ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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ルイズのターン。

……ルイズのターン?


その4

 失礼します、と学院長室の扉が叩かれる。まだその中で仕事を行っていたオスマンは一体何事だと眉を顰め、入りなさいと声を掛けた。

 扉が開き、彼が雇っている秘書の女性が部屋に入る。お伝えすることが。そんな前置きをして、秘書の女性――ロングビルは口を開いた。

 

「水のメイジを数名、用意していただきたいとのことです」

「ん? 何じゃ、事故でもあったのか?」

「いえ、乱闘騒ぎが起こる予定だから、と」

「乱闘、か……。まったく、最近の若人達は血の気が多いからいかん――待った、ミス・ロングビル、今なんと?」

「ですから、乱闘騒ぎが起こる予定なのでいつでも治療を出来るように水のメイジの準備を」

「……予定?」

「はい」

 

 躊躇いなくそう答えた彼女の言葉に、オスマンは盛大に溜息を吐いた。そんなことを言い出す輩など、現在この学院には一人しかいない。正確には三人だが、基本一纏めなので変わりない。

 さらさらとペンで指示書を書くと、これを持って行きなさいとロングビルに渡す。そして、あのお転婆の監視も頼むと続けた。そこに浮かぶ表情が疲れたものになっているのは、夜になって尚仕事をしていたからというわけではないのだろう。

 

「父親と母親のアレな部分を抽出して受け継ぎおって……」

 

 今度という今度は、ガツンと言ってやらなくては。そんなことを思いつつ、自身も遠見の鏡を起動させ現場の様子を確認するのだった。

 

 

 

 

 

 

「そこまで。勝者、ミス・ヴァリエールの使い魔君だ!」

「はっ、どんなもんだ」

 

 へし折れた杖と共に地面に倒れ伏すヴィリエを見ながら才人はそう述べる。いや、実際見直したよとギーシュはそんな彼に笑みを浮かべた。

 流石はミス・ヴァリエールの使い魔だ。そう続けるギーシュの言葉を聞いて照れくさそうに頬を掻くと、彼は安堵の溜息と共に腰を下ろす。勢いで決闘をしたものの、彼の体力は多少の回復した分をとうに使い果たしていたのだ。一撃で勝負を決めたのもそのためである。

 

「まあ、とりあえず」

 

 これでひとまず一件落着かな。そんなことを思いながら才人は辺りを見渡し。

 人垣の中から、数人の生徒が杖を構えて足を踏み出すのが目に付いた。その顔は一様に怒りに染まっており、これから何をしようとしているのかが一目瞭然であった。彼等は、平民であり使い魔である才人が勝利したのが気に入らないのだ。ルイズに関係する者が敗北しないのを認められないのだ。

 ちぃ、と才人は舌打ちをする。向こうの思惑は分かったが、生憎と体が動かない。精々立ち上がってもたもたと歩くのが精一杯だ。動こうか動くまいが、そんな状態では的にしかならない。それでも握っている木剣を支えにして体を起こすと、それをゆっくりと正眼に構えた。

 

「ひーふーみーよー……うげ、十人もいる」

 

 今の状態ならば一人でも百人でも同じなのだが、それでも相手が多いというのはそれだけで才人の心を折りにかかる。逃げてしまおうか、と思わずそんなことを考えた。

 

「逃げるんだ使い魔君。彼等の説得は僕がやろう」

 

 ギーシュがそう言って隣に立つ。こんなやり方は貴族として相応しくない、そう続けながら自身の薔薇を模した杖を取り出し、才人に向かって気障に笑った。どことなく滑稽に見えるのに妙に絵になるその仕草を見て、才人も思わず笑みがこぼれる。

 そんな表情のまま、彼はゆっくりと首を横に振った。逃げるという選択肢は頭に浮かんでいたにも拘らず、である。

 

「ここで逃げたら、ルイズが笑いものになる」

「その忠誠心は立派だが、君は平民だろう? 命あっての物種だと僕は思うがね」

「『武士道とは、死ぬことと見付けたり』」

「え?」

「俺の故郷の、あー、あれだ、指南書の名言、みたいな」

 

 まあとにかく、俺は逃げない。そう言って才人は真っ直ぐに杖を構えた十人を睨んだ。腕は限界を迎え力なく添えられているのが一目で分かる、足元はふらつきおぼつかない。そんな状態でも、目だけははっきりと、目の前の相手を打ち倒さんと輝いていた。

 

「……骨は拾わないよ」

「ああ」

「立場上加勢もしないよ」

「さっきのは違うのかよ」

「あれは、弱き者を守る貴族の義務さ。今の使い魔君には該当しない」

 

