ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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ラスボス戦スタート


その21

 悪寒が走った。キョロキョロと辺りを見渡しても何も見えない。だが、何も見えないというその事実は彼女にとって何もかもが見えているのと同義であった。つまりは、空間全てが原因なのだ。

 

「べ、ベアトリス!?」

「どうしたテファ? ……ベアトリス、凄い顔だぞ?」

「ん? 何だベアトリス、自分の勘が外れたのがそんなにショックだったのか?」

 

 ティファニアとクリスティナは純粋に心配の言葉をかけ、ファーティマは少しだけ軽口を叩いた後に冗談だと表情を引き締めた。こいつが自身への被害を外すはずがない、そして今もこの状態である。ということはつまり。

 

「クリスティナ」

「どうしたファーティマ」

「こいつは『何』を見ていると思う?」

「は? ……少なくとも、こちらを見てはいないな」

「そうだ。こいつが、『こちらを見ている余裕を無くしている』」

 

 ピクリと眉を上げたクリスティナは、刀のリシュに問い掛けた。周囲に何があるのか、と。問われた方は暫しの沈黙の後、多分先行したエルザや『地下水』の方が詳しいと思うと前置きをする。

 

「見ての通り、だと思うわ」

「どういうことだ?」

「そのまま。――ここ全体が、古代竜の半身よ」

 

 抜かった、とリシュは苦々しい声を上げる。気付くのが遅れてしまったおかげで、この体たらくだ。そんなことを思いながら、とりあえず全員合流した方がいいと提案した。

 うむ、と頷いたクリスティナは少し離れた場所で竜頭をぶちのめしているキュルケとタバサに声を掛けた。先輩方、少し話がある。そんなことを言いながら視線を動かし、口を開き。

 

「ほんとにこっちで合ってんのかよ! って、戻ってきてんじゃねぇか!」

「やかましいですね。そもそも気付くのが遅いんですよ」

「……まあ、普通に逆走したしね」

 

 ギャーギャーと騒がしい、今の雰囲気に似つかわしくない会話が耳に飛び込んできた。視界の向こう、空間の奥から声の主が掛けてくるのがちらりと見える。竜頭はそこに反応し攻撃のターゲットを増やしたが、当然のように刀とナイフと爪でぶちのめされた。

 

「んで、どういうことだよ」

 

 才人がジト目で『地下水』に問う。それに対し、彼女はどういうことも何もと肩を竦めてそれに答えた。この空間そのものが古代竜の半身だ、と。先程リシュが述べた言葉を別の人物が口にしたことで、ティファニア達も予想が正しかったことを確信し思わず頷いた。

 そうかよ、と才人は軽く流す。状況は分かったから、どうすればそれに対処出来るのか。刀を構え直しながらそう彼女等に告げるが、しかしふむと一言述べるのみでそれ以上は何も言わない。

 

「おい」

「エルザさん、リシュさん。貴女達なら探知は可能ですか?」

「おい」

「んー……まあ、一応」

「彼女よりは劣るわよ」

「おいってば」

「煩いですね。今それをやろうとしているところなんですよ」

 

 これだから単細胞は。吐き捨てるようにそう述べると、『地下水』は二人に探知を頼んだ。了解、とそれぞれ何かを探っている間、残りの面々は邪魔をされないよう攻撃から迎撃へとスタンスを変える。

 そして才人は一人寂しく地面に「の」の字を書いた。

 

「いや、今の俺悪く無いじゃん……別に単細胞とかそういうのじゃないじゃん」

「ちょっとサイト、邪魔よぉ」

「うっとうしい」

「そこは少しでいいから慰めて!」

 

 キュルケとタバサの追撃を食らい、こんちくしょうと彼は立ち上がる。半ば八つ当たりのように、他の面々とは違い竜頭の群れへと突っ込んでいくその姿は、成程確かに単細胞と揶揄されても仕方のない状態であった。

 まるでルイズね。そんなキュルケの呟きはタバサにしか聞こえなかった。

 

「……やっぱり中心動いているね」

「そのようね。ここ全体を吹き飛ばした方が早いくらい」

 

 そうこうしているうちに探知は終わったらしい。あまり芳しくない結果だったのか苦い表情で二人はそう述べた。短い一言であったが、大体それで理解の出来た一行は、となるとどうすればいいのかと頭を抱える。この空間が、古代竜の半身が起動し浮上をしている以上、もたもたしている時間はない。

 

「早くしないと古代竜の本体がここに辿り着いちゃうわよ」

「ん。それは避けたい」

「へ? いや、そこまでじゃないんじゃないか?」

 

 そんな中、どこか楽観的な声が響く。その態度に理解出来なかったキュルケもタバサも、当然ファーティマやクリスティナも皆一様に才人を見詰めたが、当の本人はだってそうだろと首を傾げた。

 向こうには今ルイズが向かってるんだから、と。

 

「は?」

「え?」

 

 キュルケは目をパチクリとさせた。タバサは素っ頓狂な声を上げて一瞬固まった。

 エルザはあははと頬を掻きながら目を逸らす。『地下水』は頭痛を堪えるように頭を押さえると、救いようのない馬鹿ですねと呟いた。

 

