ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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何か作戦っぽいけど良く分からないから結局ノリと勢いでゴリ押し。

大体そんな感じのお話。


その3

 帽子を深く被ったその二人組は、ティファニアの家へと近付くと足を止めた。む、と二人組の片方の男性は眉を顰め、どうやら来客がいるようだと踵を返す。

 そんな男性に、もう片方の女性はどうしたのかと尋ね首を傾げた。別に挨拶程度はいいじゃないか、と。

 

「いいわけなかろう。向こうが我々をどう思うかなど火を見るより明らかだ」

「そうかしら? 案外すんなり受け入れてくれるかも」

「お前のその楽観的なところは嫌いではないが、時と場合をよく考えろ」

 

 男性の言葉に女性はぶうたれる。あかんべぇ、と舌を出すと、叔父さまは頭が堅いんだからと一人ぼやいた。

 

「あーあ。せっかく色々と聞けると思ったのに」

「まだ機会はある。焦らず待っていろ」

「はーい」

 

 しょうがない、と女性も男性と同じように踵を返した。その途中、家の中にいる面々の顔をちらりと見る。中々面白そうな感じがしたんだけどな。そんなことを思いながら一人一人を記憶していく。

 

「あれ? 叔父さま、エレーヌがいる」

「何?」

 

 男性はその声に振り向き家の中の様子を窺う。成程、あの小柄な青髪の少女は確かに彼の世話になっている国の娘に相違ない。が、だから挨拶に行っても問題ないかと言えば当然答えは否。

 あからさまに不満気な顔をする女性を半ば無理矢理引っ張り、男性はやれやれと肩を竦めた。そして、女性に向かい口を開く。

 

「そんなに気になるのならば、彼女が次にガリアに帰ってきた時にでも聞けばよかろう」

「あ、そうね」

 

 うんうん、と頷きながら歩みを進める女性を見やり、男性は軽く溜息を吐いた。真っ直ぐで、気まぐれで、自分とはまるで正反対のような姪を見やり、困ったように頭を掻いた。

 

「アリィーも、大変だな」

 

 呟いた言葉は、幸いにして目の前の女性には聞こえなかった。

 

 

 

 

「来ませんね……当てが外れたかしら」

「何がですか?」

「いえ、こちらの話よ」

 

 首を傾げるルイズにそう返すと、アンリエッタは仕方ないと肩を竦めた。もとよりそれを当てにして計画を練っているわけではない、無いならば別に当初の予定通り進むだけだ。そう結論付け、よし、と彼女は立ち上がった。

 

「では、始めましょうかティファニア殿」

「え? あ、あの、始めるって……?」

 

 アンリエッタの言葉に困惑するティファニアを余所に、彼女は一人柔らかく微笑む。それは見るものを魅了する可憐な姫の微笑みであり、知るものからすれば凄惨たる悪魔の笑みであった。

 多くは語らず、アンリエッタはそのまま外に出る。ティファニアや他の面々もそれに続き、そしてやってきた場所を見て首を傾げた。村から少し離れた森の一角、先程のルイズ達の小暴れで開けた空間になっているそこに、一体何の用事があるのか。

 

「用があるのは、先程ミス・オルレアンが冷凍保存したレコン・キスタの者共ですわ」

 

 つい、と視線をそこに向ける。生命活動が出来る程度のギリギリで凍り付かされている男達を見やると、さあこちらにとティファニアを呼んだ。変わらずその顔には微笑みが浮かんでおり、とても何かをやらかすようには思えない。

 

「ではティファニア殿」

「あ、はい。あの……どうせなら呼び捨てるか、テファって呼んで下さい」

「あら、それはごめんなさい。……ではテファ」

「はい」

「この者達に『忘却』を、少し強めにお願いしますわ」

「『忘却』?」

 

 何のことだ、と彼女は首を傾げる。が、すぐにその答えに行き着いたのか、こくりと頷くと杖を取り出した。緩やかな、歌うような調べで呪文を紡ぎだし、そしてそこから生まれた魔法を放つため、杖を振り下ろす。

 空気がそよぎ、解凍された男達の周囲が揺らぐ。霧がかったようなそれは、ゆっくりと晴れていくにつれ、男達の意識を取り戻した。が、目を覚ました皆が皆、何か呆けたような表情を浮かべぼんやりと宙を眺めている。その姿は明らかに普通ではなかった。

 アンリエッタは素晴らしいとティファニアを褒め称える。そして、これからは自分の出番だとばかりに呆けた男達へと顔を寄せた。俺達は何をやっていたんだと呟く男達に、彼女は笑みを浮かべたまま決まっているではないですかと述べる。

 

「貴方がたは、そこにいるアルビオンの聖女・ティファニアに仕える兵士達。今も聖女の周囲の護衛を行っていたのですよ」

 

 そうだったのか、と首を傾げる男達に見えないようにアンリエッタは呪文を唱える。杖を振り、少しだけ連中の体内の水の循環をいじった。流れるように彼女の言葉が男達に染み渡り、ああ確かにそうだったと自信を持って頷き合う。

