ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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ネタとしてスパイス程度に入れるかもしれませんが、まず間違いなく原作とかけ離れているこの作品では最終巻の展開や結末にはなりません
ので、ネタバレは大丈夫です
多分、きっと、メイビー


その2

 ガリアのグラン・トロワの一室、その円卓に集結するのはハルケギニアの錚々たる顔ぶれであった。ほぼ全ての国の頂点とも言える存在が一同に介する光景は、まさに圧巻。

 そしてその中でも特に、この状況を作り上げた発端となった三国同盟の存在感は否応なしに大きかった。アルビオン、ガリア。そしてトリステイン。それらの頂点に立つ人物は、それに相応しい空気を纏っていた。

 

「……テファは、補習だったかしら?」

「はい」

 

 訂正、アルビオンの頂点は不在であった。まあ彼女らしいですわね、とそれを聞いていた彼女はクスリと笑う。年若く、美しい少女が円卓に座っている姿は背伸びした子供のようで滑稽にも見えかねなかったが、彼女の身に付けている空気がそんな感想を抱く余裕など綺麗サッパリ消し去っていた。隣に座る彼女の夫は、そんな彼女を誇らしげに見ながら、従姉妹の補習の報告を聞いて苦笑していた。

 

「まあ、どんな時であっても普段通りであろうとする姿は立派だと僕は思うよ」

「ええ、勿論ですわウェールズ様。わたくしも、常にそうでありたいと思っていますから」

 

 そう言って彼女は、アンリエッタは微笑む。ウェールズもまた、そんなアンリエッタを見て苦笑を笑みに変えた。仲睦まじい夫婦を見て、傍らに護衛として立っているアニエスの頬も思わず緩む。後はこれで中身が魔王でなければ。そんなことを一瞬思い浮かべたが、もしそうでなければ現状になり得なかったことを考えるとそれも駄目かと小さく溜息を吐いた。

 ちなみに隣ではマザリーニ宰相が大きく溜息を吐いていた。

 

「…………いいなぁ」

 

 その対面では、枢機卿という立場らしからぬ頬杖をついた姿勢で夫婦を見ている少女が一人。長い少しくすんだ銀髪を弄びながら、ポッカリと空いた隣の席を気にしつつ愚痴を零している。

 

「お嬢様」

「何よ『地下水』」

「素直に会いに行けばよろしいのでは?」

 

 背後に控えている灰髪ツーサイドアップの少女がそんなことを述べたが、彼女はうるさいと取り付く島もない。それはそれでありだけれど、今回はダメだ。そう続けながら、視線をぐるりと『地下水』へ向けた。

 

「だって今ジュリオはあの嫌な嫌な教皇聖下のところにいるもの。きっとわたし、凄く醜い顔になっちゃうわ」

「そうですか」

「大体、『地下水』。貴女はどうなの? こんなところでわたしについていないで、件の彼に会いに行けばいいじゃないの」

「何で私があんな馬鹿のところに……」

 

 心底嫌そうな顔を浮かべた『地下水』を見て、彼女は、ジョゼットは表情を楽しそうなものに変えた。そんなことを言っても、体は正直だ。酒場で酔った中年男のような言葉を紡ぎながら、ニヤニヤと笑い『地下水』をつつく。

 

「お嬢様、僭越ながら」

「何?」

「最近、頭悪くなられましたね」

「……馬鹿にしているの?」

「勿論」

 

 いたって涼しい顔である。こいつ、最近反抗的になったな。そうは思ったが、自分の調教の賜物なので強く文句を言うことも出来ない。言わないわけではない。当然ながら『地下水』は流した。

 さて再度対面側。そんな二人のやり取りを見ていたアンリエッタは、仲が良さそうで何より、と微笑んでいた。隣のウェールズもそれに別段異議を唱えることはない。

 

「そうは思わないかしら?」

「いきなり話振らないでください」

 

 ねえ、とアンリエッタが振り返った先には、父であるヴァリエール公爵との話が終わりこちらに歩いてくるルイズの姿があった。唐突に同意を求められたルイズは知るかとばかりの返答をし、それで何が何なんだと説明を求める。言葉では答えず、アンリエッタは視線だけで返事とした。ジョゼットと、『地下水』を見た。

 

「……向こうは向こうで仲が良さそうで何よりですね」

「ええ、そうね。流石はわたくしの『おともだち』ね」

 

 なんのこっちゃ、とルイズは首を傾げる。が、ウェールズも、アニエスも、そしてマザリーニも。彼女のその返答を聞いて、アンリエッタの返しを聞いて、皆一様に笑顔となっていた。

