いつも以上に蛇足なオチ話
「私を殺してください」
「何でだよ!」
「……あんな奴に、ベタベタと……何で、何で……」
「本人の目の前であんな奴呼ばわりは酷くね!?」
「というか、別にそこまで変わってなかったわよぉ」
「傍から見てるといつもあんな感じ」
キュルケとタバサの追い打ちを食らい、『地下水』は膝から崩れ落ちた。違う、絶対に違う、と呟きつつ、少女の体からカランとナイフが落ちる。糸の切れた人形のように彼女は倒れ、ナイフは慟哭するように震え続けていた。
そこから少し離れた場所で、その様子を見ていたエルザはあははと苦笑する。まあ確かにちょっとやり過ぎたかもしれない。そんなことを思いつつ、椅子に座ったままゆらゆらと自身の体を揺らしていた。
「そこまでダメージはない感じですか?」
「え? ……うん、まあ、そうかな」
隣に座っている十号の問い掛けに、彼女は肯定を返した。そのままその問い掛けを同じように述べると、まあ自分もそこまで、という返事が来る。少なくともあそこまでショックを受けるような出来事ではなかったのは確かだ。
「別に、まあ、サイトさんのことは嫌いではなかったですし」
薬の効果範囲になるほど好意を持っていたのは自分でもビックリだけれど、と十号は笑う。この際だから、ちょっと真剣に考えてもいいかもしれない。ついでにそんなことを考えた。ちなみに若干目の光が消えたのはほんの少しだけ所持者の影響かもしれない。
それに対しエルザは、少しだけ考え込むような素振りを見せた。嫌いではない、という彼女の言葉に対し、自分はどの程度なのかを改めて考えたのだ。
「あの、エルザさん? 顔赤いですけど」
「……気にしないで」
そういえば以前思い切りキスしたんだった。そのことを思い出したエルザは、湯気でも出そうなほどの思考を冷まそうと首を振る。
ちなみにどの程度好感度を持っていたか、という自問自答はとりあえず考えるまでもないという結論となった。
「まあ、でも」
ちらり、と視線を動かす。喧騒の向こう側にいる、ピンクブロンドの少女を見る。
もしも彼女が薬の効果範囲に入っていたら敵わない。一瞬だけ、そんな考えが頭を過ぎった。何せ、彼女は彼の。
「サイト」
「ん?」
ルイズは才人へと近付く。倒れている『地下水』を見てご愁傷様、と呟き、そしてギロリと彼を睨んだ。
「とりあえず、元には戻ったのね?」
「多分な。ぶっちゃけこれ自分では分かんねーんだよ」
「……それもそうか」
目を細め、しかし少しだけ態度を柔らかくしたルイズはそのまま暫し才人を見ると、まあいいかと息を吐く。くるりと踵を返し、無言でヒラヒラと手を振った。どうやらどこかに行くらしい、というのをその行動で察した才人は、どこに行くんだよと彼女を追い掛けるために足を踏み出す。
「ついてくんな」
「へ?」
「ちょっと一人になりたいの。アンタはそこで今にも溶鉱炉に飛び込みそうなナイフの心配でもしてやりなさい」
ばっさりと才人を断ったルイズは、そのまま彼から離れていく。顔を向けることもなく、足を止めることもなく。言葉通りに、あるいは、別の意味合いを含んで。ルイズは才人から離れていく。
「はぁ……」
一人、溜息を吐いた。ベンチに座り、ブラブラと足を動かしながら、何やってるんだろう、と彼女は項垂れた。
別に何か思うことがあったわけでもない。騒動の際には確かにからかわれたが、思い返せばそこまでムキになるような要素は別段なかったはずだ。何より、彼は自身の大事な使い魔、兼弟子で友人である。好感度的な何かが高くない方がおかしい。
「でも、キュルケやタバサは影響を受けなかった……か」
それはつまり、あの二人と比べるとあいつを特別に感じているからなのだろうか。そんなことを考えては、いいや違うと頭を振る。
大体あのバカはまだまだ実力は足りなくて、スケベで、馬鹿で考え無しで、自分の大事なことのためなら迷うことなく突っ込んでいく単細胞で。
「わたしが無理矢理喚んだのに、ご主人様って呼んで、無茶についてきてくれる」
不思議な奴だ、と改めて思う。自分達の騒動に適応している時点で相当だが、それを差っ引いても変わった人間だと彼女は思った。
「そういうのは、自問自答しては駄目なの」
「うひゃぁ!?」
ビクリとのけぞった。隣に視線を向けると、毎度お馴染みの魔王がクスクスと笑いながらこちらを見ている。脅かさないでくださいよ、と大きな溜息を吐いたルイズは、普段の彼女らしからぬ表情で彼女を、アンリエッタを見た。
「あらごめんなさい。それで、何を悩んでいるのかしら?」
