ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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脳筋とはまた違う駄目っぷり


その2

 クリスティナ・ヴァーサ・リクセル・オクセンシェルナは、アンリエッタ・ド・トリステインの友人である。そんな話題が出ると、聞いた者の反応はほぼ二分化する。

 まずそれは友人という名の利用される関係なのではないかと心配される。クリスティナは小国とはいえ独立国のやんごとなき身分。体よく繋がりを得るためにアンリエッタがそういうことにしたのだろう、と邪推するのだ。その場合、うまい具合に使われて魔王の養分になる哀れな小国の姫、という目で彼女は見られる。勿論心外である。

 もう一つは。まずアンリエッタは魔王で外道であるが、友人という呼称を体よく利用する相手に使うことはまずないと結論付ける者達による判断である。あからさまに胡散臭く棒読みで使う場合は例外として除くが、普通に使用するのならばアンリエッタもクリスティナを友人と思っていることに他ならないと結論付けたのだ。

 そうした結果、その者達はクリスティナの正気を疑う。あんなんと友人関係とか頭おかしいんじゃないか、と。勿論クリスティナにとっては心外である。

 

「大体、あんたあの魔王と友人とか言ってるのが頭おかしいのよ」

「確かにな。あの魔王のことだ、友人など体よく使い潰す駒の別名だと言っても不思議ではない」

 

 学院長室に向かう途中の会話であった。引きずられたままのベアトリスと、やる気のないファーティマが雑談の中で出した話題がこれであった。二分化どころではない。両方だとのたまった。

 流石にそう言われてはクリスティナも唇を尖らす。何を言う、と反論する。アンリエッタは美しく聡明で、他人のことを思いやることの出来る素敵な女性なのだ。そう言ってのけた。

 

「……やっぱり頭おかしいわ」

「同感だ。こいつは狂気に侵されている」

 

 やれやれ、と二人は揃って溜息を吐いた。何故そうなる、とクリスティナが睨んでも、肩を竦めるのみでもう何も言わない。

 ちなみに、アンリエッタとの関係が話題に上るたびにやっているやりとりである。今のような状態になってからこれで三回目である。いい加減流せばいいのに、と聞いていたティファニアは頬を掻いた。

 

「でも、クリスの言うことも一理あると思うよ。わたしも、アンリエッタは素敵な女性だと思うもの」

「素敵な女性はな、躊躇なく他人を罠に嵌めた挙句自分の野望の足掛かりに仕立て上げたりはしない」

「それはしょうがないでしょう。あの時のファーティマさんは敵だったから」

 

 さらっととんでもない事言いやがった。とベアトリスは思わずティファニアの顔を見た。別段何かそこに含むものは何もない。純粋に、本気で彼女はそう思っているようであった。

 成程、腐ってもこいつには王家の血が、アンリエッタと同じ血統が流れているのだ。そう結論付けたベアトリスは、何を言っても無駄なはずだと諦めたように溜息を吐く。

 

「まあ素敵な女性談義はいいわ。それより、今まで聞いてなかったけど、ねえクリス。あんたどうやってあの王妃と友人になったの?」

「ん? どうやってと言われても……」

 

 ううむ、と記憶を掘り起こすように腕組みし考え込んでいたクリスティナは、しかしやがて諦めたように頭を振った。そうして、気付いたら友人だった、と一人で納得するように頷きながら笑みを見せた。

 

「お前達だってそうだろう? 友人なんて、気付いたらなっているものではないか」

「腹抉られた後に懇願されたわよ」

 

 そんなものか、と首を傾げるファーティマと真逆で、ベアトリスは死んだ目で一言だけそう述べた。

 

 

 

 

 

 

「マジで来おったのか……」

「学院長、それはどういう意味でしょう?」

 

 うげ、とあからさまに顔を顰めたオスマンを見てクリスティナはそう返す。まあそうだろうな、と思っていたベアトリスは、適当な理由をつけて逃げるための手段を模索し始めた。無駄な努力である。

 ともあれ、来てしまったものは仕方がない。はぁ、と溜息を吐いたオスマンは、概要は知っているだろうがと髭を撫でた。地下倉庫の調査、言ってしまえばそれだけである。

 

「ただのぅ、あの場所はわしもよく知らんのじゃ。気付いた時には既に封鎖されておったからの」

「……学院長の爺が知らんとなると、何百年前とかになるのか?」

 