 視線をアンリエッタからティファニアに向けた。主君にそうするように、男達は傅き聖女様、と彼女を称える。

 

「え? ……え!?」

 

 いきなりの展開に全くついていけてないティファニアはただただ困惑し、おろおろと視線を彷徨わせる。が、姉も従兄も口をヒクヒクさせながら動きを止めており、隣の従姉は何の問題もないと微笑んでいるばかり。事態の理解は全く進まないまま、彼女は突如降って湧いた部下達にとりあえずペコリと頭を下げた。

 

「よし」

「いいわけあるかぁ!」

 

 ここで限界が来たルイズが叫ぶ。何ですかいきなり、と不満気に彼女を見たアンリエッタであったが、ズカズカと歩いてくるルイズの姿を見て表情を変えた。ああ、これは大分怒っているな。そう判断し、とりあえず言いくるめようと思考を巡らせる。

 

「何やってるんですか!」

「何って、先程の賊軍を説得しこちらの味方に引き入れたのよ」

「わたしの知る限り、あれは洗脳と呼ぶんです。説得じゃない!」

「ハルケギニアの王族内ではこれは説得よ。将来宮仕えをするならば覚えておきなさいな」

 

 ぐるり、とルイズは後ろを見る。全力で首を横に振っているタバサの姿が見え、まあそうよねと肩を竦めた。案外そうかもしれない、と言わんばかりの自信なさげな表情は見なかったことにした。

 

「分かりました。後でゴミ箱にでも捨てます」

「取り付く島もないのね」

「当たり前でしょう」

 

 ふん、と鼻を鳴らしつつ、それでどうする気なんですかとルイズは彼女を睨む。あら怖い、と口元に手を当て微笑んだアンリエッタは、しかし心配いらないと返した。

 

「テファをアルビオンの跡継ぎにするにはそれ相応のお膳立てが必要、というのは話しましたね」

「ええ、言ってましたね。で?」

「その為にレコン・キスタを打ち倒す、というのも話したと思いますが。いかんせん彼女は一人、救国の英雄としては華がないわ」

 

 部下を率いてこそ語られる一節となる。そう続けたアンリエッタは、まずはその為の第一歩だと先程の男達に目を向けた。まずは十数人、そして、これから更に増やす。そのための当ても、ちゃんとある。

 

「まさかとは思いますけど、このままレコン・キスタの連中を片っ端からぶっ飛ばして、記憶消して洗脳してってやるつもりじゃないでしょうね?」

「何か問題が?」

 

 平然とアンリエッタはそう述べる。問題だらけだ、と当然ルイズは反論したが、しかし。

 今回のような場合、捕虜になったとしても重罰は免れず、貴族でないものは最悪即処断されてもおかしくない。だが、この方法ならば多数の命を救うことも出来るはずだ。そういつになく真剣な顔でアンリエッタに言われてしまえば、彼女としても反論出来なくなってしまう。何より、これに反対するということは死者を大量に作るのを肯定したのと変わらないからだ。

 ぐぐぐ、と唸ったルイズは、アンリエッタを睨み付けるとティファニアに向き直った。そのまま彼女の横に立ち、手伝うわと述べる。状況が飲み込めていなかったティファニアは、一も二もなく頷いた。

 

「サイト、キュルケ、タバサ。アンタ等もよ」

「あいよ」

「分かってるわよぉ」

「ん」

 

 そうそう思い通りにはさせませんからね。ティファニアを守るように立ち塞がったルイズは、そう言うとアンリエッタに指を突き付けた。

 そして彼女は、そんなルイズを見て期待しているわと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 所変わってここはシティオブサウスゴータ。アルビオンの古都にして、観光名所としても有名なこの街も、現在はレコン・キスタが幅を利かせる寂れた場所となっていた。ほうぼうで起こる戦闘でアルビオン軍の手の回らない内に、大隊が反撃の拠点として陥落させたのだ。この地域自体がある事件から王家に不信感を持っていたことも加えて、アルビオン軍はここを攻め切れず、この内乱を長引かせる要因にもなっていた。

 逆に言ってしまえば、ここを攻め落とせたのならば、戦況は一気にアルビオン軍に傾き決着を早めることが出来る。

 

「英雄の台頭には、まさにうってつけというわけですわね」

 

 大通りを歩きながら、アンリエッタは楽しそうに町並みを眺めた。レコン・キスタ管轄とはいうものの、街全体が完全封鎖をされているわけではなかった。商人などはある程度普段通りに生活を行っているし、流通も滞ってはいない。とはいえ、ならば自由なのか言えば無論そんなことはなく、街の至る所にそれらしき兵士が監視の目を向けており、どういう魔法を使ったのか、街の外や要所要所には亜人の姿も見受けられた。恐らくアルビオン軍の間諜も幾度と無く潜入を行い、同じだけ失敗を繰り返したのだろう。

