ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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間が空いたのに案外短い……


その11

 戦闘が始まったものの、やはり皆動きに精彩が欠けている。慣れない騎獣を扱っている以上仕方ないのだろうと納得はしているが、しかし。

 

「攻めることは難しいですわね」

「ああ、そうだね」

 

 アンリエッタの言葉にウェールズは頷く。周囲でフネの防衛を兼ねて敵を迎撃するのが現状の精一杯だ。こちらから打って出るのはほぼ不可能に近い。

 とはいえ、ならば乗り慣れた騎獣を使えば良かったのかといえば答えは否。

 なにせ、今動いている騎士達は皆竜騎兵なのだから。

 

「エンシェントドラゴンの竜を支配下に置く能力の有効範囲、持続時間はともに強力。……仕方ないさ」

「ええ。皆それに納得してくれているのが、せめてもの光でしょうか」

 

 アンリエッタ、ウェールズの言葉を疑うことなく、トリステインの騎士達は懸命に戦っている。普段なんだかんだ魔王だの言われていても、それは信頼の裏返しであったのだろうと思ってしまうほどで。

 勿論そう思っているのはウェールズである。アンリエッタの心情は語るまい。

 

『そちらはどうだ?』

 

 そんな折、ガリアのフネから通信が入る。ほぼ予定通りですと返したアンリエッタは、これから起こることに対して警戒を見せていた。無ければよし、あっても想定通りならば問題はない。

 

「ジョゼフ陛下」

『なんだね? ウェールズ陛下』

「敵の動きをどう見ます?」

 

 ほんの少しの沈黙。そして、隣の愛しい奥方に聞いた方が早いのではないかなと通信機越しにでも分かるような笑みを浮かべた声が返ってきた。

 ウェールズはそれに何か反応はしない。ええ、と短く述べるのみで、ジョゼフの答えを待っている。

 

『現状、予想は覆る、とこちらは見ている』

「そうですか」

『驚かんのだな?』

「……まあ、隣の愛しい奥方も口にはしていませんが同じ意見のようでしたから」

 

 通信機から大笑いが返ってくる。そうかそうか、と笑いを収めずに述べたジョゼフは声色を元に戻すと覚悟を決めておくのがいいだろうと静かに述べた。ウェールズはそれに肯定を返し、ではそのように、と通信を打ち切る。

 

「ああ、すまないアンリエッタ。君も何か意見が――」

「いいえ。ウェールズ様に口を挟む余地はありませんわ」

「ははっ、お世辞でも嬉しいよ」

 

 本気ですのに、とアンリエッタは頬を膨らませる。そんな彼女を優しく抱き締め頭を撫でたウェールズは、さて、と彼女の肩を抱いたまま視線を東側に向けた。トリステイン、ロマリアを中央と考えた場合、ガリア、オクセンシェルナは西側で、東はアルビオンとクルデンホルフが担当している。そのさらに向こうでこちらを率いているとばかりに先陣を切っているのがゲルマニア。

 こちらの忠告を鼻で笑って竜騎兵を積んで出撃した連中である。

 

「……確か、ツェルプストー軍はこちらの意を汲んでくれたのだったね」

「ええ。最低でもあの方達はどうにかなるでしょう」

 

 ならないのならば、こちらでどうにかする。そんな意図が透けて見えて、ウェールズは思わず笑みを浮かべた。

 

「――っ!?」

「これは……! 予想以上に……!」

 

 そのタイミングで、火竜山脈全体を震わせるがごとく。

 敵も、味方も、全てを巻き込むような咆哮が木霊した。

 

 

 

 

 

 

「ひぃぃぃ! 駄目なのねぇぇ! シルフィ食っても美味しくないのね!」

「落ち着けシルフィード。ルイズ達のマジギレの方がずっと怖いから」

「おいこら」

 

 どんな宥め方だ。一発才人の頭を叩きながら、しかしルイズは真剣な表情で前を見た。

 以前、まだ奴が石像に近かった時に戦った洞窟。封印してあったそれは無残に崩れ去り、窮屈な殻を突き破った竜はその翼を広げながら巨大な咆哮を放っていた。それはルイズ達を邪魔者だと認識したものなのか、手下であり駒である竜や亜人が戦闘を始めたので鼓舞する意味合いを込めたのか。はたまた、自身の存在をただただ知らしめ周りを怯えさせたかっただけなのかもしれない。

 そのどれにしろ、古代竜の周囲に響き渡る咆哮は確実に戦場に影響を及ぼしていた。亜人と竜には支配者からの鼓舞を受けたと勢い付く。その一方で討伐隊は人知を超えた何かが発するそれを全身に浴びたことで恐慌状態に陥っていた。ルイズ達のような者ならばレジスト出来るレベルのものであったが、フネにいる大多数はそうはいかない。撤退を指示していても、それを理解していても、体が中々動いてくれない。それならばまだ良い方で、大多数はシルフィードのような状態である者ばかり。

