ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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※この物語の解決方法は基本物理です。戦略とか謀略とか内政とかがあったとしても恐らく添え物です。


その2

 学院にて才人とキュルケを拾い上げ、そのままラ・ロシェールの港町まで移動した一行は、とある宿屋の一室で卓を囲んでいた。話によるとガリアの方でも同じ準備を整えていたらしく、向こう側の輸送船の責任者がもうすぐこちらに来るとのこと。その人物を待ちながら、皆はそれぞれのんびりと紅茶を飲みながら談笑を行っていた。

 約一名、場馴れしていないシェフィールドを除いて。

 

「あ、あの。シャルロット様」

「何?」

「この人達、何でこんなに落ち着いているのでしょうか? 今から空賊退治という名目で無茶をやらされるんですよ?」

 

 その言葉に、タバサはやれやれと頭を振る。何だそんなことか、と前置きすると、アンリエッタを含んだ四人を指し示した。

 

「この面々にとっては、いつものこと」

「い、いつものこと、ですか。……ああそういえば、ジョゼフ様に色々やらされてましたものね」

「それ以外でも色々とやらかしている。だから、ぶっちゃけもう日常」

 

 それはそれでどうなんだろうとシェフィールドは思ったが、わざわざそこを突っ込んで余計な反感を買うこともあるまいと口を噤んだ。ともあれ、それだけ場馴れしているというのならば心強い。自分は後方で支援に徹し、後で適当に主に報告すればそれでいいだろう。そんなことを結論付け、ガリア側の責任者がやってくるであろう扉に視線を向けた。

 そのタイミングで足音が響き、ドアのノブがガチャリと回る。盛大な音を立て扉が開き、向こう側にいた人物が部屋へと入ってきた。どうやら彼が責任者らしく、アンリエッタの方を向くとおお、とその顔を笑顔に変えた。

 

「これはこれはアンリエッタ姫。大きくなられたな。美しさも一層の磨きが掛かっておる」

「……ありがとうございます。ですが、よろしいのですか? 彼女の目の前で他の娘を褒めたりなどして」

 

 ちらりとアンリエッタはタバサを見る。彼が入ってきたことで紅茶を喉に詰まらせむせている彼女は、そんなアンリエッタの言葉に反応出来る余裕がなかった。ちなみに隣では紅茶を吹いたシェフィールドが机を拭きながらゲホゲホと咳き込んでいた。

 はっはっは、と彼は笑う。そして、大丈夫だと述べると、そのままアンリエッタの対面の椅子を引くとそこにどかりと座った。あれを褒めるのは弟の仕事だ。そう続けると、さっさと本題に入ろうではないかと彼女を見やる。

 そんな二人のやり取りについていけない人物が三名程いた。その内二名はタバサの反応と彼の姿で大体の予想がついたが、最後の一人である才人は何が何やらさっぱりで頭に疑問符しか浮かんでいない。唯一分かっているのが、多分厄介な人物であるということだけである。

 

「まあ、概ねそれで問題ないわ」

 

 そう言いながらルイズは肩を竦める。隣ではキュルケがそうね、と頬を掻いていた。

 とはいえ、それで済ませたら色々と問題が残るのも事実なわけで。しょうがないと溜息を吐くと、ルイズはとりあえず簡潔に言うわねと指を立てた。

 

「あれがガリア王、ジョゼフ一世陛下よ」

「……は? え? ガリアの王様? 何でこんなとこに!?」

「ちなみに忘れてるかもしれないから言っておくけれど、アンリエッタ姫も立場的には似たようなものよ」

「あ、そうか。……ハルケギニアのお偉いさんってのはみんなこんなフットワーク軽いわけ?」

 

 一国の王と一国の姫が空賊退治のための輸送船を手配して港町の宿屋で作戦会議を行う。普通に考えるとよほど切羽詰まった事態でもない限り到底ありえない光景なのだが、実際目の前でそれが繰り広げられている以上認めざるを得ない。まあそういうものなのだろうと才人は一人納得し、流石異世界だと新たなるギャップを感じていた。

 

「いや、この二人が特別なだけだと思うわぁ。……ゲルマニアの皇帝は普通だし」

「ロマリアは……どうなのかしらね。多分ここまでフラフラと教皇は出歩かないでしょうけど」

 

 言外に、というか直接的にトリステインとガリアがおかしいだけだとばっさり切り捨てた二人は、そんなことよりとようやく落ち着いたタバサを呼んだ。シェフィールドは現在使い物にならない状態なので放置するらしい。

 盛大な溜息を吐きながら三人の隣に座り直したタバサは、もうどうでもいいやと投げやりに呟いた。

 

「でも被害受けるのわたし達よ」

「……別にどうでもいい」

「あ、目が死んでる」

「タバサ!? 戻ってきて!?」

 

 キュルケにブンブンと揺さぶられようやく正気を取り戻したタバサは、しかし二人が何やら相談している方に視線を向け頭痛を堪えるように頭を押さえる。どうしたんだとそちらの方へ意識を集中させると、ジョゼフとアンリエッタの空賊討伐の『作戦』とやらが耳に入った。既にある程度は話がまとまったらしく、ガリアとトリステインで用意したフネ二隻を輸送と餌の両方の目的で運用するらしい。

