ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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200話までに終わるか心配になってきた


その16

「はっ……はっ、は……」

 

 痛い。とても痛い。左手から流れる血は少なくないし、自慢の服もマントも髪型だってボロボロだ。所詮土のドットである自分では大した治療も出来ず、止血が精一杯。

 こんな時に、否、こんな時だからこそ、いつも隣にいる彼女の存在をとてもありがたく感じた。今はいない、守ると決めた彼女を愛おしく思えた。

 

「しかし、なんというか」

 

 ふう、とギーシュは息を吐く。眼の前にいる竜頭は三体。メンヌヴィルが放った亜人共は相当数いたはずで、そうなればこのように本来の目的とは別にうろつき暴れるものがいてもおかしくはない。あるいは、探している目標がこの付近にいると想定して動いていたのかもしれない。

 どちらにせよ、今こうして彼が対峙している竜頭はこの先に向かう気である。学院の生徒達が避難している場所へなだれ込む気である。この程度の数ならば、そうなったところで倒されるだけなのは間違いない。が、その場合被害が起きないという保証はどこにもない。

 

「そもそも、これだけじゃない可能性もあるだろうし」

 

 ちらりと足元を見る。既に動かなくなっている竜頭が二体倒れていた。こいつらと同じ行動をするものはこれで打ち止め、そんなことは分からない。

 分からない以上、ギーシュは目の前の三体を倒し、再度来るかもしれない新たな相手に備えなければいけないのだ。

 

「よし、行こうか、ワルキューレ」

 

 ふう、と溜息を吐く。バラを模した杖を振り、女性型のゴーレムを錬金した。その数は三体。最大七体以上のゴーレムを操るのが持ち味であった彼にしては少ないその数は、今の状況でやれる精一杯なのだ。

 だが、同時に。

 

「……僕も、隠し玉の一つや二つはあるものさ」

 

 この三体が、彼にとっての全力全開でもある。誰にも見せない、と今のところ心に決めている、ギーシュ・ド・グラモンの最大錬金術。特に、愛しい彼女には決して見せることが出来ない禁断の技。あの三人と共にいた事で、目に焼き付いたことで編み出した特別なワルキューレ。

 

「さて、亜人達。……学院の皆には、内緒だよ」

 

 壁に体を預けながら、精神力を絞り出しながら、ギーシュは笑う。まだまだ余裕だから、と意地を張る。

 そうしながら、彼は三体のゴーレムに指示を出した。剣と、鞭と、槍を持つワルキューレを、竜頭に向かわせた。

 小柄でセミロング程度の髪と眼鏡の装飾がされている槍のワルキューレと、少しクセのある長髪にグラマラスな肉体で造形されている鞭のワルキューレ。

 

「特にモンモランシーには、ね。絶対拗ねるし」

 

 そして、小柄な体で大剣を肩に担ぐ構えを取っているロングヘアーのワルキューレ。それらが一足飛びで竜頭共へと突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

「大集結だな」

「言ってろ」

 

 呵々、と笑うメンヌヴィルに向かい、才人はそう返し刀を向ける。対する相手はそれすら面白いと笑うのみ。別段悔しがる期待などしていなかった才人は、その反応を見てふんと鼻を鳴らした。

 

「ミスタ、ご無事かしら?」

「おかげさまでね。私より、向こうの二人を心配してあげてくれ」

「問題ない。あの二人は何だかんだで色々やらかしている仲間だから」

 

 ほら、とタバサは向こう側を指差す。アニエスは顔を顰めつつ立ち上がりこちらに合流していたが、『地下水』の方はどうも様子がおかしかった。蹲ったまま息を吸い、吐く。それを繰り返し中々動こうとしない。

 

「……あれ?」

「今の『彼女』の体は彼女です。そこまで無理は出来ないのでは?」

 

 マジかよ、とキュルケとタバサはコルベールを見る。コクリと彼は頷き、アニエスもそういうことだと肩を竦めた。一大事だ、とタバサは慌てて『地下水』へと駆け寄り、大丈夫かと彼女を立たせた。ダメージ自体は既に治療済みであったようで、問題ない、と問題ありそうな顔で『地下水』は返答を行う。

 

「おい『地下水』! お前無茶してんじゃねぇぞ!」

「私だって好きで無茶をしているわけではないんですよ。これだから事情を知らない馬鹿は」

「やかましいわ。んなもんどっちでもいいっての。二人共、無茶すんなって話だよ」

 

 振り向き、才人は彼女にそう述べる。それを聞いた『地下水』は肩を竦め、はいはいとぞんざいな返事をした。

 

「『私』、照れてるの?」

「そういう『私』こそ、まんざらでもないのでは?」

 

 お互いに自分へそう言いながら、『地下水』はゆっくり立ち上がった。そろそろ体も動くようになってきた。反撃開始と行こうじゃないか。

 そうして各々が自身の武器を構えるのを待っていたメンヌヴィルは、よしよしと笑みを浮かべた。準備が終わったなら始めるぞ、と舌なめずりをした。

 

「あら? 意外と紳士なのね」

「極上の相手を不意打ちで焼いても全く楽しくないからな」

「それはそれは」

 

