ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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このエピソードでこれだけは書かなきゃ、と思っていた部分のお話


その20

 飛び起きた。何処だここは、と辺りを見渡し、全く見覚えのない場所だということを理解する。これさっきも同じこと思ったぞ、とルイズは一人眉を顰めながら、とりあえず寝かされていたベッドから降りた。

 

「……本気でここ何処よ?」

 

 寝ていたことで若干固まっていた体を解しつつ、部屋の扉を開けて周囲を見る。教会の一室らしい、というのが分かり、しかし疑問の解決に何もなっていないことを理解して肩を落とした。

 部屋に戻り、再度見渡す。壁にデルフリンガーが立てかけてあるのを見付けた彼女は安堵したように息を吐き、ちょっとデルフと声を掛けた。自身の相棒であるこの剣ならば、きっと説明をくれるだろうから。

 

「デルフ? ……デルフ? ちょっとデルフ!? 何か言いなさいよ!」

 

 が、鍔をカタカタと鳴らすこともなければ何か声を発することもない。一体全体どうしたのだと慌てたようにデルフリンガーを引っ掴むと、ルイズはそのまま鞘から引き抜いた。瞬間、何かが開放されたような空気が生まれ、何だ何だと思わず彼女は目を見開く。

 

「――おお、相棒、起きたのか」

「起きたのか、じゃないわよ! さっきから何度も呼んでるのに返事しないし」

「あー……そりゃ悪かった。ちょっと疲れててな。相棒に抜いてもらうまでトンでたみてぇだ」

「……何? 大丈夫なの?」

 

 自身の相棒の体調不良に思わずルイズは眉を下げる。が、デルフリンガーは気にするなと鍔をカタカタ鳴らした。お前さんが元気になった代償みたいなものだしな。軽い調子で聞き捨てならない言葉もついでに漏らした。

 

「どういうことよ?」

「俺には、とある虚無の魔法が込められてる。他者に命を分け与える魔法で、ブリミルとサーシャは確か『生命(ライフ)』っつってたっけな」

「『生命』……」

 

 聞いたことがある。確か、あの過去の夢で帰れるかどうか尋ねた時にサーシャが言っていた。彼女は確か加護みたいな物言いだったが、デルフリンガーの言葉からするとそんな生易しい程度ではなさそうだ。

 

「その代償――さっき言ったが、これは分け与えるんだ。つまり死んでる相手を生き返らせるほどの命を与えれば、当然俺っちも死ぬ」

「死んでる相手を――え? わたし死んだの!?」

「だったら俺っち死んでるからな。まあ、死にかけだったのは間違いねぇけどよ」

 

 かかか、とデルフリンガーは笑う。心配させるな、と肩を落としたルイズは、しかしと姿勢を正した。死にかけを元気にするまで命を分け与えたとなれば、当然。

 そうさな、とデルフリンガーは軽い調子で述べた。今の彼は魔剣としての機能の八割以上を消失している。ルイズにとってはほとんどおまけであったが、魔法の吸収も身体のブーストも今の状態では不可能だろう。シュペーの精錬で武器としての強度や能力は据え置きのままなのが幸いだろうか。

 

「まあつまり今の俺は、それこそ本当にただ煩いだけの剣ってわけだ」

 

 がっかりしたか? そう尋ねたデルフリンガーに、ルイズは鼻で笑うことで返答とした。それがどうした、と言い返した。

 

「アンタが無事なら、何の問題もないわ。――悪いけど、もうひと頑張りしてもらうわよ」

「こんなやかましいだけのボロ剣で良かったら、よろこんで」

 

 そう言って二人揃って笑う。よし、と気合を入れ直すと、ルイズはデルフリンガーを装着しようと鞘に手を伸ばした。背負い、普段の格好になろうとした。

 そのタイミングでどこからか声が響く。うひゃぁと跳び上がったルイズは、その発生源がベッドの横の机に置いてある板状のものであることに気付いた。そして、その声の主が誰かも分かった。

 

「ノワールおばさま……狙ってましたね」

『あら? 何の話かしら』

 

 板状のもの、すまほからクスクスと笑い声が届く。ざっけんなとそれを引っ掴んだルイズは、それで一体用事は何だと吠えた。声が大きいわよ、と諌められても、知るかと彼女は先程と同じくらいの声量で返す。

 