 

「それで、そちらのフネを前、こちらを後ろで進ませます」

「成程。最新のフネについていくのがやっとの足手まといを演出するのだな」

「ええ。加えるのならば、こちらには衛士を殆ど乗船させません。戦力の大半をそちらにお渡し致しますわ」

 

 その代わり、とアンリエッタは自分達を見ているルイズらにちらりと視線を送る。それに気付いたジョゼフも、まあそうだろうなと口角を上げた。

 アンリエッタはつまりこう言っているのである。自身を囮にし、まんまとやってきた空賊をルイズ達で撃破する、と。

 

「無茶な作戦に無理矢理ついてきた無能なお姫様に空賊は飛びつく、というわけだな」

「ええ、そういうことです」

「となると、彼女達もメイジの格好から着替えさせた方がよいだろう。その方が相手は嘗めて掛かる」

 

 シェフィールド、とジョゼフは名を呼ぶ。はい、とその言葉に再起動したシェフィールドは、服を用意しろという彼の言葉に首を傾げた。あれだ、とタバサを指差したことでようやく理解した彼女は、分かりましたと席を立つ。三着用意せよ、という言葉に何の疑問も抱かず部屋を後にした。

 

「では、そのように」

「うむ。そのように」

 

 ニヤリ、とお互いあまり良いとはいえない笑みを浮かべ合い、それぞれ目の前に置いてあった紅茶を手に取った。流石王族というべきか、その所作には気品を感じられ、先程まで悪巧みをしていたようには思えない。

 あくまで何の関係もない第三者から見たら、ということであり、当然当事者であるルイズ達にとってはそんな立ち振舞などまったくもって関係がないのだが。

 

「メイド服で戦うみたいねぇ」

「まあわたし既にメイド服だしもうどうでも」

「同じく」

「……三着用意って、俺もメイド服ってオチはないよな、流石に」

 

 多分シェフィールドさんの分でしょ、というルイズの言葉にほっと胸を撫で下ろすと同時に、これからの彼女の行く末を想像した才人はそっと合掌するのであった。

 

 

 

 

 

 

「はー、やっぱすげぇな飛空艇」

 

 空を泳ぐフネの上。その甲板で才人は体に当たる風を感じながらそう呟いた。その横ではルイズ達も同じように風を受け、周囲の景色を眺めながら気負うことなく樽や木箱に座っている。

 そんな彼女達の服装はメイド服。マントも付けていないその姿は、どこをどう見てもメイジとは思えない。唯一才人だけは普段着だが、元々ハルケギニアの住人の格好ではないので問題ないらしい。

 

「しかし、ホントに誰もいないのね」

 

 足をブラブラとさせながらルイズがぼやく。彼女達の周囲にいるのはフネを動かしている船員ばかり。空賊を撃退する戦力らしき者の姿はどこにもなく、見る限りではただの輸送船でしかない。

 その言葉を聞いていたキュルケとタバサは確かにと頷きながら前方を見やる。トリステインの輸送船を見下すかのように悠々と空を突き進むガリアのフネがそこにあった。置いていかれないように必死で進むこちらを馬鹿にするようなその動きは、明らかな性能の差を感じさせる。乗組員も精鋭と空賊撃退のためのメイジが多数配備されており、あちらを襲うのはかなりの覚悟を必要とするであろうと思わせた。

 無論それは空賊を誘き寄せるための演技である。確かに二つのフネは如何ともしがたない性能差があるものの、ガリアの操舵は元来それを笠に着る運行などしないし、トリステインの操舵はここまでへたれてはいない。全ては敵の目をこちらに向けさせるためである。

 

「とはいっても、流石にここまであからさまだと警戒しないかしらぁ」

 

 正直どこからどう見ても罠ですよと言わんばかりである。少しでも頭の切れる者がいれば失敗するであろう作戦だ、とキュルケは肩を竦めた。が、まあそれならそれで問題無いとタバサは本の頁を捲りながら返した。

 

「向こうが襲ってこないのならば、アルビオンへ物資の輸送を行うことが出来る」

「ああ、実際に補給物資は積んでいるんだったわね」

 

 ちらりと視線を船倉の入り口に向ける。これまで妨害されてきた鬱憤を晴らすが如く用意された補給物資は、アルビオン王家に届けばかなりの役に立つであろう。

 早い話、どちらでもいいのだ。理想は空賊を撃退した上で補給物資の輸送を完了することであるが、最悪物資の輸送だけでも構わない。ちなみに空賊を倒しても物資の補給が出来なければルイズとキュルケの借金が増える手筈となっているのだが、彼女達はそれを知らなかったりする。

 

「まあ、どっちにしろその時はその時だろ。今はのんびり船旅でも楽しもうぜ」

 

 そう言いながら才人も彼女達と同じように木箱に腰を下ろす。そうね、とルイズも頷き、再び視線を空の向こう側に向けた。

 そのまま暫し適当に談笑を行い、少し体力を温存すると仮眠を取っていたその時である。警鐘の音がフネに響き、ルイズ達は目を覚ました。来たか、と目をこすりながら船員の述べる方向を見ると、成程見慣れないフネが二隻こちらへと接近してくるのが見える。