 まあ分かりきっていたけど、とキュルケは牽制の火球を放つ。ふむふむとそれを眺めていたメンヌヴィルは、自身の杖を振るとそれを軽く掻き消した。

 キュルケとしても牽制のつもりで撃ったそれがダメージ源になるなどとは思っていない。本命はそれと同時に繰り出した炎の鞭であり、他の面々の吶喊である。アニエスと才人は遠距離の手段を殆ど持っていない。向こうの火炎を掻い潜る面倒を考えるくらいなら、最初から突っ込んでいった方が楽である。そういう判断だ。

 

「まあ、そうなるな」

「っ!?」

 

 二撃目の炎は体を横にずらすことで回避した。普通であればまず出来ないその動きを可能にしているのは、まず間違いなく古代竜による身体強化であろう。竜の左目を細めながら、メンヌヴィルはニヤリと笑う。

 アニエスの剣は己の右腕を盾とした。おおよそ人間の皮膚とは思えない甲高い音が響き、彼女の斬撃は横に逸らされる。そして才人の刀は己の杖をかち当てた。ギリギリと互いの得物がぶつかり合い、ともすれば火花が散りそうになる。

 そうした辺りでアニエスの二撃目が繰り出された。今度は掌でパーリング。弾かれたアニエスはバランスを崩し、しかし踏ん張ることをせずそのまま地面に倒れていく。予想外の迎撃にしてやられた、というわけではない。

 背後から迫る氷の刃を躱すためである。

 

「む」

「呪文は唱えさせねぇよ!」

 

 刀をぶつかり合っている以上、杖を振るうことは能わず。仕方ない、と左手に力を込めたまま、メンヌヴィルは左目を見開いた。ギョロリと竜の瞳孔が動き、そして彼の見ていた空間が燃え上がる。流石に完全に溶かし切ることは出来なかったようだが、なまくらになった氷の刃を体に受けたメンヌヴィルにそれほどダメージは見受けられなかった。

 今度は才人が舌打ちする番である。その隙を逃さず、メンヌヴィルは手首を回すとそのまま杖を横に回転させた。うわっと、と急に力のベクトルを変えられた才人が体勢を少し崩すのと同時、素早く一歩踏み込み膝蹴りを腹に叩き込む。肺の空気を抜かれた才人は動きを止め、追撃の回し蹴りで後方へと吹っ飛んでいった。

 

「空間を焼いたのだが、上手い具合に逃れていたか」

「常識外や想定外を相手にしてばかりでな。この程度の回避は容易い」

 

 先程睨んだ場所には地面の焦げた跡しかない。立ち上がり剣を構えているアニエスを視界に入れ、そうかそうかと口角を上げた。

 

「人形や女も、件の連中も実にいい。あの勇者が消し飛ぶのを見た時は残念だったが、こちらも十分に楽しめるな」

「抜かしてろ」

 

 受け身を取って立ち上がった才人が先程と同じような返しをし、そして再度刀を構えて前線へと駆け出す。

 その途中で、今の言葉に妙な引っ掛かりを覚えて足を止めた。

 

「おいメンヌヴィル」

「何だ小僧。無駄話をする暇があれば斬り掛かってこい、楽しめん」

「勇者が消し飛ぶのを見た、ってのはどういう意味だ?」

 

 才人の言葉に、キュルケとタバサがピクリと肩を震わせた。アニエスは一瞬怪訝な表情を浮かべ、『地下水』は別段表情に出ていない。

 そんな面々の反応を尻目に、メンヌヴィルはどういう意味も何も、と面白くなさそうに肩を竦めた。つまらんことを聞くな、と溜息を吐いた。

 

「あの女、ルイズだったか? あいつが古代竜のブレスで消し炭になるのを間近で見ていた、それだけだ」

 

 

 

 

 

 

 嘘だ、と断じるのは簡単だった。実際才人もそう返した。だが、ひょっとして。そんな思いが一瞬でも頭によぎるともうどうしようもない。もうとっくにそんな場面は過ぎたというのに、ルイズは絶対に生きている、とそう結論付けたというのに。

 

「古代竜の尻尾に潰されて血塗れになっていてな、ありゃもう助からんと思ったからオレの手で焼いてやろうと思ったんだが。いやはや、執念、いや信念か。古代竜に手傷を追わせて撤退を支援しきったのは見事だった」

「誰が詳しく説明しろって言ったのよぉ」

「いらなかったか?」

「いらない」

 

 それは済まなかった。全く悪く思っていなそうな顔でそう述べたメンヌヴィルは、無駄話は終わりにしようと再度杖を構えた。それに合わせてキュルケとタバサも杖を構えるが、その動きは精彩を欠いている。

 

「エンシェントドラゴンも食えばよかっただろうにな。おかげで消し炭になっちまった虚無の代わりを捕獲するためにこんな場所まで来たってわけよ」

「もういいって言わなかったかしら?」

「無駄口を叩く暇があったら攻撃しろ。さっき自分でそう言ったはず」

 