『そう。では、用事を簡潔に済ませましょう。まずは今の状況ね』

「え?」

『こちらはエルフの聖地にいるわ。古代竜が絶賛進行中。聖地が周囲の海底ごと浮かび上がって中々に壮大よ』

 

 ノワール曰く。古代竜の半身の封印されたその地が、辺りの海底を巻き込んで浮上した結果海面は消失し聖地まで地に足をつけたまま向かえるようになったらしい。その為、飛竜だけでなく亜人達の軍勢も加わり空と大地を埋め尽くさんばかりの敵が存在しているのだとか。

 

『あれは、恐らく貴女が以前倒した土の封印の力を使っているのでしょう。倒しても倒しても湧き出てくるわ。参考にしたいくらい』

「後にしてください。……で、不利なんですか? 持ちこたえてるんですか?」

『カリンとピエールはもう飛び出していったわ。見ていないけれど、カトレアも同じでしょう』

「とりあえず大丈夫そうですね」

 

 とはいえ、あくまで押し留めるのがメインなのだろう。他にも一騎当千の連中がフネから飛び出し活躍しているようだが、無限に近い物量相手には有利とはいくまい。そのことを聞いたルイズは、静かな声でノワールに問うた。

 それで、自分は一体何をすれば良いのか。

 

『決まっているでしょう。貴女は貴女らしく、何も考えずに真っ直ぐに進めばいいわ』

「……分かりました」

 

 よろしい、とノワールは笑う。そこに着替えも置いてあるから、準備が出来たらこちらに来い。そんなようなことをついでに続け、彼女はそこで通話を打ち切った。

 ルイズはそんな何も言わなくなったすまほを机に置き、用意してある着替えを見やる。片方は何だかいかにもな白い修道服。これはこれでいいけど動きづらそうだな、と彼女は眉を顰めもう片方を見た。

 

「……学院の制服じゃない。何でよ」

「相棒にゃ丁度いいってことだろ」

「どういう意味よ」

「それを汚して帰れば、いつも通りの終わりになるってことさ」

 

 デルフリンガーの言葉を聞いて、ルイズはふんと鼻を鳴らした。ボロボロであった服を脱ぎ、学院の制服へと着替える。白いブラウスと紺のスカート、ニーソックス。靴は流石にブーツである。制服で暴れる時も基本はこれだ。

 そして最後に、破れたマントをそこにある新しいものへと。

 

「……なんだかこれ、古臭いわね」

「ん? ……相棒、その紋章、マイヤール家のじゃないのか?」

「マイヤール……? ってこれ、まさか、母さまが昔使ってた!?」

 

 ばさりと広げる。成程これは確かに、以前カリーヌから見せてもらった、カリンとして暴れていた頃に纏っていたマントに相違ない。流石にノワールが勝手に持ち出すことはないだろうことを鑑みれば、これはつまりそういうことであろう。

 

「使うか? 相棒」

「……あったりまえでしょ!」

 

 烈風のマントを纏い、デルフリンガーを背中に装備する。よし、と気合を入れたルイズは、そのまま教会を飛び出した。避難を終えた村らしきその場所には誰もおらず、しかしそれほど被害があるようには見えない。最初の負け戦もある程度役には立ったのか、とルイズは少しだけ安堵の溜息を漏らした。

 

「って、ここからエルフの聖地ってどう行けばいいのよ!?」

 

 正確に位置は分からないが火竜山脈に近い恐らくガリアのどこかだろう。となれば徒歩で向かうのは不可能に近いし、フネや竜を使っても相当の時間が掛かる。まず間違いなく、既に始まっている戦いに間に合わない。

 どうしよう、と苛立ち混じりに地団駄を踏んでいたルイズの背中から、心配するなという声が掛かる。へ、と背後の剣を見ると、鍔を鳴らしながらお前さんにはあれがあるだろと言葉を続けた。

 

「何があるのよ」

「虚無だよ虚無。覚えただろ? 『世界扉』」

「へ? ああ、何だっけ。確か故郷に向かう呪文、とかなんとか」

「ああそうさ。あれはブリミルがもうここにはない故郷に向かいたい気持ちから編み出した呪文だ。あいつが使った時は何だか分からない場所――多分サイトの故郷に繋がったもんだが」