「サイト」

「ん?」

「わんもあ」

「いやだから、ルイズが今あっち向かってるから、少なくともこっちにエンシェントドラゴンが突っ込んでくることはないんじゃねぇかなって」

「……ルイズが?」

「おう」

「……いつ?」

「さっき。戻ってきたってすまほに連絡が来た」

 

 そっかそっか。そこまでの才人の言葉を聞いて笑顔になったキュルケとタバサは、うんうんと頷きながらゆっくりと自身の杖を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしましょうか」

 

 壁に縫い付けられている才人を見もせずにキュルケは呟く。タバサはタバサでスッキリした顔をしつつ、確かにその通りだと表情を難しいものに変えていた。

 そこに声を掛けたのがティファニアである。ひょっとしたら、出来るかもしれない。どこか覚悟を決めたような顔でそう述べるのを見たキュルケとタバサは、否、ファーティマもクリスティナも思わず姿勢を正し彼女を見た。

 

「……わたしの虚無、『忘却』、『爆発』、『分解』の他に、実はもう一つ覚えているのがあるの」

「それがここで役に立つのか?」

「た、多分」

「自信なさげだが、どういうことなのだ?」

 

 うん、と彼女は頷く。どういう呪文かは知っている、十全にその力を発揮すればまず間違いなくこの空間は破壊出来る。

 問題は、その条件と方法だ。

 

「『生命(ライフ)』――自身と、その仲間の命をつぎ込んで呪文の威力を上げる虚無」

「命、ときたか」

「本来は、使い魔の命を使って極大のエクスプロージョンを打つ呪文だったみたいだけど、ほら、わたし使い魔いないから」

「代わりに私達の命を使うと? ふん、随分と傲慢になったじゃないか」

「勿論全部使うわけじゃない……絶対に使わない。わたしの命を使って、足りない時の残りの一押を、して欲しいの」

 

 ティファニアの目は真剣だ。普段のちゃらんぽらんな表情は鳴りを潜め、自身の言葉を体現するかのごとく、まさに命をつぎ込もうとしている聖女の顔をしている。

 ふう、と溜息が聞こえた。分かった分かった、とどこかしょうがないという表情をしながら、クリスティナがティファニアの隣に立った。そうね、と刀の中のリシュも姿を現しそこに並ぶ。

 ふん、と鼻を鳴らしながらファーティマが同じようにそこに立った。今回はお前を信頼してやる。そんな柄にもないことを言いながら、彼女はティファニアの背中を叩く。

 そうしながら、ファーティマはクリスティナと互いに顔を向け合い、コクリと頷いた。

 

「そういうわけだ。だから」

「先輩方は、向こうの本体に向かってくれ」

 

 同じように並ぼうと思っていたキュルケとタバサの足が止まる。どういうことだ、と問い掛けたくとも、その意味が分からないほど彼女等は鈍感ではないのだ。

 じゃあわたし達なら、と協力を申し出たエルザと『地下水』も丁重に断り、二人はここから抜け出すようにと四人に述べる。磔にされていた状態から再起動を果たしたもう一人は視界から外した。

 

「いいの?」

 

 タバサに問いに、心配無用とばかりに笑みを見せる。それを見て分かったと頷いた彼女は、才人が縫い付けられていたその場所に追撃を加え穴を開けると口笛を吹いた。きゅい、と声がして待ってましたとばかりにシルフィードがそこに向かって飛んでくる。使い魔との繋がりで事前に待機させていたらしい。行くぞとそこからシルフィードの背に飛び乗ったタバサは、残りの四人に早く来いと促した。

 

「分かったわぁ。……信用、してるわよ」

「ちゃんと、無事でいなきゃだめだからね」

「命を捨てるのは、感心しませんよ」

「絶対、死ぬなよ! 俺達だけじゃなくて、ルイズも悲しむから!」

 

 はいはい、とクリスティナもファーティマもひらひらと手を振りながらどこか軽い調子で返事をする。そこには命を捨てる覚悟をした、などという状態は欠片もなく。ただただ自然体であるように思えた。

 穴の向こうから見える空。そこを飛び立つシルフィードの姿が段々と見えなくなっていく。彼女達が離れていったのを確認した二人は、よし、とティファニアに向き直った。

 

「では、始めるぞ」

「早くしろ」

「う、うん。……本当に、いいの?」

 

 くどい、とティファニアに二人は返す。杖を構える彼女の肩に触れながら、大体何でそんな心配をしているんだかと肩を竦めた。

 どういうことだとティファニアは首を傾げる。そんな彼女に向かい、決まっているだろうと二人は指を差した。先程から全く喋っていない一人を指差した。

 物凄く嫌そうな顔をしながら、顔面蒼白になりながら。それでもティファニアの肩を掴んでいるベアトリスを指差した。

 

「こいつが逃げずに協力している。安心するには十分だろう」

「そういうわけだ。気負わず、思い切りやれ」

「そうよ。やっちゃいなさい」

 

