ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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繋ぎのお話。

後々関係しそうな説明とか出てきても基本投げっぱなしですのであしからず。


その2

 男子生徒は目の前の平民を這い蹲らせようと呪文を放つ。が、それをサラリと躱し、面倒くさそうな表情を浮かべたままその平民は刃を返した刀を振るった。杖が弾き飛ばされ、そして返す刀で彼の意識も消し飛ばされる。

 どさりと倒れる目の前の相手を一瞥し、才人は大きく息を吐く。これで総勢何人目だ、そんなことを呟きながら、疲労のせいで取り繕うこともなく不機嫌な目付きで辺りを見渡した。

 

「三十五人目」

「後五人で四十人切りねぇ」

「勘弁してくれよ……」

 

 どうやらこれ以上彼に突っかかってくる男子生徒はいないようで、やれやれと溜息を吐くとそのまま地面に座り込んだ。ふと視線を横に向けると、彼の主人が騒ぎを聞きつけて来た教師に何やら説明という名の言いくるめを行っているのが見える。ああまた迷惑かけたな、と頭を掻くと、才人はそのまま大の字に寝転んだ。

 

「ったく。わたしに文句言う前に盛りの着いた畜生みたいに襲い掛かるあいつらどうにかしなさいっての」

 

 ぶつぶつと文句を言いながらルイズが才人の隣に立つ。で、勝ったの? という彼女の言葉に、当たり前だと彼は返した。

 

「ま、ガンダールヴならそのくらい楽勝だろ」

 

 カタカタとルイズの背中の剣の鍔が鳴る。何だよそのガンダールヴってのは、という才人の言葉に、最初に言ってた伝説の剣士の名前だ、とデルフリンガーは返した。

 曰く、伝説に謳われた使い魔の一つで、『神の左手』だの『神の盾』だのと呼ばれるとんでもない存在なのだとか。

 

「……これが?」

「というか、何? 思い出してたの?」

「当の本人が目の前にいたから、段々とな」

「眉唾……とも、言い切れなくなってきた」

 

 寝転んでいる才人を三人は見やる。出会ってから二ヶ月程の短期間でこちらに追い付かんばかりの成長を遂げているこの少年は、成程確かに伝説の使い魔と言われればしっくりくるような気がした。

 まじまじと見詰められる才人は何だか気恥ずかしくなり思わず視線を逸らす。彼女達の顔から、少し下へ。寝転んでいる彼は、立って見下ろしている彼女達の顔より下に視線を移す。

 思わず目を見開き、しかし悟られないように努めて平静を装いながらゆっくりと視線を巡らせた。

 

「まあ、どっちにしろわたしにとってはただのエロ犬でしかないわね」

 

 ふう、とルイズが肩を竦めた。ゆっくりと才人の傍らにしゃがみこむと、終わったなら帰るわよ、と手を差し出す。彼はそんな彼女の手を取り、色とりどりの三角の布を惜しみながら立ち上がった。

 

「で、わたしの下着を見た感想は?」

「いやぁ、左右を紐で止めるタイプって中々エロ……あ」

「ホント、男の子ねぇ」

「……スケベ」

 

 ガードする間もなく繰り出されたアッパーで宙を舞いながら、才人は自身の単純さを呪うのであった。このアッパーにせよ、キュルケの誘いにせよ、である。

 

 

 

 

 呪った。そう、あの時宙を舞った際、確かに彼は自身の単純さを噛み締めたのだ。もうあんなことにはならないぞ、と次に繋がる決意をしたのだ。

 なのに、と彼は眼下を見る。彼の主人のベッドの上のこの状況を見る。

 

「……意外と、大胆なんですね」

 

 ブラウスのはだけたシエスタが、才人に押し倒される格好でそこにいた。どう見ても男が女を襲おうと盛っている光景であり、どう見てもこれから押し倒された少女は致されてしまうという光景であった。

 そして質の悪いことに、才人が押し倒しているその女性はシエスタ。あのルイズの傍らで平然とお付のメイドをやれている女傑である。こんな状況になった場合、慌てるわけでもなくどこか誘うように上気した顔で彼を見上げた。無論才人はそれが何を意味するかを分かっている。

 

「……人のベッドで、何やってんのかしらね?」

 

 背後から聞こえてくる地獄の底から響くようなその声に、才人はそれ以上何も言えずにただただ首を横に振ることしか出来なかった。その顔面は蒼白であり、自身の体の無事を諦めたかのような、そんな表情をしている。

 違うんです、と彼の下にいる少女が声を発した。サイトさんは悪くありません。そう続けながら、シエスタは彼の胸元にそっと手を添える。

 

「わたしが、どうせなら綺麗な場所がいいって言ったから」

「何の話デスカ!?」

 