「サイトの故郷に!? って、それが今と何の関係あるのよ」

「話は最後まで聞けって。それとは別に、サーシャの隣にも繋げることが出来たんだ」

 

 帰るべき場所。そういう意味合いで繋がるものもあるのだ。そうデルフリンガーは述べ、だからお前さんならば、と続ける。

 ルイズならば、繋がる場所は。彼女が向かうべき、帰るべき場所は。

 

「わたしは」

「おう」

「わたしが向かう場所は、帰るべき場所は――キュルケやタバサが、サイトがいて。シエスタにお小言を言われて。父さまや母さま、ちいねえさまや姉さま、ノワールおばさまやダルシニやアミアス達故郷の皆がいて。エルザや『地下水』やリシュやテファ達と、種族も関係なく笑いあって」

「おう」

「そして、そして――姫さまを、ぶん殴る! 場所!」

「お、おう」

 

 最後に気合入れる場所そこかよ、と思わないでもなかったが、それこそが日常なのだと言えるルイズを見て何も言えなくなった。そうだよな、とどこか納得したように鍔を鳴らし溜息を吐く。

 じゃあ行くぞ、とデルフリンガーは告げた。任せろ、とルイズはそれに返した。

 剣を抜き放ち、頭に浮かんでいるルーンを紡ぐ。柄に仕込まれた杖の力によりルーンは力を込められ、そしてその呪文を顕現させていく。

 

「わたしの、初めての魔法を見てるのはアンタだけなのね」

「不満か?」

「まさか。相棒に見てもらえてるんだから、言うことなしよ」

「そうかい。そりゃ――相棒冥利に尽きるってもんだ」

 

 剣のくせに泣きたくなるじゃねぇか、という言葉は心の中に仕舞っておいた。そんなデルフリンガーの心中を知ってか知らずか、ルイズはそのまま真っ直ぐに前を見て、そして剣を掲げ、最後の一言を述べる。呪文の名前を、口にする。

 

「『世界扉(ワールド・ドア )』!」

 

 

 

 

 

 

 それに気付いたのはそこまで多くない。ただ、地上で軍勢を押し戻している面々の、一騎当千と分類される者の殆どは思わずそこに目を向けた。

 

「やっと来ましたか」

「無事、だったのだな。……勿論信じていたがな!」

「お寝坊さんね」

 

 カリーヌとピエールが周囲の敵を吹き飛ばしながらそう呟く。カトレアも震脚で前面を掻き分けながら微笑んだ。

 

「おや、剣のお嬢さんのご帰還かな」

「みたいね。さ、兄さま、もう少し働いておきましょうか」

 

 元素の兄妹、ドゥドゥーとジャネットも口角を上げながら目の前の竜頭を屠っていく。

 

「まったく……遅いぞフラン」

 

 剣と銃とで周囲の敵を切り裂き撃ち抜き、しかし疲れが回復したかのような安堵の溜息を吐きながらアニエスはそう零した。

 

「ルイズ! ルイズ! ルイズ! ルイズうぉぉぉぉ!」

 

 そして突如雄叫びを上げながらグリフォンの背から高威力の呪文を連発、辺りを更地にしたと同時に目標地点まで飛んでいった男もいた。

 その場所、『オストラント』号の真上に突如現れた存在に対する反応は皆ほぼ一様に同じであった。呆気に取られる、である。

 飛竜に頭上を取られたと迎撃をしながら旋回行動に入ろうと思ったその矢先、その存在が飛竜を切り裂き蹴り飛ばしながら甲板に着地したのである。普通は状況が理解出来ない。

 

「っと。ここは、『オストラント』号?」

「みたいだな。……相棒、周り固まってるぞ」

「そんなこと言われても」

 

 ううむ、と頬を掻きながら、しかし周りの飛竜が邪魔だということでルイズはとりあえず会話の前に掃討に着手した。ほぼ無限に湧き続けるとはいっても、同じ場所に出現するわけではないようで、彼女のその行動でフネの周囲が少しだけ静かになる。

 よし、と改めてフネの面々に向き直ったルイズは、そこで真っ直ぐに自身を見ている人物に気が付いた。メイド服を着た黒髪のその少女は、怒るでもなく、泣くでもなく。ただただ真っ直ぐにルイズを見ている。

 

「シエスタ」

「はい」

「ただ――」

 