 なんだそりゃ。そんなことを言いながら才人は笑う。それに釣られるようにギーシュも笑った。

 待たせたな、と才人は目の前の十人に告げる。そんな彼の声を聞き、明らかに見下した目で連中はふんと鼻を鳴らした。

 杖を構え、呪文を唱え始める。相手の数、自身の体力。どちらをとっても才人に勝ち目はない。あの様子からすると、命だけは助けてやるなどと言うつもりもないのだろう。そんなことを思いながら、それでも彼は一歩を踏み出す。

 

「日本人ナメんなよファンタジー!」

 

 気合を込め、動かない体を無理矢理やり動かし、持っていた剣を上段に振り被る。圧倒的に相手の呪文の詠唱の方が速いが、それでも全力で振り下ろす。

 そのタイミングで、才人と十人を寸断するかのごとく一本の大剣が飛来し突き刺さった。

 

 

 

 

 才人も、ギーシュも、相手の十人も。そして周囲の人垣すらも思わず動きを止めた。そのタイミングを見計らったのか、マントとスカートを翻しながらピンクブロンドの少女は宙を舞い、そこへと着地する。ビクリ、と思わず後ずさった十人をちらりと眺めると、ルイズは才人へと向き直った。

 

「ごめんねサイト、ちょっと根回ししてたら遅くなっちゃった」

「へ? あ、いや、別に。てか何が何やら」

 

 困惑の表情を浮かべる才人を見ながら、ルイズは笑う。まあ後は任せなさい、と背伸びをし彼の頭に手を置くと、彼女は再び十人へと向き直った。

 

「わたしの使い魔が世話になったわね」

 

 目を細め、一歩踏み出した。雰囲気に飲まれたのか、それだけで二人ほどは思わず杖を下ろしてしまう。怖じ気付くな、という別の生徒の言葉に我に返ると、彼等は慌てて杖を向け直した。

 もう一歩踏み出す。彼女の愛剣は未だ地面に突き刺さったままであり、それを引き抜く気配もない。何のつもりだ、と訝しげな視線を向けながら、総勢十本の杖が纏めてルイズへと突き付けられる。

 

「何って、こういうことよ」

 

 言いながら彼女は半身に構えた。腰を少し落とし、目は真っ直ぐに相手を睨み付け。そして両の手の拳を軽く握りこむ。

 そこに至ってようやく相手は彼女が何をやろうとしているのかを理解した。目の前のこの少女は、メイジを、それも十人纏めて相手にするのに、無手で挑もうというのだ。

 ふざけるな、と十人の内一人が激昂した。呪文を唱え、杖の先から生まれた火球がルイズを焼かんと飛来する。

 

「ふざけてなんかいないわよ」

 

 それをまるで踊るようにひらりと躱したルイズは、足に力を込め空を舞う。呪文ではなく、己の力で跳んだ彼女は、呪文を放った生徒の隣に着地するとその拳を横に突き出した。繰り出し、戻す。その一連の流れが見えないほどのスピードで行われ、顎を打ち抜かれたその生徒はぐるりと白目を剥いて膝から崩れ落ちた。

 

「まあ、真面目ではないかもしれないけれど。わたし体術そこまで得意じゃないのよね」

 

 ひらひらと手を動かす。そんな余裕の表情を浮かべたルイズを見て、残った九人は一瞬攻撃するのを躊躇った。呪文を紡ぐのが一呼吸遅れてしまい、その結果として彼女が懐へと飛び込む時間を用意してしまうこととなる。

 肘をねじ込んだ。肺から押し出された空気が奇妙な声となって放たれ、一人はそのままグラリと倒れる。その体を掴んで前に押し出すと、ぶつかってバランスを崩した相手の側頭部に回し蹴りを放った。

 次、と視線を向ける。三人が同時に放った風魔法は彼女を取り囲むように迫っていた。が、それらを一瞥したルイズは呪文同士の隙間へと体を滑り込ませ直撃を避けた。第三者から見ても驚愕の動きだったのだ。当の本人の受けた衝撃はどれほどのものか。

 四人目が天高く吹き飛ぶ様を目で追いながら、才人はそんなルイズの戦いぶりに驚嘆していた。魔法が使えない、という一点のみで馬鹿にされているという彼女の立場が異世界出身者の彼にはどうしても理解出来ない。目の前の光景を見せられれば尚更である。

 

「プライドばっかり高くって、馬鹿なのよ」

 