 

「ひぃぃぃっ! 死ぬ! 死ぬ! 全速後退しなきゃ! 逃げなきゃ!」

「テファ! 合図だ、撤退!」

「う、うん!」

「おいベアトリス、そこの無駄乳に退路を示せ!」

「ひっ、ひぃ! た、退路!? そんなもの、そんなもの――な、南東! 南東に逃げるの!」

「だそうだ、テファ」

「りょ、了解! ボーウッドさん!」

 

 約一名レジスト出来ていないにも拘らずやけに具体的な退路を喚くツインテールがいたらしいが、例外なので深くは語るまい。どのみち現状ルイズ達が知る由もない。

 今の彼女達は、目の前の古代竜をどうにかしてぶちのめすということで頭がいっぱいなのだ。

 

「なあ、ルイズ」

「あによ」

「いけるの?」

「やるのよ」

 

 そりゃそうか、と才人は刀を構える。同じくデルフリンガーを肩に担ぐ構えを取ったルイズと共に、まずは一手、と斬り掛かった。

 以前とは比べ物にならないほどの鱗の硬さに剣は弾かれ、まるで羽虫を払うがごとく太く強靭な前足と尻尾が振るわれる。一瞬受け流そうかと考えた才人は、しかし猛烈に嫌な予感がしたので全力で飛び退った。

 

「サイト! 受けちゃ駄目よ、出来るだけ回避しなさい」

「おう……。何か食らったら死ぬ気がした」

「かも、しれないわね」

 

 ルイズの声色に冗談がない。これはいよいよマジでマズいな、と才人は冷や汗を垂らした。きっとあのご主人はなんだかんだで食らっても生きているのだろうが、自分は駄目だ。彼女とは違う、当たれば致命傷だ。

 何か変なこと考えたでしょ、とルイズは彼に視線を向けないまま不満げな声を出す。そんなことないと返した才人は、彼女の隣に並ぶように再度刀を構えた。

 

「とりあえず、注意をこっちに向けなきゃいけないわ」

 

 エンシェントドラゴンの意識はどちらかといえば火竜山脈を囲んでいるフネに向けられている。今はまだ移動する気配はないが、これでフネに攻撃を開始されてしまえばルイズ達の任務は失敗、そんな言葉で済まされるレベルではなくなってしまう。

 場合によっては、彼女の大切な人が、死ぬ。ルイズの友人が、消し炭になる。

 

「そんなこと――させるわけないでしょうが!」

「ちょ、ルイズ!?」

 

 足に力を込めると、ルイズは全力で大地を蹴った。メイジの『フライ』の存在意義を薄くするような勢いでエンシェントドラゴンの胸元まで跳躍した彼女は、そのままそこに一撃を加える。甲高い音を立ててデルフリンガーが弾かれるが、それがどうしたとそのまま体を捻りもう一撃を叩き込んだ。先程より更に大きな音が鳴り、しかしどこか鈍い音へと変わる。

 古代竜の目だけが下へと向けられた。ちっぽけな何かがウロウロと目障りだ。そう思っていたが、痛みを感じたのだ。何をしたとその相手を視界に捉えようとしたのだ。

 くん、とそれと同時に鼻を鳴らした。先程から感じるこれは、己の力になる『餌』の香りだ。気にしていなかったが、どうやら足元をうろつく羽虫がそれらしい。

 

「やっとこっち見たわねエンシェントドラゴン」

「うっわ超帰りてぇ」

 

 こちらを睨む羽虫と、及び腰になっている羽虫。どちらも己の栄養たる『虚無』の香りがするが、より濃厚なのは睨んでいる方だ。そう判断した古代竜は、ターゲットをルイズに絞った。無理矢理目覚めさせられ、封印をゆっくり説いて自由になったものの、力が足りていない。栄養補給が必要なのだ。

 

「どうやら、わたしを餌だと思ってるみたいだけど」

 

 嘗めんな、とルイズは剣を振るう。手加減なしの全力の一撃、それを前足で受け止めたエンシェントドラゴンは、すくい上げるように彼女を打ち上げた。空中で身動きが取れない状態にして、そのまま大口を開けて噛み砕く。

 

「嘗めんな!」

 

 再度叫んだ。ルイズは体勢を無理矢理立て直し古代竜の牙とデルフリンガーをかち合わせた。当然ルイズが弾き飛ばされたが、少なくとも臓物を撒き散らしながら挽肉に変えられることは避けられたようであった。

 

「い、ったぁぁ」

「痛いで済むのがびっくりだよ」

 

 そう言って苦笑した才人は、しかし彼女を見てギョッと目を見開いた。その口振りから大したことのないダメージだと思っていたのだ。

 彼女の左手は血塗れであった。服の袖は破れボロボロであり、ルイズの美しい肌に多数の切り傷が刻まれている。動かないということはないようであったが、少なくとも今までのように全力で剣を振るうには支障があるであろうことを感じさせた。