 だから、ルイズはそれに答えようと口を開いた。まずこれを言わなきゃ始まらない、とその言葉を口にしようとした。

 が、それは他でもないシエスタによって阻まれる。口を手で塞ぎ、首をゆっくりと横に振った。

 

「駄目です」

「ぷは、え? 何が?」

「その言葉は、まだ言っては駄目です」

 

 シエスタの顔は真剣である。何でよ、と反論するも、ルイズも強く言うことはなくただ静かに彼女の答えを待った。

 シエスタは述べる。何故も何も、と笑みを浮かべる。

 

「だって、まだですもの」

「だから、何がまだなのよ」

「『まだ』、ルイズ様は『帰ってきて』はいません」

「へ?」

「これから古代竜を倒しに行くのでしょう? ならば、その言葉はそれが終わってからにするべきです」

「む」

「ですから、わたしはルイズ様のその言葉を今は決して受け取りません」

 

 笑みを浮かべながら、しかしはっきりと強い口調と意志で。シエスタはルイズにそう言い放った。そしてそれを聞いたルイズも、そっか、と微笑み息を吐く。

 よし、と気合を入れた。頬を張り、デルフリンガーを構え直して、こちらに猛スピードで突っ込んでくるワルドを見て苦笑しながら。

 

「それじゃあシエスタ」

「はい」

「ちょっとエンシェントドラゴン倒してくるから、さっきの言葉はその後に言わせてもらうわね」

「はい。お待ちしております」

 

 踵を返す。ピタリとルイズの横に止まったグリフォンを見て、アンタも大変ねと騎獣を労った。ワルドの後ろに乗り込むと、じゃあよろしく頼むわねとルイズは彼に述べる。任せろ、と勿論ワルドは全力でグリフォンを操った。

 

「それで、どうする? 地上の加勢かい?」

「それもいいかもしれないけれど。そっちはわたしの出番は無いでしょう?」

 

 言外に、皆に任せておけば大丈夫だ、という信頼を込めたその言葉を聞き、ワルドは小さく口角を上げた。それもそうだな、と返すと、ではどちらに向かうのかなと再度問い掛ける。

 

「勿論本体よ。……半身は、サイト達がどうにかしてくれるわ」

「そうか。愚問だったな」

「何よワルド、拗ねてる?」

「勿論さ。愛する婚約者が別の男を褒めたのだからね」

「はいはいごめんなさい。ごめんついでに、すまほ貸してくれる?」

 

 ん? と首を傾げながらもワルドはそれをルイズに手渡した。聖地突入組にも繋がるかどうかと尋ね、一応と不貞腐れた返答を聞いて彼女は思わず苦笑した。

 ではさっそく、とルイズは突入組のすまほに手にしているそれを繋ぐ。

 

『何だワルド! 俺達今忙し――』

「あら、それは悪かったわね」

 

 向こうの言葉が止まった。走っていた音が止み、向こうからどうした何で止まっているという『地下水』とエルザの声が聞こえてくる。

 

『ルイズ! 無事だったんだな! あ、いや、無事なのは分かってたけど、一応なんていうか上手い言葉が出てこなくて』

「はいはい。分かった分かった」

『……本物だ。本物の声だぜ! 繋がりがバッチリ感じ取れる! 左手がめっちゃ光ってる!』

 

 はしゃぐ向こうの後ろで、よかったね、という言葉と煩い黙れ、という言葉が聞こえる。先程の二人の声なのは間違いないが、他の面々の声が聞こえないということは。

 ねえサイト、とルイズは声を掛けた。我に返った彼はどうしたと返し、現状を問われそのまま告げる。そういうことかと理解した彼女は、じゃあ頼むわねと短く述べた。

 

「わたしは本体をぶっ飛ばしに行ってくるから、アンタ達もとっとと来なさい。……キュルケとタバサにも、そう伝えて」

『――おう! 任せとけ! すぐにそっちに向かうから! なんせ俺は、お前の使い魔だからな!』

「はいはい」

 

 よし、とすまほをワルドに返す。先程より更に不貞腐れている彼を見て、拗ねない拗ねないと頭を撫でた。

 

「さて、じゃあエスコート頼むわよ婚約者様」

「ああ。任せておきたまえ愛しきルイズ」

 

 場所は、エンシェントドラゴンのお膝元だ。




ようやくルイズが初めて魔法使ったよ!

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