 え、と視線を向けると、そこにはいつの間にかキュルケとタバサが立っていた。普通はあれ見れば考え変わるはずなんだけど、と笑っている彼女の言葉に、彼をここまで運んでくれたギーシュもうんうんと頷く。

 

「いやしかし。あの体術は僕も初めて見たよ。まさかミス・ヴァリエールにあんな隠し球があったなんてね」

「別に隠していない。さっき本人も言ってたけど、あれはルイズにとっては苦手な分野」

「あれで?」

 

 左腕を捻られ悲鳴を上げている六人目の姿を眺めつつ、才人は呟く。ルイズが乱闘を開始してから数分しか経っていない。既に半数まで数を減らしている相手を一瞥すると、絶対嘘だと言葉を続けた。

 

「本当よ。剣を使ってればもうとっくに勝負は決まっているんだから。もたもたしてるのがその証拠」

 

 火球と風の槌をステップで躱したルイズが姿勢を低く構え、地面スレスレを疾駆する。足を刈り取るがごとく七人目を吹き飛ばした彼女は、急ブレーキを掛けると空へと翻った。

 空中ならば躱せまい、と残る三人がそこに向かい呪文を唱えたが、まるで全て知っていたかのようにその尽くは彼女をすり抜けてしまう。何故だ、と叫ぶ声が彼等の耳に届いた。

 

「いや実際なんであんな当たらないんだ?」

「知ってるからよ」

「は?」

 

 意味が分からず才人はキュルケの方を見る。八人目の意識を飛ばしたルイズを楽しそうに見詰めながら、言葉通りなんだけど、と彼女は続けた。

 

「あの娘、この学院でも座学はトップクラスなの。呪文の構成、射程、威力、範囲や追加の効果。それらを全て頭に叩き込んでるから、ね」

「こういう時、相手の呪文に勝つ為に」

 

 成程、と才人は頷く。縛りプレイの為にゲームの攻略データを暗記しちゃうようなもんか、と微妙に失礼な例えを頭に浮かべた。

 そうこうしているうちに、十人目が倒れ伏す。ふう、と軽く息を吐いたルイズは、ちょっとギーシュ、と声を張り上げた。

 

「な、何だい?」

「介添人なんでしょ? わたしの方も宣言出しなさいよ」

「へ? ……これを決闘と呼んでいいんだろうか?」

「使い魔の決闘を引き継いだ、ってことにでもしておいてちょうだい」

 

 やれやれ、と肩を竦めながら、ギーシュは分かったと静まり返っている人垣に視線を向けて言葉を紡ぐ。

 新たな乱入者は、現れなかった。

 

 

 

 

 

 

「さて、何故ここに呼ばれたか分かるな? ミス・ヴァリエール」

 

 いつになく真剣な表情でそう述べるオスマンに対し、ルイズはとんと存じませんと涼しい顔で返した。それを聞いたオスマンの顔が思わずヒクつく。

 それを眺めているキュルケとタバサは我関せずといった表情、そして才人はこれ大丈夫なのかと視線をオロオロと彷徨わせていた。

 

「十人の生徒を医務室送りにしておいて、知らんと?」

「はい。あれは正当な理由のある決闘の結果です。非難される覚えはありませんわ」

 

 ジロリ、と威圧感を増した視線をオスマンは向けるが、ルイズは気にすること無くそう答える。何が正当な理由か、と彼が返すと、彼女はちらりと才人を見た。

 

「自身の使い魔を助けた、というのは正当な理由足りえませんか?」

「むぅ……しかしだな、他にもやり方っちゅーもんがじゃな」

「元々、我が使い魔がミスタ・ロレーヌとの決闘騒ぎを起こした原因は、わたしと友人であるミス・ツェルプストー、ミス・オルレアンの三名を侮辱したからとのこと。使い魔の忠節を誇る事こそあれ、叱責することなどありえません。加えるならば、あの十名は決闘を終え疲れ果てた使い魔に攻撃を加えようとした狼藉者です。何を遠慮することがありましょうか」

 

 ぐ、とオスマンは黙り込む。確かに非は向こうにあるだろう。貴族のプライドばかりが肥大しているあのような連中を諌められていない教師陣としても彼女を非難出来る理由がない。

 それでも、だとしても。この学院の長として何かしらの処罰を下さなくてはいけない。大した罰にならなくとも、お咎め無しには出来ない。

 

「……後日、反省文を提出しなさい。それをもって今回の件を不問とする」

「寛大な処置、感謝いたします、オールド・オスマン」

 

