ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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クライマックスをオールスターにするおかげで進みが遅くなるのは自分の悪い癖ですわ


その22

「お早いおかえりね、ジャン」

「うるさいよ」

 

 クスクスと笑うエレオノールに、不貞腐れたような顔のワルドはそう返す。はいはい、と軽く流した彼女は、それじゃあこちらの援護を頼むわねと笑顔を見せた。

 任せておけ、と表情を元に戻した彼は彼女に述べる。グリフォンを駆り、フネのある場所から、上空から一気に地上へと強襲を仕掛けに突っ込んでいった。

 

「さて、こちらの周囲はこれでよし、かしら」

 

 視線を背後に向ける。フードを被った巨漢は、エレオノールの言葉を肯定するかのように頷いた。ちらりと見える牛の顔は、心なしか微笑ましいものを見ているようで。

 

「何ですかミスタ」

「いや、何。君のような女性も、遠慮なしに接することの出来る男がいるのだな、とね」

「……今更ですか?」

「おや、否定しないのか」

「ワルド子爵――ジャンとはまあ、古い付き合いですもの。あいつに遠慮する必要は……まあ、ないでしょう」

 

 ぶっちゃけルイズの婚約者という肩書も大分形骸化しているっぽいし。口には出さずにそんなことを続けつつ、ですから邪推しても無駄ですと言い放った。そうかね、というラルカスの言葉に、そうですと強調をした。

 

「大体あのアホはルイズしか見ていませんわ」

「そのようだな」

「……一応、あれでも周囲に気を配れる程度の甲斐性はあるんですよ」

「そうか。流石は幼馴染、かね」

 

 ジロリ、とラルカスを睨み付けたエレオノールは、下らないことを言っていないで作戦を再開するぞと踵を返した。ああ、その通りだとラルカスも続いた。

 何せここで勝たなければ、こんな軽口を言うことも出来なくなってしまうのだから。

 

 

 

 

 

 

「活気付いてきたわね」

「何しにきた」

 

 ふわりと隣に着地した修道服の女性を、カリーヌは思い切り睨み付けながら短く問うた。問いながら自身の剣杖を振るい周囲の有象無象を薙ぎ倒すのを忘れない。

 さて、問われた方であるが。クスクスと笑いながら、勿論決まっているでしょうと彼女に返した。視線をつつ、と少し離れたところにいるヴァリエール公爵に向けながら言葉を紡いだ。

 

「ピエールの勇姿を見に来たの」

「帰れ」

「邪魔はしないわよ」

「貴様がいるだけでわたしが不快だ」

「貴女の機嫌が悪いと私は楽しいわ」

 

 杖を竜頭と飛竜を薙ぎ倒すのに使いつつ、カリーヌは無言で回し蹴りを隣に、ノワールへと叩き込んだ。勿論彼女には当たらない。分かっていたのか追撃はせず、しかし気に入らないので短く舌打ちしながら手で追い払う仕草を取った。

 はいはい、とノワールは珍しくそんなカリーヌに従うような言葉を述べる。は、と怪訝な表情を浮かべた彼女は思わずそちらへと振り向き、そしてノワールが何をしているのかを確認して表情を歪めた。何がピエールの勇姿を見に来ただ、と思わず叫んだ。

 

「嘘は吐いていないわ。これは、もう一つの用事」

 

 ふむふむ、とカリーヌや公爵の倒した竜頭や飛竜の死骸を解体して観察する。生物として存在しているはずなのに凡そ生きているとは思えないその構造は、これが古代竜から生み出された駒であるということを如実に物語っていた。

 

「貴女らしくないわね、カリン」

「何がだ」

「これが自然に生きるものではない、ということを貴女はとうに知っていたのでしょう?」

「それが?」

「カトレアに伝えていないのね。あの娘、なるべく不殺を心がけているわよ。この状況なのに」

 

 なぬ、とカリーヌは公爵とは反対側を見る。少々困った顔で敵を倒しつつもあまり状況が芳しくない愛娘が視界に入った。本来であればこの程度の相手に苦戦するはずもない彼女がそんな状況なのは他でもない。目の前の相手はあくまで操られているという認識で戦っていたからだ。