 ああもう、と腕の血と額から流れ落ちる血を拭う。敗れた袖で簡単に止血をすると、ぼさっとするなと才人をどやした。

 

「いやでも、ルイズ!? 大丈夫なのかよ!」

「大丈夫であろうとなかろうと、今はそんなこと気にしてる場合じゃない!」

「いや気にするって! 大丈夫じゃないならとりあえずタバサ達んとこまで撤退しなきゃいけねぇだろ!」

「じゃ、大丈夫!」

「それは大丈夫って言わねぇよ!」

 

 そう叫んだものの、才人はとりあえずルイズが止まらないことを確信してああもうと頭を掻いた。自分だけ逃げる、という選択肢などは端から存在しない。

 ぐ、と古代竜が口を噤んだ。そこに本能的な危機を感じたルイズと才人は、シルフィードを引っ掴んですぐさまその射線上から離れる。放たれたブレスは規模を抑えているようであったが、それでもその威力は甚大。一直線にえぐれた跡を見る限り、食らえば勝負ありだろう。

 

「無理なのね! 勝てないのね!」

「あーもううっさい! アンタがあれをどうにか出来ないのは分かったから――」

 

 ちらりと才人を見る。緊張した顔でエンシェントドラゴンを睨んでいる彼は、どう見ても余裕がない。勝てるビジョンが浮かんでいないのだろう、そうルイズが確信を持ってしまうほどの表情で。

 

「サイトを連れて、タバサ達のとこまで行きなさい」

「ルイズ!?」

 

 どういうことだ、と才人が詰め寄る。そんな場合じゃないだろうと彼を蹴り飛ばし、ついでにその場から飛び退った。尻尾が振り下ろされ、硬い岩盤がベコリと沈む。

 

「……何でだよ! 俺だってお前の、囮くらいはやってやれるんだよ!」

「囮って、死ぬ気満々じゃない」

 

 はぁ、と溜息を吐いて才人の頭を叩いた。勝とうと思っているのならばこんなことは言わない。そうでないなら、少なくとも今その気でないのならば。彼女にとっては逃げ腰のシルフィードも決死の覚悟の才人も変わりがない。

 何より、ルイズは覚えている。彼が最初に会った時彼女に言った言葉を、使い魔になる条件を。

 

「ねえ、サイト。アンタ、覚えてる?」

「何をだよ」

「わたしは覚えてるわ。アンタに、大事な使い魔に言われたことだから」

「だから何を――」

「アンタ言ったでしょ? わたしの為に死ぬのは丁重にお断りするって」

 

 それは、と才人は呻く。まだ何も知らない頃、初対面の相手のためにそんなことをするつもりはない、という意味で言ったその言葉。それを今こんな場所で持ち出すなんて、卑怯だ。そうは思っても、それが口をつくことはない。今は違う、と言い出せない。

 ルイズの顔が、その笑顔が、どうしようもなく真剣だったから。

 

「安心しなさい。わたしがそう簡単に死ぬもんですか」

「でも、ルイズ……」

「ああもう。……じゃあ、こうしましょう」

 

 わたしはあれを足止めするから、アンタは向こうのフネの撤退を全力で支援しなさい。そう言って彼の眼前に指を突き付けた。ほれ、そろそろ古代竜も動き出すぞ、そう言いながらその手で彼をポンと押した。

 

「……約束だからな」

「ん?」

「絶対に! 戻ってこいよ! 約束だからな!」

「当たり前でしょ? わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、アンタのご主人様よ」

 

 笑顔を浮かべ、拳を突き出す。そんな彼女を見て、才人は泣いているような笑顔を浮かべ、分かった、とそこに拳を合わせた。

 コツン、と音が鳴る。空で起きている戦闘の轟音が響く中、それがやけにはっきり聞こえたのは、気のせいではあるまい。

 シルフィードは才人を背に乗せ、彼と同じように絶対死ぬなとルイズに念を押した。はいはい、とそんな一人と一匹にひらひらと手を振り、それを迎撃などさせるものかと剣をエンシェントドラゴンの足に叩き込む。

 

「くっ」

 

 反撃の蹴りを食らい、ゴムボールのように吹き飛んだ。デルフリンガーで防御をしたのでダメージはそれほどではない。すぐさま体勢を立て直し、上空のフネにも、地上の仲間にも、決して目を向けさせないと大地を踏みしめる。

 お前が見ていいのは、ここだけだと叫ぶ。竜に勝るとも劣らない咆哮を上げる。

 

「さあ来なさいデカブツ! 絶対に、絶対に! お前の好きになんか、させてやらないんだから!」

 

 その通りだ、と彼女の声に呼応するように、デルフリンガーも鍔を鳴らした。

 まだ戦闘は、終わらない。




シチュエーション的には七万に突っ込むのと同じ感じ

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