ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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七巻的なお約束


その12

 才人達が合流した時、既にそこに敵の姿はなかった。キュルケとタバサで全滅させたのかといえば、そうではないという答えが返ってくる。またいつものように、あの男は適当なところで切り上げて去っていったらしい。

 

「一体どういうことなのかしらぁ……」

「不可解」

 

 そもそも、奴曰く『焼き甲斐のある獲物』であるはずの自分達を前に何故こうも撤退をしていくのか。何かの部下であるからというのならば、見上げた仕事人根性であるが。

 

「まあ、どちらにせよ。こっちはフリーよ。ルイズの加勢、行くの?」

 

 才人達がこちらに来た理由は知っている。それでも尚キュルケはそう問い掛けた。行くのならば付き合ってやるぞ。そう彼女の目は言っていた。

 ちらりと才人はシルフィードを見る。恐怖の方が勝ったのか、ゆっくりと首を横に振っていた。そうだよな、と少しだけ視線を落とす。自分だってもう一度あれと対峙しろと言われたら嫌だと答えるであろう。勝てる見込みなんか欠片もないとわめくであろう。

 それでも、『彼女』が残っている。一人で、皆のために。

 

「……一人は、みんなのために。みんなは、一人のために」

「サイト?」

 

 なら、皆は、その一人のために何をするべきか。彼女の加勢をして、盾となって果てるのか。それとも、彼女の言う通り、彼女の負担を少しでも減らすべく。

 

「いや、ルイズと約束したんだ。あいつは絶対戻ってくる。だから」

 

 フネの撤退を支援する。そう言ってシルフィードに顔を向けた。そう言われてただろうに、と少しだけ拗ね気味で言葉を返した彼女は、だったら急ぐのねと背中に乗るよう皆を促す。

 

「いいの?」

「今言ったじゃんかよ。ルイズは戻ってくる」

「……ふぅん」

 

 含みのある物言いをしながら、キュルケはちらりとここからでも見えるエンシェントドラゴンの影を見た。あそこで、一人大剣を振り回しているであろう悪友を見ようとした。

 心配なんぞしていない。あのバカは、殺しても死なないのだ。隣の親友も同じことを思っているのか、そういうことなら早く行こうとシルフィードに飛び乗っていた。

 

「じゃあ、そういうことなら」

「ルイズにどやされないように、全力で支援、しましょうかねぇ」

 

 多数の竜が群がっている艦隊。そこへ全力で突っ込むようにタバサはシルフィードに命令した。了解、とばかりにシルフィードはきゅいと鳴き。

 キュルケもタバサも、そして才人も。古代竜の方には、もう振り向かなかった。

 

 

 

 

 

 

 撤退するべき方角はアルビオンの艦隊からの報告で確認している。そこが一番生存確率が高いのは重々承知している。

 だが、それでも。こちらを逃さんと包囲してくる竜の群れに、トリステインの艦隊はどうにも進めずにいた。

 

「他の艦隊は!?」

「ゲルマニア以外は、ほぼ全艦撤退を開始していますわ。あちらは一番槍を自身で買って出たのですから、殿も担当して頂く他ありませんもの」

 

 ただしツェルプストーは除く、である。どうやら仲が悪いと市井で言われているヴァリエールの艦隊が援護をしているらしく、正式な殿はそちらになっているのが明白であった。

 だが、それはそれでいただけない。トリステインの現在の戦力の八割方がヴァリエールなのだ。当然今の苦戦はその影響である。

 

「そんな泣き言を言っていたら、笑われてしまいますわ」

 

 何から何までヴァリエール頼み。アンリエッタがそれを良しとしないのは当たり前である。そんなことを言っている場合ではない、普段の彼女らしくない。平時であればそういう思いを抱くものもいたかもしれないが、生憎と今そんなことを考える人間は余裕を失っている。

 そして余裕をまだ持ち合わせている人間は、それこそがアンリエッタだと理解していた。

 

「砲門開け! ってー!」

 