 

「カトレア!」

「はい? どうされました母さま」

「……わたしのミスです、ごめんなさい」

「え? 何が、どうしたのですか?」

 

 振り向き、カリーヌの横にノワールがいるのを確認したカトレアは若干困惑した表情で視線を交互に向ける。が、ノワールは珍しい表情をしているわねと笑うばかりで答えを言うつもりはないらしい。

 

「私は何も言わないわよ」

「当たり前だ、お前に言われてはわたしの立つ瀬がない。――カトレア、ここの亜人や飛竜は正確には生物ではありません」

「……あらあら。違和感があると思ったら、そういうことでしたか」

「そういうことです。ですから――」

「分かりました」

 

 す、とカトレアの目が細められる。同時に拳を先程よりも強く握り込むと、それを目の前の飛竜へと打ち込んだ。ひゅん、と言う風切音と共に、眼前の飛竜の胴体に穴が開く。悲鳴を上げることなく絶命した飛竜を一瞥すると、横にいた竜頭の側頭部に蹴りを叩き込んだ。

 足刀、という言葉が体現する通り、その一撃で竜頭の首は宙を舞った。

 

「切り替えの速さと容赦の無さは、ピエールとカリンの娘という感じね」

「……お前の影響もあるぞ。あの娘にとってはお前も『家族』だ」

 

 そして腹立たしいことに同じ考えなのだ、エレオノールと、勿論ルイズも。そう続けたカリーヌに向かい、ノワールはクスクスと笑うことで返答とした。

 その笑みは、普段よりもほんの少しだけ嬉しそうに見えたのは目の錯覚だろう。そうカリーヌは思うことにした。

 

 

 

 

 

 

 ガタガタとフネが揺れる。操船技術がよろしくないというのは勿論あるだろうが、それ以上に周囲に群がる飛竜達が邪魔であった。ましてや試作機の小型艇、こんな状況でなければ、さっさと撤退するに限る。

 

「アリィー!」

「やっている! ルクシャナ、そっちはどうだ!?」

「ぼちぼち――かなぁ!」

 

 こんちくしょう、と舵を全力で回した。飛竜の突撃とブレスを躱しつつ、同時にアリィーが迎撃しやすいように位置取りを変えた。流石だ、と呟きながら砲弾をぶっ放し数体を巻き込みながら飛竜を肉片に変えていく。

 

「おい悪魔! どうする!?」

「どうするって、何を!?」

「このまま進むか否か」

「は? そりゃ、わたしは進むに決まってるでしょ?」

「だろうな」

 

 アリィーはルクシャナの名を呼ぶ。勿論そんなことは承知だと言わんばかりに、彼女は古代竜一直線に進路を変更した。

 

「ちょちょちょ! ちょっと待った! 行くのはわたしだけで、二人はこの辺で一旦引いて――」

「馬鹿にするな。ぼく達はお前を古代竜に届けるよう頼まれた。途中で投げ出せるわけないだろう」

「そゆこと。いざとなったら特攻して道でも作ってあげるから」

「はぁ!? ダメに決まってんでしょ!? 命大事にしなさいよ!」

 

 思わず過去の光景が頭を過る。ブリミルが、サーシャが嘆いていた言葉が思い浮かぶ。そんな簡単に、命を投げ打っていいわけがない。自分勝手な、実に身勝手なその意見を、ルイズは忌憚なく口にした。

 対する二人、それを聞いて一瞬呆気に取られた。こいつ何言ってんだ、という顔をした。ふう、と溜息を吐くと、二人揃ってルイズの頭をごんと小突いた。

 

「何で死ぬこと前提なのよ。というかそんな気さらさら無いし」

「フネは突っ込ませるがぼくらは逃げるぞ。当たり前だろう」

「え? でも、エルフって」

「どのエルフを見てるか知らないけど、少なくともわたし達はこういう性格よ。知ってるでしょ?」

「それでも不満なら、そうだな……露払いに専念してやるから、お前はとっとと向こうに突っ込め」

 