 一筋縄ではいかない可能性が出てきたことで、ファーティマは眉を顰め元々それほどでもなかったやる気が更に失せる。やっぱりクリスティナ一人に任せて自分は帰るかというところまで考え始めた。既に手遅れである。

 実質今回の提案者にしてリーダーであるクリスティナは、そんな二人の気持ちなど気にせずに大丈夫ですと言い放った。私達四人ならば、その程度の困難など造作もない。そう言って胸を張り笑顔を見せたのだ。

 

「本当に大丈夫か? 約二名ほど思い切り嫌そうな顔をしておるが」

「武者震いでしょう」

 

 顔だっつってるだろうに。そんなことを思ったが、まあいいやとオスマンは溜息を吐いた。問題児の塊のような集団ではあるが、しかし例の三人プラスワンよりはマシである。少なくとも地下室が破壊され瓦礫で埋まるような事態にはならないだろう。楽観的な予想を立て、ここのところ振り回されてばかりであったから少しは振り回したいと彼は口角を上げる。

 ならば、おぬし達に任せる。そう告げ、地下室への立ち入り許可の書類をさらさらと書き上げた。では後はよろしく、とそれをクリスティナに手渡すとヒラヒラと手を振る。

 

「ありがとうございます学院長」

 

 ペコリと頭を下げる。では行くぞ、と逃げようとしていたベアトリスを右手で掴み、やる気のないファーティマを左手で掴み、マチルダと共に聞き役になっていたティファニアに声を掛けた。

 目指すは地下室。ノリノリとやる気なしが丁度半分のパーティーは、学院長室を後にするとその足で目的地へ向かっていった。そうして嵐が過ぎ去った学院長室には静寂が戻る。

 

「オールド・オスマン」

「ん? なんじゃミス・マチルダ」

「本当は知ってらっしゃるのでしょう? 地下室のことは」

「はて? そんな素振りを見せていたかの?」

 

 そういうわけではない、とマチルダは溜息を吐く。ただ、知らないにも拘らず何も調べていないということはオスマンの性格上考えられなかった。そんなことを彼女は続けた。

 何より、オスマンの印はついているものの、依頼自体はアンリエッタが目を通した代物である。『よく分からない学院の地下室』などという場所が本当に存在するはずがない。

 

「いや、封鎖された地下室自体は存在しておるよ。まあおぬしの言う通り、そうなった由来というのは聞き及んでおるがな」

「では、何故それをテファに――ではなく、あの四人に言わなかったのですか?」

 

 王妃に止められた。オスマンが短くそう述べたのでマチルダはもうそれ以上何かを言うのを諦めた。ということは少なくとも命の危険が伴う可能性は低いのだということも分かったからだ。ただ、一応後でこっそり見に行こうと彼女は心に決めた。

 

「まあ、心配はいらんじゃろう。ミス・オクセンシェルナがいる限りな」

「……彼女が何か?」

「彼女の家系が、封鎖理由に関係しておる。と、いったところじゃ」

 

 そう言って、オスマンは呵々と笑った。

 

 

 

 

 

 

 まず思ったのは、絶対に碌なものではない、ということである。閉鎖されているというだけはあり、人の管理のされていない地下室は埃にまみれていた。地下ということもあり窓も当然のように無く、湿気が充満した結果として壁の所々にカビも見える。どう考えても、学院の生徒が、貴族の子女が立ち入るような場所ではない。ベアトリスの帰りたいケージは既にマックスを振り切ってはみ出ていた。

 

「暗いわね」

「地下だからな」

 

 エルフ組は特に地下室の現状を気にすることはないらしい。あるいは、気にしてはいるがベアトリスほど露骨に嫌がるものではないのかもしれない。どちらにせよ、彼女らの問題は明かりであるようだ。

 

「ランプは一応設置してあるのか」

 

 ふむ、とランプに向かいクリスティナは指を鳴らす。彼女の周囲のランプが起動の手順に反応しポツポツと明かりを灯し始めた。やはり古いからこんなものか。そう言いながら、周囲を見渡せるようになったことで彼女は視線を左右に動かした。

 意外と広い。それがクリスティナの感想であった。閉鎖された一角という言葉からして僅かなスペース程度だろう、と思っていたのを覆されたのだ。これは探索しがいがあるな、と思わず目を輝かせた。

 

「あのねクリス。わたし達のやることはここの調査よ。何故閉鎖されていたか、それを調べて学院長に報告すれば終わりなの」

「そのためにも、この地下室を探索する必要があるだろう?」

「ええそうね。でも、原因らしきものが見付かっても探索を続けるのは調査じゃないわ」

 

