ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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何か気付くと姫さまがレギュラーに昇格し始めた。

まあ、いっか(投げやり)


その2

「何か問題が?」

 

 大有りです、と彼女の目の前の男は述べる。やせ衰え実年齢以上に見られるその姿をしても尚変わらぬ眼光、男のそれを見返しながら彼女は、アンリエッタは表情を崩さずに言葉を続けた。

 

「サイト殿の国の言葉にこんなものがあるらしいですわ。『虎穴に入らずんば虎児を得ず』、直接出向かないで一体どんな成果が得られましょう?」

「だからと言って姫殿下が直接行く必要はありませぬ」

 

 譲らぬ、と言わんばかりの男の言葉に、アンリエッタはやれやれと肩を竦めた。どこか子供に言い聞かせるように、ねえマザリーニ宰相、と目の前の男の名を呼ぶ。

 それに言い知れぬ不安を覚えたマザリーニは、しかし何でしょうと言葉を返すことしか出来ない。続きが何であろうと、聞かなくてはならないのだ。

 

「わたくし、ついこないだまでアルビオンに直接出向いて『レコン・キスタ』の掃討を行っておりましたの」

「だからこれ以上はご自愛くださいと述べているのではないですか!?」

「あら? それは、何故? わたくしはお飾りの姫、実際の政治を行うのは貴方。『トリステインの王家には、美貌があっても杖がない』などと揶揄されるほどではないですか」

 

 随分と古い小唄を、とマザリーニは顔を顰めた。確かに先王亡き後、王位が空白になったすぐにそんな一説が流行った時期があった。事実、その頃から現在まで宮廷を走り回った経験を持つ彼には痛いくらいによく分かる。外から見る分には、あの当時はそう感じてしまうのだろう、と。

 だが、今は違う。王位こそ未だ空白のままだが、目の前のアンリエッタ王女は何故か無駄に高いスペックでその手腕を存分に発揮し、アルビオンとガリアの両国と同盟を結んだ上に反乱軍の鎮圧までやってのけたのだ。美貌だけだ、などと揶揄する輩はそれこそ嘲笑されてしまう。

 

「……知っていますかな殿下? 最近の小唄で『トリステインの王家の花は、白百合よりも黒が似合う』などと言われていることを」

「言い得て妙ですわね」

「笑い事ではございませぬ! このマザリーニ、殿下には粉骨砕身全身全霊を以って仕える所存ではありますが、いかんせんその性格と行動力には辟易しておるのです」

「そう言われても、こればかりはどうしようもありませんわ。誰しも、曲げられない事柄が一つや二つはあるでしょう?」

 

 誰かを思い出すようにそう述べたアンリエッタを見て、マザリーニは口を噤む。『彼女』が彼女に影響を与えたのか、彼女は『彼女』を影響させたのか。まあどちらにせよ些細な事だ、と彼は首を振る。もう目の前の彼女は曲がらないのだから。

 だが、しかし。それでもこれを許可するわけにはいかない。何故なら彼女が行おうとしていることは。

 

「どちらにせよ、裏カジノへ出向くのは許可出来ませぬ」

「頭が固いですわね」

「王女が他国の皇太子と同伴してギャンブルなどという行動に是を出す臣下がどこにおりますか!」

「あら。案外いるかもしれませんわよ」

「――何ですと?」

「ふふっ。そう、例えば」

 

 わたくしを邪魔に思っている高等法院様とか。口には出さずに、アンリエッタはマザリーニに優しく微笑みかけた。

 

 

 

 

 

 

「今日は、勝つ!」

「うん、やめとけって言っても無駄だろうから止めんけど」

 

 意気込むルイズを見ながらそう述べると、才人は周囲に視線を動かした。サイコロ、カード、ルーレット。規模こそ小さいが、凡そある程度のものは揃っているようであった。

 彼女の話によると、負けたのはルーレット。だから今日はサイコロとカードで勝負だと鼻息荒く進んでいくのを見つつ、さてどうするかと才人は顎に手を当て考える。

 

「ジェシカにル――じゃない、フランを頼むって言われたけど」

 

 無理だろ、と一人ぼやいた。薄情にも後よろしくと学院に帰ったギーシュに若干の恨み節を述べつつ、しょうがないと才人は溜息を吐きながらルーレットに足を向ける。サイコロとカードに向かえばルイズに巻き込まれること請け合いだったからだ。

 

「まあ軍資金出してくれたことは感謝しておくか」

 