 船員へと近付いたルイズは状況の説明を求め、事情を知っている船員は渋ることなく双眼鏡で調べたことを述べた。曰く、向こうのフネには旗が掲げられていない。曰く、大砲等でフネは武装されていた。曰く、ちらりと見えた乗組員は明らかにゴロツキであった。

 

「まあ、ほぼ間違いなく空賊ね」

「分かりやすい相手で助かったわねぇ」

 

 船員の話を他の面々にも話すと、ではそろそろ出番かとキュルケは固まっていた体を解すように伸びをする。その拍子に残り二人には明らかに足りていない部分がたゆんと揺れた。

 思わずそれを目で追ってしまった才人がブンブンと頭を振って気を取り直した頃には、フネはかなり接近しており、肉眼でも見える大砲から轟音と煙が飛ぶ。撃ち出された砲弾はフネの航路を遮るように横切ると空の彼方へと消えていった。

 航路を遮る、というのは現在の状況ではかなりの痛手である。当たりはしなくともその一撃でガリアの輸送船との距離が一気に開いてしまった。戦力の殆どを向こうに集中させている以上、お互いが連携出来ない位置になると非常にまずいことになる。

 少なくとも、向こうにはそう見えているようであった。

 

「停船命令ですわね」

 

 いつの間にか甲板へとやってきたアンリエッタがそう呟く。それから少し遅れて、メイド服姿のシェフィールドが駆けてきた。空賊のフネを見て、ああこれは間違いないと苦い顔を浮かべる。

 

「こちらで輸出していたフネの一隻です。……レコン・キスタの手の者と見て間違いないかと」

「そうですか」

 

 それはよかった、とアンリエッタは笑う。狙い通りの相手が来てくれたのだ、喜びこそすれ、悲しむことなど何も無い。

 まあこれが適当に雇われたゴロツキだったのならば話は別でしたけれど、と彼女はコロコロと微笑んだ。

 そのタイミングで二発目の大砲が放たれる。これもまた当たりはしなかったものの、先程とは違いフネそのものに狙いを付けているようであった。それで止まらず更に追加を放とうとしているのが見え、船員たちはざわめき始める。どうしましょう、と船長はフネの最高責任者であるアンリエッタへと尋ねた。言外に、そろそろ行動を開始しないと沈められてしまうというニュアンスを加えて。

 

「そうですわね。さて、では……襲撃を――もとい、迎撃を開始いたしましょう」

 

 そう述べ、ニヤリと笑みを浮かべると、彼女は背後に立っているルイズ達を見やる。

 拳を打ち鳴らし待ってましたと述べた才人は腰の日本刀の鯉口を切った。

 了解しましたとウィンクをしたキュルケは、太ももに隠しておいた杖を引き抜くと向こうのフネへと突き付けた。

 承知と頷いたタバサは、本を仕舞い座っていた木箱を足で蹴る。ひっくり返った勢いで飛び出した自身の杖を掴み上げるとくるりと一回転させた。

 そしてルイズは分かってますよと指をゴキリと鳴らし、自身の背中に手を回しいつも背負っている相棒を抜かんとそれを掴む。

 

「ん? あれ?」

 

 その手が空を切ったことで彼女は素っ頓狂な声を上げた。もう一度背中に手を回すが、使い慣れたデルフリンガーの柄の感触は全く返ってこず、スカスカと空を切るばかり。

 どういうことだと首を後ろに向けると、やはり背中に差している筈の大剣の姿は影も形もない。よくよく考えると普段鞘を留めているベルトが胸元にもなかった。

 と、そこまで考えて彼女はようやく気付いた。自分の今の姿がどんなものだったのかを。普段の学生服や私服でもなく、依頼時の冒険者姿でもなく、用意されて着替えたメイド服姿だということを。

 

「って、何でキュルケもタバサも隠し持ってるのよ!」

「何でもなにも。見えないところに隠し持たないとバレちゃうからに決まってるでしょ?」

「ルイズは違ったの?」

 

 がぁ、と彼女達に吠えたルイズは、不思議そうに首を傾げる二人を見て後ずさった。どうやらデルフリンガーを別の場所に置いておいて有事の際装備する手筈になっていると思っていたらしい。隣を見ると、才人も違うのかと言わんばかりの表情で目を見開いている。

 

「……え、えーっと」

「ちょっとルイズ、あんたまさか」

「……本気?」

「おいマジかよ」

 

 三人の視線が痛い。そうは思ったが、しかしこれは自業自得なためにしょうがない。視線を明後日に逸らしながら、後頭部をわざとらしく掻き、あはははと渇いた笑いを上げながらルイズはゆっくりと口を開いた。

 

「で、デルフ、忘れてきちゃった」

 

 大爆笑して立っていられなくなったアンリエッタを余所に、一行はフネの移動により生まれる風とは別の風による寒さを感じ取るのであった。

 




ルイズは縛りプレイ(ゲーム的な意味で)

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