「知ってるくせに」
「勿論。でも、貴女の口から聞きたいの」
「……」
ふん、と鼻を鳴らした。こういう底意地が悪いところがあるから誤解されるのだ。そんなことを思いながら、まあいいやと口を開いた。言われた通りに、悩みを口にした。
そうして言葉にすることで少しだけ気分が楽になったのに気付いたルイズは、言い終わった後にアンリエッタを睨み付けた。
「おお怖い」
「ぶん殴りますよ」
おどけたようにアンリエッタは肩を竦める。毎度のことのそのやり取りをした後、彼女は少しだけ真剣な表情でルイズを見た。思わず気圧されたルイズがそのまま動きを止めていると、アンリエッタはやれやれ、と頭を振る。
どうやら彼女の望んでいた姿とは少し違うらしい。とはいえ、まあいいか、とアンリエッタは口角を上げた。
「ルイズ」
「何ですか?」
「例えば……今回の被害者がワルド子爵だった場合、貴女はどうなったと思います?」
「どう、って……同じように解除薬を飲ませたんじゃ」
「わたくしは『どうなった』かを問うたのです。『どうした』のかは聞いていません」
何が違うんだ、と一瞬怪訝な顔を浮かべたルイズであったが、意味を察すると更に表情を苦いものに変えた。考えて、そして出した結論に自分で否を突き付けたくなった。
それでも、気持ちに嘘を吐いたところで何が変わるわけでもなし。目の前の彼女相手では余計こじれるのがオチだ。そう判断し、はぁ、と溜息を吐いて。
「……別に、変わらなかったんじゃないですか」
「そう。サイト殿の時とは『違って』、『変わらなかった』のだろうと思ったのね」
「強調しないでください」
ゲンナリした顔でアンリエッタを見やる。が、見られている当人は物凄くいい笑顔で見詰め返していた。何でそんな顔か、というのは流石にルイズでも分かる。
分かる、が、それでも彼女は首を横に振った。そういうのじゃない、とアンリエッタに告げた。
「そういうの、とは?」
「……わたしは、サイトのことなんか全然何とも思ってないです」
「本当に?」
「本当です。……大切な使い魔で、弟子で、友人ですけど、わたしの『そういう対象』には入ってません」
一言一言、噛み締めるようにルイズはそう述べた。アンリエッタはそれに口を挟まず、彼女が言い終わるまでうんうんと頷くのみ。言い終わっても、そうなの、と返すだけである。
そんなアンリエッタに少しだけ拍子抜けしたルイズは、ええそうですと頷き返した。そうだ、そうなのだ。アイツのことなんか全然何とも思ってなんかいないんだから。心の中でもう一度繰り返し、ルイズはよし、と頬を張る。立ち上がり、吹っ切れたと言わんばかりに天に向かって拳を突き付けた。
「姫さま」
「何でしょう」
「一応、お礼言っておきます。少しだけスッキリしました」
それは良かった、とアンリエッタは笑みを浮かべる。クスクスと笑いながら、口元を手で隠しながら、ルイズと同じように立ち上がり、彼女と共に歩みを進める。
向かう場所は、先程までルイズがいた場所。才人達のいる騒動の中心部だ。モヤモヤした気持ちも晴れたルイズは、これでしっかりと才人をどつき回せると拳を打ち鳴らした。
「そう、それは楽しみね」
「……姫さま? まだ何か企んでません?」
「まさか」
心外だ、とアンリエッタは肩を竦める。今回はこれ以上何かを企むことなどない、とルイズに向かってはっきり言い放った。その言葉に嘘はなく、彼女もそれならいいんですけど、と納得したようにアンリエッタから視線を外す。
扉を開けた。カフェテリアは相も変わらず喧騒が渦巻いており、その中でも一際目立つのが学院問題児の塊である。特に、今この場では普段以上に目立っていたと言っても過言ではあるまい。
「――え?」
ルイズが呆けたような声を上げる。アンリエッタは隣で堪えきれないと言った感じで笑い続けている。
二人の目の前では、彼女の使い魔が目を見開いたまま固まっていた。そして、その眼前、距離にしてゼロの場所には、灰髪をツーサイドアップにした、目付きの悪いメイド服の少女の顔が。
周囲ははしゃぐキュルケ、ナイスタイミングとサムズアップするタバサ、あちゃぁと頭を押さえるギーシュとモンモランシー。
「わ、わたしはもうしてるもん」
「エルザさん、火に油注いでるのです」
対抗するように何かを口走ったエルザと苦笑する十号。などのラインナップが揃っていたわけであるが。
「ぷは。って、る、ルイズ!? いや、違う! これは誤解だ!」
「何が誤解ですか。無抵抗な乙女の唇を奪っておいて……変態」