 釘を差しておいた。うぐ、と口ごもるクリスティナを見て、ああやっぱりこいつそのつもりだったなとベアトリスは頭を掻く。視線を横に向けたが、少なくともファーティマもティファニアも余計な探索をする気はないようであった。それさえ分かれば問題ない。このサムライバカを押さえておけば事足りる。そんなことを思いながら、ベアトリスは視線を再び元に戻し。

 

「……」

 

 既にクリスティナの姿がないことに気付いて目を見開いたまま固まった。再起動するまでに数秒の時間を要した彼女は、弾かれるように首を左右に動かす。明かりが照らしている範囲にはいない。つまり、底が見えない暗闇の先へと既に行ってしまったことになる。

 

「あんのバカは……!」

 

 怒りでプルプルと震えながら、おいこらクリスとベアトリスは叫ぶ。流石に声の届かない範囲まで行ってしまったということはあるまい。そう考えての行動ではあるが、しかし。

 

「声、返ってこないね……」

「罠にでもかかって死んだか?」

「縁起でもない! というか何で学院の地下に人の死ぬ罠が設置してなきゃいけないのよ!」

 

 ふんと鼻を鳴らすと、ベアトリスは一歩暗闇に足を踏み出す。先程の動作でランプは完全作動しなかったが、かといってここ以外の全てが使用不可ということもあるまい。そう判断し、とりあえず起動しそうなランプを見付けるために彼女は先に進むことにしたのだ。

 

「べ、ベアトリス? 大丈夫なの?」

「大丈夫か大丈夫じゃないかでいえば、もう最初から大丈夫じゃないわ。……でも、この道は大丈夫じゃないなりに大丈夫みたいだから」

「何言ってるか分からんぞ」

「あんたに理解してもらおうとは思ってないから安心しなさい」

 

 とにかく、まずは明かりだ。壁に手を付き、一歩一歩確かめながらゆっくりと歩く。通路のようになっているそこを抜け、再度開けた場所に来たことを感じたベアトリスは、手探りでランプの所在を探った。あった、とそこに向かって指を鳴らすと、少し揺らめいたもののポツポツと明かりが灯り出す。通路部分は暗闇のままであったが、部屋と部屋の間が明かりで繋げられ、薄ぼんやりとそのシルエットを浮かび上がらせていた。

 今現在の場所、入り口から左手に向かって進んだそこには、随分と年季の入った木箱が転がっている。オスマンの話を鵜呑みにするならば、ここは何百年も使われていない場所であり、つまり目の前の箱は相当の古さを持っているわけで。

 触ったら絶対碌な事にはならない。そうは思ったが、ここが閉鎖されていた理由にまつわるものであれば無視は出来ない。そんな葛藤の末、ベアトリスは横にいるハーフエルフに押し付けることにした。身分が上とか、そういうのは彼女に対しては全く考慮しないからである。

 

「え? ……あれを、触るの?」

「何躊躇してるのよ。貴女やる気だったでしょう?」

「いや、でも……あれは、ちょっと」

「つべこべ言わずにやりなさいよ駄胸」

「そうだぞ。さっさとやれ駄胸」

「二人して酷い!?」

 

 ひーん、と半泣きになりながら、ティファニアは意を決したように木箱へと近付く。何もありませんように、とブツブツ呟きつつ、彼女はそっとその木箱に触れた。

 その途端、ガラガラと大きな音を立てて木箱が壊れ崩れていく。『固定化』が掛けられていなかったのか、はたまた既に効果を失っていたのか。どちらにせよ、箱が木片へと変わりゆく様を目の当たりにしたティファニアは、ビクリとのけぞったままピクリとも動かなくなった。

 ちなみに背後の二人も壊れた瞬間は同じようにビクリと跳ね上がったものの、ティファニアの姿がツボにはまったのか揃って笑い転げていた。ベアトリスは声を殺し、ファーティマはゲラゲラと笑っている。笑い事じゃないもん、と再起動したティファニアが頬を膨らませながら背後へと振り向いた。

 その拍子に、コツンと何かが足に触れる。壊れた木箱の破片だろうか、と思わず視線を下に向けた彼女は、それを見てまたしても目を見開き固まってしまった。

 骨であった。動物か、人か、亜人か。それとも全く別の何かか。そのどれだとしても、骨が彼女の足元に転がっているのは紛れもない事実。

 そして、その骨の出処がどこかと言えば勿論。

 

