ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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どうしようか迷って、開き直って出すことにした敵キャラパート


その19

 迎撃準備を整え、突入組からの吉報を待つ。そんなもどかしい状態のまま、アンリエッタはしかし表情を変えることなくまだ静かな空を見ていた。どうだい、というウェールズの声にゆっくりと首を横に振りつつ、他のフネと連絡を取り合っていた彼と同じように通信板を手に取り弄ぶ。

 

「そちらの様子はどうですか?」

 

 声を掛ける。少し間が空き、板にうっすらと発信者の文字が浮かび上がると同時に返事が来た。実に便利な道具だ、とアンリエッタは口角を上げる。これから色々これに機能を付け加え、彼の言っていたすまほに近付けなければ、と余計なことまで考えた。

 

『王妃? どうされました?』

「いえ、お気になさらず。それより、ミスタ・コルベール」

 

 先程の質問の答えをもう少し詳しく。そんなことを言いながら、アンリエッタは『オストラント』号担当者のコルベールと雑談を交わす。本来世界を回るための探査船であるそれを戦場に出して本当に良かったのか。そちらの乗組員は緊張していないか。周囲に異常は見られないか。

 おおよそ適当な質問も交えつつ、彼女は彼と会話を行う。その途中、向こう側の相手が変更されたりもした。

 

『今は、こうすることが最善だと、そう思いました』

『現在、ミスタ・グラモンを隊長とした水精霊騎士団が、まあ、王妃の予想に違わぬ状態です』

『今のところ、異常なしなのです』

 

 尚、回答者は上からコルベール、シエスタ、十号である。緊張していない面々は思いの外少ないようであった。その辺りのことも尋ねると、暫し周囲を見渡すような環境音だけがアンリエッタの耳に届く。

 

『一応確認いたしましたが、王妃も分かっておられるのでは?』

「勿論ですわ。でも、シエスタ。ルイズのメイドである貴女から、聞かせて頂戴」

『かしこまりました』

 

 そうして語られる名前を聞き、うんうんとアンリエッタは向こうには見えないであろう動きだけで返事をする。その中で一人だけ予想外の名前を聞き、思わず彼女は声を上げた。

 

「……彼女も、緊張していないの?」

『しているといえばしているのですが……王妃の基準であれば、彼女は是、です』

「理由を聞いても?」

『はい。曰く――』

 

 私は『私』の体の予備なのだから、部屋の隅で震えていたら間に合わないかもしれないでしょう。

 シエスタのその言葉を聞き、アンリエッタは一瞬動きを止めた。そして次の瞬間笑い出した。何事、とマザリーニがぎょっとした表情でアンリエッタを見やったが、しかしすまほ片手に肩を震わせているのが見えてああそういうことかと溜息を吐く。それでいいのかよ、とアニエスは思わないでもなかったが、自分はもっと軽くいつものことだで流したので何も言うまいと飲み込んだ。

 

「――と、ふざけるのはここまでですわね」

 

 不意にアンリエッタの表情が変わった。笑みは浮かべたままであるものの、その雰囲気は先程までは全く異なっている。それが『魔王』のいつものことであるのを確認した周囲の面々は、緩んでいた空気を引き締め直すと彼女の言葉を待った。

 手にしていたものとは違うすまほを取り出す。各国首脳との会話を繋げるそれを起動させると、皆様準備はよろしいですかとそこに問い掛けた。

 

『愚問だな』

『兄に同じく』

『教皇聖下は分かりませんが、こちらはいつでも』

『ご心配なく』

 

 ガリアの双王とロマリアのジョゼット、ヴィットーリオ。それに続くようにアルビオンのボーウッドやクルデンホルフやオクセンシェルナも是と述べる。

 

『勇者の為の露払いだろう。任せるがいい』

「……閣下も随分と感化されたことで」

 

 それらの返事、特にアルブレヒト三世の言葉を聞き、アンリエッタは隣に視線を向けた。苦笑しながらウェールズはコクリと頷き、愛する妻と同じように視線を遠くの空へと動かす。

 立ち込める暗雲が如く、古代竜の尖兵とかした竜共がエルフの聖地へと、残る半身へと向かってきていた。

 

 

 

 

 

 

 この辺りだ、と海母は歩みを止める。未だ洞窟の真っ只中であり、『悪魔の門』と呼ばれるような場所も、聖地らしき跡も何も見えない。

 

「おい海母」

「仕方なかろう。わらわの案内はここが限界じゃ。あの厄災が目覚めてから、これ以上進むとこちらの精神も汚染されてしまうのでな」

 

