魔とかは、ちょっと」

 

 そうフォローを入れようとするティファニアの言葉にも勢いがない。何せ、今この瞬間、確かに彼女達は学院に存在していないのだから。

 

 

 

 

 

 

 さて、ここではない国のことわざに、日本の格言にこんなものがある。噂をすれば、なんとやら。

 ざわりと食堂の入り口がざわついた。何だ、と声を上げる者もいた。どうやら誰かがやってきたらしく、そしてその人物は視線を左右に動かしている。

 

「騒がしいな」

 

 なんてことのない一言。だが、それを耳にしたティファニア達はその方向へ弾かれるように顔を向けた。ティファニアはよかった、と笑顔で。ファーティマは何だ戻ってきたのか、とやる気なさげで。

 どの面下げて戻ってきてんだお前は、と激怒しているのはベアトリスである。

 

「おいベアトリス。お前さっきさっさと戻ってこいとぼやいていただろう」

「それと、これとは、話が別でしょう!」

「……蛮人の思考は理解不能だな」

 

 やれやれ、と肩を竦めたファーティマは、まあいいと視線を再度向こうの人物へと戻した。呑気に手を振りながらこちらに歩いてくるその少女の姿を見て、相変わらずわけの分からない服だなと呟く。

 

「久方ぶりだな」

 

 そうして三人のいる場所にやってきた少女は、笑顔を浮かべてそう述べた。彼女達のテーブルの空いていた席に腰を下ろすと、やってきたメイドに緑茶をリクエストする。え、と素っ頓狂な声を上げたそのメイドは、少々お待ちくださいと少し離れた場所にいる黒髪のメイドに助けを求めに走っていった。

 

「それで、一体何を騒いでいたのだ?」

「あんたが! 唐突に戻ってきたから! 食堂が騒がしくなったのよ!」

「ベアトリス落ち着いて」

 

 ドンドンとテーブルを叩くベアトリスを見て、ティファニアも流石にこれ以上はマズいと彼女を宥めにかかる。ファーティマも少女もその辺りの気配りはとんと疎い。前者は疎いというよりも、しない、であるが。

 ともあれ、彼女のフォローでほんの少しだけ冷静さを取り戻したベアトリスは、ゼーハーと肩で息をしながら少女へ再度詰め寄った。今度は叫ぶことはせず、しかし今までどこほっつき歩いていたと眉尻は跳ね上がったままである。

 

「書き置きがあっただろう?」

「あれで何の問題もないと思えるなら水メイジに脳ミソ見てもらった方がいいわ」

 

 はぁ、と溜息を吐いたベアトリスは、まあいいやと頭を振る。百歩譲っていなくなった理由はあれでよしとしよう。だが、結局質問の答として今のでは不適切だ。何せ彼女は場所、あるいは経路を問うていたのだから。

 それを聞いた少女は、ああそういうことかと手を叩いた。それならば丁度いい土産があるぞと腰に提げていた袋を机に置く。

 じゃらり、と彼女が仕留めたらしい魔獣や亜人の爪やら牙やらがまろび出た。

 

「ひっ!?」

 

 唐突に物騒な物体を出されたベアトリスが思わず後ずさる。ティファニアも若干引き気味で、ここで出すものじゃないような、と頬を掻いていた。気にしないのはファーティマくらいだ。

 

「何だ、大したことのないものばかりだな」

「あはは、実はそうなのだ。魔法学院付近やトリスタニアの周辺では碌な奴がいなくてな」

「それはそうだろう。ここらは魔王の根城で、あの悪魔が闊歩しているんだぞ。大抵の魔獣や亜人は軒並み潰されてるに決まってる」

「まあ確かにアンリエッタも似たようなことを言ってはいたが……やはり彼女の頼みを聞くしかないか」

 

 ううむ、と少女は腕組みをして何か考え込む仕草を取る。勿論彼女とはアンリエッタのことであり、頼みを聞くということはつまりそういうことである。

 なので、どうせだから一緒に行かないかという少女の言葉にベアトリスとファーティマはざっけんなと返した。

 

「クリス! あんた、わたしを殺す気!?」

「蛮人の思考は理解出来んとさっき思ったばかりだが……貴様、そこまでして私を亡き者にしたいのか!」

「……なあテファ、わたしは何かおかしなことを言ったのだろうか」

「えっと、あの、うん……。あの二人、アンリエッタにちょっとトラウマがあって」

 

 鉱山のカナリアにされたり、体のいい不和の種にされたり、生け贄にされたり恐怖を受け付けられたりした程度であるが、当の本人達は相当参っているらしい。全力で魔王から逃げようとする大公の娘とエルフを見ながら、クリスと呼ばれた少女――クリスティナ・ヴァーサ・リクセル・オクセンシェルナは成程と頷いた。

 

「まあ確かにアンリエッタは少々変わったところもあるが、性根は心優しいぞ」

「うん、それはわたしも知ってる」

「嘘吐けぇ!」

「そんなわけあるかぁ!」

 

 冗談も休み休み言え、とベアトリスとファーティマがついに立ち上がった。衝撃でテーブルの紅茶とコーヒーが少し溢れ染みを作る。が、クリスティナもティファニアも何でそこまで頑ななのだろうと首を傾げるばかり。

 ああダメだ、こいつらとは根本的に違う。そう結論付けた二人は、何かを諦めたように顔を見合わせ溜息を吐き、どこか力尽きたように椅子に座り直した。とりあえずさっきの提案は飲まない。