 キュルケの火球とタバサの吹雪。それらが同時にメンヌヴィルに襲いかかるが、楽しそうに肩を震わせ笑っている彼の杖の一振りで容易く迎撃されてしまった。

 これはもう今日は楽しめんかもしれんな。そんなことを彼は考え、刀を構えているものの立ち尽くしている才人に視線を向ける。全力でこちらを睨んでいたが、しかしそれだけ。がむしゃらに突っ込めば倒されるだけだと理解しているのはまだマシなのだろう。

 

「人形、女。お前らはどうだ?」

「少しは動揺するさ。だが、あいつらほどではない」

「……そうですね。戦えない、ということはないでしょう」

 

 動きが鈍った三人の代わりに前に出る。そうしながら、格好つけて出てきた割には役立たずですね、と『地下水』が誰に言うでもなく呟いた。

 

「誰が――」

「お前だサイト。何だ、こんなやつの言葉を信じたのですか」

「信じてなんか、いねぇよ」

「では、何故そこで足を止めているのですか? そこの二人も、どうしてそんな不安げな表情をしているんです?」

「……」

「……」

 

 才人はただただ『地下水』とメンヌヴィルを睨むのみ。キュルケとタバサはバツの悪そうに頬を掻いた。そんな三人の反応など知らんとばかりに前を見ている『地下水』は、やれやれ、と肩を竦めて溜息を吐く。

 

「そんな、物分りよくあっさりと諦めるのが彼女の――ゼロの使い魔ですか?」

「っ!?」

 

 才人は思い出す。今の言葉に近いことを、確かに聞いた覚えがある、と。丁度目の前の、今自分にぐちぐち言っている相手が、死んだと、殺されたと思った時だ。

 確かあの時も、彼女が、そして『地下水』は殺されたのだという証拠を見せられ平静を欠いていた。そんな自分を、主人は、ルイズは引っ叩き、そして。

 

「そんなわけないだろ。俺は――こういう時は最後まで足掻く。無駄だって笑われても、馬鹿にされても……分かったふりして簡単に諦めるより、ずっといいからな!」

「そうですか」

 

 では行動で示してください。そう言うと『地下水』は横に体をずらした。当たり前だ、と才人はそこに並ぶように前に出る。

 負けてられるか、とキュルケもタバサも同じように前に出た。

 

「は、ははははは! 素晴らしい! 人形、お前は人を乗せるのが上手いな!」

「やかましい、黙っていろ。私は、ただ」

「うん、私『達』はただ」

 

 お前を倒したいだけだ。そう言うと『地下水』は己の周囲に氷のナイフを生み出した。それらを飛ばすのを戦闘開始の合図とするかのごとく、他の面々も先程のようにメンヌヴィルに向かっていく。その動きに迷いはなく、先程の動揺が嘘のようで。

 それでいい、と彼は笑った。そうでなくては面白くない、と口角を上げた。腑抜けた人間を焼いても面白くない。嗅ぎ慣れた焼死体の煙などつまらない。

 

「さあ来い! 嗅がせろ! お前達の焼ける香りを、嗅がせろ!」

「やなこった!」

 

 才人の刀が振るわれる。それを杖で受け止めようとしたメンヌヴィルは、ピクリと反応しバックステップをした。斬撃は空を切り、数瞬前まで彼がいた場所に大量の氷柱が降り注ぐ。

 次だ、とアニエスが剣を横薙ぎに振るう。向こうの刀と比べればこちらの剣はなまくらだ。身体強化された己の腕で十分受け流せる。そう判断した彼の腕に銃弾が放たれる。一発、二発。立て続けに三発ほど放たれたそれにより動きを止めた彼は、アニエスの剣をまともに食らった。切り裂かれはしなかったものの、腹に叩き込まれた一撃はわずかにメンヌヴィルの動きを止める。

 

「今だ、二人共!」

 

 両足に力を込め、すぐさまその場を離脱した。そんなアニエスの背後では、キュルケとタバサが自身の杖を重ね合わせているのが見える。唱えている呪文も普段の二人のものとは違い、どこか荘厳な空気を纏っていた。

 キュルケは己の系統を三つ合わせる。『火』『火』『火』、それらを杖に乗せ、そして隣の親友の呪文に重ね合わせた。

 タバサも己の系統を三つ合わせる。『風』『風』、そして前回とは違い『水』。独唱を輪唱に、そして合唱に。それぞれの調べを重ね合わせて杖に乗せる。

二人の目の前に、六芒星が浮かび上がった。前回よりも調子がいいな、と二人揃って口角を上げた。

 

「メンヌヴィル、あなたはそう簡単に倒せないでしょうから」

「とっておきを、ぶち込む」

 

 炎と、吹雪。相反する二つが混ざりあったそれは絶対的な破壊の力を生み出し、何もかも薙ぎ倒さんと相手に向かう。決して一人相手に叩き込むような呪文ではないそれは、キュルケとタバサによるヘクサゴン・スペルは。

 

「ははははは! 最高だ! そうでなければ――」

 

 高笑いを上げる一人の男を、飲み込んだ。




なんかメンヌヴィルが死なない気がしてきた

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