騒動の中心は紛れもない、『地下水』とキスをしていた才人であった。
「……サイト? 何を、してるのかしら?」
死んだ、と才人は思った。今回の騒動でルイズが若干おかしかった、という話は先程キュルケ達から聞いたのだ。薬の効果が発揮されたからだと言われたが、そうなると彼にとって非常にマズいことになる。
『地下水』がこうなったのだから、主人であるルイズが正気に戻った場合、まず間違いなくどつかれる。
「いや、だから、誤解! 誤解なんです!」
「何が誤解なの?」
基本的に単細胞であるルイズは、怒りのボルテージが溜まると考えるより先に言葉が出るのか若干どもり気味になる。が、今のルイズは静かに、ゆっくりと言葉を紡いでいた。ならば怒っていないのかと聞かれれば、才人は全力で首を横に振るであろう。
怒っていない人間は、あんな殺気全開で人を睨み付けたりしない。
「『地下水』が動かないって、体動かせないって言い出して! で、ショックで本来の能力が使えなくなっている可能性があるとかキュルケが言い出して! そういう時はもう一度ショックを与えればいいとかタバサが言ったから! ならば眠り姫を目覚めさせるにはキスが一番ってギーシュが抜かしやがったんだよ!」
「それを真に受けて実行する時点で言い逃れ出来ないほどお前が変態ということですよね?」
「黙ってろ! っていうか、そもそもお前が変なこと言い出したのが原因だろうが! 人が心配してたってのにテメェは」
「心配、してたのですか? ……そうですか」
そっぽを向いた。才人から見えないように顔を背けた。赤い頬を隠すように視線を逸らした。
先程まで彼と触れていた唇を、そっと指でなぞった。
「サイト」
「あ、だから――」
「別にわたしはアンタの恋愛に口出しするつもりはないわ。ま、場所はわきまえなさい」
しどろもどろの才人が更に何かを言おうと口を開いたそのタイミングで、ルイズは彼から視線を外した。ふん、と鼻を鳴らし、踵を返し、戻ってきて早々再度この場所を後にしようとする。
俺っちしーらね、と背中の大剣の鍔がカタカタと鳴った。
「ルイズ!」
「あによ」
ルイズは振り向かない。才人が必死な表情で何かを言おうとしているのを、見もしない。コツコツと足音を鳴らし、彼から離れようと足を動かすのみである。
埒が明かない、と才人は一歩踏み出した。彼女の背中に追い付こうと駆け出した。確かに言い訳臭いし、実際流されたとはいえ『地下水』の唇を奪ったのは紛れもなく本当なのだからどうしようもないが、しかし。それでも一応、しっかりと自分の目を見て話を聞いて欲しい。
そう思って彼は彼女に詰め寄った。待ってくれ、とルイズの肩を掴んだ。
「うるっ……さい!」
瞬間、ぐるんと腰を捻ったルイズのボディブローが才人の鳩尾に突き刺さった。ふわりと彼の体が浮き、そして背後へと倒れていく。綺麗に一回転した才人は、そのまま為す術なく顔面から床に叩き付けられた。
そのまま動かない才人を一瞥し、ルイズはその場所を後にする。この気持ちは何なのか、さっき折り合いをつけたはずの思考がグルグルと渦巻きながら。
怒っているのか、悲しんでいるのか。それすら分からないような表情で、彼女は彼から去っていく。
そうして残されたのは、割と手加減なしの一撃を食らっても尚立ち上がって、しかしどうしようもないと項垂れる使い魔が一人。
「面白くなってきましたわ」
「ですね」
「趣味悪い」
と、喜々として引っ掻き回す野次馬共である。
「あらミス・オルレアン。誘導したのは貴女でしょう?」
「……何のことやら」
「タバサも結構やるわよねぇ」
ケラケラと笑うキュルケを見ながら、はいはいとタバサはそれを流す。そうしながら、彼女はアンリエッタの方へと顔を向けた。聞きたいことがあるとばかりに彼女の名を呼んだ。
「何でしょう?」
「薬の効果、実はまだ切れていないでしょう?」
「え?」
「あら、知っていましたか」
「ルクシャナから聞いた。あの解除薬は徐々に効いてくる、と」
「……と、いうことは?」
言いながら、キュルケはルイズの出ていった方向と、残された三人の人外を見やる。
ええ、そういうことです。そう言って、アンリエッタは微笑んだ。ここまでが、自分の企みなのだ、と口角を上げた。
「中々見応えのある、恋愛劇でしたわ」
「……ですね!」
「趣味悪い」
この三日後。王宮にてピンクブロンドで大剣を背負った正体不明の何者かにアンリエッタは殴り飛ばされるのだが、それはまた別のお話。
ツンデレエンド。