ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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そろそろこいつとの決着もつけないといけないタイミング


その14

「不測の事態を、想定しなければいけないのです」

「成程。つまり確実に起こり得るのですね」

 

 アンリエッタの言葉にアニエスはそう返した。念には念を、という意味であったのだけれどと彼女は続けるが、アニエスにとってそれは絶対に起こるのだから覚悟しておけという意味にしか聞こえない。

 才人がいたならば、「押すなよ、絶対に押すなよってやつだな」という他の人にとって意味不明の納得をしていたであろうことを蛇足としておく。

 ともあれ、アンリエッタのその言葉を聞き、ワルドからの提案を踏まえ。アニエスは準備を整えて学院へと向かうことになった。才人の修業は主目的ではない。本来の彼女の目的は、アンリエッタより命じられたのは。

 

「……何これぇ?」

「さあ?」

 

 キュルケとタバサがポリポリと頬を掻く。半ばルイズの修行場と化していた広場の一角に、学院の内外問わず顔見知りが集まっていたからだ。集めたアニエス曰く、才人の修業相手をして欲しい、ということなのだが、しかし。

 

「僕らは役に立つのかい?」

「怪我した時の医療スタッフとかでしょう? ……そうよね?」

「多分、そうだと思うのです」

 

 モンモランシーとケティ十号は戦う気はさらさら無いようであった。ギーシュだけは若干二人とは異なる様子であったが、それを気付くものはここにはいないらしい。

 ちなみにもう一人。何でここに呼ばれているのだと喚いているツインテールがいたが、いつものことなので誰も気にしていなかった。

 

「さてサイト」

「待って」

「何だ? 今更怖気づいたとは言わんだろう?」

「いや、そりゃ言わないけどさ。何? この、何?」

 

 キュルケとタバサは分かる。確かにルイズと背中合わせで戦っているこの二人を修業相手にすれば元々何の問題もなかったのは彼も承知である。

 ギーシュ、モンモランシー、ケティ十号、シエスタは賑やかしという意味ではまあ理解出来なくもない。こういう時のサポートには確かにうってつけの人材でもあるからだ。

 ティファニア、ベアトリス、ファーティマ、クリスティナとリシュは、正直この集まりに呼んで良いのかいささか不安であった。確かに繋がりという意味では他の学院生徒より深いであろうが、こういう我儘に突き合わせる面子ではないような気がしたのだ。

 

「この十人でもまあ十分あれだけど」

 

 コルベールとマチルダを見る。片方はティファニアの保護者枠として呼んだとしても、何で別段関係なさそうな先生が。そんな目でアニエスを見ると、少しだけ嫌そうに顔を顰めた。不本意だが、仕方ない。そう言っているように思えた。

 

「いや、なら呼ぶなよ」

「私個人の意思ならば呼ばなかったさ」

「……あ、はい」

 

 つまりはそういうわけなのだ、と。それを察した才人は目を逸らし大人しく引き下がった。修業相手が増えるのは別にマイナスでもない。そう思い直すことにしたのだ。

 ではさっそく、と才人は一歩前に出る。前回のような思い上がりも焦りもない。今はただ純粋に、ルイズが戻ってくるまでに己の力を高めようという思いがあるのみだ。

 

「じゃ、あたしとタバサで」

「ん」

「待って」

 

 ノリノリで出て来るルイズ級二人。わざわざ集まってもらった面々に申し訳ないとは思わないのか。そんなツッコミを心の中で叫びつつ、何で二人同時なのかという当たり障りのない疑問を口にするだけに留めた才人は立派だろう。

 

「ルイズいないから、暴れ足りないのよねぇ」

「暇」

「脳筋感染者はちょっと下がっててくださいませんかね!」

 

 

 

 

 

 

 刀と刀がぶつかり合う。本来ならばそのような状況に陥ってはいけないのだろうが、ここはハルケギニアで日本ではない。才人もそこは承知の上で、目の前の相手に合わせるように鍔迫り合いを行っていた。

 が、流石にその辺りは才人に分がある。体勢を崩された相手は刀が流されるまま地面に刺さり、そして首筋に刃を返された日本刀を突き付けられていた。

 