 フネから撃ち出される大砲で竜が二三匹は落ちていくが、退路を切り開くには足りない。そして騎獣兵は周囲を守るので精一杯。

 その状況で尚、アンリエッタは静かに周囲を観察していた。自分が取り乱すのはすなわち艦隊の全滅を意味する。そういう判断からである。

 

「とはいえ、厳しい状況に変わりはありませんわね」

「仕方ない、ロマリアの後に続こう。向こうに借りを作るのは気に入らないかもしれないけどね」

「この状況であまり纏まるのもよろしくないのですが、仕方ありませんか……あら?」

 

 ふう、と小さく溜息を吐いたその時である。何かが猛スピードでこちらに突っ込んでくるのが見えたのだ。アンリエッタの見間違いでなければ、あれは。

 背後から突然現れたそれに、竜達は反応する間もなく叩き落された。弾丸のように一直線に、火竜山脈の地表から、このトリステインのフネへと敵を蹴散らしながら迫ってくる。

 ウェールズもアンリエッタの視線を追うことでそれに気付いた。あれは、と一瞬目を見開き、そして口角を上げる。どうやら単独で退避出来そうだね。そう言いながら隣を見た。

 

「アンリエッタ?」

「……はい、何でしょうウェールズ様」

「顔色が悪いようだけれど」

「いえ、何でもありませんわ。……ええ、何でもありません」

 

 ぶんぶんと首を横に振った。動揺をしていない、あるいは表に出さなかったアンリエッタが、あからさまに表情を変えた。それが一体何なのか、ウェールズには分からない。

 だが、段々と近付いてくる竜を見て、彼女の表情の理由を察した。確かにそうだ、と。ここに彼女達が来るということは、古代竜の足止めがなくなったということを意味する。そして、そうでないのならば。

 

「ウェールズ王子! 状況は!?」

「よろしくないね。竜の邪魔が多過ぎる。多少なりとも露払いをお願いしたいほどさ」

「あら、それはよかった。今から行うところでしたのよ」

「ん。じゃあ、任せて」

 

 頼んだ、とウェールズは頷く。そして、聞いてもいいかどうか迷い少しだけ口を開けたが、結局そのまま飲み込んだ。違う、これは自分が尋ねるものではない。そう判断し、ちらりと隣を見た。

 キュルケを、タバサを、そして才人を一通り眺めたアンリエッタは、目を閉じ短く息を吐いた。少なくとも、その顔に悲壮感はない。それだけ分かれば、十分だ。そう結論付け、彼女もウェールズと同じように三人と一匹にフネの撤退のために周囲の掃討をお願いする。

 了解、とそれに頷いた三人であったが、あ、そうだと才人が思い出したかのように口を開いた。まあ直接伝えろって言われたわけじゃないけれど、とアンリエッタに前置きをした。

 

「後で姫さまぶん殴るって、言ってました」

「そう。……じゃあ、安心ね」

 

 その宣言を彼女が違えたことはない。だからアンリエッタは、それを聞いて笑みを浮かべた。

 あいつは絶対に死なない、と確信を持った。

 

 

 

 

 

 

「ちぃ……予想以上に撤退にもたついてるわね」

 

 地面にデルフリンガーを突き刺し、それにもたれかかるようにしながらルイズはぼやいた。へばったのか、というデルフリンガーの問い掛けに、んなわけあるかと軽口を叩く。

 エンシェントドラゴンはまだこちらを最優先で狙っている。少なくとも向こうが撤退を完了するまで、この状況は続けなければならないのだ。

 

「とはいえ、流石に少し、疲れたかしら……」

「大丈夫かよ相棒。向こうはド級だぜ?」

「はん! 当たり前でしょ、この程度で――」

 

 振り下ろされた尻尾を横に飛んで躱した。そのままそこに向かって剣を振り下ろす。硬いもの同士がぶつかりあう音が断続的に響き、そして均衡を終えると同時に尻尾とデルフリンガーが弾かれ合う。

