ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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いつものようにオチのみ話


その4

「――と、まあ、そんな話です」

 

 こほん、と切り上げの合図のように咳払いを一つする。それまで静かに聞いていた面々も、それを切っ掛けに口々に感想を言い始めた。素直に感心している者と、成程言う通りそこまで大した話じゃなかったと頷く者とで大体半々くらいであろうか。

 後者の反応については、だから最初に言いましたよ、とシエスタは苦笑していた。前者の反応も、まあ面々からすれば予想通りかと別段驚かない。

 

「では、わたしはそろそろ仕事に戻りますね」

 

 ペコリと頭を下げる。ルイズの方をちらりと見て、彼女が頷くのを確認すると、シエスタはそのまま踵を返して離れていった。

 ルイズはシエスタの背中を目で追う。部屋から出ていくまでそれを行うと、ほんの少しだけ溜息を吐いた。誰かに気付かれるでもない息を吐いた。才人も、次世代問題児も当然それには気付かない。勿論キュルケとタバサも、気付きはしない。

 二人は気付いたわけではなく、最初から分かっていただけである。ルイズが溜息を吐いたそのタイミングが、キュルケとタバサの予想通りだっただけである。ほんの少しだけ口角を上げて、何も語らないルイズを静かに眺めていた。

 

「あによ」

 

 それの視線の意味を知っていたルイズは、唇を尖らせながら二人を見る。別に、と笑みを消さない二人を見る。

 そうやって言うのは分かっていたと再度溜息を吐いたルイズは、まあいいやと椅子の背もたれに体重を預けた。ぎしりと音が鳴り、その勢いで彼女の顔が上を向く。天井をぼんやりと見詰めて、しかし目に映るのは違う光景で。

 

「ねえ、キュルケ」

「なぁに?」

「シエスタがあれで話を終えたのは、どうしてだと思う?」

「さあ、どうしてかしらねぇ」

「真面目に答えて」

「真面目に答えたわよ」

 

 なんだと、と視線を戻すと、呆れたような顔をしているキュルケが見えた。まあつまりそういうことなのだろう。はいはい、と適当な返事をした彼女は、キュルケからタバサへと視線を動かした。

 キュルケ以上のジト目で眺められたので、顔を顰めて再度天井を仰ぎ見た。

 

「まあ、確かにシエスタとの出会いのきっかけはあれで十分か」

「本当にそう思う?」

「どういう意味よタバサ」

「そのままの意味」

 

 視線を彼女へは向けない。大体表情の予想は付いていたので、ルイズは天井を見上げたままはぁ、と溜息を吐いた。

 どちらにせよ、あの後の話は別段関係が無い。ただ、自分とシエスタが一緒に学院に帰ったという、それだけのことだ。

 

 

 

 

 

 

「どうして、ここまでしてくださったのですか?」

 

 トリスタニアの入り口で、それまで一言も喋らなかったシエスタはルイズを見ながらそう尋ねた。自分はただの平民で、学院にいる多数のメイドの一人。貴族様がそんな姿になってまで助けに来るほどの価値など無い。

 が、シエスタのその主張は、ルイズが首を傾げていることであっけなく流された。どうしてと言われても、と難しい顔をしていることで瓦解した。

 

「わたしがやりたかったから」

「ルイズ、ルイズ。それ割と答えとしては最悪の部類よぉ」

「え?」

 

 気まぐれ。そう取られても仕方ない答えを聞いて、シエスタの中で少しだけああそうなのかという納得が生まれる。先程の疑問が崩れたような気がしたが、実際はそうでもなかったのか。そんなことを一人頷く。

 

「一応、彼女の友人として言っておくけれど」

「は、はい?」

 

 そんな最中、静かに本を読んでいたタバサが口を開いた。シエスタの納得の仕方に納得がいかなかったのか、本から顔を上げて彼女を見ながら、タバサは口を開いた。

 