「……参った。いや、やはり強いなサイトは」

「いや、真っ当な剣術学んでるそっちの方が俺は凄いと思うんだけどな」

 

 クリスティナの使う剣術はハルケギニアのものではなく、日本由来だ。魔法や魔獣にも適応するように変化が加えられているそれは、ルイズとの実戦で身に付けた我流の彼にとってどこか魅力的に映ったのだ。勿論ルイズの剣技が駄目だ、というわけではない。彼女のそれはカリーヌと公爵の戦闘術を合わせ、魔法無しでも強大な敵を相手に打ち倒すよう編み出された英雄の技である。才人にとってはファンタジーの勇者の技でしかなく、身に付けるのに欠片も不満はない。

 ただ、彼は日本人なので古流剣術っぽいクリスティナのそれにちょっと憧れただけなのである。

 

「うし、んじゃもう一戦」

「いや、すまないがわたしは休憩してあっちを見ることにするよ。代わりに――」

「あ、じゃあわたしが」

「お前はこっちだ。体よく逃げようとするな」

「酷い!?」

「酷くないわよ……というか何でわたしまで」

 

 ファーティマとベアトリスに押し戻されるティファニアを見ながら、クリスティナは苦笑する。そのまま視線を動かし、目を輝かせている上級生を視界に入れて口角を上げた。まあそろそろいいだろうと才人に向き直った。

 

「あちらでウズウズしている先輩方ではどうだ?」

「よし、あたしの出番ねぇ」

「わたし」

「あたしよ」

「わたし」

「……どうでもいいけど二人同時はやめてくれよ。俺死ぬから」

 

 はいはい、とまずはキュルケが前に出る。杖を一振りし蛇腹剣を作り出すと、手加減しないわよとウィンクをした。

 

「いくわよぉ!」

「こい!」

 

 蛇腹剣を一振り。鞭のようにしなるそれは才人の立っていた地面をえぐり取り、焼いた。が、既にそこに彼はおらず、一気に彼女へと間合いを詰める姿が傍から見える。

 ふふん、とキュルケは笑った。蛇腹剣は既に杖に戻っている。手首の返しだけで軽くそれを振ると、彼女の背後から火球が多数生まれ、撃ち出された。狙いは勿論、突っ込んでくる才人。

 

「うっひゃぁ!」

 

 流石にルイズほど真っ直ぐ躱しながら突っ込む力は才人にはない。足を止め、飛んでくるそれを体捌きと刀の切り払いで凌ぐのが精一杯である。とはいえ、ならば限界ギリギリかといえばそういうわけでもなく。

 

「サイト」

「何だよタバサ! 俺今大変なんですけど!」

「喋る余裕を、前に進む力に変えて」

「は?」

 

 一瞬呆気に取られ、しかしすぐさま前を見た才人は、無茶言うんじゃねぇとぼやきながらゆっくりと足を踏み出した。一歩、また一歩と、その歩みはとてつもなく遅い。ルイズと比べれば鼻で笑う程度の速さである。

 それでも、先程までとは違い、前へと進んでいた。

 

「サイト、あなたやっぱり相当――」

「……っ!」

「……本気で喋る余裕を全部回してるのねぇ。んー、やっぱり微妙かしらぁ」

 

 てい、と炎と同時攻撃に移行したキュルケの一撃を喰らい、才人はあっけなく転がる。まあこんなもんか、と杖にもたれかかるタバサの言葉を聞きながら、こなくそと彼は起き上がった。

 

「回せっつったのそっちじゃねぇかよ!」

「そこまでしろとは言ってない」

「あれじゃ回避や援護の聞き入れも出来なさそうですもの。ルイズの代わりはやっぱり無理ね」

「……んなこと分かってるよ」

 

 不満げにそう述べると、才人はふんとそっぽを向いた。それに、とそうしながら彼は呟く。ルイズは絶対戻ってくるから、無理にそこに収まる必要はないだろう、と。

 

 

 

 

 

 