 だが、それでいいと彼女は笑う。そうでなくては、ここを攻め落とす意味が無い。

 

「姫さま」

「どうしましたルイズ?」

「よくよく考えたら、普通にトリステインやガリアで軍を派遣すれば良かったんじゃ?」

「それではテファが関われないでしょう?」

「いやまあそうなんですけど」

「……それに」

 

 こちらの足を引っ張っている連中が、内部にいる。そんなことを呟いたアンリエッタは、しかし今は後回しだと再び微笑を浮かべた。まずは目の前を片付ける、そうすることで、次なる一歩が開けるのだ。

 さてでは、と彼女は背後を見やる。帽子を深く被り緊張した面持ちで佇んでいるティファニアの周囲には、アンリエッタの『説得』により部下となった兵士達がいる。流石に全員で行動してしまうと目立つのでこの場にいるのは数人だけで、他は別ルートで作戦行動を行っているマチルダとウェールズの指揮下だ。

 

「テファ」

「は、はい」

「準備は、よろしいですか?」

「……はい」

「なあ、ホントに大丈夫か? 無理なら無理って言っとけよ」

「……ううん。大丈夫」

 

 父と母が愛した国を自分が守ることが出来るのならば。その思いが、ティファニアの原動力となっていた。聖女だとか、英雄だとか。ましてや、王家の跡継ぎだとかそんなことはどうにも彼女にピンと来ない。だから単純に、自分の思うがままに行動しようと心に決めていた。

 

「では、テファ。貴女の騎士達に、指示を」

 

 コクリと頷く。男達を見て、ルイズとアンリエッタを見て、才人を見た。少しだけ目を閉じ、息を吸う。覚悟は決まった、後は、言葉を紡ぐだけ。

 

「みんな……街を、父さまと母さまと、マチルダ姉さんのいたこの場所を、守って!」

 

 応、と皆は一斉に頷く。始めるわよ、とルイズは杖を振り上げた。そこに精神力を込め、もう片方の手で手近な石を拾い、空へと投げる。

 瞬間、サウスゴータの街の上空で盛大な爆発が巻き起こった。突然のことで皆が一瞬あっけに取られ、思わず動きを止めてしまう。そのタイミングを見計らい、ティファニア達は大通りの中心の広場に立った。爆発を合図にして行動を終え合流した残りの面々と共に、街で一番目立つその場所で、アルビオンの聖女は真っ直ぐに前を見た。

 

「――わたしは」

 

 歌うような透き通った声。住民も、レコン・キスタも、思わずその方向に顔を向けてしまう。そして、美しい少女が多数の兵士を引き連れて立っているのを見て、何だ何だとざわめいた。

 

「わたしは、プリンス・オブ・モードの忘れ形見、ティファニア。父の愛したこの地を、レコン・キスタなる賊軍にこれ以上荒らされるわけにはいきません」

 

 そこで言葉を止め、息を吸う。既に後戻りは出来ない、今更言葉を引っ込めることなど出来はしない。だから、迷うことなど何も無い。

 

「レコン・キスタ! まだあなた達にこの国を愛する心が残っているのならば、今すぐ武装を解き、投降しなさい!」

 

 何を言っているのだ、とレコン・キスタは鼻で笑った。たかが三十にも満たない程度の人数で、何を大口叩いているのか。完全に馬鹿にした表情で、兵士の一人は周囲の兵士を呼び寄せた。こんな頭のおかしい連中、まともに相手にするだけ無駄だ。そう思い、とっとと片付けてしまおうと、まずは倍程度、続けて更に倍追加の人数を用意しながら攻撃を仕掛け。

 

「残念ですが」

 

 クスクスとアンリエッタが笑う。赤髪と青髪のメイジ、ピンクブロンドと黒髪の剣士が前に出るのを見て、楽しそうに笑う。

 

「み、みんな、その……命は、大事に」

 

 ティファニアが心配そうにそう述べる。その言葉に分かっていると各々の得物を掲げた四人は、こちらにやってくる兵士達よりも先に相手の群れへと突っ込んだ。

 瞬間、二桁の人数が宙を舞った。どさりと地面に倒れ伏す兵士達を見て、レコン・キスタの兵が思わず動きを止める。いち早く我に返った者は慌てて応援の要請を行い、同時に周囲の住民を使い相手の手を鈍らせようと辺りを見渡した。

 数体のゴーレムが、広場の住民達を避難誘導しているところであった。サポートとしてティファニアを護衛していた男達も参加している。思わず目を見開いた兵士は、そのままルイズ達の攻撃を食らい意識を飛ばした。

 

「ここにいるのは、一騎当千の英雄を率いる聖女。貴方達に勝ち目は無くってよ」

 

 さて、後どれくらいで片が付くか。そんなことを一人考えながら、ティファニアの隣で呑気に戦闘を眺めているアンリエッタは髪を掻き上げた。




テファの台詞は勿論姫さま監修。

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