ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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その3

 早くとも三日、とモンモランシーは言った。

 それはつまり、遅い場合どのくらい掛かるか分からないというわけだ。そんな屁理屈を捏ねたかは知らないが、ともあれ四日目に突入にした学院で、ルイズは悲痛な顔をしている彼女を前に頭を抱えていた。

 

「どういうこと?」

「好きで遅れてるんじゃないのよ……事情があるの。本当よ!」

「別に疑ってるわけじゃないわ」

「その顔で言われても説得力はないね」

 

 何だと、とギーシュを睨んだルイズは、そんなことよりその事情とやらを話せとモンモランシーに詰め寄った。その顔が彼を睨んだ表情のままだったことで短い悲鳴を上げた彼女は、ぶんぶんと首を振りながら言い訳じゃないし本当のことだからと必死で繰り返す。

 

「いいから、その事情は?」

「精霊の涙が無いのよぉぉぉぉ!」

 

 叫んだ。涙目であった。他の材料はルクシャナからも提供してもらったので潤沢にあるが、精霊の涙、あるいは水の精霊石、もしくは水石、そう呼称される強力な『水』の属性を持った触媒がどうしても足りないらしい。

 エルフは砂漠の民。火石は豊富でも水石はちょっと、というのがルクシャナの言い分である。対してトリステインは水の国。身も蓋もないことを言えば水の触媒は事欠かないはずなのだ。

 

「何で無いのよ。そもそも、姫さまが用意しているでしょう?」

「……お、王妃も用意出来なかった、って」

「嘘に決まってるじゃないそんなの!」

「わたしがそんなこと言えるわけないじゃないの!」

 

 マジ泣きであった。流石のルイズもちょっと引いた。まあそういうことなら仕方ない、と溜息を吐いたルイズは立ち上がる。ならばそれさえあればすぐに完成するのだなと彼女に向かって念を押した。

 

「ど、どうする気?」

「ちょっと姫さまぶん殴って貰ってくるわ」

「いやいやいや! まだ嘘だって決まったわけじゃないでしょう?」

「嘘ね」

「言い切ったなぁ……」

 

 そりゃそうだろうけど、とギーシュは苦笑する。あの二人のやり取りを何だかんだで見てきた彼にとって、そうなるであろうという納得がどこかにあった。

 だが、しかし。彼はちらりと少し離れたテーブルを見る。どうやらルイズとモンモランシーは気付いていないが、二人が話を始めた辺りでどこからともなく湧いて出てきた一人の人物を横目で確認する。相変わらず胡散臭い、と大分ルイズに染まったのか不敬なことを考えつつ彼女を見る。

 

「残念ながらルイズ。今回は本当のことなのですわ」

「ふぇ!?」

 

 あ、割り込んだ。他人事のようにギーシュは考えながら、自身の紅茶に口を付けた。

 

「ひ、ひひひ姫さま!? いつの間に?」

「事情があって、材料が足らない。とミス・モンモランシが言い始めた辺りかしら」

「ほぼ最初ですね……」

 

 あちゃぁ、と頭を抱えるモンモランシーに対し、ルイズは息を吐き思考を切り替えると詰め寄る相手をすぐにこちらに変えた。嘘吐いてんじゃねぇよ。大体そんなようなことを言いながら、アンリエッタを睨み付けた。

 

「あら酷い。わたくし、そこまで信用されていなかったのかしら」

「信用していますよ、勿論」

「あら、そう。では、その信用している『おともだち』であるわたくしの頼み、勿論聞いてくれるのでしょうね」

 

 クスクスと笑うアンリエッタを見ながら、凡そ言いたいことを理解したルイズは溜息を吐く。この流れで、先程の会話で。頼みがある、とくれば、最早やることは一つであろう。

 目的地はラグドリアン湖。目的物は、精霊の涙。

 

「別にわたしが行く必要ありませんよね? 精霊と交渉なり、ラグドリアン湖で精霊石を採取するなり、姫さまだったら造作もないでしょうに」

「その様子だと、今の湖の様子は知らないようね」

「へ?」

 

 まあ、こちらで情報をせき止めていたのだから当然だけど。そう言って口元の笑みを手で隠したアンリエッタは、しかし目は真剣なそれに表情を変えた。ここのところの異常事態に、かの場所も巻き込まれたのだ。そう言って、真っ直ぐにルイズを見た。