「ミス・アニエス」

「何だ」

 

 コルベールの言葉に、アニエスは不機嫌そうに視線を動かした。話したくもない、と全身で述べているかのようなその態度を見て、彼は思わず苦笑してしまう。彼女はいつもこうなのだ。だから、別段機嫌が悪いわけではない。そんなことを理解してしまう程度には、彼と彼女は交流を続けていた。

 同時に、彼女が自分を呼んだ理由が目の前で行われている若き虚無とその騎士達のレベルの底上げに関することでもないことを理解していた。

 

「王妃は、どういう意図で私を呼んだのですか?」

「……あくまで、不測の事態のために、と前置きしていた」

 

 つまりはまず間違いなく起こり得るということである。それをコルベールも覚ったのか、苦笑気味の表情を真面目なものへと戻した。そうしたまま、アニエスの次の言葉を待つ。

 アンリエッタ曰く、古代竜の行方が知れないというのは、活動のためのエネルギーが満たされていないからであろうとのこと。身もふたもない事を言えば、腹が減っているから働きたくない、ということだ。

 

「エンシェントドラゴンは、先の戦いで消耗したにも拘らず、『虚無』を食えていない」

「……ミス・ヴァリエールが健在だから、ですか」

「そういうことだ。推測を確定にする大前提、というやつだな」

 

 あの魔王が彼女が既に喰われているという可能性を微塵も抱かないのは、信頼か、はたまた。ともあれ、現状古代竜の動きが推理通りな以上、そこを議論する必要はない。

 

「そうなると、新たなる食事を確保する必要があるわけだ」

「精霊石か、別の虚無、か」

 

 ちらりと魔法戦を行っているハーフエルフを見やる。ファーティマとベアトリスのタッグに追い掛け回されているその姿はいじめられている子供にしか見えなかったが、まあ本人はそう思っていないのでよしとしよう。そんなことを思いながら視線を再度アニエスに戻した。

 そのタイミングでエクスプロージョンによってベアトリスが吹き飛んだ。勿論ちょうどいい感じに無傷である。何でだ、と同じく吹き飛ばされ煤まみれになったファーティマが叫んでいた。

 

「……こちらに来るとは限らないのでは?」

「無論、ロマリアとも話し合ったらしい。件の『彼女』が修業相手に来ていないのもそのせいだ」

「成程」

「まあ、現状可能性が高いのはこちらだ、と王妃は仰っていたが」

 

 古代竜が直接来ることはないだろう。となれば、その命を遂行できる者がやってくるのは道理。そして、向こう側でそれに該当する相手は。

 

「貴様を焼き、虚無を確保する。両方満たせるこちらに来るのは必然、といったところか」

「……迷惑かけてしまいましたね、ミス・アニエス」

 

 剣の柄に手を掛け、アニエスはゆっくりと修行場から距離を取った。一連の話を聞いていたマチルダ、シエスタ、そして少女の三人に目配せをして、そのまま二人で歩いて行く。

 

「『彼女』だがな」

「はい」

「伝言役がいるから、こちらが当たりだと知ればすぐにやってくるかもしれん」

「大丈夫ですか?」

「さあな? ただ、『彼女』も彼女もアレには少し因縁があるらしいから、仕方ない」

「……出来れば、彼女の方は避難しておいて欲しいところですが」

 

 そこは、自分が手を出して良い領分ではないだろう。そう溜息と共に吐き出したコルベールは、魔法学院の外壁を視界に入れると目を細めた。何者かによって破壊されているその壁を、その傍らにいる人物を睨み付けた。

 

「おお! 隊長殿! 探しに行く手間が省けた」

「何の用だ?」

「知っているのだろう? それをわざわざ聞くということは、何かの時間稼ぎか? くだらん、実にくだらん」

 

 コルベールの言葉に、その下手人は、隻眼の巨漢は肩を竦めた。背後にいる外套を被った集団に短く命令し、そしてその集団は猛烈なスピードでそこから散り散りに駆けていく。

 

「待て!」

「おおっと。隊長殿とその女、お前らの相手はオレだろう? 間違えるな」

 