 

「それで、ルイズ」

「何ですか」

「貴女はどうするの?」

「どうするも何も、別に特別なことは何もしませんよ。父さまにあまり無茶するなって言われたくらい」

「あら。公爵のことですから、てっきりルイズは討伐隊に参加させないくらいは言うのかと」

「いや、ちい姉さまも母さまも参加するんで、わたしだけ却下はないですから」

 

 ちなみに、魔境の姫君カトレアと烈風カリンが所属するヴァリエール公爵軍は現状ハルケギニア最強の部隊である。一応魔女ノワールとルイズも所属的にはここになるので、勝てる軍隊は皆無と言っていい。

 その言葉を聞いていたマザリーニはホッと胸を撫で下ろした。公爵家が動いてくれるのならば、トリステインの戦力は十分過ぎるほど充実するからだ。それが分かっているのか、アンリエッタも良かったですわね宰相と彼を労った。

 

「もっとも、わざわざこの会議に参加してくださるのですから、断られる可能性は低いと思っていましたが」

「いやまあ流石に世界レベルの厄災起きる時に日和見決め込むほどわたしの父さま駄目じゃないので」

「世の中には、そういう時に限って尻込みする人間もいるのですよ」

「……そうだね。アンリエッタの言う通りだ」

 

 やれやれ、とウェールズが頭を振る。彼女の言っていた者達に心当たりがある、あるいはこれまでの交渉で出会った連中が軒並みそうであったのかもしれない。席数の少ないアルビオンをちらりと見たことからすると、前者だろうか。

 

「とりあえず、現状自由に動かせる精鋭はトリステインのヴァリエールとガリアのオルレアンの二つか……」

「皇帝閣下は随分と渋っていましたわね」

「恐らく、この後の会議でも色々と言ってくるだろうね」

 

 それでも、どうにかしてツェルプストーを動かす許可を手にしなければならない。そうしないと、ルイズが十全に動けない。最悪キュルケは家を飛び出してでもこちらに合流するであろうが、それはアンリエッタもウェールズも、勿論ルイズも望むところではないのだ。

 失礼します、とアニエスの下に兵士がやってきた。こんな場所にわざわざ来るとはどういうつもりだと彼女はその兵士を睨んだが、至急お伝えしなければならないことがあると言われてしまえばそれ以上何かを言うことも出来ない。

 

「何があった?」

 

 はい、と兵士が述べたその言葉を聞き、アニエスは目を見開いた。弾かれたように背後を向くと、聞き耳を立てていた自身の主君とその『おともだち』も同じように表情を引き締めその兵士を見詰めていた。それは本当か、そう尋ねると、間違いありませんと頷かれた。

 兵士を下がらせ、アニエスは再度自身の主を見る。ウェールズとアンリエッタを見ながら、もう一度説明が必要でしょうかと問い掛けた。

 

「不要です。それで、向こうの被害は?」

「こちらの書簡によれば、今のところ死者は確認出来ていないとのことですが、ただ……」

 

 少し気になることがあるとアニエスは言葉を続けた。ここの部分ですが、とその書類の記述を指でなぞる。避難誘導した場所とは違う箇所で戦闘発生の可能性あり。亜人の飛竜部隊が降下しているのを目撃したのだとか。

 

「……シュペーのアトリエ、ですか」

 

 あの場所で戦闘が発生したとすれば、彼女が逃げていないからだ。逃げていない理由を考えれば、作業中であるからだろう。こんな事態でも作業を優先しなければならない理由があるとすれば、それは。

 

「ルイズ」

「はい?」

「サイト殿は、今何を?」

「え? 確か、わたしがこっちに行くからその間にミス・シュペーにボロボロのニホントウを打ち直してもら――」

 

 言いながら、アンリエッタと同じ結論に至ったらしい。あのバカ、と呟いているところからすると、使い魔との繋がりか何かで彼が戦闘中であることも感じ取ったのかもしれない。

 

「少し、部隊の編成を変更しなければいけませんか……」

「だがアンリエッタ、それは難しいと思う。向こうは下級とはいえ飛竜だ、そうやすやすとは」

「ならば――」

 

 え、と皆視線をその声の主に向けた。いつの間にか彼女達のすぐ近くに、メイドを伴った女性司祭が立っていたのだ。先程まで対面にいたはずだが、どうやらこちらの会話をこっそりと盗み聞きしていたらしく、参加しようと席を立ったようだ。

 