 無駄に戦う相手を増やす必要はあるまい。そう言ってケラケラ笑った海母は、くいと首で洞窟の奥を指すともう少しだから我慢しろと続けた。むう、と不満げな表情を浮かべていたファーティマであったが、鼻を鳴らすと視線を外しティファニア達の方へと戻っていく。一応納得はしたのだろう。

 

「なあ、海母」

「どうしたヴァリヤーグの少年」

「ここ、先に誰か来てたりするのか?」

「ん? そんなことはないはずじゃが」

 

 才人の言葉に海母は首を傾げる。同じように何言ってんだとキュルケ達も頭にハテナマークを浮かべていた。が、『地下水』とエルザ、そしてベアトリスはその言葉を聞いて思わず体を強張らせる。前者の二人は種族的な理由で、一名は直感的なよく分からない理由でだ。

 まあここで留まっていても仕方ない。そう判断した一行は海母に見送られ洞窟の奥へと進んでいく。やがて開けた空間に出たのを風の動きで確認すると、ここがそうなのかと見渡した。

 壁を軽く叩く。少なくとも人工物であるような感じはない。魔法で光源を作ってもその感想は同じである。が、ならば自然に存在するものなのかと問えば、それも違うという答えを出す、そんな場所であった。まず間違いなく、ここまで歩いてきた場所とは趣が違う。

 

「この奥か」

「そうみたいねぇ」

「ん」

 

 才人、キュルケ、タバサの三人が先行する。コツコツと音を鳴らしながら更に奥へと進むと、今度は明らかな人工物が目の前に現れた。何だこれ、とキュルケとタバサが目を丸くする中、一人才人だけは別の意味で驚き、何だこれと叫んでいる。

 

「潜水艦じゃねぇか……向こうの錆の山は銃やら何やらか。何でこんな場所に」

 

 一歩踏み出す。目の前のそれ、原子力潜水艦に手を触れようと思わず歩みを進めたのだ。ちょっとサイト、というキュルケの言葉に分かってると言いつつも、しかし彼は歩いて行く。ひょっとしたらここに古代竜に通じる武器が、まだ使える兵器があるかもしれない。そんな淡い期待を、ほんの少しだけ抱いたのだ。

 

「――やめておきなさい」

 

 声が響いた。思わずその動きを止め、声の主を探す。キュルケもタバサも同じように目を見開き、キョロキョロと辺りを見渡した。ティファニアもそれは同様で、今の声って、と弾んだ調子で反響する声を探っている。

 コツコツと音が鳴り、潜水艦の更に奥、ちょうど一行から死角になっているその場所から一人の少女が歩み出てきた。白を基調とした修道服に身を包んだその少女は、ピンクブロンドを靡かせながらにっこりと笑みを湛えている。

 その顔には見覚えがあった。散々彼女の不在をからかわれた才人にとっては、絶対に忘れるはずのない顔。

 

「ルイズ!?」

「どうしたのよ、そんな顔して。みんなも」

「どうしたもこうしたもないわよ」

「戻ってくるのが遅い」

 

 彼女の言葉にキュルケもタバサも力が抜けたように溜息を吐く。そして笑みを浮かべながらそんな言葉を返した。ごめんなさいね、と苦笑したルイズは、そのまま才人の前まで進むとその肩をポンと叩いた。

 

「元気だったかしら?」

「あ、あったりまえだろ。いつお前が帰ってきてもいいように俺は――」

 

 くしゃりと表情が歪んだ。一瞬泣きそうになり、しかし堪えて精一杯の強がりを述べる。述べようとする。

 その途中、才人はほんの少しだけ違和感を抱いた。あれ? と心の中で沸いた疑問を解消しようと視線を巡らせる。キュルケもタバサも先程より気が緩んでいる。ティファニアも、良かった良かったと笑っている。ファーティマは別段変わらず、クリスティナとリシュも変わった様子は見られず。

 そういえば、さっきも残りの三人は妙な反応をしていた、ということに気付いた。

 

「なあ、ルイズ」

「どうしたのよ」

「俺達より先に、ここに来てたのか?」

「そうよ。情報を仕入れて、着替えを用意してもらって。それで一直線にここまで」

「そうか。一直線に、ここまで、ね」

 

 一歩下がる。キュルケとタバサが怪訝な表情を浮かべているのを気にせず、才人は真っ直ぐ前を見る。誰の案内もなしにこんな場所まで辿り着けたのか、と問えば、それも仕入れた情報にあったからと返される。もう一歩下がり、彼女の下から上まで一通り眺めた。

 