 呵々、と笑うと男は、メンヌヴィルは龍爪で出来た無骨な杖を取り出した。軽くそれを振り、自身とコルベール達を取り囲むように炎の壁を生み出す。

 

「心配するな、隊長殿。あいつらはオレと同じ平等主義者だ」

「そうか」

「ん? 動揺せんのか?」

 

 怪訝な表情をメンヌヴィルは浮かべた。昔の隊長ならばともかく、今の教師であるコルベールならばそんな冷静な返しをするはずがない。そう考えたのだ。

 だが、目の前の光景は違う。コルベールは別段焦ることもなく、そしてその隣の女もこちらだけを見て剣を構えている。

 

「心配するな、副長」

「ん?」

「向こうに集まっているのは、私よりもずっと立派な騎士達だ」

 

 本来ならば、そういうものとは無縁でいて欲しかったがね。そう言いながらコルベールは薄くなった頭を掻いた。掻きながら、アニエスとの戦いでは決して使わなかった杖を取り出した。

 

「ミス・アニエス」

「何だ?」

「その為の、集合ですか」

「らしいな」

「すぐさま事態を皆に把握させる、と。彼女達ならばあの場所からでも十分迎撃が間に合うでしょうし、向こうのターゲットもそこにいる」

 

 本当にあのお方は。揃って肩を竦めたコルベールとアニエスは、どこか余裕を持った表情でメンヌヴィルを見た。二人の会話で何となく察した表情をしている男を見た。

 

「ま、オレが気張ればいい話だ。隊長殿とその女を焼き、虚無を奪う。計画に何ら遅れはない」

「そうか。……なら、やってみたまえ」

「こいつと私は、少々厄介だぞ」

 

 杖を構える。剣を構える。それを見ながら、メンヌヴィルはニヤリと笑った。そうでなくては面白くない。そんなことを言いながら、自身の杖を両手に構えた。

 

「ミス・アニエス」

「分かっている。感情は内側に、身に付けた技術を外側に」

「……うむ」

 

 隊長の女、という認識はいいのだろうか。そんな疑問を今問い掛ける場面ではないなと思い直したコルベールは、戦いに集中しようと前を睨み直した。

 

 

 

 

 

 

「『地下水』? どうしたの?」

「ああ、お嬢様。いえ、『伝言』が来たので」

 

 そう、とジョゼットは微笑んだ。やはり向こうを狙ったのか、と少しだけ残念な表情を浮かべた彼女は、それでどうするのかと『地下水』に問い掛けた。

 問われた彼女は少し悩む。確かにあの男には借りがある。だが、己の主を放っても向かうほどであるかといえば。

 

「いいの? 『彼女』も、あれには思うところがあるのでしょう?」

「だからこそ、です。この作戦は『彼女』の負担が大きいので」

「それがどうしたの?」

 

 え、と『地下水』はジョゼットを見た。なんてことないようにそう述べた彼女は、そんなことを気にする必要はないと言い放った。

 

「だって、『彼女』の望みじゃない。何を遠慮するの?」

「いえ、ですが」

「ふぅ……ねえ、『地下水』。貴女はまだ、女を完全に分かっていないのね」

 

 やれやれ、とジョゼットは肩を竦める。そうしながら、クスリと微笑みその口元に指を添えた。好きな人のために全力を尽くす、そんな女性を何人も見ているのに、まだ分からないのか、と彼女は笑った。

 

「案外、意地っ張りなのよ。男よりも、ずっとね」

「……成程」

 

 よく分かりました。そう述べ、ペコリと頭を下げた『地下水』は、懐から取り出した鏡のようなものを覗き込む。そこに、自分と同じ顔が映っているの確認すると、もう片方の手で腰に差していたナイフを取り出した。

 

「では、行きますよ。『私』」

 

 鏡にナイフを添えると、『地下水』はその手をゆっくり離す。危ない、と向こう側の自分が驚くのを見ながら、笑顔のまま。

 ツーサイドアップの少女は、ゆっくりと倒れた。




尚、原作は六巻一冊でさくっと倒される模様

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