先程の森を突っ切り、目的地まで駆け抜けながらルイズは考える。果たして子供は何故そんな場所に向かったのかを。好奇心で行くほどここの領民は馬鹿ではなく、当然その子も分かっているはず。
とはいえ、年齢にもよるが自分は何でも出来ると思い込んで調子に乗ってしまうことは多々ある為、一概にその可能性を捨てることも出来ない。どちらにせよ、重要なのはその子供を無事に保護して納得させ家に帰すことだ。
「っと、この森ね」
ルイズ達がヒポグリフとマンティコアを捕獲していたのとは少し離れた場所にあるそこは、花の咲き誇る木々で溢れた森であった。普通の森とは趣の違うそこは、トリステインでも珍しい花や薬草の採取場所としても有名である。
ただし、それを行えるのはある程度の実力を持ったメイジが数名で組むか、領主であるカトレアに限るのだが。
「何かいかにもヤバい場所なんですけど。何だよここ、桜と梅と、椿か? 後あれは……ハナミズキ、だっけか? 日本の春じゃねぇんだから」
「似てるだけでしょう? これらはトリステインの花よ」
「……まあ、確かに日本の桜だったらこの季節に満開っておかしいしな」
若干不満そうであるものの納得した才人は、それでこの先に行くのかと森の中を睨む。色とりどりの花が咲き乱れるそこはしかし少々薄暗く、木々の間から漏れる光が道のように細く伸びていた。
ルイズはその光の道へと迷わず踏み出す。キュルケとタバサも後に続き、待ってくれと才人も駆けた。
「油断はしちゃ駄目よ。ここは見た目によらずかなりの危険区域なんだから」
「そうよサイト。ここは『ヴァリエールの魔境』の真骨頂なの」
「その分様々な収穫があるから、行きたがる人が絶えない厄介な場所」
「やっぱりヤバい場所なんじゃねぇかよ」
日本人である才人にとってはむしろ見た目通りである。季節を無視した花が咲き乱れるこの場所を警戒しないほうがおかしい。ゴクリと喉を鳴らすと、何が出てきてもいいように剣に手を掛けた。
そういえば、とそこで思い出す。今彼が腰に差しているのは王都の武器屋で買った既成品だ。前回ワルドとの戦いでへし折れてしまった代用品であり、強度は以前のものとは比べ物にならないほど脆い。新しい武器を手に入れるまでの繋ぎとして持っていたが、まさかこんな事態になるとは。マズったな、と冷や汗をかきながら、しかし注意は怠らないように集中する。
バサバサ、と鳥が飛んだ。うお、と派手なリアクションをして飛び退った彼を、三人は苦笑しながら驚き過ぎだと諌める。ついさっきあれだけ脅されたのだからこれくらい普通だと言い返した才人は、ガサガサと揺れる茂みを見ながら溜息を吐いた。
「サイト!」
「へ? うぉあ!?」
飛び出してきたのは一頭の熊。普通のものより数段鋭い爪を振り上げ、目の前の少年を解体せんと振り下ろす。木漏れ日に反射し、爪の切っ先がキラリと光った。
危ない、と才人はそれを横っ飛びで躱す。剣を構えながらゆっくりとこちらを向く熊を睨んだが、その姿が普通のそれと違うことに気付き眉を顰めた。
「ルイズ、こいつ」
「魔獣ね。まあここの森では下っ端な方よ」
「ここの森では、ね」
じゃあ普通の場所ならどうなんだろうと思わないでもなかったが、それを聞くと戦意喪失しそうなので才人はそれ以上追及するのをやめた。とりあえず挨拶して通り過ぎることは出来そうにない為、倒すなり追い払うなりしなければならない。
殺しちゃ駄目よ、というルイズの言葉に分かってると返した才人は、とりあえずと足に力を込めた。熊が再び爪を振り上げるのを確認してから、一気に加速し懐に飛び込む。その一撃が振り下ろされるよりも早く、彼は熊の眉間に剣の柄を叩き込んでいた。グラリと熊の顔が揺れ、そしてそのまま大の字に倒れ伏す。
「よっしゃ!」
「うんうん。成長してるわね」
どうだ、と振り向いた才人をよしよしと撫でながら満足そうに笑ったルイズは、熊が息をしているのを確かめた後、一気に進むわよと駆け出した。