「なあ、ルイズ」

「何よ」

「もう一つ、質問いいか?」

「だから何よ」

「――何で持ってる剣、デルフじゃねぇんだ?」

 

 え、と誰かの声がした。才人が質問し始めた辺りから同じように彼女の背中の剣を見ていたキュルケとタバサは既に杖を構えている。そんな三人を見て目を瞬かせたルイズは、まあ流石に気付くわよね、と肩を竦めた。

 

「むしろここでそのまま流されたらどうしようかと思ってたわ」

「まあ、前もデルフ忘れてたりするからなルイズは」

「こんな場合じゃなきゃ、気付かなかったかもしれないわぁ」

「それで――貴女は誰?」

 

 え、え、と未だ状況を理解出来てなさそうな金髪巨乳ハーフエルフの声が背後から聞こえる。が、才人はそんなことは気にせず自身の日本刀の鯉口を切る。それに合わせるように、『ルイズ』も背中の大剣を抜き放ち肩に担ぐ構えを取った。

 

「分かってるでしょう?」

 

 そうしながら、彼女は指をパチンと鳴らす。わらわらと奥から湧き出てくる竜頭とワイバーンの群れ。それを指揮するかのごとく先頭に立っている『ルイズ』は、まあそういうわけよと笑みを浮かべた。

 

「封印された半身、古代竜に与えさせてもらうわよ」

 

 トン、と足を鳴らした。それを合図に、背後の古代竜の配下達は一斉に彼らに襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

「この閉所じゃ、あまり大規模な魔法は使えないでしょ?」

「そうねぇ。だからどうしたって感じだけど」

「それよりもキュルケ、こいつルイズのくせにそんな小賢しいこと考えてる」

 

 はん、と鼻で笑いながら呪文を唱え竜頭をぶちのめす。そうしながら、それで結局お前は何なんだと杖を突き付けた。見てわかるでしょう、と『ルイズ』は笑い、そして視線を才人に向ける。

 

「洗脳された、ってわけじゃないな。いつぞやの『地下水』に操られてた時と違って、お前にはご主人との繋がりがない」

「うん正解。流石サイトね」

 

 くるりと体を回転させる。スカートがその勢いでふわりと舞い上がり、真剣な表情をしている才人の鼻の穴が少しだけ広がった。

 剣を構え直し、『ルイズ』は才人へと間合いを詰めた。力任せに振り下ろした大剣を、彼は日本刀で受け止める。甲高い音が鳴り響き、その衝撃で才人の表情が苦いものに変わった。

 

「わたしは、以前リッシュモンから契約金の一環でメンヌヴィルに渡されたスキルニルよ。それに、古代竜との戦いで流れたルイズ・フランソワーズの血を使って生み出されたってわけ」

 

 才人を蹴り飛ばす。空中で受け身を取りながら、成程な、と軽い調子で彼は返した。それなら別に遠慮はいらないわけだ。そう続け、刀を改めて構え直す。

 元々遠慮する気なかったくせに、と『ルイズ』は笑う。大剣を再度肩に担ぐ構えを取り、一足飛びで間合いを詰めた。

 

「サイト!」

「どうする?」

「いらねー! 俺一人でぶっ倒す!」

 

 キュルケとタバサの問い掛けにそれだけ述べると、向かってくる『ルイズ』と再度対峙した。今度は力負けすることなく、受け流すように彼女の体勢を崩すとそのまま刀の柄を鳩尾へとねじ込むように突き出す。あぶないあぶない、とそれを躱した『ルイズ』は、返す刀で再度大剣を才人の脳天へと振り下ろした。

 

「勘違いしちゃ駄目よ。わたしはコピー、オリジナルと同等なんだから」

「はっ! 俺の知ってるお約束はな、コピーキャラってのは大抵本物より弱いんだよ!」

 

 ニヤリと笑う。大剣の一撃を体をずらすことで避けた才人は、そのまま回し蹴りを打ち込んだ。咄嗟にバックステップをしたものの、威力を殺しただけで回避自体は失敗している。けほ、と少しむせながら、不満げな表情で『ルイズ』は才人を睨んだ。

 

「何よサイト。随分強くなったじゃない」

「違うっての。俺が強いんじゃないの」

 

 ぐるりと首を回す。トントン、とつま先で軽く地面を叩くと、そのまま爆発するかのような勢いで突進した。

 な、と『ルイズ』は目を見開く。迎撃が間に合わない、大剣を盾代わりに前に構えるのが精一杯であった。

 

「お前が弱いんだよ!」

 