 

「異常事態?」

「そう。おかげで水の精霊はこちらに姿を現さず、付近の村はその異常に巻き込まれる形となって現在避難の真っ最中。余計な仕事が増えて困ってしまいますわね」

「じゃあ何でここにいるんですか」

「もう終わったもの」

 

 避難誘導程度でもたつくわけないだろう。言外にそう言いながらアンリエッタは目を閉じる。再度開き、ちらりと別のテーブルにいるルイズの悪友達を見て。

 それで、受けてもらえるかしら。そう言って隠していた口角を更に上げた。

 

 

 

 

 

 

 久しぶりにやってきたラグドリアン湖は、随分と様変わりをしていた。清浄な雰囲気を携えていたはずの水面は、どこか禍々しい様相を帯びているし、何よりここにいるはずの精霊の力を感じられない。エルフでも吸血鬼でもない少年少女ですら分かるその異常に、一同は思わず息を呑んだ。

 

「何よ、これ……」

 

 慣れていないモンモランシーは引き攣った表情でそれだけを呟く。そんな彼女をギーシュは支えながら、しかし普段のどこか緩んだ表情を見せることなく水面を見詰めていた。

 

「確かにこれは、精霊の涙とか水の精霊石だの水石だの採取している場合じゃないわねぇ」

「というか、採取してもまともなものかどうか怪しい」

 

 ううむ、とキュルケとタバサも渋い顔で首を捻る。アンリエッタの言葉が真実だったのを喜ぶべきか、目の前の光景を嘆くべきか。むしろ両方か。

 とりあえずルイズは両方を選択した。ああもう、と頭を掻きながら、涼しい顔をしているアンリエッタに詰め寄った。分かっていますとばかりにそんな彼女を一瞥したアンリエッタであるが、しかし頬を掻くと視線を水面に移動させてしまう。

 

「現状、原因不明ですわ」

「ここのところの異常事態で付近の村が巻き込まれた。確かそう言ってましたよね?」

「ええ、それが何か?」

「原因不明じゃないじゃないですか」

「原因不明よ。予想は立てられるけれど」

 

 確信ではない、あるいは正解とは限らない。つまりはそういうことである。悪びれることなくそう言ってのけるアンリエッタを見て溜息を吐いたルイズは、それでいいからとりあえず説明を求めた。

 そんな彼女の姿は、アンリエッタにとってどうにも奇妙に映る。何故そんなに焦っているの? 思わずそう尋ねてしまうほどに。

 

「……別に、そんな」

「まあ確かに普段のルイズといえばそうかもしれません。でも、違うわ。今回の貴女は、違う。いつも以上に考えなしで猪突猛進。まるで――」

 

 そこまで言いかけて、アンリエッタは少しだけ目を見開いた。暫し瞬かせ、ゆっくりと閉じ。そして開いた視線をキュルケに向ける。やっぱりそう思うだろう、と頷く彼女を見て、その表情が輝かんばかりの笑顔に変わった。

 

「ルイズ」

「何ですか」

「あそこで三人の女性と愛を育んでいるサイト殿は放っておいていいのですか?」

「別に育んでなんかいないじゃないですか。そもそも、あれ薬のせいですし、こういう時くらいたまにはいいんじゃないですか。ほら、わたしは使い魔のことを考える主人ですし。大体、あれの効果がなくなった時を心配しないと。サイトと、い、いいいイチャイチャしていたとか、もう絶対後悔するに決まってます」

「言い訳臭いわねぇ」

「何がよっ!」

 

 キシャー、とキュルケに食って掛かる。そんなルイズを見てキュルケはどこかほっこりし、アンリエッタは益々笑顔を輝かせる。

 どうでもいいからさっさと話進めろよ、とタバサは呆れたように息を吐いた。

 

「こほん。では話を戻しましょう。これはあくまでもわたくしの予想です。それを念頭に入れておいてください」

 

 こくり、と頷く。よろしい、と笑顔を潜めたアンリエッタは、ここ最近の事件についてを語り出した。一つはガリア。そこで見付かった鱗は、『土』の属性を帯びていた。一つは魔法学院。アルビオンの聖女に反応した鱗は、『風』の属性を持ち合わせていた。

 そしてトリステインの、ラグドリアン湖。ここの膨大に広がる属性は。

 