木漏れ日の道を進んでいると、時折視界の外れから何かの鳴き声が響いてくる。こちらには向かってきていないが、しかし、段々とその声は大きくなってきているようで。
「ルイズ。ちょっとマズいんじゃないかしらぁ?」
「子供は本当にここの奥なの?」
「……そうね。確かに気になるわ」
立ち止まった。ぐるりと辺りを見渡すが、視界に広がるのは花咲き乱れる木々ばかり。それはつまり大分奥までやってきているということに他ならず、その状態でも子供の痕跡が全く見付からないということは。
騙された、とは考え辛い。そもそもそんなことをする理由がなく、そのことがカトレアの耳に入れば間違いなく処罰される。
となると、考えられる可能性はもう一つ。子供は別のルートを通り、森の中心部へと向かってしまったということだ。
「マズいわね」
「森の中心って、何かあるのか? ゲームとかだとボスや宝物が定番だけど」
「ビンゴよサイト」
キュルケの言葉にえ、と才人は声を上げる。とにかく向かいながら話しましょうというルイズの言葉に再び足を動かしながら、一行は森の奥へと走った。
それで、ボスや宝物が当たりってどういうことだよ。そう才人が尋ねると、キュルケは言葉通りよと手をヒラヒラとさせた。
「ラ・フォンティーヌ領には大きく分けて四つの森があるわ。さっき幻獣を捕まえていた森はその中では二番目に安全な場所、そしてここは二番目に危険な場所。向こうの山の麓の森が一番危険な場所で、ここから見えない反対方向の森が一番安全な場所。まあぶっちゃければ危険な名所四選ってところかしらね」
「危険な名所って言うな。ちいねえさまの治める地なんだから何の問題もないわ」
「危険なのには変わりない」
むう、と拗ねるルイズを横目に、まあつまりはそういうことよとキュルケは続けた。あとは分かるな、と言わんばかりの目を才人に向けたが、彼は頬を掻きながら曖昧に笑うのみである。
「えーっと。つまり、ここはその危険な名所四選の一つで、中心部にはそれに相応しい魔獣か何かと、何か貴重なものがあるってことでいいのか?」
「そういうこと」
短く答えるタバサの表情にも少しだけ真剣なものが混じる。どうやら少なくとも遊び半分で戦ってどうにかなる相手ではなさそうだということを悟った才人は、剣を握る手に力を込めた。
もうすぐ中心部だ、という声を聞き、真っ直ぐ前を見る。周囲の木漏れ日の道がここに導いていたのだと言わんばかりに集まって一つの空間を作り出しており、そこには色とりどりの花と、一本の果物のなっている木が立っていた。
その木の下で、二人の少年少女が寄り添って蹲っていた。
「……よかった、とりあえず無事みたいね」
駆け寄ったルイズが二人に声を掛ける。怯えているが手足についた擦り傷切り傷以外には目立った怪我もなく、急いで戻らなければ命にかかわるということは無さそうだ。それを確認した彼女は安堵の溜息を吐き、ゆっくりと周囲の気配を伺った。
同じようにキュルケもタバサも子供を守るように立ち、何かの奇襲を防がんと杖を構えている。そんな張り詰めた空気を感じ取り、才人も何が来るのかを充分に注意しながら視線を巡らし。
「来る」
「なっ!? うぉぉぉ!?」
瞬間、頭上から強襲してきたそれに才人は思い切り蹴り飛ばされた。
二・三度バウンドしつつも受け身を取った才人は、顔を上げてその相手を見た。短い鳴き声を上げながらゆらゆらと首を揺らしている巨大な鳥を。
全長は先程出会った熊の優に二倍を超える大きさで、更にその体躯に相応しい巨大な嘴が鋭い刃のように輝いていた。眼光は鋭く、体を支える二本の足も太く大きい。足の爪にしろ嘴にしろ、普通の人間ならば食らった時点で致命傷であろう。
そういう意味では、派手に吹き飛んだ割に大した怪我のない才人は修業の成果で段々と普通の範疇から外れてきたのか、あるいは。
「てか、何だあのハシビロコウの化け物みたいな奴は!?」
「ハシビロコウ?」
「地球の鳥で、嘴が無駄にでかくて殺し屋みたいな目をしてるんだよ」
「あー」