 そもそもこの状況はたまたまバランスを崩しただけの所謂ラッキースケベというやつである。そこに至るように彼の下にいる少女がある程度誘導していたとしても、あくまでこの状況になったのは不可抗力なのである。

 そこに、彼の主人がたまたま戻ってきてそれを目撃しただけなのだ。

 

「最近アンタ、ちょっと盛り過ぎじゃないかしら?」

「いやだから不可抗力なんだって!?」

「キュルケの恋人もまだやってるくせに、今度はシエスタ? とりあえず手近な女に欲情しておけってやつ?」

「違うって!? そもそもそれなら真っ先にルイズに欲情してるっつの!」

「……ま、どうでもいいわ。ねえエロ犬」

 

 とりあえず立て、と口に出さずに目で述べたルイズに従うように立ち上がった才人は、これから何が飛んでくるのかと体をこわばらせた。拳か、蹴りか。ひょっとしたら剣かもしれない。どれにしろ出来れば痛くしないで欲しいなどと思いながら、彼はじっと彼女の言葉を待つ。

 

「アンタしばらくここ立入禁止」

 

 短くそれだけを述べると、ルイズはしっしと才人を追い払うように手を振った。へ、と一瞬だけ呆けた表情を浮かべた才人であったが、しかし彼女の言葉の意味を理解したのかバツの悪そうに頬を掻く。そして、分かりましたよご主人様と肩を落としながらフラフラと部屋を出ていった。

 その彼の背中をしばらく目で追っていたルイズは、背後のベッドで服の乱れを直すシエスタにゆっくりと向き直る。彼女が振り向いた時には、既にシエスタは何事もなかったかのように佇んでいた。ベッドの乱れも整えられているおまけ付きである。

 

「嵌めたわね」

「何のことやら?」

「わざと才人に押し倒されたでしょう。わたしに見せるために」

「それが分かっているのに、追い出したんですか?」

 

 シエスタの言葉にルイズはふんと鼻を鳴らす。言わなくても分かっているくせに。そんな風に目で述べながら、少し乱暴にベッドへ倒れ込んだ。

 

「こんなことでわたしの恋愛観が養えると思ったら大間違いよ」

「駄目ですか?」

「駄目ね。もうダメダメ。大体わたしは才人をそういう対象として見てないもの」

「では、これから見てみれば如何でしょう?」

「わたしの理想は、少なくとも背中を預けられる人よ。欲を言えば引っ張ってくれる人」

 

 戦闘力的な意味で、というのを感じ取ったシエスタは、それは中々難しいですねと笑う。現状才人はその枠に入らない以上、彼女のお眼鏡には適わないのだろう。そう判断したシエスタは、しかしふと思い付いてルイズに尋ねた。

 ならば、彼がこれからどんどん強くなればその限りではないのか、と。

 

「そうね…………。わたしに勝てたら、考えるわ」

 

 その言葉には、やれるものならやってみろ、という意味合いが含まれており。

 ああ、これは当分この人独り身だ。そんな諦めをシエスタに抱かせるのに充分であった。

 

 

 

 

 

 

 その日、魔法学院の教室の一室は何か張り詰めたような空気が蔓延していた。そういえばこの空気何時ぞやに味わったな、とそこにいる生徒達はちらりと薔薇を持った伊達男を見る。当時の現場では既に偽物と入れ替わっていたその当事者は、何故皆僕を見るんだと首を傾げていた。

 さて、その空気を生み出している原因は二人の女生徒にある。ピンクブロンドの少女は教室の空気を鬱陶しそうに感じながら頬杖をつき、赤毛の少女はその空気を楽しむように微笑んでいた。

 実を言うのならば、空気を生み出している直接的な原因は彼女達ではない。彼女達に付随している噂が、教室の空気の原因であった。

 

「意外と大事になってるわねぇ」

「そうね。鬱陶しいったらありゃしない」

 

 キュルケのその言葉にルイズは舌打ちしかねない表情でそう返す。まあでも自業自得だ、という隣のタバサの言葉を受け、彼女はぐうと苦虫を噛み潰したような表情を作った。

 

「サイト追い出しちゃったのはマズかったわねぇ」

「し、仕方ないじゃない。一旦あいつを離しておかないと騒ぎが大きくなりそうだったから」

「結果として余計に燃え広がった」

 

 ヴァリエールの使い魔は主人の部屋でツェルプストーとメイドを二人相手にしていたのを目撃され、追い出された。凡そこんなあらすじの噂が学院中を駆け巡っている。実際に才人がルイズの部屋に戻っておらず、どこか別の場所で寝泊まりしていることもその噂の真実味に拍車を掛けていた。

 ちなみにその噂の中心であるもう一人、才人は教室にいない。今頃は何も考えていないような顔で普段通りに生活していることであろう。

 