 頭を下げる。その仕草はきちんと洗練されており、公爵令嬢という肩書に恥じないようになっている。そのことが余計にオスマンの表情を曇らせた。いつの間にか、当初の目的であるガツンと言うという気持ちは失せていた。

 

「……のう、ミス・ヴァリエール。そこにいる二人も合わせて、お主達が学院で何と呼ばれているか知っておるか?」

「学院のトラブルメーカー、ミスタ・ギトーからそう聞いたことがあります」

「それ以上じゃ。三馬鹿トリオだぞ三馬鹿トリオ。貴族の子女の呼び名ではないわい」

 

 言外に、だからもう少し自重しろ、という意味を込めたオスマンであったが、それを聞いたルイズがニコリと笑うのを見て何かを察し、諦めた。

 ちなみに才人は三馬鹿、という言葉で思わず吹き出しタバサの杖で殴られた。

 

「お父様が若かりし頃、同じ魔法衛士隊の悪友と揃ってそう呼ばれていたと聞きます。むしろ光栄ですわ」

「ありゃ悪名じゃ! あんな連中を先輩に持ったカリンも相当苦労して……」

 

 苦労して、その結果、三馬鹿プラスワンへと変貌した。のを思い出したオスマンは、何だかもうどうでもよくなって肩を落とした。今度ヴァリエール公爵に娘の育て方を間違えていないか確認しようと心に決めながら、話は終わりだと四人に告げる。

 退出していく彼女達の背中を見ながら、オスマンはもう一度溜息を吐いた。ルイズとの会話では使わなかったが、彼の机の上には先程の乱闘についての報告書が置いてある。

 何故使わなかったか。理由は簡単で、これを見せると向こうが調子に乗るだろうと判断したからであった。

 

「素手で撃退した理由は……まあ間違いなくこういうことなのじゃろうな」

 

 怪我人で一番重傷なのは才人にやられたヴィリエ。それでも木剣の一撃による打撲だ。残りの十人は今頃傷一つ無い状態で部屋へと戻っているだろう。彼女は極力相手を傷付けぬ方法を選んだのだ。いくら相手がいけ好かない者でも、同じ学院の生徒なのだから。おそらくそういう理由で。

 

「これでもう少し素行がまともじゃったらなぁ……」

 

 

 

 

「魔法も使えない落ちこぼれメイジに十人がかりで挑んだら素手で倒されました――なんて、みっともなくて王宮なり何なりに報告出来ないでしょ? つまりそういうことよ」

「うわ俺のご主人外道」

 

 どんなもんだ、と胸を張るルイズを見ながら才人は素直な感想を述べた。ある程度きちんとした決闘ならともかく、今回のような乱闘に近い状態ではどんな言いがかりを付けられるか分かったものではない。そう彼女は付け足したが、しかし彼の感想が変わることはなかった。

 そんな才人の言葉を聞き、ルイズは何か文句があるのかと言わんばかりの視線で彼を睨む。ぶんぶんと首を横に振る才人であったが、でも、と小さく呟いた。

 

「どうせなら、真っ直ぐにぶっ倒すのが見たかった、かな」

「……ふぅん」

 

 ニヤリ、とルイズは笑う。期待されているのなら、やっぱり応えなくちゃいけないわよね。そんな風に続けながら、キュルケとタバサに目配せをした。口角を上げた二人は、その通りだと言わんばかりに首を縦に振る。

 

「今日はもう遅いし、とりあえず明日にしましょう」

「虚無の曜日が妥当」

「そうね。じゃあそれまで才人を鍛えましょうか」

 

 きゃいきゃいと姦しい三人組は何やら予定を立て始める。傍から見ていると微笑ましい光景のようであったが、しかし。

 才人の耳に届くのは、オーク鬼だの群れだの全滅だのという物騒な単語。まだこの世界に来て日の浅い彼では完全に理解することは出来ないが、しかし何となく予想は出来る。

 

「冒険の始まり、ってところか」

 

 今まで読んだファンタジー物のような出来事が、これから待ち受けているのかもしれない。そう考えると、不安も大きいが期待もどんどんと膨らんでいく。

 伝説とか、古とか、そういう単語もきっと出てくるに違いない。彼の脳内で聖剣を構えて魔王に立ち向かう自身の姿が浮かび、そして大スペクタクルが繰り広げられた。

 

「というわけでサイト、修業は明日も変わらずやるわよ」

「おう、どんと来い!」

「あら、やる気ね」

「意外……でもないか」

 

 ルイズの言葉にそう叫んで気合を入れる彼自身が、『伝説』で『古』であることは、この場にいる者達はまだ誰も知らない。

 




俺達の冒険はこれからだエンド(その1)

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