成程、とタバサは目の前の怪鳥を見た。確かに嘴がやたらと大きく殺し屋のような目付きではある。うんうんと頷いていた彼女であったが、彼の故郷にはこんな鳥がそこかしこにいるのかと想像し少しだけ顔を顰めた。
そんなやり取りを尻目に、ルイズは怪鳥へと足を踏み出す。自分達は戦いに来たわけではない、と述べながら、ゆっくりと近付いていく。
「ルイズ!? 危ねぇぞ!」
「ダメよサイト。相手は森のヌシ、いわばちいねえさまの部下よ。ちゃんと敬意を持って接すれば、分かってくれるはずよ」
「……いやまあルイズがそれでいいならいいんだけど」
怪鳥を部下とカウントするカトレアの姿を思い浮かべ、それはちょっと違うんじゃないかなと才人は頬を掻いた。ジャングルの王者じゃないんだから、と思わず小声で呟いてしまう。
幸いにして彼女には聞こえてなかったらしく、ルイズはそのまま怪鳥の説得に乗り出していた。自分はカトレアの妹、ならば、それを伝えれば。そう考えたらしい彼女は怪鳥に向かって名を名乗る。
傍から見ていると珍妙な光景だが、それは致し方ないであろう。
「わたしはルイズ、あなたの住んでいる地を治めているカトレア様の妹よ。森のヌシならば、分かるわよね?」
ゆっくりとそう述べた言葉に答えるが如く、怪鳥は翼を広げ大きく一鳴きした。その翼を広げたまま、ゆっくりと顔をルイズに向ける。目を開き、首を動かし、品定めでもするかのようにジロジロと見渡した後、短く三回鳴いた。翼を閉じたところを見ると、どうやらルイズをカトレアの妹だと認めたようである。
「良かった。……ごめんなさい森のヌシ、わたし達はそこの迷子を保護しに来ただけなの。あなたと事を荒立てるつもりはないわ。縄張りへ勝手に侵入したことは謝るから、ここを通してくれないかしら?」
ルイズの言葉に怪鳥は暫し目を閉じた。首を前後に振り、何かを考えるような素振りをみせた怪鳥は、そのままゆっくりと横へと位置をずらした。短く鳴き、早く帰れと言わんばかりに翼を広げた。
「ありがとう森のヌシ」
「ホントに交渉しちゃったわねぇ」
「意外」
「……流石はジャングルの王者ルイズちゃん」
『ブフッ!』
ポツリと才人が零した言葉が二人のツボに入ったらしい。キュルケもタバサもその場で肩を震わせながら蹲る。何やってんのよ、とジト目で睨むルイズを横に、そのまま暫し声を出さずに笑い続けた。
ある程度呼吸を整えた二人は、ゆっくりと立ち上がると子供を伴って歩き出す。帰るのを見守っている怪鳥にタバサはペコリと会釈をし、キュルケは軽く微笑みかけた。怪鳥はそれに答えるように短く鳴く。
そのまま目を細めていた怪鳥は、ふとキュルケの一点を眺めて動きを止めた。うんうんと何かを納得するように首を動かした怪鳥は、そのまま残り二人の女性陣の同じ箇所へと視線を移す。
ケッ、と何かを馬鹿にするように怪鳥は短く一声を上げた。
「よし殺そう」
「待て待て待て待て! お前さっき自分で言ってたじゃん、森のヌシはカトレアさんの部下だって! 何でいきなり物騒になってんだよ!」
「だってあの鳥、わ、わわわたしの胸を見て、ばばば馬鹿にするように鳴いたのよ!」
「いやそりゃカトレアさんの部下なんだし女性の胸はでかいもんと思ってても不思議はぶぁ!」
最後まで言い切ること無く、才人はルイズのストレートを食らい真横に吹き飛んだ。先程の怪鳥の一撃よりも鋭いそれは、彼の体を木に激突させ、そのままダラリと力無く地に落ちる姿へと変える。キュルケの横にいた子供が、小さく悲鳴を上げて彼女に縋り付いた。
ふん、と鼻を鳴らすと、ルイズは一歩前に出る。彼女のそのやる気満々の気配を察し、怪鳥も威嚇するかのごとく巨大な嘴をカチカチと鳴らした。
「わたしの胸を馬鹿にしたこと後悔させてやるわよこの鳥……」
足に力を込め一気に飛び込むルイズに合わせるように、怪鳥もその足を踏み込み飛び出した。
怪鳥の大きく鋭い爪を横っ飛びで躱したルイズは、そのままお返しと言わんばかりに飛び蹴りを放つ。が、見た目よりずっと強靭な怪鳥の肉体に弾かれ彼女は短く舌打ちをした。ならば、と姿勢を低くし足元に潜り込むと、その腹下を狙い回し蹴りを叩き込む。