「とはいっても、どうすりゃいいってのよ」

「サイトを今から呼び戻してもそこまで効果は無さそうなのよね」

「噂を払拭する何か決定打が足りない」

 

 どうしたものか、と三人揃って頭を捻るが、どうにもいいアイデアが出てこない。ヒソヒソと遠巻きに何かを話されていることも相まって、集中することも難しかった。

 もういっそ噂話をしている連中を片っ端から殴って回ろうか。そんなことを言いながら拳を握るルイズをまあ待てとキュルケは宥め、しかし噂そのものを潰すのは悪くない考えだと続けた。

 

「どういうことよ」

「そうねぇ……。ねえルイズ、今あたし達って対立してるのよね?」

「こうやって三人で集まってるのを見てもそうなるらしいわね」

「なら、いっそこういうのはどうかしら」

 

 声を潜め、周りに聞こえないようにキュルケはルイズとタバサに自身のアイデアを述べる。それを聞いたルイズは本当にそれで大丈夫なのかと眉を顰め、タバサは別にやってもいいのではないかと他人事のように告げた。

 どのみちこのままだとしばらく居心地の悪い空気が続く、とキュルケに諭されてしまえば、ルイズとしても首を縦に振らざるを得ない。仕方ない、と肩を竦めると、コホン、と咳払いを一つした。

 

「ツェルプストー! 今日という今日は許せないわ!」

「ふふん。ヴァリエールの女はこれだから困るわ。ヒステリックで、自分の魅力の無さを他人の所為にしちゃって。それだから胸がいつまでたっても大平原なのよ」

「……アンタ割とマジで今罵倒したわね」

「あら? 気に障った? 胸がゼロのルイズ」

「上等! ひひ、久々に、ぶぶぶっ飛ばしてやるわキュルケぇ!」

 

 ガタンと大きな音を立てながらルイズが立ち上がる。それに合わせるようにゆっくりとキュルケも立ち上がる。二人の様子を窺っていた生徒達は、ああついに始まるのかとどこか期待したような眼差しを向けた。

 そしてその二人に挟まれているタバサは、どこか呆れたように首を横に振った。喧嘩をする振りをして騒ぎを起こし、適当な噂をそれで塗り潰すのではなかったのか。本気で喧嘩を始めてどうするのか、と。

 

「場所は?」

「どこでもいいわ」

「時間は?」

「今すぐ!」

「大変結構」

 

 タバサ、と二人揃ってこちらを向いて自身の名を呼ぶのを聞き、もうどうにでもなればいいと彼女は一人溜息を吐いた。

 

 

 

 

 さて、そんな彼女達の状況など全く知らない才人はというと。

 

「よっしゃぁ! 薪割りダイナミック!」

「おー。凄いです!」

 

 使用人の仕事の手伝いとしていつものように無茶な動きで薪割りをしながら、傍らで拍手をするケティ十号にサムズアップを見せていた。最近はもうメイドも使用人も誰も驚いてくれなくなったので、この新鮮な反応は彼にとって一つの清涼剤でもあった。

 さてでは薪割りも終わったし、次はシエスタの洗濯でも手伝おうか。そんなことを思いながら斧を片付け薪を積み上げ、井戸の水で汚れを落とす。そんな彼の後ろをポテポテと十号はついて歩いていた。

 

「てか、お前の仕事は?」

「……オリジナルも正気に戻って過激さを潜めたおかげで、現在何もやることがないのです」

「あ、うん。何かごめん」

 

 気にしないでください、と手を振った十号は、とりあえずわたしもお洗濯やりますと袖を捲り。

 決闘だ、という騒ぎを聞いて才人共々思わず動きを止めた。

 

「今、決闘って」

「確かに聞こえたけど、誰が」

 

 そう言いつつ何か嫌な予感がした才人は声の方へと足を向ける。が、一応任された仕事がある以上それをほっぽり出して向かうわけにもいかない。洗濯籠と騒ぎの方を交互に見ながら、彼はどうしようと顔を顰め。

 

「サイトさんはあっちに向かってください」

「あ、シエスタ。でも何で?」

「使い魔を賭けて、ミス・ヴァリエールとミス・ツェルプストーが決闘を行うらしいので」

「俺の知らないところで俺が当事者になってる!?」

 

 というわけで行ってらっしゃい、とシエスタは才人の背中を押す。分かった、と一目散に駆けていく彼を見ながら、彼女はうんうんと満足そうに頷いた。

 これで少しは我が心の主も恋に積極的になればいいのだけれど。そんなことを一瞬思い、まあ無理だろうなと振って散らした。

 

「さて、ではお洗濯しますか。十号さん、お手伝いよろしくお願いしますね」

「あ、はい。任されたのです」




多分次で終わる、はず。

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