「……『水』の鱗が、あるってことですか?」

「あくまで予想よ。ただ、『土』と『風』の封印が解けた頃と、湖の異常が発生した時期が重なるわ。どうしても邪推してしまうのは、仕方ないでしょう?」

 

 話についていけないモンモランシーは、これは自分の出番はないなと一歩下がった。とりあえず材料を集めてからが勝負だろう。そんなことを思いつつ、触らぬ神に祟りなしとゆっくり距離を取る。

 

「ところでミス・モンモランシ。貴女ならば湖の異常の検知が可能ではないですか?」

「え?」

 

 その直前、アンリエッタが彼女へと視線を向けた。射竦められたモンモランシーは思わず動きを止め、当然ながら離脱するタイミングを逃してしまう。確かにここの管理、精霊との交渉は少し前までモンモランシ家が行っていた。水を調べれば、ある程度の検知は可能だろう。

 が、その程度のことなど既に目の前の魔王が行っていないはずがない。流石にそれくらいはモンモランシーでも分かる。だから、彼女に求めていることはそんな単純なことではなく。

 

「……あの、ひょっとして」

「どうしました?」

「わたしを、囮に、しよう、とか……」

「中々言うようになりましたわね、ミス・モンモランシ」

「も、申し訳ありません!」

 

 命だけは、と土下座せんばかりに頭を下げたモンモランシーを見てアンリエッタは苦笑する。ルイズに視線を向けると、わたくしはそんなに怖いでしょうかと問い掛けた。現在の自分の二つ名をよく噛み締めてから自分の胸に聞け。そんな意味合いの言葉を吐き捨てるように返したルイズは、もういいとばかりに湖へと足を向けた。

 

「ちょ、ちょっとルイズ。どうする気よぉ?」

「このままダラダラ喋ってても埒が明かないでしょう? 湖が原因だっていうんなら、もう直接乗り込む」

「どうやって」

「そりゃ、飛び込めばいいでしょ。もう、一々んなこと聞かないでもいいじゃない」

 

 まったく、と呟きながらルイズは駆ける。明らかに異様な湖に向かって、走っていく。待ちなさい、というキュルケやタバサの制止も聞かずに足を踏み出す。

 バシャリ、と彼女の足が水面に触れた。途端、ぐにゃりとその水が粘性を持った何かに変わり足首にまとわりつく。え、と間抜けな声を上げる暇もなく、そのまま一気にルイズは水中へと引きずり込まれていった。

 

「ルイズ!」

 

 先に飛び出したのはキュルケ。残っていた彼女の手を掴み、こちらへ引っ張り上げようと気合を込めた。次がタバサ。ルイズにまとわりついているそれを風で吹き飛ばし、氷で固め、キュルケが引っ張り上げるのを全力でフォローした。

 すぽん、と湖からルイズが抜けた。岸辺に転がった彼女は、そのまま暫く咳き込んだ後にゆっくりと立ち上がる。その顔は何とも言えず、物凄くバツの悪そうなものであった。

 

「だから言ったでしょうが! 考えなしは駄目じゃないのよぉ!」

「ぐ……で、でも」

「焦ったら駄目。落ち着いて。貴女がそんなだと、わたし達もめんど――心配」

 

 まるで二人の得意属性のような温度差ね。そう言ってアンリエッタはクスクス笑う。ちなみに彼女は全く動かなかった。

 ルイズならば何の問題もない、と確信しているかのように。

 

 

 

 

 

 

 では早速検知を。そう言ってポンと肩を叩かれたモンモランシーは恥も外聞もなくわめいて逃げた。水面に近付いたルイズが水で出来た謎の触手に絡め取られて引きずり込まれそうになったのを眺めていたのがついさっき。まず間違いなく自分は助からない。

 

「あら、やはり駄目ですか」

「王妃。差し出がましいとは思いますが、どうか考え直して頂けないでしょうか。僕で良ければ、いくらでも犠牲になります。ですから」

「……流石にほぼ確実に犠牲になると分かった場合に実行させようとするほど外道に堕ちたつもりはないのですけれど」

 

 自身の評判少し考え直した方がいいかもしれない。そんなことを思いながら、まあ落ち着けとギーシュに述べた。ちょっとからかっただけで、先程のルイズで調査は十分だ。そう続けつつ、ではどうするかと湖を見詰める。