 盾ごと吹き飛ばす。全力のその突きは、『ルイズ』を背後の潜水艦へと叩き付けた。鋼鉄の板が凹むほどの衝撃を叩き込まれた彼女の体はビクンと跳ね、そしてそのまま力無くだらりと背中の壁に沿って倒れていく。

 

「やるじゃない」

「楽勝?」

「ま、な」

 

 キュルケとタバサにそれだけを返す。視線を他の面々に向けたが、約一名が情けない悲鳴を上げながら逃げるのみで残りは別段問題なさそうであった。エクスプロージョンを半ば封じられた形になっているティファニアがその約一名と一緒に見学しているくらいである。

 こんなもんか、と才人は息を吐いた。メンヌヴィルが恐らく予備として用意していた戦力だったのであろうが、本命を倒した自分達が予備にそこまで苦戦する道理はない。ひょっとしたら彼自身が合流する予定だったのかもしれない。どちらにせよ、その状態になっていないのならば何も気にすることはないし、予定通り半身を破壊するのみだ。

 

「よし皆、このまま一気に――」

「いくと、思ってるの?」

 

 弾かれるようにそこに視線を向けた。ゆっくりと立ち上がる『ルイズ』が、大剣を掲げ何か呪文らしきものを唱えているところであった。一体何を、と怪訝な表情を浮かべる間もなく、突如周囲が地鳴りを始める。

 

「ひぃ! マズいマズいマズい!」

「べ、ベアトリス!?」

 

 先程とは違う悲鳴。ベアトリスのその声で自体の深刻さを感じ取ったティファニア組は、どうにかしろと叫んだ。誰でもいいから、止めろ、と。

 

「ちっ!」

 

 駆ける。キュルケよりも、タバサよりも速く。『地下水』やエルザよりも早く。才人は『ルイズ』に向かって走り出していた。やめろ、と叫ぶが、当然のごとく彼女はその呪文の詠唱を止めない。

 そして、その目がこれ以上ないほどに述べていた。もし止めたいのならば――

 

「こん、ちくしょー!」

「――こふっ」

 

 日本刀を真っ直ぐ突き出した。その刃の切っ先は呪文を唱えていた『ルイズ』の胸元へと吸い込まれ、そしてそのまま彼女を刺し貫く。白い修道服は瞬く間に赤く染まり、そして呪文の詠唱を止めた『ルイズ』は彼にもたれかかるようにして倒れた。

 

「ふふっ。よく出来ました」

「……何の話だよ」

「そのままの意味よ。……さっきのは、ここを浮上させるものじゃないわ。既に浮上していたものを押し留めるものよ……」

「は?」

「わたしを刺したから……これで浮上は止まらないわ」

 

 吐血しながら、彼女はクスクスと笑う。既に仕込みは終わっていたのだ。後は、どうにかしてその仕込みを妨害されないように仕向けるだけ。

 

「だったらその前に半身を破壊すれば」

「言ったでしょう? 上手くいくと思っているの、って。ここが浮上し始めた時点で……もう古代竜はここに辿り着いたも同然。海も割れ、道も出来た。止められるものは、もういないわ」

 

 クスリ、と笑うと『ルイズ』は盛大に血を吐いた。そろそろ限界だ、と呟くと、そのまま彼女は才人の首に手を回した。

 

「精々、最後まで、無駄な足掻きを続けなさい……ね、サイ、ト」

「……無駄じゃねーっての」

 

 動かなくなった『ルイズ』を横たわらせる。自身の唇についていた血を拭おうと手を伸ばし、しかし動きを止めるとそのまま置いていた日本刀を手に取った。

 

「半身ってのは、どこだ……どれだ!?」

「悔しいけど、向こうにまたしてやられたかしらねぇ」

「かもしれない」

 

 けど、とキュルケもタバサも笑みを浮かべる。その程度で諦めるのならば、最初からこんな場所に来ていない、と。

 

「こういう時に探査出来るのは――」

「わたしに任せて!」

「では、私も行きましょう」

「ん。じゃあ任せた。サイト」

「あいよ!」

 

 猫耳フードの吸血鬼と、ナイフのメイド。人ではない二人を伴い、才人は浮上を続ける洞窟を駆ける。こっちだ、と二人の先導により迷うことなく突き進む。

 嘗めるなよ、ともういない『ルイズ』に向かって悪態をつく。そうしながら、彼女の最後の言葉をよくよく考えて。

 

「――あーもう! そういうところは、同じなのかよ!」

「お、お兄ちゃん!?」

「放っておきましょう。いつもの発作です」

 

 最後まで足掻け。そう言っていたのに気付いた彼は何とも言えない表情を浮かべた。




思った以上にさっくり倒されちゃった

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