 ファーティマもクリスティナもリシュも。笑みを浮かべながらそんなことを彼女に述べる。うん、とそんな三人から思わず目を逸らしたティファニアは、少し涙ぐみながら杖を振り上げ、掲げた。

 その拍子に、ベアトリスと目が合った。

 

「……テファ」

「うん」

「……あんたと友達になってから、碌な事がないわ」

「……酷い、なぁ」

「そう思うなら……これからは、もう少しいい目を見せなさい」

「――うん!」

 

 任せて。そう元気良く叫ぶと、ティファニアは改めて皆を見た。大切な、彼女の友人を、仲間を見た。

 大丈夫だ。絶対に負けない。負けるはずがない。そんな自信が、彼女の中で後から後から沸いて出て来る。感情の高ぶりが、虚無を生み出す力の源が、とめどなく溢れ出してくる。

 

「テファ」

「ティファニア」

「テファ」

「ティファニアちゃん」

 

 行け、と四人が叫んだ。うん、とティファニアが答えた。

 

「『生命(ライフ)』――エクス――プロージョン!」

 

 

 

 

 

 

 『聖地』が吹き飛んだ。その報告を受けたアンリエッタは思わず笑ってしまった。先程までジリ貧になっていた状況が、あっという間にひっくり返されたのだ。これを笑う以外にどうしろというのだろう。

 

「まったく……やはり、あの娘がいないと駄目、ということですか」

 

 やれやれ、と笑みを消さずに頭を振る。このフネだけでなく、他のフネも士気が見違えるほどに上がっていた。

 それもこれも、勇者がここに戻ってきた、という報告を受けたからだ。

 

「そもそも、何故わたくしに顔を見せずに行くのよ」

「ははは」

「笑い事ではありませんわ!」

 

 もう、と膨れるアンリエッタをウェールズは優しく撫でる。笑ったり拗ねたり忙しいですね、と呆れたように言ってくれるアニエスは現在地上で掃討中である。だから、この二人の空気をぶち壊してくれる者は、生憎いない。

 それで、状況は、とそんな状態でもアンリエッタはすまほを操作しながら自身の役目を忘れていなかった。ウェールズも同じように周りに指揮をしながら、別のフネと連絡を取り合っている。

 

「どうだい?」

「『聖地』は――古代竜の半身は機能停止。恐らくそう掛からずに再び海中へと沈むでしょう」

「地上も再び海上になる、ということかな」

「その可能性も否定出来ません。ですから、既に地上組にはその旨を通達してあります」

「となると次は」

『こちらの出番かな?』

 

 すまほから通信が入る。これまでとは違うものと繋がったそれは、しかし二人には別段馴染みのない声というわけではない。今回の、ここを決戦の地とする許可を出すためにサハラを東奔西走してくれた、二人にとっても信頼すべき相手である。

 

『済まない。随分と遅くなってしまったのぅ』

「いえ、むしろここからが本番ですわ」

『そうか。それは良かった』

 

 すまほの向こう側からカラカラという笑い声が聞こえ、もう少し気を引き締めてくださいというビダーシャルの声が聞こえる。どこも同じだな、と苦笑したウェールズは、ではこれからはエルフの艦隊もこちらに合流するのですねと問い掛けた。

 その通りと返したテュリュークは、だがしかし、と何かを否定するような言葉を続ける。が、その言葉とは裏腹に声色は実に楽しそうであった。

 

『共同研究の試作品である小型艇を投入した。が、生憎それはこちらの指揮で動くような代物ではなくてな』

「……成程、つまり」

『うむ。好き勝手に暴れさせてやってくれ』

「かしこまりました」

 

 誰が、という問い掛けはしない。今の会話の流れで、その小型艇の乗組員に確信を持ったからだ。程なくして正体不明の四・五人乗り程度のフネが古代竜へと突っ込んでいったという報告が入る。ああやっぱり、とアンリエッタとウェールズは肩を竦め、そして笑った。

 

「そうね、丁度いいですわね」

「ん? 何がだい、アンリエッタ」

「ワルド子爵を地上組に戻しましょう」

「代わりに小型艇にミス・ヴァリエールを収容する、というわけか」

「ええ。流石ウェールズ様、わたくしの考えをよく分かってらっしゃいますわ」

「これでも、君の夫だからね」

 

 そうと決まれば、とアンリエッタはテュリュークから聞いていた小型艇の乗組員のすまほに連絡を繋ぐ。どうしたの、と聞き覚えのある声が聞こえ、安堵しながら少しお願いがあるのですがと言葉を続けた。

 

『了解! じゃ、行くわよアリィー!』

『おいちょっと待てルクシャナ。いやまあ確かにその予定はあったが――』

 

 彼の言葉は途中で途切れた。どうやら全速力で古代竜まで向かっていったらしい。アリィーの叫び声とルクシャナの楽しそうな声だけが響くようになったすまほの通信をそっと切ると、これでよしとアンリエッタは頷いた。

 二度目だが言っておこう。良くないです、とツッコミを入れてくれるアニエスはいない。




……スタートしてるの?

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