 妥協案だが、それでも引かないという意志を口にした二人は、そう言って笑った。ルイズのよく知る仲間達であると、そう言わんばかりに笑みを見せた。

 そうだ、そうなのだ。うんうんとルイズは頷き、そしてごめんと頭を下げる。気にするなとルクシャナは手をヒラヒラとさせ、まあそういうわけだからと彼女の背中を押す。

 

「こっちの負担を減らすためにも、さっさとアレ、ぶっ倒してきてよ」

「そういうわけだ。早く行け、『ルイズ』」

 

 任せろ、とルイズはフネの梁に足を掛ける。力を込め、全力で跳び上がると、足場には不自由しないと言わんばかりに飛竜を踏み潰しながら真っ直ぐに突っ込んでいった。

 さて、とルイズを見送った二人は周囲に向き直る。露払いをしてやる、と言ったものの、彼女へと向かう飛竜は膨大。こんなちっぽけな小型艇では、そう経たないうちに墜ちてしまうだろう。

 

「アリィー」

「ん?」

「ルイズって呼んだわね」

「それがどうした?」

「浮気?」

「何でそうなる!? ぼくが……好きなのは……る、ルクシャナ……き、君だけだ」

「そこは口籠らずに言いなさいよ」

 

 呆れたような口調で、溜息混じりで。それでいて満面の笑みを湛えながら。ルクシャナはそれじゃあいっちょやってやりますかと舵を握る手に力を込めた。

 

 

 

 

 

 

「タバサ! もっとスピード出ないの!?」

「ん。シルフィード」

「無茶言うんじゃないのね!? 五人乗ってて! 飛竜避けながら! このスピードで飛んでるシルフィをむしろ褒めろ!」

「おう、助かるぜシルフィード、流石だ」

「サイトに言われてもあんまりグッとこないのね」

 

 心から褒めてるのは分かるんだけど、もっとこう。そんなことを言いながらもグングンと皆の視界に映る古代竜が大きくなる。キュルケとタバサは文句を言っていたが、その実彼女の飛行は今この戦場にいるどの竜よりも勝っていた。ヴィンダールヴたるジュリオが全力で能力を使った騎竜であるアズーロよりも、である。

 そろそろか、と『地下水』は自分自身とは違う方の短剣を構えた。此処から先は避けるのではなく迎撃を主としていかなければならないだろう。そう考えたのだ。同じ考えに至ったのか、キュルケとタバサもそれぞれ杖を構えている。

 

「お兄ちゃん」

「ん?」

「準備はいい?」

「へ? あ、ああ、そういうことか。おう」

 

 持ってきていた契約済みの岩を拳に纏わせながらそう問い掛けるエルザに、才人も理解したのか刀の鯉口を切った。言っとくけど上で暴れるなよ、というシルフィードの抗議には誰も答えなかった。

 

「よし、じゃあ行くわよぉ!」

「ん」

「だから! って、あ」

 

 とん、と軽やかにシルフィードから飛び降りた。正確には飛び上がった。フライの呪文で軽く空を舞うと、キュルケもタバサも適当な飛竜に狙いを定めて突っ込んでいく。

 刹那、数体の飛竜が消し炭になった。数体の飛竜が霧氷となった。

 

「飛びながら飛竜ぶっ倒してるな」

「そうだね」

「サイト、お前はやらないのですか?」

「出来ねぇよ」

 

 ひゅんひゅんと飛び回りながら飛竜を屠っている二人を見ながら、才人はさてどうしたものかと首を捻った。自分が同じようなことをやるとしたら、ルイズのように飛竜を足場にしつつ跳び移りながら戦うのだが、しかし。

 ちらりと地上を見た。飛竜と竜頭でひしめき合っているそこは、しかし翼を持たない彼にとっては幾分か進みやすいようにも見えた。

 