「ルイズは気まぐれで行動したわけじゃない。貴女を助けたいと思ったから、動いた。貴女が困っていたから、助けた」

「え、でも」

「確かにそこに貴女の意思はないかもしれない。だから、ルイズは「自分がやりたかっただけ」と答えた。……あ、気まぐれだこれ」

「タバサ! フォローするなら最後までしなさいよ!」

 

 ちょっとジンと来た自分の感動返せ。そんなことを言いながら彼女に詰め寄ったルイズは、そこで動きを止めるとシエスタに向き直った。

 笑顔を浮かべ、まあそういうわけだから、と頬を掻いた。

 

「別に何か気に病むことは何も無いわ。ちょっとした儲けものだとでも思ってちょうだい」

 

 ぱちくりと目を瞬かせる。貴族が、平民を助け、気にするなと笑う。目の前のその光景がにわかには信じられなくて、シエスタは思わず自身の頬をつねった。痛い、夢じゃない、と現実であることを確認すると、彼女はもう一度ルイズを見る。何の見返りも求めずに、ただただ助けたいから助けたとのたまった彼女を見る。

 その言葉と、その行動は。いつぞやに見た、本の一節を思い起こさせた。自分が体験するなどと欠片も思っていなかった状況が、頭に浮かんだ。

 

「あの」

「ん?」

「それでも、何か、わたしに出来ることはありませんか?」

「いいわよ別に。さっきも言ったように、やりたいからやっただけで――」

「それなら!」

 

 ルイズの言葉を途中で遮る。貴族相手にそんなことをすれば、普通ならば無礼だと叱責されるのは間違いない。それでも、彼女は声を張り上げた。ここで引いては駄目だ、と真っ直ぐにルイズを見た。

 

「わたしも、やりたいからやるのです。ミス・ヴァリエールに、何か出来ることをしたいから、だから」

 

 言葉がまとまらず、発していた声が途中で尻すぼみになっていく。それでも、視線を逸らすことなくルイズを見詰め続けたシエスタは、しばし固まっている彼女が再起動をするまで必死で言葉を探していた。何が言いたいのか、これで伝わったのか。それを確認しながら、伝える言葉を掘り続けた。

 

「じゃあ」

 

 今度はルイズがシエスタの言葉を遮る番であった。分かった分かったと言わんばかりの表情を浮かべていたルイズは、しかしいいことを思い付いたとばかりに笑顔に変え、真剣な表情のシエスタを見た。

 とりあえず、一つやってもらおうかな、と指を立てた。

 

「は、はい! わたしに出来ることなら」

「うん。じゃあ――わたしのこと、名前で呼んで」

「はい! ……え?」

「ミス・ヴァリエールって堅苦しいでしょ? もっと気軽に、ルイズって呼んでちょうだい」

「で、でも……」

「別にいいじゃない。だってわたし達」

 

 友達でしょ。そう言って笑みを強くさせたルイズを見て、シエスタはピシリと固まってしまった。一体全体どういうことなのかと思考が止まってしまった。

 一方、ルイズはそんな彼女を見て首を傾げる。どうしたんだ、と笑みを潜め、次いで何かまずいこと言ったのだろうかと視線を彷徨わせた。

 

「ルイズ」

「何?」

「普通は、貴族は平民の娘に友達だなんて言わないのよぉ」

「知ったこっちゃないわね」

「そこは知ってないと駄目。それでいて段階を踏まないと、ああなる」

 

 固まって動かないシエスタを指差す。あまりの展開に思考がついていっていない彼女を見ながら、とりあえず戻ってこいと声を掛けた。

 タバサの言葉にシエスタは我に返る。慌てて視線をキョロキョロとさせ、そしてさっきのは聞き間違いだと自分に言い聞かせながら、こほんと咳払いをしてルイズを見た。

 

「シエスタ、わたしと友人になりましょう」

「ルイズぅ!」

「な、何よキュルケ! 今のどこが問題なのよ!」

「段階を踏めって言っただろうにこの脳筋馬鹿」

 

 救いようがない、とタバサは溜息を吐いた。誰が馬鹿だと騒ぐルイズにお前だと追い打ちをかけ、彼女は再度固まりかけたシエスタに近付く。大丈夫か、と声を掛けると、今度は持ちこたえたのか、おずおずとではあるがはいとシエスタは返した。