 そこへ、追撃のブレスが撃ち込まれた。

 

「当たるかそんなもん!」

 

 火竜山脈の地形が変わりかねないそれを躱したルイズは、あの鬱陶しい顔面に一撃入れてやるとエンシェントドラゴンの体を踏み台に駆け上がっていく。もらった、と横っ面へと叩き込むために剣を振り上げ。

 ぐるりと振り向いた古代竜の牙とぶつかり合った。またもや激突音が響き、今度はルイズだけが弾かれる。空中でバランスを崩した彼女に、古代竜は前足で横に薙ぎ払った。

 デルフリンガーを盾にそれを受け止めたルイズは、勢いに逆らわないようにしながら吹き飛び、受け身を取る。ついでに攻撃終わりのエンシェントドラゴンの掌に剣を突き立てた。

 

「ほっとんど刺さらないわね」

「まあ、封印が解けて間もないからな。……このまま補給がされなきゃ、もう少し戦いやすくなるはずだ」

「へー……」

 

 その時が来るのは多分そう遠くない、というわけではないのだろう。少なくともこのまま戦闘していても訪れまい。それが分かったルイズは、まあ適当に頭の片隅に置いておくことにする。

 爆発音が響いた。どうやらフネの撤退は順調に進んでいるようだ。才人達が向こうに合流したのも大きいのだろう。それを感じ取り、少しだけ安堵の溜息を吐いた。とりあえず、向こうがどうにかなることはこれで。

 

「……っ!?」

「おい相棒、こいつは……」

 

 思考が横に逸れていたからか、そのタイミングを狙っていたか。突如現れた竜頭の群れに、ルイズは一瞬気を取られてしまった。邪魔だ、と最優先の目標を尻目に、小物の排除をしようとしてしまった。

 宙を舞う。完全に意識の外からエンシェントドラゴンの攻撃を食らってしまった。先程の掌のお返しだとばかりに振り上げられた前足。それによりかち上げられたルイズは、追撃の尻尾を食らい地面に叩き付けられた。山脈が揺れるほどの轟音が響き、古代竜の尻尾は地面を割る。その下敷きにされた人間の末路がどうなっているのか、少なくとも好き好んで確認などしたくはない状態なのは間違いない。

 

「おー、おー。流石の虚無のメイジも、疲労状態で認識外の攻撃を喰らえばこんなもんか」

 

 竜頭で気を引いたメンヌヴィルが顎に手を当てながら口角を上げる。これはミンチになったか。そんなことを思いながら、焼けなくて残念だと踵を返し。

 

「……な、めん……な」

「……おいおいおいおい! こいつぁ……」

 

 尻尾が持ち上がる。そこで出来た亀裂から、ゆっくりと立ち上がる人影があった。

 ボタボタと赤い液体を流しながら、揺れる体を無理矢理に正しながら。ボロボロの服とスカート、そしてマントを翻しながら。

 

「この、程度で……わたしが、死ぬもんですか!」

「はははははは! 最高だ! 最高だぞ虚無のメイジ!」

 

 拍手をしながらメンヌヴィルは笑う。満身創痍になっても尚、その目に闘志を浮かべているルイズを見て、賞賛を送る。是非ともお前を焼きたくなった、そう彼女に向かって言葉を紡ぐ。

 

「悪いけど……アンタの相手なんかしてらんないのよ。わたしは、あの、竜を……足止めしなきゃ」

 

 メンヌヴィル一瞥したルイズはくるりと向き直る。ボロボロのルイズには興味を失ったのか、先程のようにこちらを優先しなくなった古代竜を見る。

 フネの撤退はほぼ完了している。視界の端に映るのはほとんど見覚えのないフネが数隻。恐らくゲルマニアのものだろう。トリステイン人のルイズにとっては、あまり好ましくない連中のフネである。

 だが、それならばエンシェントドラゴンがそれを狙おうとしているのを黙って見ているのかといえば、勿論否。そういうことが出来るような人間ならば、彼女はとうにこの舞台から降りている。