「なあ、シルフィード」

「何なのね?」

「お前は後どのくらい近付ける?」

「お姉さま達が道を作ってくれてるから、もう少し飛んでやるけれど。まあぶっちゃけ近付き過ぎるとこないだみたいになるからその前に止まるのね」

「あいよ。んじゃ、そこまではよろしく」

「よろしくされたのね。で、そこからは?」

 

 言いながらシルフィードは真っ直ぐ飛ぶ。大体予想が付いたエルザと『地下水』がその準備をし始めるのを背中越しに感じつつ、彼女は近付ける最大まで進みながら、彼にそんなことを問い掛ける。

 決まってんだろ、と才人は笑った。そろそろなのね、というシルフィードの言葉にお礼を言いながら、先行ってると悪友のいる場所へ一足先に向かった二人の背中を見ながら。

 

「降りて、走る!」

「だよね」

「まあ、お前ならそう言うと思っていました」

「……行ってらっしゃい。気を付けるのね」

 

 おう、という言葉と同時に才人は飛び降りた。キュルケやタバサと違い、正真正銘、身一つで飛び降りた。

 落下の線上にいる飛竜を目で捉える。刀を振るい、減速と討伐を同時に行いながら、彼は真っ直ぐに地表へと落ちていった。

 彼とは違い普通に降りることの出来る二人は、そんな才人の背中を見ながら降下する。エルザは彼らしいな、という微笑みで。『地下水』はあの馬鹿らしいな、という呆れ顔で。

 

「うし、着地成功」

「だね」

「まったくこの馬鹿は」

 

 ズドンという音が一つ。トン、という音が二つ。その音に地上の亜人共が気付くか気付かないかのタイミングで、既に三人は動いていた。

 才人は刀を振るい、目の前の敵の首を斬り飛ばした。残った胴体を蹴って集団への簡易飛び道具にし、体勢が崩れたそこへ一気に突っ込む。縦に、横に、そして斜めに。一刀のもとに切り伏せたその屍を、向こうへの障害物として利用しつつ前へ前へと足を進めた。

 残りの二人は、才人ほど一直線には動かなかった。どちらかと言えば、彼の進軍をサポートするように動いていた。エルザは左右から迫る亜人の胴体に風穴を開け、返す手刀で別の亜人の首を飛ばす。奇しくも彼女の師であるカトレアと同じような始末の仕方であった。

 

「この地面はまだ行ける……! 大地よ、わたしに力を!」

 

 そうして出来たスペースで簡易契約を済ませたエルザは、精霊の力を使い地面を更に隆起させた。ある程度平らだったそこがグネグネと動き凸凹になっていく。勿論、才人の進軍する場所はそのままに、である。

 

「エルザさん」

「何?」

「随分と張り切っていますね」

「ここで張り切らなきゃ、これからがないかもしれないもの」

「ええ、そうですね。……これから、か」

 

 同じような思いを持っている、と『地下水』は自覚している。そして、たかがナイフがそんな生きている存在のようなことを考えているのが可笑しくて、少しだけ笑ってしまった。

 エルザの『これから』とは、勿論自身の生活が続いていくことだ。自身の生活というのは、当然のことながら大切な人達が無事で、共にいることであり。

 

「『地下水』さんは」

「はい?」

「お兄ちゃん――サイトさんのために、ここにいるの?」

「――さて、どうでしょうね。私はナイフですから、そういう問いに答える術は持ち合わせておりません」

「そっか」

「ええ」

「じゃあ、頑張らないとね」

「……ええ。そうですね」

 

 『地下水』の背後の空間に氷で出来た無数のナイフが生み出された。彼女が左手を突き出すと同時に、そのナイフは弾丸のように次々と射出されていく。地上の亜人も、空中の飛竜も、そのナイフに串刺しにされ大地へと縫い付けられていく。

 

「ふ……今日の私は、いつもより少しだけ……少し! だけ! 気合を入れてあげますよ!」

「お兄ちゃんの援護のために、ね」

「ノーコメント!」

 

 彼の進む道を、追い掛ける敵は、これによりどこにもいなくなった。




もうちょい

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