「このエロ鳥! 体いったい何で出来てるのよ!?」
少しだけ体にめり込んだものの、それ以上のダメージは与えられなかったのを確認しルイズは悪態を吐いた。怪鳥の後方へと走り抜けた彼女は相手が振り向くのに合わせて首に掌底を打ち込む。ゆらりと頭が揺れたが、しかしそれはダメージによるものではなかったようで、そのまま大きく頭を振り上げ嘴をルイズに向かって振り下ろした。
「うひゃぁ!?」
彼女が避けたことでその後方にあった木が両断される。メキメキと音を立てて倒れる大木を見たルイズは、思わず変な声を上げてしまった。
「ホントにこいつ、体何で出来てんのよ!?」
怪鳥は足に力を込め、嘴を真っ直ぐに突き出す。ルイズは咄嗟にデルフリンガーを抜き放ち受け止めたが、勢いに押され後方まで吹き飛んだ。ダメージ自体は無いので体勢を立て直し着地したが、その顔には怒りとは別に驚愕も浮かんでいる。
「流石に森のヌシってところかしらねぇ」
「その辺のトライアングルじゃ歯が立たない」
「見てないで手伝えぇ!」
嫌よ、とキュルケは首を横に振る。この子達の護衛もあるし、と彼女は縋り付いている二人の子供の頭を優しく撫でた。
嫌だ、とタバサは首を横に振る。そもそも自分からケンカを吹っ掛けたのだから、自分で何とかするべき。そう述べてヒラヒラと手を振った。
「正論だな」
「やかましいわ!」
カタカタ鳴るデルフリンガーを怒鳴り付け、このヤローとルイズは大剣を振り被った。刃は返してあるが、しかしそれ以外は別段手加減なしの一撃。それを、あろうことか怪鳥の嘴は受け止めてみせた。甲高い音と共にぶつかり合いお互い弾かれたが、体の大きさの分怪鳥の方が体勢が崩れなかったので立て直すのは速い。翼を広げると、少しだけ宙に浮き滑空するように襲い掛かった。
あの嘴を体に食らってはマズい。そう判断したルイズはデルフリンガーで受け流す。が、先程より更に勢いを増していた一撃が空中で体勢を崩している彼女で受けきれるはずもなく。
ボールのように天高く吹き飛ばされたルイズは、近くの木々に引っ掛かりながら落下した。
「おぶっ!」
「あ、ごめんなさいサイト!」
「……やーらかいけど、痛い」
倒れていたサイトをクッションにしてダメージを逃したルイズは、追撃とばかりに再び突っ込んでくる怪鳥に大剣を構えた。その巨大さと刃のような鋭さ、幅広さからまるで斧のような嘴が煌き、ルイズに襲い掛かる。それを受け止め、弾き、受け流し。先程とは違い吹き飛ばされること無く防御を続けるルイズは、その最中に短く息を吐いた。
相手はあくまで鳥。武術を修めた剣士などではない、野生の獣だ。パワーがあっても技がない。そう判断した彼女は剣を握る手に力を込め、怪鳥の嘴の一撃を強く弾いた。力任せではなく相手の動きも利用したルイズのパリィにより体勢を崩された怪鳥は首を大きく横に吹き飛ばされ、体勢は思い切り崩れている。ここがチャンスだと返す刀で相手の意識を刈り取らんとデルフリンガーを横薙ぎに振るい。
「相棒! 避けろ!」
「――へ?」
咄嗟に体を反らした。信じられない体勢から尚も嘴を振るった怪鳥は、流石に無理がたたったのかゴロリと地面にすっ転ぶ。素早く起き上がり再びこちらを向いた怪鳥は、ルイズのその格好を見ていなないた。
「ルイズ!」
油断した、とルイズの頬に冷や汗が流れる。相手は武術を修めた剣士ではない、思いもよらない動きをする野生の獣であり、加えるならばカトレアの部下なのだ。次はこうはいかないと握っている大剣の柄に力を込め、それをゆっくり肩に担ぐ。
「駄目! その構えとっちゃ駄目ぇ!」
「何よキュルケ、構えちゃ駄目って」
「下」
「え? 下? ……え?」
タバサに言われるがまま下を向く。そこには、先程の嘴によりばっさりと切られた彼女の服が。正確には胸元が切られた服が。
「き、キャァァァァ!」
ブラジャーすら切り裂かれ完全に丸見えになったルイズの胸が、そこにあった。
ポロリもあるよ。