 

「おいおい虚無のメイジ、エンシェントドラゴンとまだやりあう気か?」

「あ……ったり前でしょ! ブレスなんか、撃たせてやるもんですか!」

 

 ギロリと背後のメンヌヴィルを睨む。邪魔をするな、というその気迫に、彼は肩を竦めた。向こうにやられる前にこちらで焼き殺す。そうも考えたが、それも無粋かと頭を振った。

 

「オレも、随分と甘くなったな」

 

 仕方ない、他の連中で乾きを癒すとしよう。そんなことを考えつつ、巻き込まれなかった竜頭を率いてメンヌヴィルは踵を返した。どのみち、手負いの猛獣に下手に手を出すと痛い目を見るのはこちらだろう、と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 足を動かすたびに、ボタボタと鮮血が舞う。流れ出るそれは止まらないし、止めている暇もない。意識はまだある、遠のいてもいない。だから、まだ大丈夫。そんなことを自分に言い聞かせながら、ルイズはエンシェントドラゴンの眼前へと走る。

 

「相棒! 相棒! 無茶だ! 出血も酷いし、骨も何本かやられてるだろう!?」

「だから、何よ。それで、逃げ出せっていうの?」

「相棒はよくやったよ、殆どの連中の退却も出来た。後はお前さんが逃げるだけだ」

「違うわよデルフ……まだ、残ってる。全部じゃ、ないわ」

「でも相棒!」

 

 デルフ、とルイズは自身の剣の名を呼ぶ。ゆっくりと、息を吐きながら、足は止めずに、握っている感触を確かめるように力を込めて。静かに語りかけた。自分は貴族だから、とそう述べた。

 

「魔法を使えるから貴族なんじゃない。敵に後ろを見せないから、貴族なのよ」

 

 だから絶対に、ここは退かない。そう言って、血塗れの足に力を込め、ルイズは跳んだ。

 エンシェントドラゴンは未だ視界にいる羽虫を吹き飛ばさんとブレスを吐く予備動作をしている。ゲルマニアの艦隊を吹き飛ばそうとその口に力を込めている。足元をうろつく羽虫の方は、既に気にすることはない。どうせ何も出来ない、ただの自分の餌だ。

 どん、と体が揺れた。何だと視線だけをそこに向けると、エンシェントドラゴンの体を蹴り飛ばしながら駆け上がってくる羽虫の姿が見えた。真っ直ぐに、こちらだけを見ながら駆けてくる姿が見えた。

 

「させない……わよ!」

 

 鬱陶しい。前足で羽虫を撃ち落とそうと横に薙いだ。吹き飛ばしてそれで終わり、そう古代竜は思っていた。

 ルイズはそれを受け止める。先程は勢いに逆らわず受け身を取ったそれを、真正面からぶつかり、押し返す。ブチブチと何かが切れるような音がしたが、気のせいだ。足に力を込めて、弾いたその前足を足場に更に跳躍する。

 古代竜はちらりとこちらを見ただけで、ブレスは艦隊に向けていた。お前の相手はあの後だとでもいわんばかりのそれを見て、ルイズは叫ぶ。全身に力を集め、弾丸のように古代竜の顎へと突っ込んでいく。

 

「あ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 それは雄叫びか咆哮か。意味をなさないそれを発しながら、彼女は両手に握ったデルフリンガーを思い切りエンシェントドラゴンへと叩き込んだ。吐き出そうとしたブレスが口内に留まり、そして同時にかち上げられた顎を起点に体が少しだけ浮く。ぐらりとその巨体が揺らぐと同時、古代竜の顔面は盛大に爆発した。

 とはいえ、それで頭が吹き飛んで死ぬ、などということはない。口から煙を吐きながら、少しだけ焦げた鼻先を鳴らしながら。古代竜は体勢を立て直すとそれを睨んだ。己を一瞬だけ、ほんの少しだけ吹き飛ばした羽虫を見た。