 

「あ、あの……。ミス・タバサ」

「何?」

「ミス・ヴァリエールは、どうしてあんな」

「アタマが悪いのか?」

「ち、違います! わたしなんかと友人になりたいなんて言い出すのかって」

 

 どうしてと言われても、とタバサは首を捻る。あれはただ単になりたいからそれをそのまま口に出しているだけで、理由らしい理由は特に無いはずだ。適当な答えで言いくるめることも出来るが、それは流石に後に響く。

 ただ、気まぐれではないことだけは確かだろう。あいつは脳筋で考え無しで暴力女で口も悪く品もないが、友人という言葉を軽々しく使うような人間ではない。本当に、彼女と、シエスタと仲良くなりたいから言っているのだ。

 だから、タバサはそれをそのまま彼女に告げた。そうして、じゃあこちらからも質問だと彼女に述べた。

 

「ルイズと友人になるのは、嫌?」

「と、とんでもない! でも、わたしなんかが、貴族様と友人にだなんて」

「わたしの見た限り、貴女の方がルイズより立ち振舞がしっかりしている」

「いやそれは流石に言い過ぎ――」

 

 唐突に、イノシシを担ぎながら学院を闊歩している光景を思い出した。少しだけ考え、言葉を飲み込み、息を吐き、明確な答えを言うのを避けた。

 それで、どうかしら。そうして一息ついたシエスタに、もう一人の少女から声が掛かる。あれは口より先に手が出るし魔法は使えないしそのくせ喧嘩はアホみたいに強い凡そ貴族とは程遠いやつだけど、悪人ではないし根は正直者だ。だから、友人になるのに心配はいらない。そう言ってキュルケはシエスタに笑いかけた。

 二人にそう言われ、シエスタは少しだけ考える。なりたいかなりたくないか。そんな迷いはとうの昔に消え去っていたが、しかしそれを口にするのは覚悟が必要であった。自分の中では、まだそこには至らない、という自己分析があった。

 視線をルイズに向けた。先程の二人の言葉を体現するかのように、魔法学院の制服は返り血で汚れ、念入りに洗濯しなければ落ちそうにない。髪はボサボサ、靴は泥だらけ。メイジの誇りともいえる杖は見当たらず、代わりに背中のインテリジェンスソードが一本。

 だが、そんなみっともない格好が、シエスタの中では何よりも立派に見えた。どんなに着飾った貴族よりも、自身の誇りだときらびやかな杖を抱えるメイジよりも。

 息を吸う。そして、吐く。その動作を行った後、シエスタはルイズへと踏み出した。彼女を真っ直ぐに見詰め、そして一瞬だけ目を閉じ、開ける。

 

「……ルイズ、様」

「様とかいらないわよ」

「いいえ、これは譲れません。わたしは、貴女の友人であると同時に、ルイズ様に仕えるメイドですから」

「へ? いや別にわたしはそんな」

「わたしが! やりたいんです! ルイズ様に仕えたいんです。……駄目ですか?」

 

 その視線に、思わずルイズが気圧された。視線を左右に彷徨わせ、どうしようとキュルケとタバサに目で助けを求め。知るか、と同じく視線で返され。

 参った、とばかりに大きく息を吐いた。まあ、仲良くはなれたし、とりあえずはいいか。そんな風に適当な結論を出した。

 

「じゃあ、これからも、よろしく。シエスタ」

「はい! よろしくお願いします! ルイズ様」

 

 そうして二人は顔を見合わせ、笑顔を見せた。まだ多少はぎこちないものではあったが、そこには確かに貴族だとか平民だとか、そういうものとは全く無関係の絆の始まりを感じさせる何かがあった。

 ではまずは、とシエスタはルイズを見る。ボロボロで、ドロドロのルイズを見る。

 

「染みにならないように、制服を洗いましょう」

 

 

 

 

 

 