 

「いやしかし、ほら、これを見ろ」

 

 そう言ってクリスティナが取り出したのは一枚の書状。どうやら先程言っていたアンリエッタの依頼らしく、場所と目的、報酬が記されている。

 

「大小を問わず、困っている自国民は助けよう、そんな思いがここには溢れているじゃないか」

 

 あまり栄えていないであろう村々に出没する亜人や魔獣の退治依頼である。オーク鬼がメインで、ちらほらとコボルト・シャーマンの名前が見える。ざっと見る限りでは、大体その程度であった。確かに傭兵メイジや冒険者への依頼としては至極真っ当で、それを王妃が出すということはクリスティナの言葉を体現するものでもある。

 問題は、その依頼を渡されたのが学院に入って半年も経たない新入生四人組だという点だ。

 

「ねえクリス」

「何だ?」

「それをわたし達がやる意味は?」

「いい修行になるだろう?」

「あんたやそこのウシチチ、駄エルフはともかく、わたしは極々普通の貴族の子女なの! そんな修行は必要ないの!」

「素直に弱っちいから死ぬと言えばいいだろう」

「うっさい駄エルフ! ええそうよ! わたしはそんなことしたら死ぬわ!」

「『武士道とは、死ぬことと見付けたり』」

「わたしはサムライじゃなぁぁい!」

 

 叫び過ぎたのかゲホゲホと咳き込みながら机に突っ伏したベアトリスは、その体勢のまま冷めた紅茶を飲み干した後動かなくなった。どうやら色々限界が来たらしい。

 流石にやりすぎたか、とクリスティナは頬を掻く。ちょっとした冗談のつもりだったのだがと言いながら、手に持っていた書状を折り畳み仕舞い込んだ。

 

「いくらわたしでも、大切な友人を進んで危険に晒すようなことはしないさ」

「……どうだか」

 

 突っ伏したままベアトリスはそんなことをのたまう。割と本気で力尽きている彼女を見たクリスティナは、少しだけ言い淀み素直に頭を下げた。謝罪をしながら、それでも今の言葉は本心だと彼女に訴える。それでようやくはいはいとベアトリスは頷いたが、しかし顔は上げなかった。気持ちの問題ではなく、体力的な問題である。

 

「どのみち、さっきの依頼はもしやれるのならばとアンリエッタに言われたものだ。わたし達がやらずとも、他に受けてもらえるあてがあるらしいからな」

「まあ、あの魔王だからな。その程度の戦力、片手間に集まるだろう」

 

 とりあえず巻き込まれることはないと安堵したのか、ファーティマはベアトリスと違い落ち着いた様子でコーヒーを飲んでいた。武者修行に行くなら勝手に行け、と思っている彼女は、自分に関係しないのならば何の問題もないという考えである。

 勿論大甘であった。そういうことだから、とクリスティナがもう一枚の書状を取り出したのだ。

 

「こっちならば危険もないだろう」

「魔王の依頼は受けんと言ってるだろうが!」

 

 変なところにコーヒーが入ったのか、ゲホゲホとむせながら全力で叫ぶ。尚、ベアトリスは顔を上げもしない。諦めたのか、本気で力尽きたのか。

 どちらにせよ、クリスティナはそんな二人を説得するようにまあまあと続けた。とりあえず見てくれとその書状を机に置いた。

 

「あれ? これ、場所は学院?」

 

 どれどれ、と覗き込んだティファニアがそんな声を上げる。それに反応したファーティマも書状を眺め、ふむ、と頷いた。

 どうやら学院の地下室にある倉庫整理のために、長年閉鎖されていた一角を調査して欲しいとのこと。オスマンの印もあり、アンリエッタが適当にでっち上げた代物ではないのは確からしかった。

 

「面倒だな」

「そう言うな。閉鎖されていたということは、何かしら問題があったということだ。それを任されるということは、こちらを信頼してくれている証なのだからな」

「信頼、かぁ……」

 

 成程、と頷くティファニアを見ながら、そういうわけでどうだろうとクリスティナは再度問い掛ける。わたしは大丈夫と拳を握るティファニアに、彼女はありがとうと笑みを見せた。

 もう一度書状を見る。別段怪しいところは見当たらない。学院の生徒が依頼を受ける場合、講義の単位を保証するという一文も、ファーティマにとっては別段どうでもいいことだ。クリスティナは案外これにつられているかもしれないな、とトリステインで出来た国も種族も違う悪友の俗っぽさを予測しつつ、まあいいかと彼女も口角を上げた。

 

「ありがとう。じゃあ早速、オールド・オスマンに話を聞きに行こう」

「わたし行かない」

「行くぞ小物蛮人」

「わたし行かない」

「行こう、ベアトリス」

「わたし! 行かない!」

「さ、時間は有限だ。行こう、ベアトリス」

「行かないって言ってるでしょうが! 駄目だってば! これ絶対ダメなやつだってば!」

 

 離せ、やめろ。そんな精一杯の抵抗をしたベアトリスであったが、四人の中で一番弱いというのは伊達ではなかったらしい。

 食堂の出入り口へと運ばれる売られていく仔牛、もとい、大公国の娘の姿があったそうな。




テファ組のパーティーメンバー
天然爆乳
危険察知装置(ツッコミ型)
小物チョロエルフ
ミス・ブシドー

……何だこれ

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