 その代わり当たったら謝礼が欲しいと言っていたのは、まあ仕方ない。貧乏貴族だしなあいつ、と苦笑しつつ、とりあえず適当な量をチップにすると席についた。

 まずは適当に、と勝っているらしい客達と同じ場所にそれを置く。カコン、という音と共に見事そこに球が落ち、才人のチップが増えて戻ってきた。よし、と同じように勝てそうな場所へ少しずつチップを置いていった彼は、堅実に資金を増やしていく。

 

「俺って割とギャンブルの才能あるんじゃね、これ?」

 

 でへへ、と締まらない笑みを浮かべながら増えたチップを眺めていた才人は、そこでふと我に返った。いかんいかん、と頭を振ると、当初の目的であるルイズへと視線を動かす。幸いにして彼女の姿はすぐ見付かった。うがぁ、と叫んでいるピンクブロンドがいたからだ。

 

「何やってんだよ」

「あ、サイト。違うわよ、わたしが悪いんじゃない。こいつよ、この、カードが悪いの! そうよ、絶対、ぜぜぜ絶っ対に! カードが悪い!」

「そんな殺気込めてカード睨んでも変わらんから。カードはビビらないから」

 

 ディーラーはビビってるけど。そう付け加えながらペコリと頭を下げた才人は、ルイズの首根っこを引っ掴んでズルズルとその場を後にした。何をする、と彼を睨み付ける彼女に若干引きつつ、しかしどこか諭すように彼は言葉を紡ぐ。

 

「あのな。冷静になれって。こういうギャンブルってのは、そうやって感情的になったら負けるって相場が決まってんだよ」

「あに言ってんのよ。わたしは冷静よ。そうよ、わたしは落ち着き払ってるわ!」

「落ち着け」

「だ、だだだ誰が落ち着いてないって言うのよ!」

「お前だよお前。フランソワーズさん」

 

 ぐう、と憎々しげに才人を睨みながら、ルイズはフンと鼻を鳴らす。落ち着いてはいないようだが、才人と話したことで幾分か気は紛らわされたらしい。負けた分は戻ってきていないが。

 

「なあ、フラン」

「あによ」

「もう諦めて別の手段で金稼ごうぜ。お前には無理だって」

「嫌よ。ここまで来たらもう意地でもここで稼いでやるんだから」

 

 梃子でも動かん、と宣言したルイズを見て、仕方ないと才人は肩を竦める。手伝うから無茶するなよ、という彼の言葉に、彼女は笑みを浮かべながらありがと、と返した。

 さてでは、と二人が向かったのはサイコロ。複数のルールがあるようであったが、彼等が選んだのは三つの出目を当てるという単純なもの。大小なら、と才人が呟いたのを聞いたルイズがこれを選択したのだ。

 

「ところで、大小って?」

「ああ、マカオのサイコロギャンブルで有名なんだ」

「マカオ?」

「俺の世界の国の……国? まあいいや、そういう場所」

「ふーん。なんていうかアンタ、無駄に変な知識あるわよね」

「ウィキペディアで調べた!」

「……あっそう」

 

 そういえばこいつ変な奴だった。自分を棚に上げてそんなことを思ったルイズは、まあ分かっているなら任せるわよとテーブルにつく。あいよ、と軽い返事で才人もその隣に座り、では、とまずはサイコロの様子を見た。

 

「ルーレットと大体同じね」

「だなぁ。とりあえず大か小かでいくか」

 

 よし、と大に才人はチップを置く。コロコロと転がされたサイコロは四・五・二。お、という才人の言葉と同時、賭けたチップが倍になって返ってきた。

 

「どうせならもっと盛大に賭けなさいよ」

「そしたらすぐ負けるぞ」

「そんなことないわよ。ほら、わたしにやらせなさい」

 

 そう言いながらルイズの置いた場所は特定の数字を当てる場所。何をトチ狂ったのか、六のゾロ目であった。無理に決まってんだろ、という才人の言葉など聞く耳持たず、何故か自信満々で盤上を眺めている。

 

「これで当たれば百八十一倍よ」

「当たんねぇって」

 

 当然ながら出た目はバラバラで、ルイズの置いたチップはそのままディーラーが回収していった。ほら見ろ、という才人の言葉にうるさいと返し、次は大丈夫とチップを置く。

 まあ無理だろうな、と心の中で思いつつ、才人も別の場所にチップを置いた。

 

 

 

 

「おかしい。絶対におかしい」

「いたって正常だよ」

 