 既に飛んでいるフネになど興味は失せている。餌の分際で、自身に傷を与えた羽虫を、虚無を睨む。

 

「はっ……、ざまあ、みなさい」

「喋るな相棒! もう限界だ!」

「……まだよ。後一発」

 

 どさりと普段の彼女らしからぬ不格好な着地をしながらも、再度足に力を込める。だが、意思に反しその四肢はゆっくりとしか動かず、手にしているデルフリンガーも取り落としそうになるほどで。

 そんなことは関係ない、とルイズは剣を肩に担いだ。肩で息をしながら、ふらつく体を無理矢理に固定しながら。同じように相手の状態など関係ないとブレスを放とうとしているエンシェントドラゴンを真っ直ぐに睨む。

 先に動いたのはルイズ。元より、あれを回避出来る余裕は既にない。出来ることはただ一つだけだ。放たれる前に、潰す。それだけである。

 古代竜はほんの少しだけ初動が遅れた。既に死に体といってもいい目の前の羽虫が、先程よりも更に勢い良く突っ込んできたのだ。ブレスを放つより、向こうの攻撃の方が先に当たる。そう判断したエンシェントドラゴンは敢えてブレスを吐かず、その一撃を耐えることにした。

 大砲の直撃もかくや、巨大なる爆発でも起きたかのような、そんな激突音が火竜山脈に響き渡った。まさか、そんな。一瞬だけ、ほんの少しだけ自身の意識が飛んでいたことを認識した古代竜は、ピクリとも動かないまま落下していく羽虫を見た。あれが、自分にそんなダメージを。そう思うと、自らの手で止めを刺さねばという気持ちが沸いてきた。

 

「相棒! 相棒! 動いてくれよ! 向こうがブレス吐こうとしてるんだよ! 避けなきゃ死んじまうんだよ! 相棒! あいぼぉぉぉぉ!」

 

 ルイズは答えない。そうなのか、と思うが、眠さが勝ってどうしようもないのだ。全身が鉛で出来ているかのように、鈍く、重い。ああでも、鉛程度なら普段余裕で動かせるのに。そんなどうでもいいことを考えて、思わず彼女は笑ってしまった。顔に出ていたかは分からない。デルフリンガーの必死な懇願は続いているから、きっと出てはいなかったのだろう。

 いいや、とりあえず寝てから考えよう。起きたら、まずはサイトと合流し、その後姫さまを殴るのだ。その後は――

 

 

 

 

 

 

 全艦撤退完了。その報告を聞いたアンリエッタは安堵の溜息を吐いた。どうやら最善の形で乗り切ったようだ。そんなことを考えつつ、しかし敵の追撃に備え偵察を出す。行えるのが才人達しかいないのがもどかしいが、現状仕方あるまいと割り切った。

 艦隊の最後方まで飛んでいった才人達を乗せたシルフィードは、ゲルマニアの艦隊がやけに呆けているのに気付く。何があったのか、と尋ねると、勇者に命を助けられた、という答えが返ってきた。何でも、古代竜がブレスを放とうとする直前、何者かがその顔面を殴り飛ばして阻止したのだとか。

 

「……ルイズだな」

「そうねぇ」

「ん」

 

 あいつらしいや、と揃って苦笑した三人は、そのまま古代竜がいたらしい場所へと視線を向けた。そこにエンシェントドラゴンの巨体は見えない。倒されたのか、向こうも撤退したのか。どちらにせよ、追撃をしてくる様子は見当たらなかった。包囲していた竜も、気付けば散り散りになっている。

 それだけではない、と視線を少しだけ動かした。火竜山脈の半分近くが吹き飛び山ではなくなっていた。古代竜との激突の跡か、あるいは消滅の余波か。開けた視界になった場所を見る限り、既に動くものは何も無い。

 竜も、亜人も。それを指揮するメイジも、根源たる古代竜も。

 ――帰ってくると約束した、少女さえも。




勇者、還らず

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