「わたしの近衛隊を、お使いになられてはいかが?」

「ジョゼット枢機卿。お気持ちは嬉しいが、今からでは流石に」

「ウェールズ一世陛下、ご心配には及びません。ほんの手助け程度の人員ですし」

 

 杖を取り出す。軽く呪文の詠唱を行うと、彼女はポンと軽くメイドの肩を叩いた。叩かれた方は何ともいえない顔をしていたが、彼女はそれを意図的に無視をした。

 

「わたしは、この程度の距離ならば、数分で移動できますわ」

 

 

 

 

 

 

「ど、っちくしょー!」

 

 奪い取った棍棒でコボルトの頭を叩き割る。安心しろ、峰打ちだ、などと言ってはみるものの、どう考えても撲殺されている犬頭を見て何も安心出来ないなと自分で自分にツッコミを入れた。

 

「まあ、刃付いてなくても普通に鈍器だしな、思い切り殴られれば死ぬよな」

「サイト! 馬鹿なこと言ってないで一旦引け!」

 

 あいよ、とコボルトの死体を蹴り飛ばして才人は飛竜の背から石畳に着地した。持っていた棍棒は彼の一撃に耐えきれずにへし折れている。脆いな、と吐き捨てながら才人はそれを投げ捨てた。

 飛竜の数は目に見えて減っている。他の場所がどうなっているかは分からないが、少なくとも才人達より不利になっていることはないと見ていいだろう。となれば、向こうの侵攻は失敗、こちらの勝利はまず間違いない。

 

「生き残れたら、だけどな」

「何を弱気なことを言っているんだい伝説。君ならやれるよ」

「はっ、簡単に言ってくれちゃって」

 

 そう言いながらも才人は笑う。そして、それを受けルネも笑った。彼も精神力をほぼ使い切っている。才人自身も、体力が限界近かった。武器を持てば多少疲労が薄れたが、ほぼ使い捨て状態のコボルトの棍棒しかないのであまり役に立っていない。

 

「後……何匹だ?」

「五匹だ。いや、シャーマンがいるから六匹かな」

「あー……二人じゃキツいな」

「そこは余裕だって言う場面だろう?」

「無茶言うなよ。俺素手だぜ?」

「さっき自分でやるって言ったんじゃないか」

「かっこつけたんだよ! 悪いか」

「悪くはないさ。ぼくだってそうだからね」

 

 ははは、と二人揃って再度笑った。笑い、そして再び気合を入れた。それだけでどうにかなる場面はとっくに過ぎている。だがそれでも、あえて二人はそれをやった。

 行くぞ、と才人は飛竜に飛び掛かる。思ったよりも飛距離が出ず、足に掴まる形になった彼は、そのままよじ登るとコボルトを蹴り落とそうと足を振り上げ。

 

「と、とととぉ!?」

「サイト!?」

 

 飛竜が回転するように旋回したことでバランスを崩した。コボルトも流石にこれ以上やられるほど馬鹿ではない。相手の動きが鈍くなったことを察知して振り落とさんと考えたのだ。危ない、と慌てて足にしがみついた才人だが、そんな状態ではコボルトの一撃を避けられない。

 ガツン、と頭に衝撃が走った。グラリと体が揺れ、蓄積された疲労により意識が一瞬だけ飛ぶ。気付いた時には空に投げ出されており、咄嗟に受け身を取らなければまず間違いなく戦闘不能になっていただろう。

 勿論落下のダメージも低くはない。ゴロゴロと転がった才人はすぐに起き上がれずに暫しその場で横たわる。救出に行こうとルネも足を動かしたが、チャンスとばかりに群がってきた飛竜により同じように吹き飛ばされた。

 

「ルネ!?」

 

 自分の心配をしたらどうだ、とコボルト・シャーマンは空で笑う。ルネを襲っている以外の飛竜が才人を取り囲み、そしてシャーマンは何やら呪文を放たんと杖を振っていた。

 こいつの方が厄介だ。そう判断したシャーマンは、先にこちらを始末しようと考えたのだ。向こうは飛竜でも十分、こちらは己の呪文で殺す。周りの石を使い、才人を叩き殺すだけの量を用意したシャーマンはクククと笑った。所詮毛なしザル、魔法も使わぬくせにやたら踏ん張ったが、こちらには敵うまい。そんなことを言いながら、トドメとばかりにそれらを飛ばした。

 才人は動けない。動く暇がない。動いても周りの飛竜が邪魔で逃げられない。何より、石つぶての量が多過ぎる。

 