 ある程度増えた才人の横でがくりとうなだれるルイズ。余裕の出てきた彼と対照的に、彼女は崖っぷちギリギリであった。

 

「なあ、何で基本ゾロ目か合計四とか十七とかなんだよ。当たるわけないだろ」

「その代わり当たったらドカンよ!」

「ドカンと痛い目見てるじゃねぇか」

「うぐぅ……」

 

 ぐぬぬ、と才人を睨むが、その顔には幾分か覇気がない。どうやら彼女は彼女なりに滅入っている様子。

 まったく、と少し増えた分をルイズに渡そうかと自身の持っているチップを入れている箱に目を向けたその時だ。横から出てきた手に遮られ、がつんとお互いの腕がぶつかり合ってしまった。あ、すいませんと才人は詫び、その腕の主へと顔を向ける。

 いかにもな風貌の男がそこにいた。ボサボサの長い黒髪が適当に纏められ、無精髭の生えたその男は、胸元のはだけた薄汚いシャツの袖を捲っており、どうやら賭ける途中のようであった。

 一瞬だけ才人を見たその男は、しかしすぐに視線を外すと止めていた手を動かす。チップをシングルの三に置くと、手を引っ込め彼に向き直った。

 

「よお兄さん。シケた面してんじゃねぇか」

「へ? ああ、まあ。連れが負け続けてるんで」

 

 ほう、と男は視線を隣に移す。二人の会話などお構いなしでチップを置くルイズを見て少しだけ目を見開いた彼は、しかしそれを悟られないようにしながらガハハと笑った。

 

「そういう兄さんはどうだ? 勝ってるか?」

「そこそこかな。フランが、隣の奴が負けてる分堅実に賭けたもんで」

「うんうん、そうだな。堅実が一番だな。……いや、まったく本当に、何でまた」

「え?」

「ああ、いや、気にしないで――気にするな。こっちも連れが少しアレでな」

「そっちも負け続けで?」

「だったら、良かったんだけどね……」

 

 先程の口調と打って変わってしみじみと呟いたその言葉はどこか重みがあって。一体何があったんだろうと思わず才人が聞き返すほどだ。気にするな、と先程と同じ返しをしたが、しかしそれではいそうですかというのも寝覚めが悪い。良くも悪くもルイズ達の影響を受けている彼は、もしよかったら教えて欲しいと口を開く。開こうとする。

 が、その直前にどこかで聞いたような高笑いが聞こえてきて、思わずそちらへと振り向いてしまった。

 

「水のロワイヤル・ラファエル・アベニュー! さ、潔く敗北をお認めになっては?」

 

 何か凄い仮面を被った貴婦人がそこにいた。高級そうなドレスを纏い、しかしその顔は半笑いとも言えるような謎の仮面で覆われているその姿は一種異様。さらりと流れるような髪が美しさを強調しているだけに、より一層仮面の不気味さが増していた。

 が、才人が絶句したのはそこではない。見た目の異様さなど異世界ファンタジー冒険譚真っ最中である彼にとっては極々普通のことだ。

 

「……姫さま、何やってんだ?」

 

 思わず呟く。何をどうなってあんな格好をしているのか分からないが、とりあえず間違いないと一人頷いた。あれは自分のよく知る人物であると。

 

「さあ、このマスク・ド・プリンセスにチップを渡すのです」

「隠す気ゼロか!?」

「いや、あれでも妥協した方なんだ……いや、本当に」

 

 やってられん、と言わんばかりに溜息を吐く隣の男に視線を戻した才人は、そこでようやく彼の正体に気付いた。ああ、連れがアレってそういうことかと納得した才人は、男の肩をそっと叩く。

 

「……ウェールズ王子、胃とか、大丈夫ですか?」

「ありがとうサイト君。大丈夫だ、問題ない、もう慣れた」

 

 それは大丈夫じゃないという言葉を既のところで飲み込み、才人はそうですかと短く返す。コホンと咳払いを一つして、話題を変えるようにどうしてここにと彼に尋ねた。

 それを聞いた男――ウェールズは少しだけ表情を真面目なものに変える。少し気になる噂を聞いたものでね。そう言うと、声を潜め目を鋭くさせた。

 

「友好街を隠れ蓑にして金を巻き上げている輩がいる。そういう噂さ」

「ああ、それなら俺も人伝に聞きましたよ」

「そうか、ならばすぐにここから去るのをお勧めするよ。ここはその裏カジノと繋がっている入り口の一つだ。僕とアンリエッタはこれからそこに向かい黒幕を縛り上げる」

 