「ひっ!」

 

 次に気付いたのはベアトリス。一体どうしたんだとティファニアの視線を追ってしまい、足元の骨に気が付いた。そしてそのまま、彼女の危険察知反応で木箱の残骸を確認してしまったのだ。

 古ぼけた木片に混じり、明らかに色が違うものが見えた。年月が経ち、朽ち始めているものの、その白さは未だ健在で。

 

「ん?」

 

 二人して固まったことで笑みを潜めたファーティマは、それぞれの視線の先を見やる。眉を顰め、怪訝な表情を浮かべながらそれを観察した彼女は、表情を戻すとやれやれと溜息を吐いた。

 

「何を怖がっているんだか」

「何って、ほ、骨よ!? 骨なのよ!? ひょっとしてここは死体が保管されて」

「落ち着け馬鹿。どう見ても人ではないだろうが」

「え?」

 

 嘘、とベアトリスは恐る恐る木箱の残骸に紛れた骨を見る。成程、確かにこれは人だとすると小さ過ぎる。何かしらの小動物のものだと考えた方が妥当だろう。

 そこまで思考した彼女は、いやいやいやと首を振った。そういう問題ではない。人ではないとしても、箱の中に骨が入っていたのは紛れもない事実なのだ。どういう理由かは知らない、既に白骨になっていたかはたまた肉がついていたか、それも分からない。どちらにせよ、真っ当な何かがここに保管されていたとは考えにくい。

 

「……まあ、それは同感だ。箱に死骸を詰めて地下倉庫に保管するなど、蛮人の行為の意味不明さは極まっている」

「わたし達にとっても十分意味不明よ。……ちょっとテファ、いつまで固まってるのよ」

「え? あ、違うの」

 

 まったく、と溜息を吐きながらティファニアに声を掛けたベアトリスは、しかし彼女がブンブンと首を横に振ったことで眉を顰めた。嘘つけ、だったら何で何もせず突っ立てたんだ。そう問い掛けると、ちょっとあそこが気になってと指を差す。

 入ってきた方向とはまた違う壁。ベアトリス達が背を向けていたそこが、少し崩れかけていた。木箱の倒壊の際に一緒に壊れたのか、あるいは最初からああだったのか。触ったら同じように崩れないだろうか。そんなことが気になって思わず見詰めていたらしい。

 

「気になるなら調べればいいだろう?」

「うーん。その方がいいかな?」

 

 木箱の残骸から骨を取り出し眺めていたファーティマは、それをぽいと放り投げるとその方向に視線を向けること無くそうのたまう。別にどうでもいい、というオーラを醸し出していたが、ティファニアは気付かなかったようである。

 よし、と気合を入れると、先程の木箱と同じ轍を踏まないように注意しながらゆっくりと壁へと近付いていく。見る限り、触った程度で倒壊して部屋ごと押し潰されるという心配は無さそうではあるが、しかし。

 近付いてよく観察したことで、気付いたのだ。これは後から埋めた跡だ、と。建物自体に固定化は掛けてあるものの、この部分はそれが不十分だったのだ。だからこうやって崩れかけている。

 

「……何かが、埋まってるのかな」

「よしテファ、そこまでよ。クリス捜しに戻りましょう」

 

 猛烈に嫌な予感がした。思わず手を伸ばしたティファニアを止めるように、ベアトリスは声を掛けた。ついでに動きも止めようとその肩に手を伸ばした。

 時既に遅し。ティファニアは壁の崩れに触れており、ベアトリスが肩を掴んだことで思わず反射的に手に力が入り、そのまま手を引っ込めてしまう。ベリベリ、と音を立て、壁が剥がれて床に落ちた。

 

「ひぃっ!?」

 

 ガシャリ、と音を立て、白骨死体が倒れ込んできた。衝撃でバラバラになった骨は床に散乱し、ベアトリスの足元に頭蓋骨が転がってくる。思い切り後ずさりした彼女は、そのまますっ転がって床に頭をぶつけて気を失った。

 

「ベアトリス!?」

「おいティファニア。そいつの介抱するのはいいが、すぐに済ませろ」

「え? ど、どうして?」

「……あれを見ろ」

 

 くい、と指で示した先は先程の壁。

 崩れ、白骨死体で塞がれていたその向こう側。そこに、更なる地下へと続く道がポッカリと大口を開けて三人を待ち構えていた。




多分ルイズ達ならあっという間に終わる

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