 思えば最初の時点で制服汚してたな、とルイズは一人笑う。二回目三回目と続くごとに、シエスタが段々とお怒りモードになっていくのを思い出し、あははと誰に向けるでもなく苦笑した。

 現在の時刻は夜。あの後普通に学院での時間を過ごした後である。そろそろ生徒も就寝しているのか、昼間の喧騒が嘘のように廊下は静まり返っていた。ランプも最低限のものに減らされたそこを歩きながら、ルイズはなんとはなしに窓の向こうを見上げる。ハルケギニアの二つの月が、ランプの少なさを補って余りある明るさをこちらに与えていた。

 よし着いた、と扉を開ける。思ったよりも大きな音が響き、部屋の中の人物は何事だとそちらに顔を向けた。そうして、入ってくるのがルイズだと分かると、一体どうしたんですかと顔を綻ばせる。

 

「あはは。ちょっと眠れなくて」

 

 場所は厨房。夕食の準備も終わり、明日の仕込みを行っているところである。以前手伝いをしたのでその辺は分かっている。そういうわけで、ちょっと体でも動かそうかなと思ったなどと言いながら彼女は袖を捲り上げた。

 

「本当ですか?」

 

 横合いから声。あ、とそこに視線を向けると、今日はこちらの手伝いをしていたのか、シエスタがジト目で彼女を見ているところであった。やれやれと肩を竦めながら、彼女はルイズを眺め、少しだけ考えるように目を閉じる。

 

「な、なな何よシエスタ。わたしはやましいことなんかこれっぽっちも」

「何も言ってませんけど?」

「うぐ!?」

 

 墓穴を掘るとはこのことか、とルイズはガクリと肩を落とした。そんな彼女をシエスタも厨房の面々も苦笑しながら眺め、代表でマルトーがどのみちもう仕込みは終わったと彼女に告げる。ダブルパンチを食らった彼女は、了解、と力無く片手を上げると踵を返した。

 

「ルイズ様」

「……何?」

「眠れないのでしたら、わたしとちょっと晩酌でも付き合いませんか?」

 

 サイトみたいな言い回しね、と言いつつも、ルイズはその提案に乗ることにした。それは良かったと厨房のテーブルに向かうと、同じく仕事終わりで少し飲もうとする厨房の面々からかっぱらってきたカップをシエスタはルイズの前に置く。

 ありがとう、とそれを手に持つと、じわりと温かさが伝わってきた。

 

「グリューワイン?」

「ひいおじいちゃん曰く、晩酌は熱燗に限るそうです」

「アツカン? サイトやクリスが何か前に言ってたわね」

 

 まあいいや、とルイズはそのグリューワインに口を付ける。アルコール分が若干薄められたことと、シナモンやオレンジの効果によって、彼女の体がほんのりと癒されていった。

 はふぅ、と息を吐く。成程、これは確かによく眠れそうだ。そんなことを考えながらもう一口飲み、一息ついてカップを置く。

 それで、本当はどうしたんですか。そんなシエスタの言葉に、ルイズは本当に大したことじゃないの、と返した。

 

「今日、昔の話したじゃない。だから、ちょっと、シエスタと二人で話そうかなって」

「だからわざわざ、わたしを捜していたんですか」

「あ、バレてる」

 

 あはは、とルイズは頬を掻く。そんな彼女を見て苦笑したシエスタは、ルイズと同じようにグリューワインに口を付けた。温かいそれで喉を潤すと、目の前を見た。自身の仕えるべき人物を見た。

 大切な友人を、見た。

 

「ルイズ様」

「何?」

「わたしは、貴女の友人として、恥ずかしくない働きをしていますか?」

「……友人ってのは、そういう評価なんかしないものよ」

「では、メイドとしては?」

「もう少しわたしに優しくしろ」

「それは無理ですね」

 

 クスクスとシエスタは笑う。何でよ、と肩を落としながら、しかしルイズも同じように笑う。そうしながら、揃ってグリューワインに口を付けた。

 胸にじんわりと広がるこの暖かさは、きっと飲み物のせいだけでは、ないのだろう。




友情エンド

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