 そう述べたウェールズの言葉には、既に全容が分かっていると言わんばかりのもので。恐らく何かしらの確信があるのだろうと感じさせるものであった。

 それが分かったからこそ、才人も成程と頷く。そして、その提案には乗れないと首を横に振った。

 

「ここまで来たんだ、手伝いますよ。それに、姫さまもウェールズ王子も、俺にとっちゃ大事な友達だ」

「……そうか。ありがとう、恩に着るよ」

 

 そう言って右手を差し出す。それをしっかりと握りながら、任せてくれと言わんばかりに才人は笑った。

 さてではどうするのか。そうウェールズに尋ねると、裏カジノに向かうのには二つの方法があるのだと彼は述べる。

 

「一つは入口となる場所で特定のキーワードを述べ特定の行動をすること。少し離れた場所にある宝石屋でブルーダイヤを買うと宣言するのがそうらしいのだが」

「何か問題が?」

「アンリエッタでは駄目だったのさ。恐らく近付けてはいけない面子を予め知らせておいたんだろうね。しょうがないから末端から侵入しようとしているわけさ」

「で、それがもう一つ、と」

「そうさ」

 

 目立つこと。それが裏カジノへ向かうもう一つの方法だ。表の店が潰れんばかりに勝ち続けていれば、裏カジノへ放り込み金をむしる対象となる。そういう仕組である。

 ただ、謎の仮面貴婦人がそれに該当するかは定かではない。

 

「……大丈夫なんですか?」

「……大丈夫だといいね」

 

 半ば諦めの言葉を吐いているウェールズであったが、アンリエッタは勿論そんなことはお構いなし。大量のチップの入った箱を引きずりながら、よりにもよって負け続けているルイズの隣に腰を下ろした。

 

「あらお嬢さん。随分と軽そうな箱ですわね」

「んなっ! いきなりやってきて何のつもりよこの仮面女!」

「……気付けよご主人」

 

 才人の溜息など何処吹く風。ルイズは仮面貴婦人に食って掛かる。そして仮面貴婦人は付き合いの長さゆえに分かっている彼女の性格を存分に駆使し、ギャンブルに負け続けていることを盛大に煽った。

 当然ルイズはキレた。

 

「嘗めんじゃないわよこの仮面女! いい、いいいい度胸じゃない、このわたしが、どれだけ凄いか見せてやるわよ!」

「あら。それは楽しみですわね」

 

 見てろ、と彼女はサイコロを眺める。一回、二回、とスルーした後、ふんと鼻を鳴らすとコンビネーションに賭けた。場所は四と六。そして出た目の含まれているのもまたそれであった。

 

「まぐれですか?」

「はっ! じゃあこれなら?」

 

 再びコンビネーション。再度的中。またコンビネーション、的中。

 そうしたやり取りを何度も行い、箱が山盛りになった辺りでどうだと彼女は仮面貴婦人に向き直った。

 

「成程。これならば、わたくしのライバルとして相応しいですわね」

「あによ。まだ負けを認めないの?」

「勝負はこれからですわ。こんなちんけな場所ではなく、もっと相応しい舞台で行うのが筋ではなくて?」

「上等じゃない」

 

 言いながら山盛りのチップを持った少女二人はシューターに目を向けた。向けられた男は視線を彷徨わせたが、上司らしい男が諦めたように首を振ったのを見て項垂れる。まあこれは仕方ないと溜息を吐いたシューターは、ではこちらに、と店の奥を指し示した。

 

「ああ、その前に。わたくしには連れがおりますの。当然彼も許可をいただけますわね」

 

 勿論、という言葉に満足そうに仮面の裏で微笑んだ彼女は、では行きましょうと変装したウェールズの手を取る。

 それを見たルイズも、さっさと行くわよと才人を引っ掴んだ。

 

「なあ、ル――フラン」

「あによ」

「流石にこれからはあれ通用しないと思うぞ」

「上等よ。わたしの真の実力見せてやるんだから」

「どっちかって言うとさっきの方が真の実力っぽいんだけど」

「何か言った?」

「いや、別に」

 

 そう言いながら、才人は引かれるまま店の奥へと足を進める。

 最初からああやって転がるサイコロの目を確認してから賭けるっていう力技で稼いでいればよかったじゃないか。という言葉を飲み込んで。

 

 




昔からよくある古典的なイカサマ(物理)

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