「やべ」

 

 これは死んだな。どこか他人事のように才人は思った。そして、ごめんと誰かに謝った。あれだけかっこをつけたのにやられたことを、己の主人か、共に戦った少年か、自分のために残ったと責任を感じてしまうであろう少女か、他の誰かにか。とにかく、謝った。

 

「……まったく、何でお前は毎回毎回こう」

 

 水の竜巻が目前で発生した。石つぶてがそれに防がれ、飛竜がその勢いで離れ。

 ゲンナリした表情で着地するメイド服姿の少女を見て、才人もまた、同じようにゲンナリとした表情を浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

 

「こうしてお前を助けるのは、二度目ですね」

「あー……そうだな」

 

 簡単な治療をしてもらい、灰髪ツーサイドアップのメイド少女の手を借りて立ち上がった才人は、助かったと素直に礼を述べた。ふん、とそれに鼻を鳴らすことで返答とした『地下水』は、しかし一体どうしたのだと怪訝そうな顔を浮かべた。

 

「何であの程度に苦戦しているのですか。前も戦ったでしょう?」

「いや、俺今素手なんだよ」

「……馬鹿なのですか?」

「しゃーねーだろ! ルネが杖折っちゃったんで持ってた剣渡したんだよ!」

「ルネ、というのはあそこで伸びていたメイジですか?」

 

 邪魔だったので工房に叩き込んでおきましたけど。そう言いながら『地下水』は少し考え込むように顎に手を当てる。扱い雑だな、という才人のツッコミも意に介さず、再度包囲網を狭めようとしている飛竜達を眺めた。

 

「サイト」

「んだよ」

「ミス・シュペーの打ち直しは、後どのくらいで終わりますか?」

「多分、もうちょい」

 

 一日はかからない、と彼女は言ったのだ。ならば、まず間違いなく。そんなことを思いながら述べた答えを聞いた『地下水』は、それならまあいいかと頷く。

 

「サイト」

「だから何だよ」

「私を使いなさい」

「は?」

「ミス・シュペーが完成させるまで、私を使って戦えと言ったんですよ」

 

 そう言いながら、『地下水』は短剣を抜き放つとそれを才人に突き付ける。以前見たままの不思議な装飾が施されたそのナイフは、間違いなく『地下水』の本体であった。

 才人はそのナイフと、そしてそれを持っている灰髪の少女を見る。その顔は真剣で、ふざけている様子は見当たらない。握った瞬間に意識が乗っ取られる、ということもまずないだろう。それは逆に言えば、向こうが自分を信頼し、文字通り己の体を預けてくれるということにほかならない。

 

「って、お前のその体はどうするんだよ」

「工房にでも押し込めておきなさい。ああ、でも、代わりがあるからといって傷付けるのは許しません」

「じゃあお前が戦えよ」

「嫌々ここに送られたのですから、それくらいの我儘は許してくれてもいいでしょう? それに――」

「それに、何だよ」

「……いえ、何でもありません。いいから早く、私を使って」

 

 ぐい、と少女の体を密着させながら、『地下水』はそんなことをのたまった。何だか一瞬いかがわしい意味に聞こえてしまった才人は少しだけ動きを止め、いやいや違うからと頭を振る。どのみち現状才人が戦うにはそれしか方法がない。悩む必要がないのだ。『地下水』に戦闘を任せ自分は寝ている、そんなこと出来はしないのだから。

 

「分かった。少しだけ、お前を使うぜ」

「ええ。……一応言っておきますが、ナイフを、武器として、ですよ?」

「分かってるよ! っていうかお前なんかそういう意味で使うかよ!」

「それは聞き捨てなりませんね。この体はあの娘と同じ、決して悪いものでは」

「それ今しなきゃいけない話!?」

 

 ああそうでした、と『地下水』は手を叩く。では改めてと自身の本体を才人に差し出すと、彼は頷きをそれを手に取った。左手のルーンが光り、先程よりも疲労が取れていく。ぐらりと崩れ落ちる少女の体を、危ない、と抱きとめた。

 

「よし、んじゃお前の体を建物に避難させたら、反撃開始と行こうぜ」

「ええ。――少しだけ、期待していますよ、サイト」

「はっ。言ってくれるじゃねぇか」

「後、そうですね」

 

 その体を傷物にしたら、責任取ってもらいましょうか。そんなことを一瞬考え、アホらしいと彼女は口を噤んだ。どうしたんだ、という才人の言葉には、うるさい、と返した。




ネタとしてスパイス程度には入れます(二回目)

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