 

「こちらから向かわない限り襲い掛かっては来ない。と、いうわけではないようですわね」

 

 気付くと水面がコポコポと泡立っていた。よく見るとそれは泡ではなく、先程ルイズを絡め取ったような触手が生まれ蠢いている跡である。普段水の精霊の力によって、あるいは自身の魔法によって形を変える水といえども、あの光景はどこなく生理的嫌悪を抱かせる。

 ズルズルとその内の一つが這うように動く。水面から岸辺を超え、まるで蛇のように、否、ミミズのようなのたうつ動きでこちらへと迫る。

 

「キモイ」

「そうね。気持ち悪いわぁ」

 

 そう言いつつも、タバサもキュルケも杖を構え臨戦態勢を取った。あの一本程度ならばどうとでもなる。そう判断し、いざこちらに来たタイミングであらかじめ唱えた呪文を放つ。

 キュルケの呪文で触手ははじけ飛び、そしてその破片が地面につくと再度集まってスライム状に変化した。球体のようなそれからロープの束を紐解くように触手が伸び、自身を攻撃した相手に向かって襲い掛かる。ぎゅるり、と腰に巻き付いた触手は、そのまま背中を周り一周すると臍の辺りから真っ直ぐ顔に向かって伸びていった。

 

「うひゃぁ! ちょっとぉ! 何これぇ!」

 

 そのまま触手に絡め取られたキュルケはその太く長いそれに体を弄られる。ギリギリと締め付けるように彼女の動きを止め、そしてそのまま身動きが取れなくなってからゆっくりと巣穴に、水中へと引きずり込むため移動を始め。

 

「そこまで」

 

 タバサの呪文により凍らされた触手は、追撃の杖により粉々に砕け散った。キラキラと粒子が撒い、再生することなく空気に消えていく。自由になったキュルケは助かった、とへたりこんだ。

 

「何よあれ。中途半端に吹き飛ばしちゃ駄目ってこと?」

「多分」

 

 あるいは、先程の触手がそういう担当なのかのどちらかだ。尖兵がやられたことで第二陣の用意を始めた湖を見ながら、タバサは杖を構えつつ呟く。了解、と今度は蒸発させてやるとばかりに気合を入れたキュルケもそれに続いた。

 触手だけでは駄目だと判断したのだろうか。今度の水で出来た得体の知れないそれは、どことなくタコやイカを思わせる、しかし決してそれではない人型にも似たものであった。相対する人物を模す水の精霊の影響を受けたのか、それとも別の何かの意志か。どちらにせよ、触手を持った人型のそれはぺちゃりぺちゃりとこちらに近付いてくる。

 二人の隣にルイズも立った。全力でぶった斬れば問題ない。そんなことを言いながら、一番近い人型の異形をとりあえず真っ二つにする。質より量を選んだのだろう、それでも動いてはいるが、先程より脅威を感じる相手では無さそうであった。

 

「とりあえず、こいつらぶっ倒して原因の中枢を見付けないと」

「そうねぇ。うん、ちょっとは落ち着いたかしら」

「微妙だと思う」

 

 どちらにせよ人手が足りない。アンリエッタはやらないだろうし、ギーシュとモンモランシーは少し荷が重い。三人ではこの数をどうにかするには時間が掛かり過ぎる。

 仕方ない、とタバサは溜息を吐いた。まあどちらにせよこの騒ぎになれば流石に反応するだろう、と少し離れた場所へ視線を向けた。

 ルイズの使い魔と、ナイフと吸血鬼。マジックアイテムはアンリエッタ達と共に避難に回るようだが、少なくとも三人の戦力が増える。そう彼女が判断出来たのは、先程までのイチャつきを潜めて真剣な表情で駆けてくる才人と『地下水』とエルザを見たからだ。

 

「……やっぱり、そこまでの効果はない」

 

 惚れ薬ほど強力ではない。あくまで少しだけ後押しするもの。実際こういう状況になれば皆きちんと動き出す。恐らく例外はあるまい。

 つまり、キュルケが言うように少し落ち着いたとかそういうわけではなく、彼女は。

 

「馬鹿馬鹿しい」

 

 そういうのは色ボケ担当の親友がやる役目だ。そう結論付け、タバサは人型の異形を粉々にせんと呪文を唱えた。




触手さんの活躍を期待してはいけない

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